本論文は、塑造によるモニュメントを数多く制作した彫刻家本郷新の芸術活動の中で、注目される機会の少なかった木彫の取り組みに対し、その体系的な意義について問い直すことを目的としている。本郷の木彫については、これまで代表的な作品の《哭》を中心に語られてきたが、本論文では、木彫作品に類する塑造作品との制作過程における関連性について考察することで、本郷の木彫に対する意識に関する一面の掘り起こしを試みている。
本考察においては、横たわるポーズの人体作品に着目し、小品裸婦像の《裸婦》、木彫作品の《浮標》、本郷の代表的な無辜の民シリーズの《無辜の民 メコン河Ⅰ》、これに続く《無辜の民 メコン河Ⅱ》を採り上げている。作品集等の資料においては、それぞれの作品は異なるカテゴリーに属する作品として認識されている。
調査の中で発見した、作品集に未掲載の作品《飛翔する裸婦 1》と類似する各作品との関係について考察したところ、いずれの作品も《飛翔する裸婦 1》を介して制作された可能性が高いことが明らかとなった。考察の結果として、今回採り上げた類似する4点の作品は、《飛翔する裸婦 1》で求められた「空中への展開」が共通していると考えられる。
横たわるポーズの人体像における「空中への展開」をめぐる一連の取り組みには、塑造と木彫の往来によって得られる効果を浮遊表現に昇華させる試みがあった。木彫を用いたことにより、塑造で成し得なかった浮遊表現が《浮標》として完成された。