魚病研究
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簡易的なDNA熱抽出法を利用したPCRによるアユ異型細胞性鰓病原因ウイルスの検出
相川 英明
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キーワード: 迅速診断, PaPV, DNA熱抽出法
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2025 年 60 巻 1 号 p. 24-26

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要旨

Plecoglossus altivelis Poxvirus-like virus(PaPV)は,アユの異型細胞性鰓病(ACGD)の原因ウイルスであり,日本のアユ養殖に大きな損失を引き起こしている。本報では,ACGDの迅速診断を目的に蒸留水を用いた簡易DNA熱抽出法の有効性について検討した。罹患魚を用いて検出感度を検討したところ,本法で抽出したDNAを用いたPCR検査と市販のキットで抽出したDNAを用いたPCR検査との間に差はなかった。また,ACGDの症状を呈した複数のアユから本法により抽出したDNAを用いてPCR検査をしたところ,すべての病魚からPaPVが検出された。短時間かつ安価で行える本DNA抽出法は,ACGDの迅速診断に有用であると考える。

アユの異型細胞性鰓病(atypical cellular gill disease:以下,ACGD)は関東地方から九州地方にいたる各地の養殖アユで発生し,累積死亡率は90%となる感染症で(Wada et al., 2008, 2011),細菌性冷水病と同様に大きな魚病被害を生じさせており(久保田,2018),神奈川県でも2008年に初めて確認されている(原,2010)。本病はアユの鰓上皮細胞にポックスウイルス科のPlecoglossus altivelis Poxvirus-like virus(PaPV)が感染し,病魚の鰓上皮に大型の異型細胞が形成される特徴を示す(Wada et al., 2011)。本病の診断にはPCR検査法が利用されており(Koyama et al., 2020),本県においてもACGDが疑われる場合は同検査を行い,陽性であった場合には,アユの異型細胞性鰓病診断・治療マニュアル(以下診断マニュアル)*1に従い,直ちに塩水浴による治療が行われている。ACGDは短期間に大量死を招くことがあるので(Wada et al., 2008),多数の病魚を検査する生産現場では簡易的かつ安価な迅速診断技術が望まれる。ウイルス病の迅速診断については,畜産分野における牛白血病ウイルスの検出手法として,DNA熱抽出法の有用性が報告されている(三角ら,2020)。筆者はアワビ類の筋萎縮症の病原体として推定されるAbalone asfa-like virusのPCR 検査において,病貝の血リンパを材料とした蒸留水を用いたDNA熱抽出法の有用性を報告した(相川ら,2022)。

本報では,アユACGDの原因ウイルスであるPaPVのPCR検査における,蒸留水を用いたDNA熱抽出法の有用性を確認し,迅速かつ安価なACGDの診断技法を紹介する。

*1  日本水産資源保護協会(2024):魚類防疫技術書シリーズ XXVIIアユの異型細胞性鰓病(Atypical Cellular Gill Disease: ACGD)診断・治療マニュアル第2版.

材料および方法

供試魚

熱抽出法により得られたDNAを用いたPCR法の感度を検討するために,2024年6月および8月に神奈川県水産技術センターでACGDと診断されたアユ各1尾(魚体番号2024-6,魚体重 20.7 g;魚体番号2024-8,魚体重 47.9 g)を供試した。各病魚は養殖場にて瀕死の個体であり,鰓に動脈瘤を呈していた。6月の検体は鰓上皮に異型細胞が確認されなかったが,8月の検体は異型細胞を確認した。鰓組織を使用したPCR検査(診断マニュアル)は両検体ともPaPV陽性を示し,試験までこれらの病魚は-60°Cで凍結保存した。

PaPV保菌検査における熱抽出法の利用を検討するために,ACGDの診断検査のため当場に持ち込まれた2024年6月の検査個体(同一養殖場2水槽から各10個体,検査群1および2)および2024年7月~8月の検査個体(7月5日5個体,8月5日7個体,8月16日7個体,それぞれ検査群 3,4,5)を供試した(表1)。これらの供試魚について,診断マニュアルに従い,鰓ウェットマウント標本および鰓スタンプのディフ・クイック染色(ディフ・クイック,シスメックス)標本を作成し,光学顕微鏡により,鰓の動脈瘤,長桿菌,寄生虫および異型細胞の有無を調べた。

表1 供試アユの情報

検査群検査日平均
体重
(g)
死亡
*
(%)
検査魚の状態PaPV
(陽性尾数/検査尾数)
動脈瘤
(陽性尾数/検査尾数)
長桿菌
(陽性尾数/検査尾数)
寄生虫
(陽性尾数/検査尾数)
異型細胞
(陽性尾数/検査尾数)
12024.06.2811.45.0瀕死10/1010/100/100/100/10
22024.06.2826.80.8瀕死10/1010/100/100/100/10
32024.07.0541.650.0瀕死5/55/50/50/51/5
42024.08.0547.252.6瀕死7/77/70/70/72/7
52024.08.1668.550.0瀕死7/77/70/70/70/7
*  飼育開始日から検査日までの検査対象水槽における累積死亡率

