Cardiovascular Anesthesia
Online ISSN : 1884-7439
Print ISSN : 1342-9132
ISSN-L : 1342-9132
総説
成人先天性心疾患の麻酔:TEEを中心に
黒川 智
著者情報
ジャーナル フリー

2016 年 20 巻 1 号 p. 21-29

詳細
抄録

 先天性心疾患に対する治療成績の向上に伴い,成人先天性心疾患患者数は飛躍的に増加し,これらの患者群に対する心臓再手術,非心臓手術の機会も劇的に増加している1)。当然のことながら,このことは麻酔管理を提供する機会の増加を意味しており,われわれ麻酔科医にとって,これらの患者群・手術に対して安全な麻酔管理を遂行することが喫緊の課題となっている。

 成人先天性心疾患の病態,治療のスペクトラムは極めて広い。同一の診断で同様の治療歴を有していても,遺残異常や続発症は様々であり,その結果,個々の患者が示す病態はたとえ同じであっても程度に差が生じるか,あるいは時に全く異なることさえある。故に一概に成人先天性心疾患の麻酔と言っても,その麻酔管理上の要点を端的に述べることは困難である。個々の患者あるいは個々の術式において病態及び注意点がまちまちであることから,個々の症例における術前評価を基にした麻酔計画・準備が特に重要であることは勿論,術中評価を十分に活かして個々の症例に即した管理を行う必要がある。術中循環評価は従来のモニタリング,すなわち心電図,観血的動脈圧,中心静脈圧に加え,経食道心エコー(transesophageal echocardiography : TEE)による心室・弁機能及び心室充満評価,静脈血酸素飽和度や近赤外線分光モニターによる脳組織酸素飽和度に基づいた心拍出量及び全身酸素供給量の推定が有用である。

 われわれの施設は本邦にあっては比較的数多くの成人先天性心疾患に対する心臓手術を施行しており,現在その数は年間40∼50例に上る。その内訳は心房中隔欠損症を主体とした左右短絡疾患に対する閉鎖術,先行した根治術に起因する続発性の弁機能異常に対する弁形成及び弁置換術,ファロー四徴症など右室流出路再建術後の狭窄もしくは肺動脈弁逆流に対する右室流出路再建及び肺動脈弁置換術,心耳-肺動脈吻合型フォンタン手術(atrio-pulmonary connection : APC)後の心外導管によるtotal cavo-pulmonary connection(TCPC)変換術が主なものとして挙げられる2)。先進諸国においても,これらの術式が成人先天性心疾患に対する心臓手術の大半を占める2)が,当施設においてTCPC変換術の割合が10%程度と特に高いことは過去のAPC施行数が突出して多いことに起因している。

 本稿では,まず成人先天性心疾患の多くに共通する再手術に関連した心損傷の危険を考慮した対策と周術期死亡・合併症リスク評価について,当院での実践を簡潔にまとめ,次に頻度の高い術式に含まれるTCPC変換術,右室流出路再建術,大動脈スイッチ術後大動脈弁閉鎖不全に対する大動脈弁置換術を取り上げて,術中TEEによる観察の要点を紹介する。

 非心臓手術については本稿では詳しくは触れない。アメリカでは成人先天性心疾患患者の全入院に占める非心臓手術を目的とした入院の割合の増加が患者数増加と相俟って,非心臓手術全体に占める成人先天性心疾患合併患者の割合は2002年から2009年の間に実に2.5倍以上の増加を示した3)。10000例に及ぶ成人先天性心疾患群と背景因子を一致させた37000例余りの対照群を比較した後向き研究では,成人先天性心疾患群で死亡率,合併症発生率とも有意に高く,オッズ比はそれぞれ1.13及び1.44と算出された。多変量解析の結果においても成人先天性心疾患は周術期死亡の危険因子であり,オッズ比は1.29であった3)。成人先天性心疾患の存在が非心臓手術における周術期死亡や合併症の危険因子になることは明らかであるが,個々の麻酔を遂行する上では,心臓手術の場合と同様にそれぞれの心疾患の病態の正確な把握とともに施行術式を考慮し,症例毎に最適な麻酔計画を立案することが求められる。術前評価やTEE評価に関しては以下に記述する心臓手術を想定した評価法が非心臓手術においても有用であり,参考になるものと考える。

著者関連情報
© 2016 一般社団法人 日本心臓血管麻酔学会
前の記事 次の記事
feedback
Top