2022 年 32 巻 2 号 p. 90-100
日本の食物アレルギー診療においては、原因食物の完全除去はすでに標準的な診療の考えかたではなくなり、「食べて治す」治療をめぐる医学的知識が浸透しつつある。本稿では、子どもに食物アレルギーのある3名の母親の語りを題材として、この「食べて治す」治療をめぐる医学的知識との出会いが、いかなる経験や実践の可能性を子どもに食物アレルギーのある母親たちにもたらすのかの検討を試みた。子どもに食べさせて治すというワークに取り組むことを要請する知識が、耐性の獲得を待ちつつ子どもの安全を守ることを基本とする知識と重なり合って道徳性が二重化するなかで、母親たちは食べさせた子どもの治療が進むという経験をするのみならず、完全除去が標準とされる状況では経験しえない恐怖や逡巡を経験している。