抄録
【はじめに】
白色X線を200µm 程度の間隔で並んだ幅20µm 程度のスリット状マイクロビームとして腫瘍組織を含んだラットの脳に照射すると、腫瘍細胞のみが死滅してX線が透過した腫瘍組織周辺の正常組織はほとんど損傷を受けないとする興味深い現象が報告されている。この現象の生物学的メカニズムはほとんどわかっていないが、X線スリット状マイクロビームが照射された領域と照射されない領域が交互に並ぶ組織内の照射条件の特徴から、照射細胞と非照射細胞とが何らかの形で関与したバイスタンダー効果がメカニズムの一つであり、さらにその効果における正常細胞とがん細胞の応答の違いが関与した複雑な機構で生じていることが考えられる。本年は、X線スリット状マイクロビームを照射された細胞集団の致死効果からの回復現象に対する応答の違いを、がん抑制遺伝子p53のステータスとの関係から調べた実験結果を報告する。
【実験方法】
細胞は、正常型のp53遺伝子を持つヒト由来正常細胞2種類、がん細胞株1種類と変異型p53遺伝子を持つヒト由来がん細胞株2種類の合計5種類を用いた。X線スリット状マイクロビーム照射は、財団法人高輝度光科学研究センターSPring-8のBL28B2で行った。細胞致死は、コロニー形成法による細胞の増殖死として検出した。照射後直ちにプレートに蒔いた場合と照射後12時間炭酸ガスインキュベーター内に保持した後にプレートに蒔いた場合との細胞生存率を比較して、致死効果からの回復を評価した。またギャップジャンクションの特異的阻害剤を用いて、細胞致死効果と細胞間情報伝達機構との関係を調べた。
【結果】
正常型p53遺伝子を持った細胞は、ギャップジャンクション特異的阻害剤を併用しない場合にのみ照射直後の生存率に対して12時間後の生存率が有意に上昇した。しかしながら、変異型p53遺伝子を持った細胞は、ギャップジャンクション特異的阻害剤を併用してもしなくても、直後と12時間後の生存率に差がなかった。以上の結果から、X線スリット状マイクロビームが照射された細胞集団の致死効果からの回復現象は、p53の遺伝子産物が直接的または間接的に関与した一連の細胞応答の一環として誘導されているバイスタンダー効果が密接に関係していることが示唆される。