抄録
蛋白質を構成するアミノ酸はすべてL型であるが、近年、老化したヒトの眼の水晶体、眼の黄斑部、皮膚、靭帯、動脈壁、脳、肺など、紫外線影響や酸化的ストレスの影響の強い組織の蛋白質中にD-アスパラギン酸(D-Asp)が蓄積されていることが明らかになってきた。我々は80歳代のヒトの水晶体のαA‐クリスタリン中のAsp-58、Asp-151残基が著しくD-体化し、同時にこれらの反転には、隣接アミノ酸残基との結合がα結合からβ結合へと異性化(β-Asp化)する反応を伴っていることを明らかにした。この結果からAsp残基のD-体化は、隣接残基のイミノ基のNの不対電子が側鎖のカルボニル基を攻撃し、5員環イミドを形成し、このイミド上で反転し、加水分解してD-β-Aspとなることが判明した。従ってAsp残基の反転はイミド体が形成されやすいかどうかに依存している。イミド形成はAsp残基の隣接残基が立体障害のないアミノ酸である時に起こりやすいので、Asp残基の隣がGly、Ser、AlaなどであるときにD-体化が起こりやすいことが予測できる。事実、D-体化しているAsp-58、Asp-151残基の隣接残基はそれぞれ、Ser、Alaであった。蛋白質中でD-アミノ酸やβ結合が出現すると、どのような影響が生じるであろうか?D-体の出現は 隣同士の側鎖がペプチド平面に対し同じ方向に配置されるのでペプチド結合にひずみが生じると考えられる。また、ペプチド結合がβ結合になると主鎖の長さがα結合より長くなるので、これも蛋白質の構造に大きな変化をもたらすものと考えられる。これらの反応は紫外線照射や酸化的ストレスによって促進される。本講演では紫外線影響を受けた老人の皮膚蛋白質におけるD-Aspの増加も合わせて紹介し、酸化的ストレスによるAsp残基の反転反応が蛋白質の構造変化を引き起こし、加齢性疾患に至る可能性について述べる。