抄録
低線量・低線量率放射線による生物影響は、高線量・高線量率放射線の場合とは異なることが明らかになりつつある。中でも、バイスタンダー応答は、放射線が直接ヒットした細胞の周辺の放射線がまったくヒットしなかった細胞にも、放射線由来の生物影響が誘導される現象であり、世界的に注目されている。しかしながら、従来のバイスタンダー応答に関する研究の多くは、主に高LETの粒子線を用いたものであり、放射線のリスクを考える上で重要となるX線・γ線などの光子放射線については十分明らかになっていなかった。
(財)電力中央研究所では、バイスタンダー応答を含めた低線量・低線量率放射線に対する応答機構解明のため、マイクロビームX線照射システムを、平成19年3月に導入した。本装置の特徴は、(1)デスクトップ型(2)フレネルゾーンプレート(FZP)を用いた集光系(3)共焦点レーザー顕微鏡を装備した点である。本システムは加速器を用いないため、通常の実験室に設置可能であり、電子線をアルミニウムターゲットに照射して発生させた特性X線(1.49 keV)をFZPにより回折させ、X線を集光する。物理測定の結果、直径2-3 μmのマイクロビームが安定して得られている。
ヒト胎児肺由来線維芽細胞WI-38の細胞核に、軟X線マイクロビームを照射した結果、バイスタンダー応答による細胞生存率の低下が、線量に依存して検出されることが明らかとなった。バイスタンダー細胞死は、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の阻害剤や、一酸化窒素(NO)のスカベンジャーであるcarboxy-PTIOを、照射前に添加することによって顕著に抑制された。以上の結果から、NOが軟X線によるバイスタンダー応答のメディエーター・イニシエーターとして重要であることが示唆された。
装置の現状についても、あわせて紹介する予定である。