抄録
本論文は、カイ・T・エリクソン(1976)“Everything in its Path” で提起された概念「集合的トラウマCollective trauma」
を現代の日本の文脈で読み返すことを意図し、理論的検討を図るものである。はじめに、本著における集合的トラウ
マとは、一般的な理解におけるトラウマ(心的外傷)つまり、個別的トラウマIndividual traumaとは異なり、個人が依
拠する共同体との結びつきの喪失による外傷を指していることを説明する。次に、本著がアメリカにおいて、心理学
的には(個別的)トラウマの二次的な症状として位置づけられ(集合的トラウマの個人化)、社会学的には社会構築主
義における歴史的・国民的トラウマと比較し自然主義に陥っていると批判されてきたこと(集合的トラウマの社会化)
を説明する。最後に、集合的トラウマを個人の「心理」や当事者から過度に逸脱した「社会」に帰すことなく、被災
地がかかえる共同性(Communality)に着目することで、東日本大震災後の嵩上げ工事や福島原発事故の故郷喪失とい
った日本の問題においても「集合的トラウマ」が可能性を秘めた概念であることを提示する。