日本歯科衛生学会雑誌
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調査報告
都道府県歯科衛生士会における事業場の歯科口腔保健事業従事状況等に関する調査研究
江口 貴子吉田 直美杉原 直樹上條 英之
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2023 年 18 巻 1 号 p. 74-80

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【緒 言】

事業場における労働者の健康保持増進のための指針(Total Health Promotion Plan,以下,THP指針)が2020年に見直された1)。新たなTHP指針の健康保持増進対策の基本的考え方には,労働者の健康の保持増進のための具体的措置として,運動指導,メンタルヘルスケア,栄養指導,口腔保健指導,保健指導等があり,各事業場の実態に即して措置を実施していくことが必要であると記載され,歯科口腔保健についての取り組みが明確化された1)。先行研究では,歯科医師会による事業場における歯科健康診査や歯科保健活動の成果は報告されているものの2),3),全国レベルの都道府県歯科衛生士会における活動状況を明らかにした報告は見当たらない。そこで本研究の目的は,都道府県歯科衛生士会における成人や事業場における歯・口腔の健康保持に関する歯科保健活動について基礎資料及び事例等を把握することとした。

【対象および方法】

2021年11月に全国47都道府県歯科衛生士会に郵送又は電子メールによる質問紙調査を実施した。質問紙内容は,成人を対象とした市町村と事業場における歯・口の健康保持に関する事業について把握できるよう考慮した。

本研究に用いた質問項目の一部抜粋を図1に示す。主な内容として成人の歯・口の健康保持に関する事業(市町村)の従事状況は,「貴歯科衛生士会で過去3ヵ年(2018年度,2019年度,2020年度),成人の歯・口の健康保持に関する事業に従事していますか。」,「成人に対する歯・口の健康保持に関する事業の対象者は,おおよそ何名でしたか。」との質問を使用し,該当年度や事業対象者の人数について回答を得た。歯・口の保健指導の実施内容では,「歯・口の保健指導を実施した場合,その内容に該当するものをご記入ください。」との質問を使用し,選択肢を1)口腔の機能,2)口腔疾患,3)生活習慣病と口腔の関係,4)歯と歯周組織の構造,5)各ライフステージの特性,6)セルフケアとプロフェッショナルケア,7)その他とし,複数選択可として回答を得た。

図1

都道府県歯科衛生士会における歯科口腔保健事業従事状況等に関する質問紙(一部抜粋)

事業場の歯・口の健康保持に関する事業の従事状況は,「貴歯科衛生士会で過去3ヵ年(2018年度,2019年度,2020年度)の間に事業場の従事者に対する事業を実施していますか。」との質問を使用し,回答を「実施している」か「実施していない」の2択とした。事業場での歯・口の保健指導の実施内容では,「歯・口の保健指導を実施した場合,その内容に該当するものをご記入ください。」との質問を使用した。選択肢は成人の歯・口の健康保持に関する事業と同様とした。いままで行われてきた事業場の事業についてメリットや改善すべき点を抽出するため,「事業実施に伴うメリット及び今後,改善すべき点があれば,記載してください。」との質問を設け,自由記載にて回答を得た。新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)の影響を把握するため,「2020年度の事業場を対象とした事業でCOVID-19の影響を受け,事業の中止や延期,実施方法を変更したものがありましたか。」との質問を使用し,回答を「影響を受けた」か「影響を受けなかった」の2択とした。また,影響を受けたと回答した場合は,事業の中止や延期,実施方法の変更について回答を得た。最後に,事業場等での歯・口の健康保持に関する事業を今後,継続的に進めていく上での課題については,自由記載にて回答を得た。本研究は東京歯科大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号1079)。同意書の取得は,調査対象が団体であるため行っていない。本研究の目的や研究方法等については書面にまとめ,質問紙と一緒に郵送又は送信し,理解を得た。なお本研究は,令和3年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)にて実施した。

【結 果】

全国47都道府県全ての歯科衛生士会から回答を得た。

Ⅰ. 過去3ヵ年における成人の歯・口の健康保持に関する事業への従事状況(図2
図2

過去3ヵ年における成人の歯・口の健康保持に関する事業への従事状況

過去3ヵ年における成人の歯・口の健康保持に関する事業への従事状況では,2018年,2019年,2020年と過去3ヵ年において,どの年度も70%以上が成人の歯・口の健康保持に関わる事業へ従事していた。

