日本放射線影響学会大会講演要旨集
日本放射線影響学会第53回大会
選択された号の論文の335件中1~50を表示しています
大会長特別企画「幹細胞と再生医療」
  • 須田 年生
    セッションID: SL-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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     幹細胞の存在が、明確に示されたのは、1961年のTillとMcCullochによる脾コロニー形成実験である。骨髄細胞を放射線照射したマウスに移植すると10日後に、脾臓に造血のコロニーが肉眼的に観察された。その元になる細胞を脾コロニー形成単位と呼んだ(彼らは、細胞は同定できなかったので、あえてコロニーの元になる細胞を単位と呼んだ)。この功績により、彼らは、2005年、ラスカー賞を受賞した。
     組織の大元にあたるこの幹細胞は、分化した細胞集団のなかに1/1,000 あるいは1/10,000 の頻度でしか存在しない。幹細胞の自己複製の現場をみるには、各種組織幹細胞はそれぞれの存在部位を明らかにする必要がある。皮膚ではバルジとよばれる部位、消化管ではクリプトの傍底部、脳では脳室下層、精巣では、精細管最外層部に幹細胞が存在するとされている。幹細胞が、未分化性を維持するためにはそれを可能にする環境因子が存在すると考えられる。その環境に対して、壁のくぼみを意味するニッチ(niche)という言葉が使われる。このニッチにより、幹細胞の数や分裂、生死までがコントロールされている。隣接細胞からのシグナル伝達やパラクライン因子などが幹細胞維持の制御に関わっている。近年、骨髄中の造血幹細胞は、骨周辺の骨芽細胞や間質細胞近くに存在することが分かった。抗がん剤を投与し、DNA合成期にある前駆細胞を死滅させ、生き残った静止状態(細胞分裂をしていない状態)にある細胞の存在部位を観察すると、幹細胞は、まさに骨梁の内側付近に局在し、細胞周期が遅い(slow cycling)。造血幹細胞は、接着分子を介してニッチ細胞と接着して、分裂を止めていると考えられる。
     1997年、Dickのグループは新たなアプローチの導入に成功し、がん幹細胞の存在を証明している。彼らは免疫不全(NOD/SCID:non-obese diabetic/severe combined immunodeficient)マウスを用いて急性骨髄性白血病の幹細胞を同定することに成功した。がん幹細胞は、slow cyclingで薬剤抵抗性を示す。この点で、正常幹細胞と似た性質を示す。 それでは、がん幹細胞にニッチ依存性はあるのか、あるとしたら、ニッチは、どのような働きをしているのか? 本講演では、正常幹細胞に対するニッチの役割を明らかにしながら、がん幹細胞のニッチを考察する。 ニッチを制御することにより、がんを抑制することはできないのか、最新のデータを示しながら、議論したい。
  • 沖田 圭介
    セッションID: SL-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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     ヒトやマウスの線維芽細胞に数種の遺伝子を強制的に発現させることで、細胞の状態を変化させ胚性幹(ES)細胞様の人工多能性幹(iPS)細胞が樹立されている。iPS細胞は生体外でほぼ無限に増殖し、培養条件を変えることで様々な細胞へと分化させることができる。この技術を応用することで疾患を持つ患者本人の細胞からiPS細胞を作製し、本人と同じ遺伝子情報を持つ神経細胞、肝細胞や心筋細胞など作り出すことが出来る。こうした細胞は疾患の発症機序の解明や、治療薬の開発、ひとり一人に合った治療薬の選択に役立つと考えられている。また、これまで入手が困難であったヒト細胞種を用いた放射線による生物作用の解析などにも利用できるだろう。基礎研究への利用が進む一方で、iPS細胞による再生医療も急速に世界中で研究が進行している。すでにマウスやラットなどの疾患モデル動物ではiPS細胞から作製した血液細胞や神経細胞での治療効果が報告されている。しかし、実際にiPS細胞を再生医療へ応用するためには、それぞれのiPS細胞の分化能力や安全性についてはもちろん、分化させた細胞が正常に機能するかなどを詳細に解析していく必要があるだろう。本会では最近の知見を踏まえて、iPS細胞の今後の課題と展望をご紹介したい。
  • 正井 久雄, 藤井 裕子, 加納 豊, 覺正 直子, 伊藤 さゆり, 沢野 朝子, 宮脇 敦史
    セッションID: SL-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    未分化ES細胞の細胞周期は、体細胞に比べG1,G2期が短く大半をS期に費やすという特徴的なパターンを示すが,これを保証する分子機構及びその全能性維持との関連に関しては大部分未解明である。我々はマウスES細胞でCdc6,ASK(Cdc7活性化subunit),CyclinA2,CyclinB1が大量に発現している事,分化誘導により顕著に低下する事を見い出した。転写レベルの活性化はこれらの因子のpromoter領域のヒストンアセチル化の亢進と呼応する。ES細胞ではubiquitin ligase APCの活性阻害因子Emi1が大量発現している。Emi1の発現はE2Fにより制御される。Emi1を抑制すると, APC活性が回復する為にCyclin A, B, ASKやGemininのタンパク質量が減少した。又、同時に、CyclinD1の発現、非リン酸化型Rbの出現など、G1期様の特徴が検出された。細胞周期可視化marker Fucciを用いた解析でもG1期の出現が示唆された。以上の結果から,未分化ES細胞特有の細胞周期制御因子の発現profile及び特徴的な細胞周期進行は,構成的に活性化しているE2F転写因子による転写促進とEmi1の大量発現によるタンパク質の安定化がもたらすCdk活性化、E2F活性化というpositive feedback loopによるというモデルを提出した。現在Emi1の発現抑制が全能性あるいは分化マーカー遺伝子の発現に及ぼす影響,大量発現がES細胞分化誘導に及ぼす影響を解析している。細胞周期進行の操作による幹細胞の増幅や分化の制御の可能性についても論じたい。
  • 近藤 亨
    セッションID: SL-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    個体・組織の恒常性は、組織幹細胞/前駆細胞の自己複製と機能細胞への分化、および不要となった細胞の除去により維持されている。しかし最近、組織幹細胞/前駆細胞が、加齢に伴い変性あるいはその能力を失い、その結果として様々な疾患(変性疾患、腫瘍)が発症すると考えられている。
      加齢に伴う組織幹細胞/前駆細胞の変性・能力低下は、これら細胞の老化が一因であり、その分子機構の解明は組織および個体老化の理解と共に、その予防方法と新しい発癌抑制法の創出に繋がる。私たちは精製オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)を用いた細胞老化実験系を確立し、新規細胞老化関連因子Esophageal cancer-related gene 4 (Ecrg4)を同定した。Ecrg4は細胞老化に伴い発現誘導される分泌因子で、その強制発現は網膜芽細胞腫(Retinoblastoma, Rb)タンパク質の脱リン酸化、サイクリンDの発現低下、老化細胞関連β-gal(SA-β-gal)活性の上昇を伴った細胞老化を誘導する。逆にEcrg4のノックダウンはこれら現象を抑制する。加えて、私たちはEcrg4が加齢脳の神経幹細胞、OPC、プルキンエ細胞を含む様々な神経細胞で発現上昇している事も発見した。これらの結果は、Ecrg4が中枢神経系老化を制御する因子の1つであること、その詳細な機能解析が加齢に伴う中枢神経系疾患の新規予防法・治療法の創出に結びつくことを示唆している。本講演では現在進めている未発表研究成果についても紹介する。
市民公開講座 第18回いのちの科学フォーラム「宇宙と生命の歩みと放射線」
  • 丸山 茂徳
    セッションID: CL-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    我々人類が生まれた大地である地球と生命の歴史の研究は、記録媒体となっている地層や岩石の中の記録解読を主な手法として発展してきたが、解読の背景に、地球以外の要素である、太陽の歴史、更には我が銀河系の歴史が非常に大きな影響を与えたことが示唆される時代となった。その影響を解読する分析技術の開発と、深宇宙の観測、更に宇宙で起きている銀河同士の衝突やスターバーストのダイナミクスの研究が新しい地球・生命観を生み出しつつある。それは日常的な気象変動においてさえ議論されるようになった。銀河宇宙線(GCR)が曇の凝結核の原因となり気候を支配する、またGCRはゲノム進化に重大な影響を与えるからである。
    地球史10大事件を以下に挙げる。
    1 太陽系誕生と地球誕生(銀河同士の衝突?)
    2 原始海洋誕生、プレートテクトニクス開始、生命の誕生、花崗岩地殻の誕生
    3 強い磁場の誕生、光合成の本格的開始、酸素濃度の上昇
    4 第1回全球凍結(23億年前;近接銀河の接近とスターバースト)、解凍後(21億年まえ)の真核生物誕生、酸素濃度の増加、超大陸の形成
    5 第2回全球凍結(7.7-5.4億年前;近接銀河の接近とスターバースト)と解凍後(5.4億年前)のカンブリア紀の生物の爆発的進化、海水準の低下、大量の堆積岩の形成と酸素濃度の急上昇
    6 古生代/中生代境界の生物大量絶滅(爬虫類の黄金時代開始)
    7 中生代/新生代境界の恐竜絶滅と隕石衝突(哺乳類の時代の開始)
    8 人類の誕生と進化、科学の発明
    9 情報革命の時代(21世紀);人類中心主義からの決別、人類史の新時代と系外惑星の発見のラッシュ(地球は孤独か?)
