2005 年 9 巻 3 号 p. 283-290
重度摂食・嚥下障害で他院にて経口摂取困難と診断され,約1年半の間経口摂取していなかった67歳男性の摂食・嚥下障害患者に対して,リハビリテーション訓練を行った.舌接触補助床 (Palatal Augmentation Prosthesis;PAP) 装着をはじめとする各種アプローチを行い,訓練開始約2ヶ月半後に経口摂取で自宅退院が可能になった.改善の要因として,適切な摂食訓練などの他に,PAPを装着して直接および間接訓練を行うことによって舌圧の改善を図ったことが考えられ,このことがより短期間での改善につながったと思われる.風船状舌圧センサでPAP装着直後と訓練開始2ヶ月後の舌圧を比較した結果,PAP装着時における舌背部の舌圧が大幅に増加していた.また,PAP無でも舌圧が全体的に改善しており,訓練の結果舌機能が改善したことを示していると思われた.シート状舌圧センサで舌圧を測定したところ,PAP装着時での舌圧がPAP非装着時よりも大きく,特に舌後方部のch3で圧が高かった.PAP装着時に舌後方部の左右差 (ch7<ch5) があったため,PAPのch7部分,右上臼歯相当部位の床の形態を修正した.その結果食塊のコントロールが改善された.舌圧の改善が嚥下機能の改善に関係しているものと思われる.本症例のように機能的な原因による運動障害性嚥下障害患者へのPAPの適応についての報告はあまりないが,今回の結果から①舌の運動不全を示唆する構音障害 (特に舌音の障害),②摂食時の口腔内残留所見に加え,VF上での嚥下時の舌背と口蓋間に垂直的な間隙の存在,③口蓋の形態,の3点はPAPの適応基準と考えられる.効果的な摂食・嚥下障害のリハビリテーションにはSTと歯科との連携をはじめとするきめ細かいチームアプローチが重要である.