Ⅱ. 成人に対する歯・口の健康保持に関する事業のおおよその対象者数(平均対象者数)

成人に対する歯・口の健康保持に関する事業の対象者数は,2018年度(2018年4月~2019年3月)が1,714名,2019年度(2019年4月~2020年3月)が1,878名,2020年度(2020年4月~2021年3月)が646名であり,2019年度が最も多い結果となった。

Ⅲ. 成人に対する歯・口の保健指導を実施した場合の内容(複数選択)(図3
図3

成人に対する歯・口の保健指導を実施した場合の内容(複数選択)

歯・口の保健指導を実施した場合の内容について該当するものをすべて選択してもらったところ,口腔の機能が30都道府県,口腔疾患が31都道府県,生活習慣病と口腔の関係が39都道府県,歯と歯周組織の構造が28都道府県,各ライフステージの特性が26都道府県,セルフケアとプロフェッショナルケアが33都道府県,その他が7都道府県であった。生活習慣病と口腔の関係やセルフケアとプロフェッショナルケアといった内容を指導していることが多いという結果となった。

Ⅳ. 過去3ヵ年(2018~2020年度)における事業場の従事者に対する事業の実施(図4
図4

過去3ヵ年(2018~2020年度)における事業場の従事者に対する事業の実施

過去3ヵ年における事業場の従事者に対する都道府県歯科衛生士会の事業実施状況は,31都道府県(65%)が実施し,16都道府県(35%)が実施していないとの回答であった。

Ⅴ. 事業場の従事者に対する歯・口の保健指導を実施した場合の内容(複数選択)(図5
図5

事業場の従事者に対する歯・口の保健指導を実施した場合の内容(複数選択)

歯・口の保健指導を実施した場合の内容について該当するものをすべて選択してもらったところ,口腔の機能が19都道府県,口腔疾患が21都道府県,生活習慣病と口腔の関係が25都道府県,歯と歯周組織の構造が17都道府県,各ライフステージの特性が13都道府県,セルフケアとプロフェッショナルケアが21都道府県,その他が5都道府県であった。事業場での事業における歯科保健指導を実施した場合の内容で,もっとも多かったのは生活習慣病と口腔の関係であった。次いで,口腔疾患やセルフケアとプロフェッショナルケアについて指導している都道府県が多く見られた。

Ⅵ. いままで行われてきた事業場の歯科口腔保健に関する事業について

事業場の歯科口腔保健に関する事業について事業実施に伴うメリット及び今後,改善すべき点を自由記載にて回答を得たところ,「仕事の忙しさを歯科受診できない理由としている方にとっては,職場の歯科検診は有効である。」,「多くの人に歯の健康に対し興味を持って頂くことができる。」,「事業場内で検診ができるが,重要性が伝わらず歯科受診率が低い。」等の回答が得られた。

Ⅶ. 2020年度の事業場を対象とした歯・口の健康保持に関する事業でのCOVID-19の影響(図6
図6

2020年度の事業場を対象とした歯・口の健康保持に関する事業でのCOVID-19の影響

2020年における事業場を対象とした事業でCOVID-19の影響を受けたと回答したのは24都道府県(77%)であり,受けなかったと回答したのは4都道府県(13%),未回答が3都道府県(10%)であった。具体的に中止した事業があったと回答したのは18都道府県,延期した事業があったと回答したのは5都道府県,方法を変更し事業を行ったと回答したのが9都道府県であった。

Ⅷ. 事業場等での歯・口の健康保持に関する事業を今後,継続的に進めていく上での課題

事業場等での歯・口の健康保持に関する事業を今後,継続的に進めていく上での課題となることを自由記載にて回答を得たところ,「事業場を対象とする場合,平日の活動が主となるため対応できる会員の確保が課題となる。」,「事業を担当する歯科衛生士の人材確保と育成が必要。」等の回答が得られ,人材確保が難しい点や質の平均化や向上についての意見が挙げられた。