    10 人類の消滅とロボット新時代
  • 大西 武雄
    セッションID: CL-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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     地球上の生命は太陽からの距離から考えても、実に絶妙な環境で誕生した。地球に太陽粒子線が降り注ぎ、無機物から有機物が生成した。その有機物が集まって、原始生命体が誕生した。その後、地球上の全ての生命体は直接的または間接的に、実に巧みに太陽エネルギーを生命エネルギーとして、今日まで利用しつづけ、突然変異・進化をとげてきたことが解明できつつある。宇宙実験をすることにより、この地球環境を守りつづけ、地球で誕生したこの生命がいつまでも健やかにこの地球上で生き続けていくことの大切さを知った。すでに、人類は宇宙での長期滞在を実現している。さらには月や火星への旅も計画している。火星へは1年以上の期間が必要である。どのような克服が健康で安全な長期の宇宙旅行が実現するのか、をご紹介したい。
  • 藤堂 剛
    セッションID: CL-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    太陽光は、地球における全ての生物のエネルギーの源です。食卓を彩る様々な食物の多くは、太陽光を利用して植物が生み出した自然の実りです。家畜も穀物を餌として成長する事を考えると、我々が口にする全ての食物は太陽光を利用して生み出されたものと言っても過言ではないでしょう。他方、生物は光をエネルギー源にだけ利用しているわけではなく、「ものを視る」事にも利用しています。野球選手は高速で変化するボールを、瞬時に、しかも正確に捉える事ができます。この事は、ヒトを含む多くの生物が「ものを視る」為に極めて精巧なシステムを備えている事を示しています。つまり、太陽光による光情報を正確に捉える事が地球上での生存には必須であった事が判ります。
    一方、太陽光は生物に恵みをもたらすのみではありません。含まれる紫外線は我々のゲノムDNAを傷つけます。オーストラリアにはヨーロッパに比べ極めて強い太陽紫外線が降り注いでいますが、この地に移住した白人には皮膚がんが多発する事が知られています。太陽紫外線の脅威を示す実例です。オゾンホールの拡大は、太陽紫外線の脅威が今後更に増大する可能性を示しています。
    つまり太陽光は地球上の生物にとって、多大な恩恵を与えくれるエネルギーの宝庫であると同時に、生存を脅かす脅威の発生源でもある、まさに諸刃の剣であるわけです。
    本講演では、地球上の生物が太陽光の脅威をどのように克服し、その恩恵を如何に効率よく利用しているかをわかりやすく解説し,進化の過程で築き上げられてきた巧みな生命システムについて考えたいと思います。
  • 柴田 一成
    セッションID: CL-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    太陽は地球や生命のエネルギーの源である。太陽エネルギーのおかげで生命が地球に誕生し、現在まで進化してきたと言える。人類文明の未来も太陽エネルギーの活用にかかっている。
    ところが、近年の太陽観測によって、太陽の驚くべき正体、爆発だらけの素顔が明らかになってきた。地球の高層大気や近傍の宇宙空間は太陽の爆発によって、いつも恐ろしい「宇宙嵐」に襲われていることがわかったのだ。人工衛星がいつも故障の危機にさらされているだけでなく、宇宙飛行士は太陽面爆発からの放射線による被ばくの危険さえある。さらには、航空機のナビゲーション、電波通信、変電所の変圧器、さらには石油パイプラインまでも、太陽面爆発の影響で被害が起きることがわかってきた。太陽面爆発の影響の予報、すなわち、宇宙天気予報が緊急の課題となっている。
    本講演では、近年の観測に基づく最新太陽像を紹介するとともに、宇宙天気予報の現状と将来について解説する。
シンポジウム
シンポジウム1 宇宙放射線研究―ISS建設完成と宇宙実験報告と計画
  • 大西 武雄, 石岡 憲昭
    セッションID: S1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    ヒトが長期間滞在する宇宙空間は宇宙放射線と微小重力環境の二つが特徴的である。宇宙は人体に大きな影響を与える高エネルギー粒子線が含まれる低線量率・低線量の放射線環境である。宇宙放射線はDNA損傷、突然変異、染色体異常、奇形や白内障などを引き起こすことが知られている。ヒトが長期にわたって宇宙に滞在するためには、放射線のリスクを正しく評価することが不可欠である。今後の宇宙利用発展に向けた基盤的有人技術開発への貢献や新しい科学的知見の獲得を目指し、2008-2010年実施の国際宇宙ステーションISSの「きぼう」を利用した宇宙放射線研究プロジェクト(LOH、Rad Gene、Rad Silk、Neuro Rad)の狙いと成果について紹介したい。
  • 大森 克徳, 石岡 憲昭, 高橋 昭久, 大西 武雄, 谷田貝 文夫, 古澤 壽治, 馬嶋 秀行
    セッションID: S1-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    日本の宇宙実験室「きぼう」の与圧モジュールが2008年6月に国際宇宙ステーションに接続された。これを受け「きぼう」における初のライフサイエンス実験Rad Gene/LOHテーマのサンプルが2008年11月に「きぼう」に到着し、2009年2月に実験開始された。これを皮切りに、多くの宇宙実験が実施されたが、宇宙放射線の生物影響に関する研究としては、先の2テーマに加え、カイコを実験材料としたRad Silkテーマ、ヒト神経芽腫瘍細胞を用いたNeuro Radテーマの合計4テーマの実験が行われた。これらのテーマは「きぼう」に設置された細胞培養実験装置(CBEF)を使用して実施され、実験サンプルは既に全て地上に回収されている。今回の発表ではこれら4テーマの概要と準備、軌道上作業の結果について報告する。
  • 谷田貝 文夫, 本間  正充, 鵜飼 明子, 大森 克徳, 菅澤 薫, 堂前 直, 石岡 憲昭
    セッションID: S1-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    宇宙は人類にとって地上とは大きく異なる環境であり、様々な宇宙環境因子による生物影響を遺伝子レベルで解明することは、その環境の利用推進にあたって重要である。ここでは、国際宇宙ステーションのきぼう棟内にヒトリンパ芽球細胞を134日間凍結保存(被ばく総線量72mSv)して、宇宙放射線の生物影響を調べた結果を報告する。 低線量かつ低線量率の宇宙放射線の影響を高感度に検出する目的で、細胞を地上に回収した後、LOH( Loss of Heterozygosity:ヘテロ接合性の喪失)解析法を用いて、宇宙放射線によって生じたDNA損傷が原因と考えられる、遺伝子および染色体レベルでの突然変異の同定・解析を試みた。また、これらのDNA損傷が蓄積された結果、細胞の地上回収後の培養で放射線適応応答を示す(宇宙放射線被ばくが適応応答の前照射となりうる)可能性を追求する目的で、培養後にX線(2 Gy)照射を行い、上記と同様の遺伝解析法を駆使して“X線照射による変異誘発”の抑制効果についても調べた。X線照射の代わりに制限酵素I-SceIベクターの感染によって導入した、染色体DNA2重鎖切断の修復効率が上昇する可能性(適応応答効果)も併せて検討した。これらの実験結果は、宇宙放射線被ばく細胞が変異誘発と適応応答の両方をもたらす可能性を示唆している。
  • 高橋 昭久, 鈴木 ひろみ, 嶋津 徹, 関 真也, 橋爪 藤子, 大森 克徳, 石岡 憲昭, 大西 武雄
    セッションID: S1-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    宇宙空間は2つの大きな環境的特徴がある。1つは微小重力であり、もう1つは宇宙放射線である。がん抑制遺伝子産物p53はシグナル伝達経路を介して遺伝的安定性の役割を担っている。本研究の目的はp53依存的な調節遺伝子およびタンパク質の発現における宇宙放射線、微小重力とその両者の相互作用の影響について明らかにすることである。培養細胞として、ヒトリンパ芽球TK6細胞由来の正常型p53細胞(TSCE5)および変異型p53細胞(WTK1)を用いた。凍結状態で宇宙飛行しているので微小重力や打上げおよび帰還時の加重力の影響は無視することができ、国際宇宙ステーションの生物細胞培養装置(CBEF)内で1Gと微小重力のもと8日間培養した。地上コントロールとして宇宙飛行の期間に地上のCBEF内で8日間培養した。遺伝子とタンパク質の発現はそれぞれDNAチップとタンパク質チップを用いて解析した。さらに、凍結状態で133日間宇宙飛行後に培養した細胞における遺伝子発現も解析した。ここでは宇宙放射線、微小重力とその両者の相互作用によって発現が誘導および抑制された遺伝子およびタンパク質の分析とそれらのはたらきについて考察する。このような研究によって、長期宇宙滞在における宇宙放射線からの防護の手掛かりになることを期待している。
  • 大西 武雄, 高橋 昭久, 永松 愛子, Su Xiaoming, 鈴木 雅雄, 鶴岡 千鶴, 鈴木 ひろみ, 嶋津 徹, 関 真也, 橋爪 ...
