抄録
X線のような低LET放射線の影響は一般的には2/3が間接作用によるものと考えられており、照射後持続する酸化ストレスはゲノムの突然変異を引き起こす可能性がある。DNA中の4つの塩基の中ではグアニンが最も酸化されやすく、その主な酸化体は8-oxoguanine (8-oxoG)である。8-oxoGは複製の過程でシトシンだけでなくアデニンとも対合することから自然突然変異を誘発することが明らかになっている。放射線の影響は線量、臓器、細胞の種類、細胞周期などによって異なることが知られているが、腸組織は種々の分化段階の細胞が層構造を形成していることから形態学的観察が容易である。我々は低容量放射線被ばくの間接影響を解析する目的で、野生型マウスにX線全身照射を行い小腸の細胞におけるDNA中の8-oxoGを病理標本を用いて検出・解析した。4Gyおよび10Gy照射1時間後では核DNA 中の8-oxoGの染色性は非照射群と比較して大きな変化は認めなかった。一方ミトコンドリアDNA中の8-oxoGの染色性は放射線照射により絨毛領域で有意に上昇していた。絨毛領域は分化し分裂を停止した上皮細胞を主に含み、陰窩領域は分裂を盛んに行うTA細胞や幹細胞を含む。絨毛領域と陰窩領域での8-oxoGの染色性の差が細胞内酸素分圧に関係している可能性を検証する為に低酸素マーカーで染色したところ、予想に反して非照射では絨毛領域が陰窩領域より低酸素状態だった。4Gyおよび10Gy照射1時間後では絨毛領域での低酸素マーカーでの染色性が低下していた。このことから放射線照射によりマウスの小腸上皮細胞ではミトコンドリアDNAが酸化され、8-oxoGが蓄積していること、またミトコンドリア機能の低下に伴い酸素消費量が低下し細胞内酸素分圧の上昇が見られたと考えられた。