抄録
目的:長崎原爆被爆者の体内残留放射能を検出し、放射線が人体に及ぼす内部被曝の影響を病理学的に検討する。その一環として、我々は長崎原爆急性被爆者剖検例標本及びトロトラスト患者の肝臓標本を用いて内部被曝の検出法を確立した。即ち、オートラジオグラフィー法により、長崎原爆急性被爆症例では、肺、腎、骨等について非被爆者に比べて多数のアルファ粒子飛跡が認められ放射能は高値を示すこと、また、アルファ粒子飛跡の長さの計算から239Pu特有のエネルギーとほぼ一致する飛跡パターンが確認されることが明らかになった。一方、我々は放射線発がんについてゲノム不安定性に関わる分子病理学的側面からの検討で、原爆被爆症例ではがん抑制遺伝子p53関連蛋白でDNA二重鎖切断部位に集積して核内フォーカスを形成する53BP1が高発現していることを報告した。今回、トロトラスト患者及び長崎原爆急性被爆者組織標本について53BP1の発現を検討した。試料と方法:1)内部被爆例としてトロトラスト症患者1症例、2)長崎原爆被爆者として急性被爆7症例、3)非被爆者として2症例を用いて、肝臓および脾臓標本について53BP1の蛍光免疫法を行った。結果:トロトラスト症標本では特にトロトラスト顆粒周辺の細胞に53BP1のフォーカス形成が認められ、単位面積当たりの陽性細胞数は高値を示した。トロトラスト沈着内部被曝によって肝細胞、胆管上皮細胞、脾臓の細胞ではDNA二重鎖切断が生じ、修復機構が作動することが明らかになった。原爆被爆者脾臓標本では、被爆距離0.5km、被爆後生存日数が短く、屋外被爆であった症例で53BP1発現は高値を示した。さらに、53BP1発現の発現パターンの解析、フォーカス形成部位についての検討を行う予定である。