抄録
老化様増殖停止は細胞老化特異的特徴の発現を伴った長期間にわたる細胞周期停止状態として定義され、多くの固形腫瘍由来細胞株において誘導される主要な放射線誘発細胞死形態である。本研究では老化様増殖停止が誘導される過程の細胞周期を調べるために、細胞周期マーカーを導入したヒト乳がん細胞株MCF-7を樹立し、生細胞ライブイメージングによる細胞系譜解析を行った。10 GyのX線照射後にG1、あるいはG2期にあった細胞のうち、それぞれ17.8%、あるいは69.4%が分裂期特異的な形態変化を示さずに次の細胞周期へ移行する、いわゆる分裂期のスキッピングが観察された。特に、G2期照射後に分裂期へ進行しなかった全ての細胞で分裂期のスキッピングが誘導されていた。分裂期を経ないG1期への移行は蛍光免疫染色によるサイクリンEの核内蓄積によって評価され、その細胞ではG2期マーカーであるmAG-hGeminin、あるいはCENP-Fの核内蓄積が検出されなかった。分裂期のスキッピング後、細胞周期はG1期でとどまっており、その90%以上が老化マーカー (SA-ß-gal)に対して陽性を示した。一方、shRNAによるp53の発現、加えて放射線照射後の蓄積を抑制すると、G2期照射後に観察された分裂期のスキッピングが著しく抑制される一方で、分裂期の出現頻度が上昇した。以上の結果より、放射線照射後のヒト乳がん細胞では分裂期のスキッピングを介してG1期における老化様増殖停止の誘導経路が明らかとなり、分裂期のスキッピングはp53の存在下で顕著に誘導されることが示された。