2020 年 75 巻 2 号 p. 173-183
肺炎球菌は肺炎や敗血症,髄膜炎の主たる原因菌である。著者はこれまでに,肺炎球菌のゲノム情報と臨床所見に基づき,病態形成機構の解明を行ってきた。
感染の初期段階では,病原体が宿主に定着する必要がある。宿主分子に結合する肺炎球菌の菌体表層タンパク質を探索し,上皮細胞への付着および侵入因子として働く分子PfbAを同定した。定着した病原体は宿主の免疫を回避して深部へ伝播していく。肺炎球菌の免疫回避機構について解析したところ,肺炎球菌のα-Enolaseが好中球の細胞外トラップ形成を誘導することが示された。また,肺炎球菌が赤血球に侵入し,抗菌薬や宿主の免疫機構を回避する可能性が示された。一方で,肺炎球菌の一部の株が持つメタロプロテアーゼZmpCが,脳血管内皮細胞への侵入を抑制することで髄膜炎発症を抑制することが示唆された。さらに,ヒトでの感染の結果を反映した解析を行うため,分子進化解析により負の選択圧下にある分子を探索した。その結果,変異が許容されていないコリン結合タンパク質CbpJが,肺炎における病原因子として働くことが示唆された。
ゲノム情報と臨床病態に基づく解析,さらに分子進化解析を利用した病原因子の探索は他の菌種にも適用できるものであり,新たな創薬戦略の一つになりうるものである。