抄録
生物多様性の保全に向けて、化学物質や放射線の影響を多様な生物について調べることが求められている。個体群の存続に関与する生存や繁殖などへの影響だけでなく、作用機作の理解やバイオマーカーの開発のために、分子レベルでの影響も解明することが重要である。トビムシは土壌を代表する節足動物として環境毒性評価試験に用いられている。トビムシの遺伝子発現を指標とした土壌診断マイクロアレイの開発も進められており、化学物質に応答するexpressed sequence tag(EST)情報の蓄積が進められている。しかし、放射線応答遺伝子については調べられていない。
本研究では、 Folsomia candidaトビムシの放射線応答遺伝子群を同定することを目的とした。トビムシに繁殖阻害線量(4および26 Gy)のγ線を急性照射し、転写誘導された遺伝子群をhigh-coverage expression profiling(HiCEP)により同定し、線量依存性を定量PCR法により確認した。
その結果、線量依存的に転写誘導されるものとして、酸化ストレスの解毒(glutathione S-transferase: GST)やDNA修復(poly(ADP-ribose) polymerase: PARP)、脱皮に関与するタンパク質をコードする転写産物や機能未知の転写産物が得られた。さらに、これらの中で強く誘導されたものについて、200 mGyのX線急性照射による転写誘導を調べたところ、複数の転写産物が有意に誘導された。トビムシは個体レベルでは放射線感受性が低いが(半数致死線量1350 Gy)、分子レベルでの放射線感受性はヒトに匹敵するほど高かった。しかしながら、200 mGyの線量で転写誘導された遺伝子には機能が未知のものも含まれており、トビムシの放射線応答の作用機作はヒトとは異なると考えられた。