抄録
【目的】女性における乳がんは世界的に高い発症率を示している。原爆被爆者の疫学調査において,女性における乳がん発症リスクが最も高い事が知られている。しかしながら放射線による乳がん発症メカニズムについては未だに明らかになっていない。本研究ではがん抑制遺伝子として知られるp15INK4b,p16INK4aならびにp19ARFに着目し,放射線誘発ラット乳がんにおけるそれら遺伝子の解析をおこなった。
【材料と方法】思春期前後に該当する3ならびに7週齢Sprague-Dawley雌ラットに放射線(γ線;2 Gy)を照射した後,発症した乳がんから腫瘍の病理組織学的分類および発生時期を指標に14腫瘍を選定し,一連の分子生物学的解析を行った。
【結果】アレイCGH解析によりp15INK4b,p16INK4aならびにp19ARFをコードするCdkn2a,Cdkn2b領域の欠損が3週齢由来の腫瘍において2例観察された。うち1腫瘍では同領域がホモ欠損しており,遺伝子発現が正常組織に比べ減少していた。一方でそれ以外の多くの腫瘍では遺伝子発現が上昇していた。遺伝子変異解析ではp16INK4aに151番目ロイシンがフェニルアラニンに置換する一塩基多型が8腫瘍中4腫瘍において観察された。たんぱく質発現も遺伝子発現と同様に正常組織に比べ増加しているが,必ずしも各遺伝子発現とたんぱく質発現の発現量には相関は見られなかった。一方で自然発症の乳がん4腫瘍では放射線誘発乳がんと異なりCdkn2a,Cdkn2b領域の欠損は観察されなかった。以上の結果からCdkn2a,Cdkn2b領域の欠損は放射線誘発乳がん特徴的に引き起こされている事が示唆された。