    セッションID: S1-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    宇宙スペースステーション(ISS)での宇宙飛行133日間に受ける宇宙放射線被曝線量の物理・生物線量測定に成功した。宇宙放射線物理測定具 (PADLES package; CR-39固体飛跡検出器とTLD熱ルミネッセンス線量計) をヒトリンパ芽球TK6細胞由来の正常型p53細胞TSCE5および変異型p53細胞WTK1の細胞培養キットに密着させた。物理測定では0.5 mSv/dayと測定された。これまで生きた細胞での宇宙放射線による遺伝子損傷が可視化できていなかった。地上コントロールとしてケネディスペースセンターの冷凍庫で保存されていたサンプルには殆どγH2AXのフォーカスがなかった。地上実験でのX線によるDSB生成は散乱したフォーカスであるが、鉄粒子は直線的に核内を貫いたフォーカスを形成することを確認していた。高LET宇宙放射線はISSを貫き、冷凍庫のサンプルフォルダー内の細胞核にγH2AXのトラックを形成した。その頻度から0.7 mSv/dayとした。物理測定値に近かった。宇宙飛行サンプルが地上での2 Gyの高線量X線急照射に対して放射線適応応答を獲得できるかを調べた。帰還後宇宙サンプルを6 時間培養し、X線照射後細胞死・アポトーシス出現頻度と二動原体染色体異常出現頻度を測定した。正常型p53細胞にのみ、いずれの放射線適応応答も観察された。変異型p53細胞では見られなかった。hrpt遺伝子突然変異誘発についても同様であった。地上コントロールでは正常型p53細胞・変異型p53細胞とも放射線適応応答が観察されなかった.今回の宇宙飛行で放射線適応応答のwindowにあたる20-100 mSvの宇宙放射線を被ばくしていたと考察した。
  • 古澤 壽治, 一田 昌利, 野島 久美恵, 今村 利勝, 長岡 純治, 杉村 順夫, 大森 克徳, 鈴木 ひろみ, 永松 愛子, 嶋津 徹, ...
    セッションID: S1-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    宇宙放射線の生物影響を検討するため、1997年に蚕卵をスペースシャトルに9日間搭載したところ、短期飛行のためか奇形蚕が発生したが、放射線による変異発生は観られなかった。これを踏まえ、本実験では長期(約3カ月)にわたる宇宙放射線被曝の影響をみるため、被曝影響検出する簡便な方法を確立し、卵を国際宇宙ステーションに約3カ月搭載した。地上実験では黒縞系統に小石丸を交配することによって得た卵(ヘテロ接合体)(PS/p) に、放医研HIMACを用い炭素線, ネオン線、鉄線を照射したところ、この卵からの5齢幼虫に黒い皮膚を背景に白い斑点(体細胞突然変異)が生じた。この発現頻度は照射線量とLETに依存して増加し、少なくとも40mGyから変異の検出が可能であった。また、炭素線やネオン線を照射すると白斑が2~3個現れるのに対し、鉄線を照射すると無数の小白斑が幼虫体表面全体に現れた。これらを指標とし、休眠覚醒卵や胚発育卵させた場合における突然変異発生について検討した。搭載中に受けた被曝線量をJAXA PADLES受動積算線量計で計測すると25-27mGyであったが、搭載した卵からふ化した幼虫では体細胞変異の発現はみることができなかった。しかし、これらの雌雄の蛾を交配させ第二世代の卵を産ませ、ふ化幼虫を飼育したところ、地上実験で得られた2種類の突然変異や、腹脚が融合した幼虫も検出した。このことは、搭載卵中の胚の生殖細胞を重粒子線がヒットしたことに起因するものと推察した。
  • 馬嶋 秀行, 犬童 寛子, 石岡 憲昭, 鈴木 ひろみ, 島津 徹, 矢野 幸子, 谷垣 文章, 桝田 大輔
    セッションID: S1-6
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    宇宙では、宇宙放射線および微小重力の環境にあり、これらの影響の評価を行う必要がある。ヒト神経細胞種由来SK-N-SH細胞は、神経細胞の特徴をもつ増殖が遅い株化細胞である。この細胞はSTS131(19A) にてケネディースペースセンターから打ち上げられ,国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」上の細胞培養装置(CBEF)上にセットされ、1GおよびμGにて37℃にて培養が開始された。14日間ないしは28日間培養を行い、その後固定された。すぐ凍結され,細胞は、凍結のままSTS132(ULF4)に搭載され帰還した。すぐさま筑波宇宙センターに送られたサンプルは、その翌日鹿児島まで運ばれた。サンプルは現在遺伝子発現、ミトコンドリア遺伝子障害等を中心に解析中である。
シンポジウム2 放射線による細胞死を考える
  • 近藤 隆, 三浦 雅彦
    セッションID: S2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    放射線による細胞死は放射線による治療のみならず、生体防御上も重要な研究課題である。放射線によるアポトーシスについては、多くの研究成果が報告され、その分子機構が明らかとなってきた。また、ネクローシスに関する論文も多く発表されている。最近ではこれ以外の細胞死の様式も報告され、その分子機構が注目されている。即ち、細胞死の機構は多様であり、従って、放射線による細胞死も多様であり、その分子機序の解明と制御が治療戦略上重要である。ここでは、アポトーシス、オートファジー、Mitotic catastrophe, 老化様増殖停止(SLGA)について、講演を願い、放射線による細胞死の全貌について理解を深め、各々の意義について考察する。
  • 三浦 雅彦
    セッションID: S2-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    放射線は生体に対し、分子、細胞、組織、個体レベルにおいて様々な影響を与える。細胞は、生死の概念を適応できる最小単位であり、その生死は、より高次のレベルに大きな影響を与える。古典的放射線生物学では、標的説やLQモデルによって線量―細胞生存率曲線に基づいた細胞死の多寡のみが議論され、質的問題としての細胞死様式について、大きく注目されることはなかった。その後、アポトーシスに関する分子メカニズムの解明が急速に発展することで、その引き金や執行の分子メカニズムが明らかとなり、アポトーシスにも様々な形態があること、さらにnon-apoptoticな細胞死にも多様な様式が存在することもわかってきた。それぞれの細胞死様式の分子メカニズムならびに細胞生物学的特徴の詳細を捉えることは、放射線の生体に対する影響や放射線治療効果を考える上で極めて重要であると考えられる。本シンポジウムでは、アポトーシス、マイトティック カタストロフ、老化様増殖停止、そしてオートファジーについて、それぞれの分野の第一線の研究者に、最新の知見と展望について論じて頂き、放射線による細胞死の全貌について理解を深め、おのおのの意義について考察する。
  • 近藤 隆
    セッションID: S2-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    アポトーシスは遺伝子制御された細胞死であり、がん治療においても、この効率的誘導が理想とされ、その過程に活性酸素・フリーラジカルが関与することが判明してきた。最近の研究で、温熱や超音波でも細胞内に活性酸素が生成し、これがアポトーシスに重要な役割を担うことが明らかとなった。興味あることに、生体にとって酸素は生命活動に必須の分子であるが、酸素はその特異的な電子状態によりビラジカルと称され、電子移動により、より反応性の高い活性酸素に変化し、老化、発癌、そして多くの疾患の原因となる。放射線は、直接水分子を分解して細胞内に活性酸素を生成する。さらにDNAと反応、DNA二本鎖切断を誘発し、放射線による細胞死の原因となる。特に、放射線アポトーシスにおいて、p53の役割は重要である。一方、照射後、二次的に細胞内に生じた活性酸素もアポトーシス修飾に働き、過酸化物はその増強に作用する。 本発表では、放射線アポトーシスについて、主にヒトリンパ腫細胞U937株を用いた場合の細胞内活性酸素修飾による影響について述べ、放射線細胞死におけるアポトーシスの位置づけについて考察する。
  • 鈴木 啓司, 鈴木 正敏
    セッションID: S2-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
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    放射線照射により細胞死が引き起こされることは広く知られた事実であるが、その死の分子メカニズムについては未だに不明な点が多い。我々は、特に付着系の細胞で、非アポトーシス性の細胞死が、放射線による主要な細胞死のモードであることを報告してきた。正常ヒト二倍体細胞を用いた実験から、放射線照射後に残存するDNA損傷が持続的にATM-p53経路依存的G1チェックポイントを活性化し、その結果、細胞はG1アレストの持続を経て老化様形質を発現するようになる。一方、がん細胞でも、放射線照射による老化様増殖停止の誘導が確認された。従来、がん細胞では放射線によるアポトーシスの誘導が報告されるが、その割合は細胞の致死率を説明できる程高くはなく、非アポトーシス性の細胞死モードとして老化様増殖停止が注目されるようになってきた。がん細胞では、G1アレストが十分に誘導されず、またG2アレストの持続にも異常があることから、多くの細胞はDNA二重鎖切断をもちながら細胞分裂期に入っていく。その結果、染色体断片や染色体架橋が生じ、このような細胞は分裂異常、いわゆるmitotic catastrophe(MC)を起こす。MCを起こした細胞は多くが細胞分裂を完遂できず、微小多核細胞などになって次のG1期に留まる。これ以外にも、細胞分裂を経ずに細胞周期を進行させた細胞は、巨核細胞になってG1期に留まり、いずれの場合も、この過程で老化様増殖停止を誘導することが明らかになった。以上のように、老化様増殖停止は、組織によっては放射線による細胞死の主要なモードになっており、その理解は、より効果的な放射線治療法の確立に貢献すると期待される。さらには、老化様増殖停止を誘導した細胞は、液性因子の分泌を介して周辺の細胞に影響を及ぼすことも明らかになりつつあり、放射線照射を受けた組織全体の応答を理解する上でも重要なキーになると考えられる。
  • 清水 重臣
    セッションID: S2-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
     細胞死は生命の発生や恒常性維持に不可欠の生命現象であり、その破綻は癌や神経変性疾患をはじめとする多くの疾患の原因となる。これまでは、ほとんど全ての生理的細胞死は、厳格なシグナル伝達のもとに実行されるアポトーシスであると考えられてきたが、我々は非アポトーシス細胞死も重要な役割を担っている事を発見した。このような、非アポトーシス細胞死として、_丸1_オートファジー細胞死、_丸2_ミトコンドリアの膜透過性変化を介したネクローシスを同定し、種々の生理現象や病理現象との関連を見いだしている。  本講演では、最近発見した新たなオートファジー機構に関する知見なども併せて、放射線によるオートファジーと細胞死の全体像を講演する。
  • 佐谷 秀行, サンペトラ オルテア
    セッションID: S2-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    現在広く使用されている抗腫瘍薬としてDNA傷害性薬剤、微小管作動性薬剤があるが、これらの薬剤によって処理された腫瘍細胞は分裂期に長期に停止し、分裂期から直接死滅することを私達はこれまでの動態解析の研究によって示してきた。この細胞死は分裂期崩壊(mitotic catastrophe)と呼ばれ、放射線による腫瘍細胞死もこの様式をとることが多い。私達は分裂期崩壊は細胞が分裂中期に停止する時間と相関することを見出し、紡錘体チェックポイント機能が長時間(10時間以上)活性化していることが必要であることを明らかにした。長時間分裂期に停止すると、どのような分子機構によって分裂期崩壊が誘導されるのか、またその機構がなぜ癌細胞に特徴的に作動するのかについて述べ、それに基づき薬剤抵抗性の新たなメカニズムについて議論を行いたい。
