魚病研究
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宇和海中部海域におけるアコヤガイPinctada fucata稚貝の夏季萎縮症に関するモニタリング調査
四宮 陽一 田頭 亮臣河野 啓介
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2024 年 59 巻 4 号 p. 143-146

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要旨

宇和海中部海域の既存漁場から距離が離れた避難漁場において,アコヤガイ稚貝の夏季萎縮症に関するモニタリング調査を実施した。既存漁場では水温19°C以上となった5月下旬に本病の原因であるPinctada birnavirus(PiBV)が検出され,外套膜萎縮を呈する個体が増加した。避難漁場では検出されるウイルスゲノムコピー数の増加時期が遅れ,ゲノムコピー数が高い期間が短く,外套膜萎縮を呈する個体も少なかった。既存漁場では,外套膜萎縮を呈する個体が認められたのちに死亡するケースが目立った。また,外套膜萎縮が観察された期間は稚貝の成長が停滞し,発病貝が見られなくなると成長が回復する傾向が認められた。稚貝の死亡はPiBVの増加および発症に遅れて発生することから,PiBVの量的検出や症状の定期的な調査により,死亡時期の予測が可能と考えられた。さらに,避難漁場の設置は発病の低減と成長の向上が期待でき,本症の対策の1つとして有効と思われた。

2019年夏季から,アコヤガイPinctada fucataの稚貝を中心とした大量死が西日本の主要な真珠養殖産地で起きている(Matsuyama et al., 2021)。本大量死は,Entomobirnavirus属に近縁のビルナウイルス(仮称Pinctada birnavirus,以下PiBV)の感染によることが特定され,PiBVの定量PCRによる検出法が開発されている(Matsuyama et al., 2024)。

愛媛県宇和海においても2019年から稚貝を中心とした大量死が顕在化し,現在も継続している。そこで,養殖現場における稚貝死亡の対策について検討するために,既存漁場から離れた位置に稚貝専用の避難漁場を設置し,各漁場における夏季萎縮症に関する定期的なモニタリング調査を実施した。

材料および方法

愛媛県内の種苗生産施設において,2023年2月に採卵された殻長2 mm程度の2ヶ月令稚貝を,4月3日に既存漁場(A,B,C漁場)ならびに稚貝専用の避難漁場(X,Y,Z漁場)各3漁場,計6漁場(図1)に室内水槽から各区約1万貝収容した1カゴを直接沖出しし,通常の養殖管理を行った。なお,避難漁場は病原体の分布海域を拡散させないために,本病発生海域の中に設定した。4月10日から8月17日まで,各漁場において,基本的に週1回,10~115個体を付着器として使用している寒冷紗からランダムにサンプリングし,実験室に持ち帰った。持ち帰ったサンプルは実体顕微鏡下で観察し,正常個体,本症の特徴である外套膜萎縮個体,死亡個体(以下,検鏡死亡)に分けて計数するとともに,生存していた複数個体をまとめて湿重量を測定し,1個体あたりの湿重量を算出した。なお,外套膜萎縮個体は外套膜の縁辺部が鰓の縁辺部よりも内側まで萎縮した個体とした。また,養殖カゴの中の死亡については漁場において稚貝の死亡数を計数することは困難であったため,死亡がない場合は-,1/4程度が死亡していた場合は 1+,1/2程度が死亡していた場合は 2+,3/4が死亡していた場合は 3+,ほぼすべてが死亡していた場合は 4+とし,死亡スコアとして表現した。さらに,検鏡に用いたアコヤガイ稚貝3~54個体を殻ごと磨砕し,ニッポンジーン社製のISOGENIIを使用し,マニュアルに従いRNA抽出を行い,Matsuyama et al.(2024)に従って,PiBVゲノムの定量PCR測定を実施した。

図1 宇和海中部海域における調査地点

:既存漁場範囲

□:調査点(既存漁場):調査点(避難漁場)

養殖業者が付着生物を除去するために行うアコヤガイの淡水浴と,本病による摂餌能力の低下が発症個体の死亡を促進すると考え,感染試験により発症した個体を用いて,次の2つの試験を行った。PiBVが外套膜外面上皮細胞に感染するとされていることから,外套膜外液ならびに外套膜殻側の粘液を,養殖場から持ち帰った外套膜萎縮を呈する個体が含まれる同一系統越年貝から採取し,Matsuyama et al.(2024)の方法に従い攻撃液を作成した。感染試験は,2ヶ月令の無病稚貝(殻長 3~4 mm)を12穴マイクロプレートに1個体ずつ入れ,攻撃液を飼育海水中にPiBVの最終濃度がゲノムとして50コピー/μLとなるように接種して行った。その後,22°C,無給餌・無換水で飼育し,9日後に実体顕微鏡下で無症状個体及び外套膜萎縮個体を識別したのち,試験に供した。

試験1として,感染試験後の無症状個体群と外套膜萎縮個体群のそれぞれに対し,プレート各穴の飼育海水を淡水に置換し,2時間静置した。その後,再度海水に置換し,24時間後の生死について検鏡により確認した。試験2として,2郡に分けたプレートの各穴に30万cell/mLとなるようにPavlova lutheriを給餌し,24時間後に消化毛嚢を検鏡して摂餌の有無を判別した。

