2024 年 27 巻 4 号 p. 565-587
本資料は,2023年7月29日の第26回日本臨床救急医学会総会・学術集会における特別企画(ラウンドテーブルディスカッション)「救護者保護とトリアージに関わる哲学的思考:医療,看護,倫理,法それぞれの視座から」の記録である。当日,約200名の聴講者のなかで,本学会会員の医師,看護師,消防職員に加えて,法学・哲学有識者,弁護士がそれぞれの見識を持ち寄って90分間にわたり活発な議論を交わした記録である。本企画は,2022年秋からの日本賠償科学会・日本救急医学会 救護者保護に関する合同検討委員会(以下合同委員会)の検討に端を発している。この四半世紀以上もの間,何度も議論の俎上に上がりながら解決をみてこなかった「救護者の善意の行動に対する法的課題とその対策」について議論された。 冒頭に法的課題に基づく立法化の試みの歴史の概要が紹介された。そのなかで,法的な整理が進まない要因として,これまでの立法事実(紛争の多発や実際に訴訟が起きた事例の存在)のなさや,救護者(とくに医療者)からの法的整理の要望のなさなどがあげられた。またこれらのことを背景に,現行法の解釈(応用)で対応することができ,新たに立法化する必要はないという行政の判断が繰り返されてきた。事実,演者の消防職員から報告された非番の消防職員による時間外の善意の救護を例にとっても,現行法解釈による保護の下での実施と認識されていた。しかし実際には現行法解釈では,立証責任を訴えられた側が負うということも含め救護者の保護について不十分であることが,法学や賠償科学の視点から解説された。また,アンケート調査や少ないながらも散見される関連報告によれば,立法事実がみられないのは,法が整備されていないために救護自体を躊躇している結果であることが浮き彫りにされた。このことは,演者の看護師による事例紹介でも共有された。また,実際に善意の救護を実施して訴えられそうになった事例も少なくないことが示された。これら一連のことに対して哲学の視点に鑑み,法制化を目指すプロセスにおける哲学的思惟の重要性が示された。最後に合同委員会作成の学会提言案の骨子が紹介された。すべての救護者の保護の実現を見据えたうえで,まずは社会全体の中で救護に長けた医療従事者による善意の救護を対象とし,従来法の解釈に代表される「裁判規範」としての法ではなく,哲学的思惟に基づいた法,すなわち倫理規範としての法の整備の重要性を示したうえで,「本来はできるのに救護に躊躇する医療従事者」の背中をそっと押すような法制化を目指していると報告された。