DNA抽出

各個体の鰓組織 25 mgおよび 50 mgを採取し,5%のキレックス(Chelex100, SIGMA)を添加した蒸留水 300 μLとともに 1.5 mLのマイクロチューブ(ビオラモマイクロチューブ,アズワン)に入れ,アルミブロック恒温槽(サーモアルミバス,IWAKI)を用いて99°Cで10分間の処理を行った(矢野,2017)。その後,10,000×gで3分間の遠心分離後,上清を回収し,DNA抽出液とした。対照区として,各個体の鰓組織 25 mgから市販のDNA精製キット(QIAamp DNA Mini Kit, Qiagen)を用いてDNAの抽出を行った。また,当センターで飼育中の健康なアユからも同キットを用いて同様にDNA抽出を行った。

PCR

魚体番号2024-6および2024-8から抽出したDNAは,健康なアユDNA(10 ng/μL)を含む蒸留水で1/10の段階希釈サンプルを準備した(Koyama et al., 2020)。PaPVのPCR反応はプライマーセットBOKE30-FおよびBOKE30-Rを用いて行った(Koyama et al., 2020)。PCRの反応溶液の組成は,プレミックスタイプのPCR 試薬(KOD One,東洋紡)を 10 μL,プライマーセット(50 μM)を各 0.12 μL,滅菌超純水を 9.76 μL,上述のDNA抽出液を 1.0 μLの計 21 μLとした。PCRの反応条件はKOD One の添付マニュアルに従い98.0°C・10秒,50.0°C・5秒,68.0°C・1秒を40サイクル行った。その後,PCR反応液を1.5%アガロースゲル(アガロース HS,ニッポンジーン)を用いた電気泳動を行い,ミドリグリーンアドバンス(日本ジェネティクス)で染色後,LEDトランスイルミネーターにより 302 bpのPaPV由来増幅産物を確認した。

結果および考察

熱抽出法により得たDNAを用いたPCRによるPaPVの検出感度

鰓組織 25 mgおよび 50 mgから熱抽出法により得たDNAおよび鰓組織 25 mgから市販キットにより得たDNAを用いたPCRによるPaPVの検出感度について比較を行った結果,いずれのサンプルも104 倍希釈までPCR産物が確認された(図1)。本試験は2個体について実施したが,結果は同様であった。以上より,熱抽出法によリ得たDNAも市販キットと同等のPaPV検出感度を得られることが明らかとなった。

図1 熱抽出法と市販キットにより得たDNAを用いたPCR結果の比較.図は病魚1尾(魚体番号2024-6,鰓組織 25 mg)の結果を示す.矢印:PaPV由来PCR産物(302 bp).A:熱抽出法.B:市販キット.M:100 bp DNA Ladder. 1:101 倍希釈DNA.2:102 倍希釈DNA.3:103 倍希釈DNA.4:104 倍希釈DNA.5:105 倍希釈DNA.6:健康なアユDNA(101 倍希釈).7:DW.

DNA熱抽出法を利用したPCRによるPaPV保有検査

鰓組織 50 mgから熱抽出法によリ得たDNAを用いてPCR検査したところ,すべての39検体においてPaPVが検出された(表1)。鰓ウェットマウント標本の観察では,すべての検体で動脈瘤を確認したが,長桿菌や寄生虫は存在しなかった。異型細胞は,検査群3(7月5日)および検査群4(8月5日)のみで確認された。診断マニュアルには,鰓スタンプのディフ・クイック染色標本は瀕死魚(難しい場合は死亡後10分以内の魚)を使用することとある。今回の検査では,取り上げ時,すべての検査魚は瀕死状態であったが,当場への持ち込みに時間を要したことから,検査群1,2および5では異型細胞の検出が困難になったと考えられた。

本報で用いたキレックスはアユ疾病に関する防疫指針*2において冷水病の診断に用いられていることから,アユの疾病検査を実施する試験研究機関には常備されているものと思われる。蒸留水によるDNA熱抽出手法は操作が簡便なうえ,新たな試薬を購入することなく安価でおこなうことができ,迅速診断が求められる生産現場では有用な手法であると考えられ,今後,魚病診断の現場での活用が見込まれる。

*2  農水省アユ疾病対策協議会(2011):アユ疾病に関する防疫指針.

謝辞

DNA抽出液の希釈系列の作成ならびに本報をまとめるにあたり,ご協力を賜りました日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科の倉田修教授に深謝いたします。当場の小川砂郎場長と井塚隆専門研究員には有益な助言と本稿の校閲をいただき,感謝いたします。サンプルを提供していただいた養殖場者の皆様に御礼申し上げます。

文献
 
© 2025 日本魚病学会
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