2021 年 21 巻 3 号 p. 2-4
わたしがこの学会に入会したころに比べて,この学会誌に掲載される論文は,手法,概念の彫琢・洗練度,使用データの適切さにおいて,格段に進歩したように思われる。ただ,残念ながら,どの職場,どの職種を念頭においているかが,わからないものが少なくないと感じている。いわゆるデータの一人歩き,概念の一人歩きがみられ,抽象度の高い学術誌では無理からぬところもあるが,実務と学問をつなぐ当学会としては,どんな仕事そしてキャリアを念頭にしたイメージかがつかみやすい議論にしてほしい。
たとえば「技術者」という変数が有意に出て解釈するときに,どんなタイプの技術者を念頭におくのか。製造業であれば,上流に近い技術者と下流に近い技術者では,仕事内容そして育成方法が異なる。ほかの業種で技術者といっても,その業種特有の影響をかなりうけ,異なる仕事やキャリアとなる。また,私が用語の不使用を言い続けている「非正規労働」は,もっと違いが甚だしい。契約社員,基幹パート,派遣社員では全く異なる。それぞれのなかにも様々なタイプがある。データ数の関係で区別できなくとも,解釈し論じるときは,どの雇用形態の労働者を念頭にしたかを明示したほうがよい。
本誌21巻1号の三輪卓己氏の巻頭言にあったように,コロナ危機を受けて,テレワークが急速に拡大し,労務管理に関する「働き方改革」の諸テーマが一気に顕在化されたようにみえる。多くの企業や働き手が,思った以上にテレワークでも働けることを実感したと思う。一方で,テレワークは,今後の会社と個人の関係や働き方を大きく変える可能性を秘めている。
三輪氏の展望とはやや異なる考えをもっており,人材をどう育てるのか,といったところに焦点をあてたい。つまり,コロナ危機を受けて出社の頻度が低下しテレワークが普及するなかで,それに応じた人材育成の展望や課題を考えてみたい。
社員全員でなくとも,多くの社員がテレワークになったとき,どのような状況においても,会社の生産性や個人の生産性を高める基盤は,社員のスキルや技量を向上させることが前提条件である。イメージでいえば,現在40歳以上の社員は,何とかこれまでの技量で新しい働き方に対応できるかもしれないが,それ以下の社員の技量やスキルをどのように高めればいいのであろうか。
個人が有している学歴資格や新たな技能資格を持つだけでは,とうてい複雑で変化する業務をこなせない。上司・先輩あるいは同僚から,教え教えられるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が効率的であることは変わらないであろう。このOJTは入社当初の計画的OJTではなく,ふだんの仕事の遂行のなかで技量が向上するOJTを指す。自ら学ぶ方法は,いま以上に洗練されてくるだろうが,技量向上の基礎はOJTであろう。
社員同士の少なくなった接触機会を効率よく有効に活用できるのであれば,これまでのOJTによる人材育成方法で対応できるであろう。もし,それができないくらい接触頻度が減少すれば,個人ひとりひとりで技量を高めていくしかない。いわゆる自己啓発による「自律型キャリア」の形成である。OJT,OFF-JTそして自己啓発の三分法の枠組みでは,理論的にはそうなる。問題は,いま現在,自律型キャリアを歩んでいる職種や職場の具体的なイメージである。
いうまでもなく,「自律型キャリア」とは自分のキャリアを自身でコントロールしながら歩む人生である。そのイメージを具体的に描き出してくれる学術研究は,まれである。ところが映画には少しみられる。映画「マイレージ・マイライフ」の主人公の世界である。人事コンサルテイング会社につとめ,「解雇宣告人」として,1年のうち300日以上,全米を動き回る。経験を積むと,そのやり方が上達していくが,それは自らが勉強して体得したものである。この事例に典型的にみられるように,米国キャリア論で世紀の変わり目ぐらいから研究のふえた「バウンダリレス・キャリア」(組織を超えたキャリア)や「プロテイアン・キャリア」(変幻自在に変える)の世界である。ここではスキルを高める方法は,基本的に自己啓発である(「『仕事映画』に学ぶキャリアデザイン」)。
たしかに,この方法で自己を磨く社員からは,案外,これまでにない発想ややり方で行うものが出てくるかもしれない。もちろん全員ではなくとも,会社に貢献する人材の中心が,自律型キャリアを歩むものになってくると,人材育成の方法は大きく変わる。しかし,その具体的イメージがうかがえる事例分析やデータ分析が必要とされる。そうでなければ,観念的に自律型キャリアの要因を抽出しても,「どこの何の仕事なのか」ということになってしまう。
場所も勤務時間も多様になればなるほど,これまで慣例であったことが,できなくなる。たとえば現在でも少なくなってきている朝礼である。たんなる儀式の朝礼がなくても,すぐには困らない。メール,SNSの普及で互いに連絡はつくからである。ここでいっているのは,社内の形式的な情報伝達ではない。顔を合わせていて,はじめて理解できるきめの細かい情報である。
最後に,2つほど最近時の研究にコメントし,技量向上の解明の重要性を訴えたい。荒尾千春氏による美容師の研究は,実務経験や練習時間が技量向上に不可欠なのに,離職率が非常に高い業界の課題を描いている。練習は閉店後に行われ,先輩もチェックする時間を費やされる。流動的な労働市場であるが,典型的なOJTで技量を高める。
ちなみに「OJT=企業特殊熟練」ではない。もっとも流動的な雇用形態の派遣労働者の技能も,派遣先でのOJTにより習得されていることが,各種調査でわかっている。逆にいえば,OJT研究は企業内キャリアだけを前提とするものではない。美容師のように具体的な職業,そして職場で,どうやって技量が向上されていくかを探ることが,遠回りのようにみえて,確実な研究方法であろう。
『日本労働研究雑誌』2020年11月号は,「スキルの継承・伝承」を特集として組んでいる。4つの分野からアプローチした論文は,必ずしも上述した具体性を十分備えていないが,「スキルの継承」には,スキル向上の仕組みを明らかにすることが重要であることが示唆されている。
そのためには三谷直紀氏が強調するように(『日本労働研究雑誌』2020年2・3月号),OJTをきちんととらえることが国際的にも重要である。あたり前のことだが,個人個人がどのようにして技量を高めるか,それに企業がどうかかわっているか,などが労務管理の最重要な前提である。それも複数の企業や職場の関与かもしれない。それがわかってこそ,ほんとうの意味での「自律型キャリア」の意味も明らかになろう。
筆者の専門とする女性労働についても,たんにテレワークのしやすさとか家庭との両立だけでなく,そのときに技量向上がどれだけ阻害されるか,あるいは促進されるか,というところまで踏み込まないと,男女平等を目指す労務管理の研究とはならない。「遅い選抜」を含めた昇進への影響も,そこから導きだされる。
会員の多くの踏み込んだ研究が期待される。
学習院大学