日本労務学会誌
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書評
中村 天江 著『採用のストラテジー』
石山 恒貴
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2021 年 21 巻 3 号 p. 103-106

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『採用のストラテジー』,中村 天江 著;慶應義塾大学出版会,2020年4月,A5判・324頁

1. 本書の狙い

本書は採用の研究の射程を,いわば再定義することを狙いとしていよう。従来の日本の採用研究が,新卒採用および外部労働市場における募集・選考プロセスに偏重していたことに対し,本書では採用を,より大きな射程で捉えることを意図している。具体的には,新卒採用のみならず,中途採用と有期雇用を分析対象としている。くわえて,外部労働市場における募集・選考プロセスに限定された視点を「小さな採用」,外部労働市場と人材マネジメントの施策を「大きな採用」と位置づけ,「大きな採用」を分析対象としている。筆者は,人材市場の第一線の観点から数多くの提言を行っている気鋭の研究者である。実務の最前線で研究を行うからこそ,採用研究を一定の領域に分断されたものとみなすのではなく,より広範な射程で見つめ直し,現場の実践者に資するものとしたいという意欲が強いのではないだろうか。その結果,国内外の比較を含めた採用に関わる多くの事項が取り扱われている。本書がこれらの多くの分析対象から,いかに理論的含意を導出したのかについて,本稿で述べていきたい。

2. 本書の概要と構成

本書は12章から構成されている。本書の構成と内容を紹介しつつ,考察すべき観点についてふれていきたい。第1章では,全体の構成を紹介するという導入の役割を果たすと同時に,「小さな採用」に対する「大きな採用」の意義が示される。「小さな採用」は日本的雇用における内部労働市場と外部労働市場の分断の象徴である。他方,日本企業の「採用」という概念と比較すると,欧米企業の「リクルートメント」は内部労働市場たる企業の人材マネジメントの構成要素であるとともに,外部労働市場とも密接に連結している。すなわち「リクルートメント」という概念が「大きな採用」の基盤にあたる。日本企業が採用に関する暗黙の前提を「小さな採用」から「大きな採用」に転換していくべきであるということが,筆者の基本的な主張である。

第2章では,人材獲得の競争の激化という環境変化が示される。ところが日本企業の採用は,この環境変化に十分対応できていない。その状況を踏まえて,第3章では日本企業の採用行動が分析されている。具体的には新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用が分析対象となっている。それぞれに課題が指摘されているが,新卒採用についてはいわばArgyris(1976)の指摘する既存の枠組みの改善にとどまるシングルループ学習ではなく,そもそもの前提を見直すダブルループ学習を進めることが必要となる。

第4章と第5章では,新たな研究枠組みに向けた分析と考察がなされている。日本企業の採用に関する研究は,新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用について並列的に記述してきており,各々の採用に内在する多様なパターンを共通的に記述する枠組みが存在しない。また,採用の成果についても明確化する必要がある。採用の成果には,個人と組織,雇用前と雇用後という分類が可能であり,結果的に4種類の成果が存在する。とりわけ,日本における良質な中途採用を増やしていくためにも,中途採用における成果に着目する必要がある。

ここまでの分析と問題意識に基づき,第6章と第7章では「採用のホィールモデル」が提案される。既存研究の採用モデルは,直線型のフローモデルが基本である。これに対し,「採用のホィールモデル」はループモデルであることが特徴となる。具体的な内容としては,次のとおりである。「前提(インプット)」として「雇用の前提」「募集・選考プロセスの前提」,「プロセス」として「募集・選考プロセスの設計」「募集・選考プロセスの遂行」,「成果(アウトプット)」として,「募集・選考プロセスの成果」「雇用後の成果」が設定されている。日本企業の採用行動は,これら6つのフェーズを繰り返し実施することで示される。採用行動の実態を的確に捉えるとループモデルになるわけだが,ループには,それが慣性を有しルーティーン化するという含意もある。そこで,ダブルループ学習の重要性が強調されることになる。ホィールモデルの各フェーズの構成要素は変数として抽出され,日本・フランス・アメリカの比較でその存在が検証された。

第8章では,日本企業であるA社のダブルループ学習に該当する採用変革の事例が示されている。具体的には,次世代リーダーを獲得するために,採用と育成を一体的に変革することを目指した事例である。「採用のホィールモデル」を適用すると,A社の変革の全体像が明確になる。A社の従来の変革,職種別採用の導入,オープンエントリー方式の変更は「募集・選考プロセス」に限定された変革であり,ホィールモデル全体の変革には至っていなかった。他方,次世代リーダーを獲得するためには,採用・配置・育成を一気通貫に変更する必要があり,「採用のホィールモデル」の変革要素として対象外であった「雇用後の成果」「雇用の前提」を含め,6フェーズすべてを変革することに至ったのである。

