抄録
放射線と甲状腺発がんとの関係は、チェルノブイリ原子力発電所の事故後に小児甲状腺がんが増加したことで明らかである。しかしながら、どのような分子メカニズムにより放射線誘発甲状腺がんが発生するかについては未だ不明な点が多い。放射線被爆後の発がんの多段階的なプロセスを明らかにするために、本研究では、バセドウ病患者より提供を受けた初代甲状腺細胞の、γ線照射に対する放射線初期応答について解析を行った。まず、1 Gyのγ線を照射し、DNA損傷チェックポイント因子のフォーカスを計測することによりDNA損傷チェックポイントの活性化を評価した。その結果、γ線照射直後から微細な53BP1フォーカスおよびリン酸化ATMフォーカスを確認し、大半の53BP1フォーカスがリン酸化ATMフォーカスと共局在することを認めた。また照射により生じたフォーカスは時間経過とともに速やかに消失し、24時間後では大部分のフォーカスが消失したが、一部の細胞においてはフォーカスが残存することを見いだした。次に、γ線照射による細胞周期停止をBromodeoxyurideneの取り込みを指標として検討したところ、6 Gyのγ線照射24および48時間後に取り込みの顕著な減少を観察した。さらに、照射7日後には9割以上の細胞が老化マーカーであるsenescence-associated-β-galactosidase (SA-β-gal)陽性を示し、不可逆的な増殖停止が誘導されていることを確認した。以上の結果より、ヒト初代甲状腺細胞においてDNA損傷応答の活性化、および永続的細胞周期停止の存在を初めて明らかにした。