抄録
放射線、紫外線、ある種の変異原物質は、ゲノムに付随するタンパク質を共有結合により不可逆的にトラップし、DNA-タンパク質クロスリンク(DPC)損傷を生じる。DPCは、かさ高い損傷として知られるピリミジンダイマーや芳香族アダクトに比べても極めてかさ高いのが特徴であり、複製・転写装置の進行を強く阻害し細胞に重篤な影響を与えると予想される。我々は、これまでに大腸菌をモデルとしてDPC修復機構を検討し、比較的小さいクロスリンクタンパク質(CLP) (<12 kDa)を含むDPCはヌクレオチド除去修復(NER)により修復され、これ以上大きいCLPを含むDPCはRecBCD依存的な相同組換え(HR)で回避されることを明らかにした。本研究では、哺乳類細胞でも同様な機構が働くか検討した。細胞粗抽出物を用いた活性アッセイの結果、NERが除去できるCLPの上限サイズは約8 kDaであり大腸菌に比べさらに小さいことが示された。細胞をDPC誘発剤で処理し経時的なゲノムDPCの変化を調べたが、NER依存的な修復は認められなかった。したがって、哺乳類NERは処理できるCLPサイズが小さいため、同機構はDPC修復に関与しないことが明らかとなった。また、DPC誘発剤処理した細胞では、ゲノムDPCのポリユビキチン化は観察されなかったことから、NERに先行するタンパク分解は起こらないと考えた。一方、HRを欠損したirs1SF (XRCC3)および51D1 (RAD51D)細胞は、DPC誘発剤に対して高い感受性を示し、 DPC処理にHRが関与する回避機構が働いていることが明らかとなった。これと一致し、DPC誘発剤処理した細胞では、RAD51およびγ-H2AXの核内フォーカスが経時的に増加した。以上の結果から、 HRはDPC処理機構として生物種を越え働くが、NERは原核生物に限定されたDPC修復機構であることが明らかとなった。