2005 年 2005 巻 779 号 p. 779_95-779_104
本研究は, 京都東山の麓にあたる浄土寺・鹿ヶ谷・若王子地域を対象として, 近代化によって変容した景域の形成過程を明らかにするものである. 古地図や絵図, 文書や過去の出版物などの史料と, 地形の分析をもとに, 地域の構成が遷移する様子とその要因を考察した. その結果, 広い田園地帯と山裾に独立して並ぶ社寺を結ぶ限られた道による近世の原形は, 大正11年頃に始まる住居開発の時期に大きく変容したことが分かった. 明治23年の琵琶湖疏水分線の挿入はその重要な基盤であった. 住居地域の開発時には, 住み始めた住人による直接的空間創造と価値の発見に促進されて, かつてより山裾に存在する歴史的領域と, 散策性を得た水辺を含む住宅地の領域の二層構造で特徴付けられる一つの景域へと成長した.