シンポジウム3 放射線誘発白血病:原爆疫学・分子メカニズムから予防法の開発まで
  • 稲葉 俊哉, 朝長 万左男
    セッションID: S3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    放射線誘発白血病は放射線影響研究の原点であり、放射線・化学療法後の二次性白血病の多発という、すぐれて今日的問題でもある。本シンポジウムでは必ずしも血液学を専門としない放射線研究者を対象に、疫学、その分子メカニズムから、予防法の開発まで、基礎的な知見と先端的な研究を紹介する。
    原爆被爆者の白血病の多発は、早くも投下2年後に始まり、7年後にピークに達したのち、約30年を経てほぼ収束した。一方、白血病と入れ替わるように、骨髄異形成症候群(MDS)という白血病と緊密に関連する血液疾患が増加し、65年経った今日でも発症率が高止まりしている。被爆後早期の白血病の多発は染色体転座からのキメラ遺伝子形成によるものと考えられているが、遅発性のMDSにはAML1/RUNX1転写因子の点突然変異や7番染色体の欠失などが深く関与していることが明らかとなった。また、小児白血病・小児がん患者の放射線修復遺伝子解析から、放射線による発がん頻度が高いグループの存在が想定されており、個人レベルでの放射線発がん予防や低線量放射線防護の観点から注目される。
    本シンポジウムではこれらのテーマについて最先端の研究の紹介を行ったのち、総合討論で今後の研究の方向性を議論したい。
  • 岩永 正子
    セッションID: S3-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    白血病は、原爆被爆者に放射線の影響が最初に現れた悪性腫瘍である。白血病の病型のうち、慢性骨髄性白血病(CML)、急性リンパ性白血病(ALL)、急性骨髄性白血病(AML)において、放射線による過剰死亡リスクが明らかとなった。ただし、被爆者に増加した白血病細胞の形態と一般集団の白血病細胞の形態とに違いは認められていない。いずれの病型も1950年代にピークに達し、その後減少したが、全く終息したわけではない。最近の放射線影響研究所による1950-2000年の死亡情報に基づく白血病のリスク解析では、若年被爆者においてAMLの過剰リスクが上昇傾向にあることが観察されている。近年、白血病の治療は劇的に改善している。罹患情報に基づく解析であれば、さらなる過剰リスクがあることが予想される。骨髄異形成症候群(MDS)は、血球の形態異常を特徴とする造血幹細胞異常疾患で、2000年に血液腫瘍の範疇と見なされるようになった。MDSの約25-30%が経過中に白血病(多くはAML)に移行し、一般的に前白血病と認識されている。白血病同様MDSも、染色体異常が病態と密接に関連している。しかし臨床的に両疾患は異なる部分が多く、原爆被爆者における白血病リスクを単純にMDSに外挿することはできない。長崎大学と放射線影響研究所は、数年前よりMDSの詳細な疫学研究を共同で行っている。これまでの解析において、あきらかに距離・線量依存的なMDSのリスク増加を確認している。MDSは高齢者に多い疾患である。被爆者の高齢化によって今後も発症数が増加することが懸念される。本発表では、白血病とMDSの病態ならびに発症リスクの類似点と相違点について、これまでの知見と最新の研究成果を交えて紹介する。
  • 原田 浩徳
    セッションID: S3-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    被ばくによる健康被害として、広島・長崎原爆投下の数年後に白血病が多発したことが良く知られている。被爆後60年以上を経た今もなお、原爆被爆者では悪性腫瘍の発現頻度が高いが、近年増加している血液異常は、被爆直後に見られた白血病とは異なる骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome; MDS)であることが明らかにされつつある。MDSは造血幹細胞のクローナルな異常に起因し、無効造血と血球の形態や機能異常を呈する疾患群である。治療抵抗性で慢性の経過を示し、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia; AML)への移行が見られることから、前白血病状態に位置づけられている。MDSではAMLのような染色体転座はまれであり、MDSの発症および進展には多数の遺伝子異常の積み重ねが必要である。われわれは、MDSおよびMDS由来AML(MDS/AML)では造血に必須の転写因子をコードするAML1/RUNX1遺伝子の点突然変異が高率であることを見出し、発症機構の主要部を担う遺伝子異常の一つであることを明らかにした。特に、放射線被ばく者である広島原爆被爆者およびセミパラチンスク核実験場近郊住民のMDS/AML患者においては、AML1点変異が高頻度であった。また、AML1点変異は他の悪性腫瘍に対する化学療法や放射線療法後の治療関連MDS/AML 患者にも高頻度に見られることから、AML1点変異が放射線や化学療法によるMDS/AMLのバイオマーカーの1つである可能性が示唆された。点変異の起こる部位はAML1全長に分布し、その結果生じる様々な変異体は正常AML1としての機能(転写活性化能)を失っている。しかし単なるAML1の機能消失ではなく、N末端側変異体とC末端側変異体では異なった腫瘍原性作用を持ち、発症メカニズムが異なる。このことから、AML1点変異はMDS/AML発症におけるマスター遺伝子変異であり、放射線被ばくや今後増加が予測される治療関連のMDS/AMLに対する早期診断法として有用であると考えられる。
  • 松井 啓隆, 稲葉 俊哉
    セッションID: S3-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)では、10~30%の症例で7番染色体全長もしくは長腕の部分欠失(-7/7q-)を認め、治療抵抗性で予後不良であることが知られている。また放射線治療後や化学療法後に発症する二次性白血病では、-7/7q-は半数以上の症例に見られることから、7番染色体長腕上の責任遺伝子単離と治療方法の開発が求められてきた。われわれはアレイCGH法を用い、7q21.3のAML共通微小染色体欠損領域から3つの責任遺伝子候補(Samd9=Kasumi, Samd9L=Titan, LOC253012=Miki)を単離し、その機能解析を進めてきた。3遺伝子のうち、KasumiTitanはアミノ酸レベルで約60%の相同性を有する関連タンパク質をコードしており、マウスはTitanに相当する遺伝子のみを有する。そこでわれわれはTitan遺伝子欠損マウスを作製し、個体レベルの解析を行った。その結果、本マウスは対照群に比べ高頻度にAMLを発症したことから、Kasumi/Titanが実際に-7/7q- AML/MDSの有力な責任遺伝子候補と考えている。Titanタンパク質はその一部が細胞質内の小胞に局在し、細胞内に取り込んだサイトカイン受容体の分解制御に関与しているようである。Titan発現抑制細胞では、サイトカイン受容体の適切な分解がなされず、細胞内に受容体を蓄積しサイトカイン・シグナルの活性化が遷延する。これがAML/MDS細胞の増殖や分化抑制につながっているのではないかと考えられる。一方、もうひとつの責任遺伝子候補Mikiは、細胞分裂期の中心体と紡錘糸に局在するタンパク質をコードする。Miki発現抑制細胞の表現型から、Mikiは分裂期中心体の成熟を担うタンパク質のひとつと考え、解析を進めている。-7/7q-を伴うMDSでは、高頻度に分裂細胞の形態異常や、それに伴う核形態異常を認めることも、Mikiが造血細胞の分裂制御に関与することを示唆している。現在、-7/7q-と協調的にAML/MDS発症に関与するジェネティックおよびエピジェネティックな遺伝子発現変化をとらえることに注力しており、-7/7q-のAML/MDS発症メカニズム解明と治療法の開発につなげることを目指している。
  • 高木 正稔, 水谷 修紀
    セッションID: S3-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    悪性腫瘍の発症は遺伝的背景と環境要因の組み合わせによって起こると考えられている。その遺伝的背景として我々は小児ホジキン病および乳児白血病発症にATM遺伝子の1塩基多型(SNPs)による機能的失活が寄与していることを明らかにした。 小児の白血病の一部はすでに胎児期に発症していることが示されている。このことから小児の白血病発症に係る環境因子として妊娠中の化学物質や放射線への暴露を考える必要がある。妊娠マウスを用いて胎児におけるDNA損傷とトポイソメラーゼの阻害との関連を検討した結果、少量のトポイソメラーゼの阻害剤によって、母体骨髄より高率に胎児肝造血細胞においてDNA損傷が白血病発症に深いかかわりのあるMLL遺伝子近傍に起こることが明らかとなった。またin vitroにおいてDNA損傷応答機構に異常のあるATM欠損細胞ではこのMLLの断裂が染色体転座につながることが明らかとなった。これら結果から、妊娠中にトポイソメラーゼの阻害剤に暴露されることによってMLLの近傍にDNAの切断が起こり、さらにDNA損傷応答機構に障害を持つと白血病発症に関係のあるMLLの転座へとつながることが想定された。 骨髄異形成症候群(MDS)はアポトーシスによる無効造血を特徴とする疾患で40-50%が白血病(overt leukemia; OL)に移行することから、白血病発症の前がん段階とも捉えられている。MDSにおけるDNA損傷応答の役割を明らかにする目的で、免疫組織染色を用いて検討した結果、DNA損傷応答に関与するタンパク質がMDSの骨髄で活性化していることが明らかとなった。MDSの細胞が白血病化する段階でこのDNA損傷応答機構がどのように変化するか、MDSからOLへ移行した一例について、検討した結果、興味深いことにATM遺伝子はOLに進行した段階で片側のアレルの欠失が起り、またp53はMDS期には野生型であったが、OL期では変異を獲得していた。これら結果からMDS細胞がOLへ進展するに当たりDNA損傷応答機構にかかわるATMとp53の機能的失活を獲得したことが明らかとなり、MDSでDNA損傷応答機構の活性化がcancer barrierとして機能し、白血病化を抑えていることが明らかとなった。
シンポジウム4 DNA損傷応答とゲノム高次構造
  • 鈴木 啓司, 山下 俊一
    セッションID: S4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    DNA損傷応答の分子機構が明らかになるにつれて、ATMを基点とするDNA損傷チェックポイントの活性化やDNA損傷情報伝達に、クロマチン構成要素が深く関与していることが明らかになってきた。とりわけ、ヒストン蛋白質の化学的修飾(リン酸化、ユビキチン化、Sumo化など)は、損傷クロマチン領域のエピジェネティックマーキングとしての機能だけでなく、クロマチン高次構造を更に変化させる駆動力としても重要である。本シンポジウムでは、ゲノム構造の制約を受けたクロマチン高次構造が、放射線により誘発されたDNA二重鎖切断によりどのような影響を受けるか、またその結果放射線に対する細胞応答にどのような役割を果たしているのか、その全貌を明らかにすることを目的にした。
  • CHEN David