第9章,第10章,第11章では効果的な採用パターンが分析されている。第9章では「採用のホィールモデル」により,新卒採用,中途採用,有期雇用採用の特徴が抽出されている。第10章では,日本・フランス・アメリカ企業のタレント獲得の差異が分析されている。フランス企業,アメリカ企業における差異化の要因は個別事項まで踏み込まなくてはならない。他方,日本企業では,全般的にタレントマネジメントが浸透していなかったため,タレントマネジメントの仕組みを整備することが,タレント獲得の促進要因になり得る。第11章では,日本企業とアメリカ企業を比較して,採用活動のフィードバックループの実態が分析されている。ここでも,「採用のホィールモデル」の6フェーズを一気通貫するフィードバックの型こそがダブルループ学習とされるが,それが担保される条件としては人事部の役割が重要であった。

第12章では,本書の網羅的な分析結果に基づき,企業の採用戦略のあり方が提起されている。日本・フランス・アメリカ企業の採用行動には,差異と共通性が存在したが,それゆえに,共通性を重視したユニバーサルな戦術,差異を活用したグローバルな戦術とローカルな戦術が望ましい。また採用活動の見直しには,時間のコントロールを行っていくことも必要となる。

3. 本書の意義

本書の第1の意義は,緻密で膨大なデータを駆使して,歴史的な経緯を含めた日本の採用の全体像を示したことにあるだろう。またフランス・アメリカとの比較分析を行っていることにより,日本の採用の姿が相対化され,より実態に迫ることに成功している。そのうえで,本書の重要な視点は,分断と連結にあろう。まさに日本企業の採用に関する研究は,新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用で歴史的に分断され,各々が蓄積されてきたのではないだろうか。それは,故無きことではない。研究のみならず実務の場でも,同じ採用業務でありながら,新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用は別次元の業務と捉えられ,分断されていたのではないだろうか。本書は,この分断を通時的かつ共時的に連結し,内部労働市場と外部労働市場を視野に収めたうえで,採用の全体像を明らかにしている。

第2の意義は,新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用を連結した共通の枠組みとして,ループモデルという特徴を有する「採用のホィールモデル」を提示したことにある。「採用のホィールモデル」という分析枠組みによって,シングルループ学習としての採用の継続的改善にとどまらない,ダブルループ学習としての採用の変革に至る視座を,われわれは獲得することが可能になった。たしかに評者においても,採用が多様であることは理解しつつも,採用の研究といえば新卒採用という暗黙の前提に囚われていたことは否定できない。Argyris(2002)はダブルループが生起する条件として,根拠ある情報に基づく自由な選択をあげている。第8章の事例研究で端的に示されているように,「採用のホィールモデル」という視座から,自組織の採用を6フェーズに沿って分析すれば,ダブルループ学習を生起させる確率を高めることができるだろう。

第3の意義は,採用の研究を人材マネジメントとは分断された領域と位置づけるのではなく,人材マネジメントの重要な構成要素として位置づけていることにある。そのため,本書はタレントマネジメントに踏み込んで分析を行い,「採用のホィールモデル」が円滑に運用された場合には,それが同時にタレントマネジメントの変革でもあることを明らかにしている。さらに,日本・フランス・アメリカ企業のタレント獲得の比較分析から,日本企業のタレントマネジメントの整備の必要性も指摘している。このように,採用の研究を有機的に捉え直し,新たな研究の方向性を示したことは,本書の大きな貢献であろう。

4. 疑問点と課題

新卒採用,中途採用,アルバイト・パートの採用,日本企業の変革事例,日本・フランス・アメリカ企業のタレント獲得,日本・アメリカ企業のフィードバックループの比較など,膨大なデータを網羅的に検証したからこそ,本書は「採用のホィールモデル」という分析枠組みを獲得することができた。しかしながら,若干の課題を指摘するならば,その網羅性ゆえに,研究の焦点がやや不明確になってはいないだろうか。

とりわけ第12章において,日本の採用研究,あるいは企業の採用行動がシングルループ学習にとどまってしまうという課題を,組織学習やタレントマネジメントの先行研究の知見の掘り下げも含めて,再度整理して分析すれば,筆者の主張と理論的意義がより焦点化され,明確になった可能性がある。しかし,この点は評者のないものねだりの批評であろうし,むしろ「採用のホィールモデル」を活用した今後の採用研究の蓄積こそが重要であろう。いずれにせよ,この課題は,本書が意欲的に膨大なデータの分析を行ったからこそ生ずるものであり,本書の意義を損なうものではない。日本の採用研究の新たな地平をひらいた本書は,多くの読者に貴重な理論的かつ実践的な価値を提供するであろう。

(評者=法政大学大学院政策創造研究科教授)

【参考文献】
 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
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