抄録
[目的]マウスの全身照射による胸腺リンパ腫の発生の初期過程を解析し、胸腺が照射後、atrophy等の微小環境変化を起こし、その作用によりDNA二重鎖切断の誘発、異数体出現、バイスタンダー効果、およびクローン性等を示し、これらの異常により照射後およそ6から10週間後に前リンパ腫が形成されると考えられると本学会においてすでに報告した。リンパ腫発生の初期過程をさらに詳細に検討するためには、適当な前リンパ腫のマーカー分子の利用が望ましい。B10マウスの前リンパ腫マーカーとしてTL-2 (thymic-leukemia antigen) が報告されている。今回、Ly-6ファミリーのGlycosylphosphatidylinositol (GPI) 結合蛋白であるLy-6C表面抗原が前リンパ腫マーカーとして使用できるかをTL-2と比較検討したので、報告する。
[材料および方法]5週齢のC57BL/6雌マウスを1.8Gyのγ線で週1回、合計4回照射し、2~10週後に胸腺細胞を分離した。照射したマウス由来の2X10E6個の胸腺細胞を同系統のGFPマウスの胸腺内に注射し、胸腺リンパ腫の発生率をしらべた。
[結果]抗Gr-1抗体(クローンRB6-8C5)は単球および顆粒球マーカーのLy-6Gだけでなく、同じLy-6スーパーファミリーのLy-6Cを認識することが知られている。照射後ROSを産生する細胞を検索するために抗Gr-1抗体を用いてFACSを行ったところ、抗Gr-1抗体で陽性に染色されたT細胞が高率に存在したが、そのとき染色されたのは、Ly-6G抗原でなくLy-6C抗原であることが分かった。非照射胸腺、あるいは4回照射直後の胸腺にはLy-6Cの発現はみられず、照射2-10週目にマウス胸腺のT細胞のうち、20%から最大90%以上の細胞が抗Ly-6C抗体(クローンAL-21もしくはHK1.4)で染色され、10週で陽性率が平均52%となった。照射終了後16週目から胸腺リンパ腫が発生し、胸腺リンパ腫におけるLy-6Cの陽性率は平均31%であった。一方TL-2の陽性率は照射後10週で平均8.0%、胸腺リンパ腫で8.3%であった。照射後8-10週のマウスのうちLy-6C陽性率の高い胸腺の細胞をとって前リンパ腫検定すると、Ly-6C陽性率の高い胸腺リンパ腫が発生した。照射後4週においてLy-6C陽性率の高いマウス胸腺は前リンパ腫検定陽性であったが、それ以前ではLy-6C陽性率が高くても前リンパ腫検定は陰性であった。FACSでROS産生細胞との二重染色結果は、Ly-6C陽性T細胞はROS産生が高かった。
[結論]Ly-6Cは胸腺リンパ腫発生の初期過程において、T細胞表面に発現し、その陽性率はTL-2より高く、照射後10週目にピークとなり、胸腺リンパ腫においても発現していた。前リンパ腫形成以前のT細胞でも発現が高くなるが、がん化しなかった場合はその発現が低下した。Ly-6C表面抗原は胸腺リンパ腫発生のマーカーとして使用しうる。