    セッションID: S4-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    DNA-Pk is the essential component of nonhomologous end joining (NHEJ) pathway for DNA-double strand break (DSB) repair. While NHEJ is predominately active in G1, it is not clear how interplay between NHEJ and homologous recombination (HR) in S or G2 phases of the cell cycle. We have tested the hypotheses that DNA-Pk plays an active role in modulating the interplay between NHEJ and HR in S phase of the cell cycle. I’ll first discuss the role of Ku in modulating DNA end resection; subsequently, I’ll discuss a potential role of phosphorylation status of DNA-PKcs at T2609 cluster in modulating HR. We have studied the inhibition of DNA end resection in vitro mediated by human Exo1 in the presence of Ku70/80, DNA-PKcs, Mre11 or MRN complex using purified proteins. Our results showed that Ku blocks DNA end resection (5’-3’) mediated by Exo1 if Ku is bound to dsDNA. Such inhibition cannot be reversed by the addition of Mre11 or MRN complex. Further more, when DSB ends are persistently occupied by Ku, DNA end resection is blocked and subsequently HR is attenuated. In addition, when DNA-PKcs phosphorylation at T2609 cluster is blocked, it affects both NHEJ and HR. Hamster cells with T2609 S/T to A mutations (6A) are highly sensitive to MMC, CPT and UV in addition to IR. Further more, 6A mutant is sensitive to IR in S phase of the cell cycle compares with the null mutation and defective in I-sceI mediated HR. Taken together, our results support the hypothesis that Ku is recruited to DSBs, stabilizing the ends and interplay between HR and NHEJ in S phase of the cell cycle. In addition, phosphorylation status of DNA-PKcs at T2609 clusters further modulating the HR pathway of DSB repair.
  • 山内 基弘, 鈴木 啓司, 山下 俊一
    セッションID: S4-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    これまでの研究から、ATM蛋白質はDNA二重鎖切断のみならず、DNA二重鎖切断を伴わないクロマチン高次構造変化によっても活性化することが明らかとなっている。そこで本研究では「異なる染色体間で誤ったDNA二重鎖切断修復が行われた際には、DNA二重鎖切断によって崩壊したクロマチン高次構造が正常に回復しない場合があり、その場合にはDNA二重鎖切断再結合後もATM活性化が持続する」という仮説を立て、その検証を行った。ATM依存的な分子応答としてSer139リン酸化ヒストンH2AXフォーカスを、ガンマ線照射したG0/G1同調細胞の同調解除後の第一分裂期染色体上で観察した結果、フォーカスは二動原体・三動原体染色体、あるいは一見無傷の染色体など、すでにDNA二重鎖切断再結合が終了してから長時間(少なくとも15~19時間以上)経過している染色体の内部においても持続的に形成されていることが分かった。またATM阻害により2 Gyガンマ線照射後の第一分裂期における染色体転座の頻度は約5倍上昇し、p53 siRNA処理によっても同様に上昇したことから、ATMによる転座頻度の抑制は主にp53依存的なチェックポイントによるものであると考えられた。さらにATM阻害剤存在下で2 Gy照射後、第二分裂期までATM阻害剤を処理し続けた群と第一分裂期までATM阻害剤を処理し、その後第二分裂期までは阻害剤除去によりATM活性を回復させた群とで第二分裂期における転座頻度を比較した結果、後者で転座頻度が減少することが分かった。以上の結果から、DNA二重鎖切断修復が完了後もそれが異なる染色体間の誤った修復である場合、ATM依存的なチェックポイント応答が持続し、その持続的応答により染色体転座が次世代に受け継がれるのを最小限に抑えていることが示唆された。
  • 小林 純也, 藤本 浩子, 加藤 晃弘, 林 幾江, 小松 賢志
    セッションID: S4-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
     ゲノムDNAはクロマチン高次構造をとることにより、遺伝情報を安定に維持している。しかし、いったんゲノムDNAに損傷が発生すると、ヒストン修飾に代表されるクロマチン修飾・リモデリングを経て、細胞周期チェックポイントにより増殖停止し、損傷DNAを修復する。DNA損傷応答における代表的なヒストン修飾としてはヒストンH2AXのリン酸化が知られるが、我々は以前、H2AXのリン酸化がATM依存性細胞周期チェックポイントの活性化に重要である、H2AX/H2Aのアセチル化はDNA二重鎖切断(DSB)修復の主要経路の一つ、相同組換え修復(HR)に重要であることを明らかにした。それ故、DNA損傷応答におけるH2AX修飾に代表されるクロマチン修飾の役割を明らかにするために、DNA損傷発生時のH2AX複合体の構成因子群の同定を、質量分析計を用いたプロテオミクス解析で試みた。同定因子の一つ、nucleolinは核小体の主要構成タンパク質であるが、DSB損傷発生部位に集積することが、免疫沈降法、Laser micro-irradiation法、クロマチン免疫沈降法で確認された。DNA損傷応答における役割を明らかにするためにsiRNAでノックダウンすると、ATM依存性チェックポイントの活性化、HR修復、さらにIR照射時のDSB修復能がともに低下した。また、HR修復の主要因子、RPA, Rad51のDNA損傷依存的なクロマチンへの蓄積も抑制されていた。最近、nucleolinは転写制御においてH2A/H2Bをヌクレオソームから解離させることにより転写を促進すると報告されたことから、nucleolinはDSB損傷部位においてもH2A/H2Bの解離を介したクロマチン修飾を通して、DSB損傷応答を制御することが考えられる。
  • Bekker-Jensen Simon
    セッションID: S4-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    One of the most striking features of the cellular response to DNA double strand breaks (DSBs) is the accumulation of proteins into large and microscopically discernible structures in the vicinity of the lesions – the so-called ionizing radiation induced foci (IRIF). This accumulation process is orchestrated by post-translational histone modifications, which serve as affinity platforms for DNA damage response (DDR) proteins. The most proximal of these modifications seems to be the phosphorylation of the histone variant H2AX by the ATM kinase (γ-H2AX), which leads to the recruitment of Mdc1 and its associated protein partners. One of these is the ubiquitin ligase RNF8, which mediates K63-linked poly-ubiquitylation of histones, which in turn is required to target downstream DDR factors such as 53BP1 and BRCA1 to sites of DNA damage. Since our initial discovery of RNF8-mediated histone ubiquitylation, we and others have uncovered the identity and functions of additional components of this pathway, highlighting the exquisite complexity of this reaction. While the relatively inactive RNF8 ligase is critically required to prime the ubiquitylation reaction, a much more active ligase, RNF168, plays a crucial role in amplifying the response. We recently identified Herc2 as a novel factor that is required for DDR-associated histone ubiquitylation. Herc2 is a giant 500 kDa protein that plays a key role in the DDR by orchestrating the assembly of an active RNF8 ubiquitin ligase complex, and directing this activity towards histones H2A and H2AX. In my talk, I will review how DDR-induced histone ubiquitylation is orchestrated, and present our latest findings on the functions of Herc2. I will also present how DNA damage induced SUMOylation of several of the above components regulates the response.