【考 察】

本研究にて,都道府県歯科衛生士会における成人や事業場における歯・口腔の健康保持に関する歯科保健活動について検討したところ,過去3か年における成人の歯・口の健康保持に関する事業では,70%以上の歯科衛生士会が従事していたことが明らかとなった。そして対象者数は,2018年度,2019年度と増加傾向にあったが,2020年度は減少しており,これはCOVID-19の影響と考えられる。また,成人に対する歯・口の保健指導を実施した場合の内容では,生活習慣病と口腔の関係という選択肢が最も多く選択された。事業場で行われる健康診断の1つに一般健康診断がある。この目的は,生活習慣病も念頭においた健康状態の把握,作業環境・作業条件などによる健康影響・健康障害の早期把握である4)。また,従事する者の多くは,成人期であり,生活習慣病のリスクが高まる時期である5)。対象者も興味を持ちやすい事項であるため,生活習慣病と口腔の関係が多く選択されたと考えられる。一方,過去3ヵ年における事業場での歯・口の健康保持に関する事業では65%の都道府県歯科衛生士会が事業場での事業を実施していることが明らかとなった。研究調査年(2018~2020年度)における日本歯科衛生士会が実施した地域歯科保健活動実施状況調査報告書によると事業場歯科検診・保健指導において主催事業は少なく,行政や歯科医師会,その他からの受託もしくは共催等での実施が大多数を占めていることが報告されている6),7),8)。このことから都道府県歯科衛生士会における事業場での事業は事業受託という形態で行われていることが予測される。現在行っている事業受託に加え,新たに都道府県歯科衛生士会が事業を主催し,実施する場合,人材の確保や事業に必要な物品の準備等,問題は多岐に及ぶと考えられる。都道府県歯科衛生士会の主催が難しい場合,活用していきたいのが,行政や歯科医師会,職域において労働者の健康を支える多職種との連携である。2014年の歯科衛生士法改正の際には,「歯科医療関係者との緊密な連携による適正な歯科医療確保のための努力義務」が新たに義務付けられた9)。恒石らの報告によると,47都道府県歯科医師会において,過去3年間(2018~2020年度)の事業所従事者等への実施事業では,一般歯科健康診査の実施が41都道府県(85.1%),歯科特殊健診が29都道府県(61.7%),歯科保健指導が20都道府県(42.6%),講演会の開催が19都道府県(40.4%)と報告されている10)。一般歯科健康診査の実施率は高いが,歯科保健指導には改善の余地があると考えられる。今後,事業場の従事者の高齢化が進んでいくことを踏まえると,今まで以上に歯科医師会との連携を密にし,歯科保健指導に力を入れていく必要があると考えられる。また,保健師,栄養士等歯科関係者以外の多職種との連携を図れる環境を整備していくことも望まれる。

2020年の事業実施においてCOVID-19の影響を受けた都道府県歯科衛生士会は77%であり,多くの都道府県歯科衛生士会が影響を受けたことが分かった。地域歯科保健活動実施状況調査報告書7),8)によると事業場歯科検診・保健指導の実施回数は2019年度では783回であるのに対し,2020年は341回であり実施回数の減少がみられ,本研究で得られた知見を支えていると考えられた。事業場等での歯・口の健康保持に関する事業を今後,継続的に進めていく上での課題では事業を担当する歯科衛生士会員の確保が課題として記載されていた。例えば東京都歯科衛生士会の場合,衛生行政報告例による就業者数が15,045人に対して,会員数は,1,217名(2021年6月現在)であり,組織率は1割にも満たない状況である11)。このことから,歯科衛生士会への登録者数が少ないことや令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況によると,歯科衛生士は診療所に勤務している者が129,758人(構成割合90.9%)と最も多い12)ため,事業が行われる平日に派遣できる会員が少なく,人員不足の要因になっていると考えられた。

本研究は,事業場での活動について質問紙により歯科衛生士会に報告を求めたが,あくまでも調査時点での歯科衛生士会の担当者の理解の範囲での知見による対応となる。そのため,事業場の立場での調査知見が得られていないことから,本来の産業保健における歯科口腔保健の位置づけまでは明らかにできないことが本研究の限界と考えられる。

【結 論】

過去3ヵ年(2018~2020年度)で事業場の事業を実施している都道府県歯科衛生士会は65%であることが明らかとなった。それと同時に,事業実施においては,行政や歯科医師会からの受託や共催が多く,様々な連携が必要であることが考えられた。また,事業を担当する歯科衛生士の派遣やその質の向上について都道府県歯科衛生士会が課題を抱えていることが明らかになった。事業場の事業を継続するために,今後ヒアリング等を通じ,詳細な情報収集を行い,特に人材確保の課題解決の糸口を見出したい。

【謝 辞】

本研究にご協力頂きました日本歯科衛生士会,都道府県歯科衛生士会およびその関係者の皆様に感謝致します。

第四著者は,厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)を受理している。

References
 
© 日本歯科衛生学会
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