抄録
遺伝子破壊による逆遺伝学的解析は、細胞内でのタンパク質の機能解析に有効かつ強力な手段である。ニワトリDT40細胞は高い遺伝子ターゲティング効率を有し、遺伝子改変が比較的容易に行えるためこの目的に適した細胞である。
本セッションでは、DT40細胞を用いたDNA損傷応答研究の最近のトピックとして、以下の2つを紹介したい。
1)放射線によるアポトーシスにおけるDNA修復タンパク質 DNA-PKcs, Ku70の関与
DT40細胞由来の代表的なDNA修復経路遺伝子の欠損細胞(7経路11細胞株)を用い、X線照射によるアポトーシス反応を比較した。検討した細胞株の多くは有意な差を示さなかったが、DNA非相同末端結合(NHEJ)経路に関わるDNA-PKcsおよびKu70の2つの因子の欠損細胞株が、X線照射によるアポトーシス誘発に抵抗性を示すことを見出した。NHEJ経路におけるDNA-PKcsやKuの下流因子Artemis, Ligase IVの欠損細胞はいずれもX線照射によるアポトーシスをおこした。従って、X線誘発アポトーシスにはNHEJ経路そのものではなくDNA-PKとKu70の機能が必要であることが示唆される。
2)リン酸化・ユビキチン化によるファンコニ貧血・DNA修復経路の活性化メカニズム
ファンコニ貧血(FA)は稀な劣性遺伝性疾患であり、骨格異常を高頻度に伴い、進行性の造血幹細胞不全を発症する。現在、13の原因遺伝子(FANCA、B、C等)が知られており、FA経路と呼ばれる生化学経路で協調して機能すると考えられる。8つのFA遺伝子産物はFAコア複合体と呼ばれるユビキチンE3リガーゼ複合体を形成し、FANCD2とFANCIをモノユビキチン化する。両者はD2-I複合体としてクロマチン移行し、DNA修復機能を担う。我々は、最近FANCIのリン酸化がコア複合体のユビキチン化能を活性化し、FA経路の「分子スイッチ」として機能することを見いだした。