シンポジウム5 DNA損傷応答と疾患
  • 田代 聡, 井倉 毅
    セッションID: S5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    放射線が誘導するDNA二本鎖切断を含むさまざまなDNA損傷は、適切な修復機構により正確に修復されるか、損傷シグナル伝達での細胞死誘導により細胞ごと生体から排除される。このようなDNA損傷応答機構により、個体内でのゲノム情報の安定性が維持されている。しかし、ゲノム損傷が不正確に修復された場合は、遺伝子レベルでの変異や染色体異常などにより細胞の遺伝情報が改変されてしまう。さらに、改変された遺伝情報を持つ細胞の排除に「失敗」した場合は、癌や神経疾患、早老症などさまざまな疾患の発症に繋がる。一方、DNA損傷の修復あるいはシグナル伝達の適切な制御には、ヒストンの翻訳後修飾などによる損傷クロマチンの構造再構築が関わっていることが明らかにされ、DNA損傷応答におけるクロマチン再構築機構の役割が注目されている。
    本シンポジウムでは、ゲノム修復研究の最新の知見を紹介するとともに、疾患の発症に繋がるゲノム損傷の不正確な修復が発生するメカニズムについて様々な角度から討論したい。
  • 細谷 紀子, 宮川 清
    セッションID: S5-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    Homologous recombination (HR) is essential for cells to maintain genome stability through the precise repair of DNA double-strand breaks and other lesions that are produced by a variety of exogenous and endogenous agents. Defects in HR due to mutations or epigenetic silencing of the HR genes are associated with cancer predisposition. We have recently found that meiosis-specific synaptonemal complex proteins are aberrantly expressed in various cancer cells, whereas their roles in mitotic cells are poorly understood. In this symposium, we will show that HR can be inactivated by aberrant expression of the meiosis-specific synaptonemal complex protein SYCP3 in mitotic cells, raising a novel mechanism for genome instability and cancer development. We generated epithelial cells expressing SYCP3, and found that these cells demonstrated phenotypes reflecting impaired HR, such as increased DNA double-strand breaks, hypersensitivity to DNA damage, reductions in radiation-induced RAD51 foci formation and sister chromatid exchanges, and aneuploidy. The molecular mechanism underlying the inhibition of HR by SYCP3 will be discussed based on our recent data on dynamics of SYCP3 and key molecules involved in HR.
  • RASS E., GRABARZ A., GUIROUILH-BARBAT J., PLO I., BERTRAND P., LOPEZ B ...
    セッションID: S5-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    Double Strand Breaks (DSBs) are highly toxic lesions, which can be repair by homologous recombination or non-homologous end-joining (NHEJ). Recently has emerged the concept of alternative NHEJ (A-NHEJ) pathway(s).
    We used intrachromosomal substrates to monitor NHEJ of DSBs targeted by the meganuclease I-SceI, in living mammalian cells. This substrates allow to characterize A-NHEJ in a chromosomal context; it is highly efficient but extremely inaccurate in the absence of KU. Using this substrate, we have shown that the accuracy of the canonical NHEJ (KU/XRCC4-dependent) pathway is directed by the structure of the extremities rather than the enzymatic machinery itself. The consequences of KU versus XRCC4 depletion, on the choice of the NHEJ pathway, will be discussed.
    The above results suggest that the initiation of A-NHEJ is promoted by a nuclease or a helicase to expose single strand DNA allowing annealing of the strands and microhomologies. The involvement of MRE11 (and more generally of the MRN complex) and of CtIP, at the initiation of A-NHEJ will be also discussed here: we conclude that MRE11 is implicated in the two NHEJ pathways but the nuclease activity of MRE11 is only implicated in the A-NHEJ. Other partners are under investigations for the initiation of A-NHEJ.
  • 中田 慎一郎
    セッションID: S5-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    DNA二本鎖損傷は,ゲノム安定性の維持に危険をおよぼす因子である.DNA二本鎖損傷が起こると,ATM依存性のリン酸化およびE2ユビキチン結合酵素UBC13-E3ユビキチンリガーゼRNF8/RNF168によるユビキチン化によりDNA損傷周辺のクロマチンが修飾される.これらの修飾は,ゲノム安定性に重要である.最近,我々は,クロマチンユビキチン化の抑制因子としてOTUB1を発見した.OTUB1は,OUTファミリーに属する脱ユビキチン化酵素であるが,脱ユビキチン化酵素活性に依存せずに,RNF168によるクロマチンのユビキチン化を抑制する.その機構はUBC13との結合によるユビキチン鎖の形成抑制である.OTUB1の過剰発現では,DNA損傷時のhomologous recombinationの割合が低下するのに対し,ATMを薬理学的に阻害した細胞では,OTUB1のノックダウンにより,低下したhomologous recombinationをレスキューすることができる.これらのことから,OTUB1はDNA損傷応答の制御において重要な役割を担う分子であると考えられる.
  • 井倉 毅
    セッションID: S5-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    電離放射線によって生じるDNA損傷に対して、細胞は、チェックポイント機構を活性化させることにより細胞周期の停止を促し、DNA損傷を修復するか、あるいはアポトーシスによる細胞死を実行するか、のいずれかを選択し、染色体の安定性を維持している。DNA損傷におけるクロマチン構造変換は、修復因子やチェックポイント蛋白質がDNAにアクセスするために必要と考えられているが、その分子機構や役割については未だ不明な点が多い。我々は、TIP60ヒストンアセチル化酵素がユビキチン結合酵素UBC13と複合体を形成し、ヒストンH2AXを損傷クロマチンから放出させることを見出し、損傷領域におけるクロマチン構造変換機構の一端を明らかにした。興味深いことに、このH2AXのクロマチンからの放出はH2AXのアセチル化に依存しており、これまで報告されているH2AXのリン酸化には依存しない。今回は、DNA損傷後に生じるH2AXのアセチル化によって誘導されるヒストンH2AXのユビキチン化、すなわちH2AXのアセチル化とユビキチン化のリレー修飾とATMを中心としたリン酸化カスケードとのクロストークについての最新の知見を紹介し、これらリレー修飾によって制御されるH2AXのクロマチンからの放出の意義について議論したい。
  • 田代 聡
    セッションID: S5-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    染色体転座は、がん細胞や白血病細胞で認められる最も多い遺伝子異常のひとつである。異なる染色体上の2点が染色体転座により融合されることは、遺伝子発現の制御異常や融合遺伝子産物の形成を引き起こし、細胞悪性化に繋がる。悪性リンパ腫やリンパ性白血病では、免疫グロブリン遺伝子やT細胞受容体遺伝子を含む染色体転座が認められるため、これらの遺伝子の生理的な組換え機構が染色体転座形成に関与していることが示唆されている。一方、放射線や抗癌剤などのDNA損傷誘導によるがん治療は、特定の染色体転座をもつ二次がんの発症を誘導することが知られている。しかし、その染色体転座形成の分子機構は不明な点が多い。11q23上のMLL遺伝子が関連する染色体転座は、トポイソメラーゼ阻害剤エトポシドを用いたがん治療後に発症する二次性白血病で最も高頻度に認められる。私たちは、DNA損傷応答因子ATM欠損細胞では、エトポシド処理後にRAD51などのDNA組換え修復関連因子が11q23転座の転座切断点集中領域へ過剰結合することを見出した。このため、ATMは、DNA損傷応答シグナルの伝達とともに、組換え修復関連因子の染色体転座集中領域への結合を制御して染色体転座の形成を抑制している可能性が示唆された。非リンパ性悪性腫瘍における染色体転座形成の分子機構について討論したい。
  • KANAAR Roland
    セッションID: S5-6
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    Many anti-cancer strategies are based on the induction of DNA double strand break (DSB). The effectiveness of these strategies can be counteracted by the cell's ability to repair DSBs through homologous recombination (HR). Therefore, we want to understand the mechanism through which HR operates. We are analyzing the effect of mutations in the ATPase of Rad54, which is essential for HR. Rad54 possess a variety of biochemical activities that can affect Rad51 function in the critical steps of HR. Our in vivo study shows that Rad54's ATPase activity is not only important for HR but also affects its cellular behavior. Specifically, we show that it is not necessary for recruitment of the protein into DNA damaged induced structures at sites of DNA damage, known as foci, but rather that it influences Rad54 dissociation from foci. Furthermore, our data show that Rad54 but not its ATPase activity is required downstream of DNA break resection. In addition, our data reveal Rad54's ATPase activity differentially affects the behavior of the pool of Rad54 in a focus that is bound to DNA versus the pool that is not bound to DNA; the DNA-bound fraction can no longer dissociate, while the unbound fraction that is not actively engaged in DNA repair can still reversible interact with the focus. Finally, we show that the ATPase activity of Rad54 affects the locations of foci, because after preferential movement to the nuclear periphery, they remain there in the mutant cells.
