抄録
低線量・低線量率放射線による生物影響は、高線量・高線量率放射線の場合とは異なることが明らかになりつつあるが、DNA2重鎖切断(DSB)に対する修復機構の応答変化については未解明であった。高等真核生物では、非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え(HR)の少なくとも2つの修復機構により、DSBを修復することが可能である。我々は、低線量率放射線照射によって生じるDSBに対する修復機構の役割を明らかにすることを目的とし、ニワトリBリンパ細胞株DT40およびDT40細胞を用いて作成された、DSB修復遺伝子 (KU70、PRKDC、RAD54、RAD51B) のノックアウト細胞を用いて、細胞増殖率等を比較した。
低線量率γ線照射(1 mGy/h)により、NHEJ関連遺伝子KU70、PRKDCを欠損した細胞では、野生型細胞に比べて顕著な増殖抑制効果を示した。一方、HR関連遺伝子RAD54、RAD51Bの欠損細胞は、野生型細胞よりわずかに強く抑制される程度であった。RAD54-/-KU70-/-細胞は、高線量率X線(0.9 Gy/min)を照射した場合、もっとも高い増殖抑制効果を示したが、低線量率放射線の場合は、RAD54-/-細胞よりわずかに高い程度であった。
低線量率放射線を照射した場合には、NHEJがDSB修復に占める役割が大きくなることが明らかになった。低線量率放射線照射下では、ごく散発的にDSBが生じるため、(1) HRがS/G2期に限定されるのに対し、NHEJは細胞周期を通じて安定して機能する、(2) NHEJは、HRに比べてより少ないDSB数で活性化する、などの可能性が考えられる。RAD54-/-KU70-/-細胞に、低線量率放射線を照射した場合には、RAD54とKU70が関与しない別の修復機構が働いている可能性も考えられるため、現在さらに詳細な検討を進めている。