結果および考察

5月9日からの各漁場の水温を図2,アコヤガイの調査結果を図3に示した。

図2 各調査地点水深 2 mにおける水温変化

上図 既存漁場 ○:A ●:B :C

下図 避難漁場 △:X ▲:Y :Z

図3 外套膜委縮率,検鏡死亡率,死亡スコア,PiBVゲノムコピー数及び湿重量の変化

図中左軸は□:外套膜萎縮率(%)及び:検鏡死亡率(%)を,右軸は●:PiBVゲノムコピー数(copies/mg)及び○:湿重量(g/個体)をそれぞれ示した。グラフ下段は死亡スコアを示した(-:死亡なし,1+:1/4程度死亡,2+:1/2程度死亡,3+:3/4程度死亡,4+:ほぼすべてが死亡)。

既存漁場において,最初にPiBVゲノムが検出されたのは5月15日のC漁場であり,AおよびB漁場は5月23日であった。その時の水温は19.2~20.1°Cであった。既存漁場の稚貝ではPiBVゲノムの検出に続き,外套膜の萎縮が観察された。死亡スコアはB漁場では6月26日に1+,C漁場では 2+となり,死亡は一定量見られた後,終息した。一方,A漁場では顕著な死亡は見られなかった。

上記のように,既存漁場ではPiBVゲノムが19~20°C程度で最初に検出されており,疫学的な調査から,PiBVの増殖が活発になる水温は少なくとも19°C以上と推測された。

一方,避難漁場であるX漁場では6月12日,YおよびZ漁場では7月3日にPiBVゲノムが検出され,その時の水温は19.9~24.8°Cであり,既存漁場でのPiBVゲノムの検出水温より高かった。XおよびY漁場の死亡スコアは7月24日にそれぞれ 1+および 2+であったが,Z漁場では死亡は見られなかった。

図3のように,既存漁場と避難漁場ではPiBVゲノムコピー数の最大値に大きな違いはないが,高いゲノムコピー数を示す時期は,既存漁場では5月23日~6月12日であったのに対し,避難漁場では7月3日~10日であり,時期の遅れが認められた。既存漁場では,同所で飼育されているPiBVの感染を経験した越年貝が稚貝への感染源となりうるのに対し,避難漁場には越年貝が居ないために,感染が遅れるのかもしれない。

試験1において,感染試験後の無症状個体と外套膜萎縮個体に対する淡水浴の影響を調べたところ,外套膜萎縮個体のみ死亡が見られた(表1)。このことから,外套膜萎縮個体は淡水浴に弱い状態であると考えられた。本調査では,避難漁場のY漁場は他の避難漁場と比べ高い死亡率を示した。本漁場では外套膜萎縮の症状を示している7月14日に淡水浴を行っており,このことが稚貝の死亡を増加させた原因であると推測している。

表1 無症状個体及び外套膜萎縮個体を用いた淡水処理及び給餌試験結果

淡水処理 死亡率(%)給餌試験 摂餌率(%)
無症状個体群0(N*=10)100(N=28)#
外套膜萎縮個体群29(N=14)35(N=20)
*  :Nは観察個体数を表す。

#  : イエーツの補正によるフィッシャーの直接確立検定で有意(p<0.05)

漁場の調査において,稚貝の成長は発病期間中に停滞する傾向が見られた。試験2において,感染試験後の外套膜萎縮個体は無症状個体と比べP. lutheriの摂餌率が低かった(表1)。観察者の経験から,本試験における無症状個体の摂餌能は通常貝のものと変わらないと判断できることから,発病期間中の成長の停滞は発病貝の摂餌能の低下が一因ではないかと推測している。一方,外套膜の萎縮率が下がり,発病個体が認められなくなった後には,稚貝の湿重量は増加する傾向を示した(図3)。避難漁場では,PiBVゲノムのコピー数が高値を示す期間が既存漁場よりも短く,外套膜萎縮率も低かった(図3)。そのためか,7月後半以降の成長は既存漁場に比べて良好であった(図3)。

アコヤガイ稚貝の定量PCRによるPiBVゲノムの検出や検鏡による外套膜萎縮の確認などの漁場における定期的なモニタリングは,養殖貝の死亡発生時期を予測でき,養殖管理上,有効であると思われる。また,既存漁場から離れた稚貝専用の避難漁場の設置は,稚貝の発病を低減し,成長の向上が期待できることから,本症の対策の一つと言える。なお,宇和海中部海域では,避難漁場での養殖は春から秋までに限定し,以降は養殖貝を既存漁場に移し,翌年の感染源とならない措置を講じている。

謝辞

サンプリングにご協力いただいた愛媛県漁業協同組合の関係者の皆様に感謝申し上げる。本報を執筆するにあたり,ご助言とご校閲を賜った(国研)水産研究・教育機構水産技術研究所の松山知正博士に厚く御礼申し上げる。なお,避難漁場の取り組みは「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」に基づき,指定品目団体として認定された(一社)日本真珠振興会が農林水産省の「品目団体輸出力強化緊急支援事業」の支援を受けて行ったものである。

文献
 
© 2024 日本魚病学会
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