シンポジウム6 広島“黒い雨”地域におけるローカル・フォールアウトの実態解明
  • 星 正治, 今中 哲二
    セッションID: S6
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    広島原爆の黒い雨にともなうローカル・フォールアウト汚染については、爆心地西方約3kmの己斐・高須地区の汚染はよく知られているが、山間部など己斐・高須以外に降った黒い雨にともなう放射能汚染については、原爆直後の放射線サーベイが不十分であったことや核実験にともなうグローバル・フォールアウト汚染との重複などにより、その実態が未だに明らかでない。本シンポジウムではまず、長崎の黒い雨を含めた従来の研究経過、黒い雨体験者アンケートの解析、TIMSやAMSといった最新の質量分析法によるウラン同位体の測定、原爆後かつグローバル・フォールアウト汚染以前に建てられた家屋の床下土壌放射能測定について報告を受ける。さらに、新たな知見に基づく外部被曝量評価や黒い雨に関する気象シミュレーションの可能性についての報告を受け、黒い雨にともなうローカル・フォールアウトの実態解明に向けて総合的な議論を行う。
  • 星 正治
    セッションID: S6-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
     黒い雨については、放射能を含んだ雨の降った地域の測定による確認の努力が続けられてきた。私たちのグループでも特に広島の場合を中心に1980年から開始した。しかしながらその間決定的な証拠は見いだせていない。問題は土壌汚染などではその後の核実験のフォールアウトが10倍以上もあり広島原爆だけの影響が見えなかったことである。最近になってセミパラチンスクでの研究が応用できることが分かってきたことや、古い民家で被爆直後に建てられた家の床下の土壌のサンプリングが可能となってこれらからの研究の成果に期待している。  黒い雨の地域については比較的近距離の直ばくを含む地域を(1)3km圏と言っている、(2)通常言われるのはそれより以遠で30kmくらいまでの範囲で宇田雨域とか増田雨域といわれる地域である。また(3)それ以遠も考えられ30km以遠の地域と言うことにしているが、この地域の研究はほとんど無い。最近の私たちを含む広島市役所の聞き取り調査で新たな大瀧雨域が出来た。これは上記(2)の30km圏であり、それまでの雨域より広がっている。今回の研究では(2)の30km圏を主な目的とする。土壌や計算による方法で当時の黒い雨地帯の住民の被ばく線量の推定を最終的な目的としている。放射線による影響研究では被ばく線量の評価の後に疫学調査と合わせ放射線のリスクを求めることが原爆被ばく者の場合やセミパラチンスク近郊住民の調査でも最終目的とされる。しかしながら、広島原爆などでは健康影響調査として系統的なものがなかったことにより、被ばく線量推定によりその後の影響を推定することになる。
  • 高辻 俊宏
    セッションID: S6-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    長崎の黒い雨の科学的記録は限られている。その記録によれば、黒い雨は爆発後約20分後に爆心から約3km東にある西山地区で降り出した。爆発時は風速約3m/sの南西の風であったと報告されている。しかし、239,240Puと、137Csの有意な汚染は主として爆心から真東の地域に見つかっている。西山地区の239,240Pu濃度と外部線量率は、広島の黒い雨地域よりはるかに高かった。降雨は爆心近くの多くの地点で報告されている。少し遠いが、爆心から北西約19 km の大村海軍病院では、爆発後約10分で天気雨が報告されている。しかし、雨は黒くなかった。
     黒い灰と微軽量物が爆心から真東の地域で降り、それは、爆心から10 kmにまで届いたと報告されている。畑は微軽量物で薄白くなり、サトイモの葉には指で字が書けたと報告されている。
     原爆被爆者として公式認定されなかった人々は、西山地区を含む広い範囲に爆発直後、強い放射性降下物があったはずだと主張して、日本政府に認定を求める訴訟を起こした。西山地区における爆発1時間後からの人体への最大外部積算線量は、約0 .4 Gyと見積もられた。また、ホールボディカウンタによる測定や染色体の調査では、高線量内部被ばくの兆候はなかった。しかし、外部線量の直接測定は爆発後48日目から始められ、ホールボディカウンタによる測定と染色体の調査は1969年に始まった。当時の西山地区住民の多くは地区で育った野菜を食べ、西山水源池の水を飲んでいたものと思われる。西山水源地の水を毎日飲んでいた当時の一人の住人は、爆発1年後から、のどが腫れ、痛み出したと言っている。爆発後初期の内部被ばくの評価が重要である。
  • 大瀧 慈
    セッションID: S6-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    広島市は、2008年に、原爆投下直後に黒い雨を体験した可能性のある広島市及びその近郊の居住している31598名を対象としたアンケート調査を行った。その調査では、黒い雨を体験したか否かの他、体験者の場合には、その場所(役場や学校など)、雨の降り始めの時刻(時単位)、同降り止んだ時刻(時単位)、雨の強さ、雨の色、飛遊物の目撃の有無について郵送による自記式回答が得られている。各回答者のうち黒い雨体験者に関しては、その場所毎に類別され、それぞれの調査項目について、平均値や比率により要約を行った。さらに、体験者のうち体験場所および体験時刻が記載されていた1565名分を対象にして、それらの要約値に対するノンパラメトリック回帰分析を適用し、黒い雨の各特性値に関する時空間分布を推定した。 その結果、広島での黒い雨は午前9時頃広島市西方郊外で降り始め雨域を北西に拡大しながら10時頃沼田・湯来東部付近で最強になりその後衰弱しつつ雨域を縮小しながら北上し午後3時頃加計付近で消滅したことが推測された。また、線形変換による調整後の降雨時間が1時間未満と推定される領域の外縁が、従来からいわれていた宇田雨域よりも広く、現在の広島市域の東側および北東部側を除くほぼ全域と周辺部に及んでいた。
  • サフー サラタ クマール, 米原 秀典, 坂口 綾, 今中 哲二, 星 正治
    セッションID: S6-4
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    There was "black rain" after the Hiroshima atomic bomb (A-bomb) exploded over the Hiroshima city on 6th August 1945. In the Hiroshima black rain area, previous attempts failed to detect fission products such as 137Cs and 90Sr due to global-scale fallout that occurred mainly in 1960s because the global fallout of nuclear test in the atmosphere seemed to contribute larger than the local fallout in 1945. According to unofficial reports, about 51 kg of 235U was loaded in the Hiroshima bomb, of which 912 g was consumed by the 16-kt explosion. Considering that the precise determination of uranium isotopic composition will give some information about radioactive equilibrium, enrichment of 235U or presence of 236U, thermal ionization mass spectrometry (TIMS) and accelerator mass spectrometry (AMS) have been employed to detect uranium isotopes from the Hiroshima A-bomb in soil samples previously collected in 1976 from the black rain area around the Hiroshima city. The results of uranium isotope measurements as well as inter comparison between TIMS and AMS will be presented. The 236U measurement can provide valuable information about the local fallout contamination by the Hiroshima A-bomb.
