抄録
放射線照射によるDNA二重鎖切断の誘導は、ATMを基点としたDNA損傷シグナルを惹起する。この過程で、ATMの活性化にともなうヒストンH2AXのリン酸化は、MDC1をはじめとするDNA損傷チェックポイント因子の集積を促し、三次元的に構築されたDNA損傷フォーカスがATMによるDNA損傷シグナルの増幅に必須の役割を果たす。最近、MDC1のリン酸化がRPN8やRNF168によるヒストンユビキチン化を促進することによって、別のDNA損傷チェックポイント因子である53BP1のDNA損傷フォーカスへの集積を維持させることが報告されたが、これらヒストンの修飾は、いずれもがDNA損傷シグナルの増幅に不可欠である。そこで本研究では、リン酸化やユビキチン化に続くクロマチン修飾であるメチル化およびアセチル化の、DNA損傷フォーカス形成における役割を明らかにすることを目的とした。
正常ヒト二倍体細胞を、γ-線照射前後にメチル化およびアセチル化抑制状態で培養し、放射線照射によって形成されるDNA損傷フォーカスのサイズ変化を、抗リン酸化ヒストンH2AXおよび抗53BP1抗体を用いた蛍光免疫染色法により検出して検討した。その結果、p300/CBPによるヒストンH3の恒常的アセチル化が、DNA損傷フォーカスの維持に必要であることを見いだした。また、G9aヒストンメチル化酵素によるユークロマチン部位におけるヒストンH3リジン9のジメチル化も、一部DNA損傷フォーカスの維持にかかわっていることも明らかにした。興味深いことに、これらのクロマチン修飾は、放射線照射後初期のDNA損傷フォーカスの形成にはかかわっていなかった。
以上の結果から、放射線照射後のDNA損傷フォーカスの形成には、初期形成過程に必要なクロマチン修飾と、フォーカス維持過程に必要なクロマチン修飾の異なった種類の修飾が多段階的に関わっていることが明らかになった。初期の修飾は、放射線によって生成したDNA二重鎖切断によるクロマチン高次構造変化をマークするのに必要であるいっぽうで、後期の修飾は、クロマチン高次構造変化を固定するのに必要であると考えることができる。