2025 年 34 巻 p. 75-95
カリキュラム研究が提供する知見が教室や学校カリキュラムに至ることはまれであり,政策立案者に取り入れられることはほとんどないといってよい(British Curriculum Forum 2018)。本稿では,ステンハウスの「研究者としての教師」概念を教師がカリキュラム作成のプロセスと教師と学習者にとっての可能な限りポジティブな成果にいかに教師が実りゆたかに参与しうるのかを理解するフレームワークとして用いることで,学校のカリキュラムを研究する教師の可能性に論及する。そこで本稿で考察の対象とするのは,イングランドの教育政策の文脈においてステンハウスのカリキュラム研究が教師の参加にいかに取り組んだのかである。イングランドの教育政策の文脈においては,政策アジェンダは学校によって深刻なものとしてカリキュラムが受け止められる必要性が提起され,また「効果的な仕事」というアジェンダは教師に研究上のエヴィデンスを用いることを促すものの,そこでは教師自身がカリキュラム研究に参画するエージェンシーや意味をもたらしうるものではない。さらに本稿では,ステンハウスの教室におけるカリキュラム研究のヴィジョンを示す一つのありうる解決策として日本のレッスン・スタディ(Lesson Study: LS)を取り上げる。日本のレッスン・スタディは,カリキュラム上の素材を教師が研究すること,そして実際の授業の研究からえられたエヴィデンスを吟味すること,外部の学識者からの情報提供を受けること,そしてケーススタディの形式をとって教師の研究による成果を記録として残すことに取り組む営みである。イングランドの学校においてレッスン・スタディを実施しようとする際の課題は,教師が研究に参与する歴史が欠如していること,非効率的な専門性開発の実践が制度の中核に位置づいていること,そして外部の専門家が関わる機会が欠けていることにあると分析した。その上で最後に,研究を通じて,イングランドの学校においてレッスン・スタディが実りある営みとして実施されるためのいくつかの解決策として,とりわけ学校内にレッスン・スタディをリードする役割やレッスン・スタディのチャンピオンのような役割の重要性を指摘した。これらのリーダーは,情熱,忍耐,レッスン・スタディに関する深い知識,謙虚さ,時間と予算の配分によってレッスン・スタディを機能させている。最後に本稿では,カリキュラム研究への教師の参与を促す一つのツールとしてレッスン・スタディをより広範に普及させること,およびイングランドにおける大学と学校におけるより効果的なパートナー関係をもたらすことに対する示唆を得たい。