  • 山本 政儀, 川合 健太, ZHUMADILOV K, 遠藤 暁, 坂口 綾, 星 正治, 今中 哲二, 青山 道夫
    セッションID: S6-5
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    最近、黒い雨に含まれている放射性物質からの被曝が関心を呼ぶようになり、黒い雨の降下時間推移、降下範囲、この雨に放射性物質がどの程度含まれていたのかなどの検討が緊急の研究課題になっている。原爆投下から65年経過した今日においてでさえ、広島原爆のフォールアウト(close-in fallout)の実体、さらに、黒い雨による被曝線量評価は未解決のままである。そこで、global falloutの影響を受けず、当時のclose-in falloutの降下状況を保存している試料に目が向けられた。幸い、市民の協力が得られ、原爆直後(1-3 年)に建筑されて最近解体する建物が幾つか見つかり、その床下の土壌が最適ではないかということになり137Cs測定を試みる機会を得た。もし、137Csが検出されれば、この137Csはclose-in fallout由来の可能性が非常に高く、降下レベルや分布解明に非常に役立つ.また、黒い雨の降下分布とclose-in falloutの分布との関係解明にも多いに貢献出来る可能性が高い。
  • 今中 哲二
    セッションID: S6-6
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    広島原爆の直後、爆心地から西方約3kmの己斐・高須地区において、核分裂生成物(FP)を含む黒い雨が降ったことはよく知られている。しかしながら、北西方向山間部に降った黒い雨の放射能については、原爆直後に放射線調査が実施されていないこともあって、放射能沈着の実態はいまだに明らかでない。本研究では黒い雨とともに山間部に沈着したFP放射能量とそれにともなう空間ガンマ線量の推定を試みた。まず、1976年に実施された広島市周辺土壌のセシウム137測定データ、本シンポジウムで山本から報告される床下土壌のセシウム137測定データなどから、山間部黒い雨地域における原爆由来のセシウム137初期沈着量を0.5~2.0kBq/m2と見積もった。セシウム137以外のFP組成については、主要な29核種を対象に、セシウム137に対する放射能量比をJNDC FP Libraryを用いて計算し、揮発性核種と難融性核種とのfractionation効果を考慮しながら沈着量を求めた。沈着放射能は沈着地点に留まるという仮定のもとに沈着後2週間分の地上1mでの積算空間ガンマ線量を求めると10~60mGyとなった。
  • 青山 道夫
    セッションID: S6-7
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    広島原爆による人工放射能の局地的な降下物の実態を現時点で知ろうと思うと、グローバルフォルアウトの影響を受けていない土壌などの試料のサンプリングとそれらの放射線測定による結果が直接的な証拠である。また、コンピュータを使った放射性降下物の再現計算も黒い雨の実態解明の役に立つと考えられる。再現の基本は、核爆発によって生じた核分裂生成物あるいは誘導放射能が風に乗って流れて、そこで雨と共に、あるいは粒子として降下する状況を計算するものである。モデル計算が実施できるかどうかは、より良い初期条件と境界条件を設定することができるかどうかにかかっている。 初期条件と境界条件について、雲の高さ、火災の燃焼率、原爆雲と粉塵、火災煙の分布、一般風、原爆由来の137Csの分布、原爆由来の236Uの分布、雨の降った領域、雨の化学的性状等のデータセット作成を準備している。
ワークショップ
ワークショップ1 放射線誘発バイスタンダー効果の分子メカニズムを考える-マイクロビームを用いたアプローチからin vivoまで-
  • 横田 裕一郎, 前田 宗利
    セッションID: W1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    これまでに、放射線の効果は照射細胞のみならず照射細胞の近傍に存在する非照射細胞にまで及ぶことが明らかになってきた(放射線誘発バイスタンダー効果)。その発生機序の全容はいまだ明らかでないが、照射細胞から放出される活性酸素種や一酸化窒素、サイトカイン、ヌクレオチドなどの情報伝達因子が細胞間ギャップ結合や培地を介して非照射細胞に到達し、コロニー形成能の低下や染色体異常の増加などを引き起こすと考えられている。このように、バイスタンダー効果は現象面といくつかの情報伝達因子について明らかになりつつある一方で、その詳細な分子メカニズムや生物学的意義には不明な点が多い。我が国では線質の異なるマイクロビームを共用できる施設が複数あるが、マイクロビームは細胞集団のごく一部だけを正確に照射することができるため、バイスタンダー効果研究の有効なツールとして利用されることが多い。本ワークショップでは、マイクロビームなどを用いて放射線誘発バイスタンダー効果を研究されている国内外の先生方から、これまでに得られた研究成果と今後の展望についてご発表いただく。
  • 浜田 信行, 前田 宗利, 大塚 健介, 冨田 雅典
    セッションID: W1-1
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    バイスタンダー効果は、電離放射線に照射された細胞からの情報伝達によって生物影響が周囲の細胞に及ぶ現象である。バイスタンダー細胞には、遺伝学的変化(染色体異常、遺伝子変異、微小核形成など)、後成的変化(メチル化など)、様々な遺伝子の発現変化、情報伝達系の活性化などが生じ、更に子孫細胞に情報が伝達される。バイスタンダー効果の機序としては、ギャップ結合を介した細胞間情報伝達、活性酸素種、活性窒素種、液性因子、脂質ラフト、カルシウム流束が考えられている。本発表では、バイスタンダー効果の現象と機序について概説する。
  • 鈴木 雅雄
    セッションID: W1-2
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    がんの放射線治療等の医学利用や宇宙空間環境における被曝で問題となる放射線環境では、線質の異なる様々な種類の放射線の低線量(率)照射の生物影響が想定され、直接被曝した細胞への照射効果のみならずその周囲に存在している直接被曝をしていない細胞(バイスタンダー細胞)への生物効果(バイスタンダー効果)をも含めた細胞集団全体の生物影響を明らかにすることが放射線リスク評価には必要不可欠となる。本研究は、線質の異なる放射線ブロードビーム又はマイクロビームを駆使し、観察される生物効果のバイスタンダー効果に対する線質依存性を明らかにし、最終的に低線量(率)放射線によるバイスタンダー効果誘導因子を同定し、メカニズムに礎をおいた低線量放射線人体リスク評価・防護に適用できる論理を構築するために計画した。 線質の異なる放射線(ブロードビーム:137Csガンマ線、241Am-Be中性子、HIMAC重粒子線(ヘリウム・炭素・鉄イオン)、マイクロビーム:放医研・プロトン、高エネルギー加速器研究機構・単色X線、日本原子力研究開発機構・重イオン(炭素、ネオン、アルゴン))をそれぞれ時間的・空間的に低フルエンスでヒト由来正常細胞に照射し、同一試料内に放射線の直接ヒット細胞と非ヒット細胞を共存させた細胞集団に生ずる細胞レベルの生物効果(致死・突然変異)に対するバイスタンダー効果を調べた。結果は、バイスタンダー効果誘導には、線質とエンドポイント依存性があることが判った。現在、細胞レベルで観察されるバイスタンダー効果の分子レベルでの誘導メカニズムを明らかにする目的で、遺伝子発現およびタンパク質発現の変化に着目して研究を開始した。最終的には、トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームの手法を駆使し、三つの情報を統合した上で低線量放射線応答の姿を描く事を目指す。
  • 菓子野 元郎, 熊谷 純, 田野 恵三, 渡邉 正己
    セッションID: W1-3
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    【背景】放射線誘発バイスタンダー効果は、非標的細胞においても放射線影響が発現する現象であり、放射線発がんリスクの観点からも興味深い。放射線照射細胞が分泌する安定因子(サイトカイン類)が非照射細胞へ作用するというプロセスを支持する報告が多いことから、シグナル伝達因子の同定とその作用機構の解明が中心に進められている。しかし、その詳細は未だ完全に解明されていない。我々は、直接照射された細胞において、“長寿命ラジカル“が突然変異や発がんに関与することを報告している(Koyama et al., Mutat. Res, 1998)。ESR法による長寿命ラジカルの観測実験では、照射数時間後でも細胞内から検出することが出来、またアスコルビン酸を細胞に処理することにより抑制されることが分かっている。我々は、バイスタンダー効果においても、長寿命ラジカルを介した突然変異誘発機構が存在するのではないかと仮説を立て、仮説の検証を行った。 【方法】細胞はCHO細胞を用いた。バイスタンダー効果における分泌因子の作用を見る手法としては、照射細胞の培養上清を回収後、非照射細胞へ処理する手法(メディウムトランスファー法)を用いた。この方法は、放射線照射細胞に由来し、バイスタンダーシグナルの伝達因子としての役割を果たす分泌因子を含む培養上清を回収し、それを別に用意した細胞へ作用させた際の影響を調べる手法である。この処理を行った細胞における長寿命ラジカル生成、及び突然変異の誘発の2点について検討を行った。長寿命ラジカル消去剤として、アスコルビン酸、またはN-アセチルシステイン(NAC)を使用した。また、ミトコンドリアのO2-のレベルを調べるため、MitosoxRedの蛍光強度についてFACScanにより調べた。 【結果と考察】1 Gy照射24時間後の細胞の培養上清を回収し、別に用意した非照射細胞へ処理すると、処理24時間後における長寿命ラジカルのレベルは対照群よりも約20%増加していることが分かった。また、同様の処理においてHPRT遺伝子領域の突然変異体出現頻度を調べたところ、対照群の約2倍高くなることが分かった。この突然変異誘発はヒト由来細胞でも同様に観察された。これらの結果より、照射細胞由来因子の作用は、細胞内で長寿命ラジカルの生成を促し、さらに遺伝子突然変異を引き起こしている可能性が示唆された。また、照射細胞由来因子の作用により増加した突然変異のタイプを多重PCR法で調べたところ、その変異のほとんどは点突然変異タイプである可能性が示唆された。次に、ラジカル消去剤2種(アスコルビン酸またはNAC)を用い、照射細胞由来因子処理による長寿命ラジカルの誘導と突然変異頻度の増加が抑制されるか否かを調べた。その結果、1 mMアスコルビン酸をメディウムトランスファーと同時に処理することにより、長寿命ラジカルと突然変異の誘発は完全に抑制された。しかしながら、NACを同様に処理しても、長寿命ラジカルの抑制、及び突然変異の抑制は見られなかった。この結果は、アスコルビン酸がミトコンドリア内に能動的に取り込まれるのに対し、NACは取り込まれないことが原因となるのではないかと推測した。長寿命ラジカルはミトコンドリアに由来している可能性が高いことから、分泌因子の作用がミトコンドリアの状態に影響を及ぼす可能性について調べた。その結果、MitosoxRedの蛍光で表されるミトコンドリアのO2-レベルは、照射細胞由来培養上清処理2~6時間後にかけて6%~8%増加することが分かった。以上の結果より、照射細胞から分泌される液性因子は、非照射細胞のミトコンドリア内にシグナルを伝え、そこで生じた長寿命ラジカルにより非致死的な突然変異などの影響が引き起こされる可能性が示唆される。
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