2021 年 21 巻 3 号 p. 76-91
The purpose of this paper is to review the study of promotion, mainly in the Japanese public sector, from three points of view
1 .the key points in observing promotion structure and the basic characteristics of promotion structure in national and local governments,
2.the main research approaches, and
3.subjects, data, and methods.
The contribution of this paper is twofold. First, this paper is, as far as can be seen, the first comprehensive review paper on public sector promotion research. Secondly, whereas conventional reviews of promotion research focusing on the private sector have been conducted mainly from an economics or business administration perspective, this paper broadly discusses the perspectives from both theoretical and empirical perspectives from different disciplines such as economics, business administration, public administration, and political science, organizing three approaches.
In line with the three objectives mentioned earlier, this paper is structured as followed: First, we summarize what has been pointed out about the reality of promotion in the national and local governments within the Japanese public sector, along the following five lines. Namely
1.the intensity of track-by-track management at the entry-level,
2.the speed of promotion,
3.how the disparities in promotion within a given personnel group are made,
4.selection through horizontal movement without promotion, and
5.in relation to politics.
Next, three approaches to promotion research in the public sector have been described: the functional approach, the normative approach, and the power approach. The functional approach is mainly adopted by economists and considers that the promotion structure is rationally designed for the organization’s purpose and work performance. It is also believed that the organizational environment and technical conditions create differences in the abilities and skills needed by the organization and the promotion structure that develops them. The abilities and skills here are assumed to be objectively ascertainable, at least in theory, and to have a single entity.
The normative approach is a sociological approach that focuses on the unique role of norms not dissolved by environmental conditions when considering promotion. It is critical of overly rational explanations of management and emphasizes that organizations are embedded in their social, cultural, and historical contexts. Capability is seen as socially constructed within those particular contexts. This is the so-called “social construction theory of ability.”
The power approach focuses on the principal nature of government as an organization and is concerned with how power struggles between actors manifest themselves in promotion mechanisms. Many political scientists and public administration scholars have adopted this approach, with the theme of political-government relations (the relationship between politicians and administrators) receiving particular attention.
Thirdly, subjects, data, and methods that previous studies have addressed are discussed. As for the research subjects, interest in the subject has expanded in recent years to include technical officials and non-elite employees. In recent years, the number of studies relying on primary data such as official documents has increased. Although the basic research method is to draw a career tree, in recent years, new methods such as Bayesian estimation and QCA have been applied to more rigorously clarify the structure of promotion and analyze the causes and consequences of the structure.
We conclude with a discussion of future challenges for promotion research in the public sector. There are three main challenges: the development of databases, the expansion of research subjects, and the refinement of each research approach.
昇進は,単に金銭・権限等の様々な便益を個人にもたらすだけではなく,構成員の意欲や能力,認識と深く結びついているという意味で組織における管理の鍵であると考えられてきた。また,昇進は組織にとっても個人にとっても重要であるだけに,諸アクターの競合が発生し,そこに権力の跡が刻印されるともみなされてきた。昇進はどのような実態を有しているのか。そこに見いだされる昇進の構造は何を示しているのか。こうした問題は公共部門を対象とした研究の中でも重要なテーマの一つであった1。
昇進研究は重要ではあっても,その実施には様々な問題が付きまとう。第1に,昇進の実態は,例えば給与や組織構造に比べて全体像を観察することが一般に難しい。第2に,昇進と結びつけて考えられてきた意欲,技能,認識,権力といった諸要因も計測が難しい。つまり,昇進の実態を掴むことも,明らかにされた昇進構造が一体何を意味しているのかも決して自明ではないという困難を抱えている。
本稿の目的は,こうした困難に取り組んだ,主に日本の公共部門を対象とした昇進2研究に関して,1)昇進構造を観察する際のポイントと国・自治体における昇進構造の基本的な特徴,2)主要な研究アプローチ,3)研究の対象,利用データと方法,の3点からレビューを行うことである。まず,日本の公共部門における昇進の実態について,どのような論点について何が指摘されてきたのかを整理する3。次に,公共部門における昇進研究の3つのアプローチについて述べる4。すなわち,機能的アプローチ,規範的アプローチ,権力的アプローチの3つである。これらのアプローチの背景には(時に明示されない)特有の前提と問題意識が存在するため,注目する現象が異なっていたり,同一の現象であっても説明の仕方がしばしば異なっていたりする。本稿では,これらのアプローチの異同に配慮しながら,その特徴を論じる。第3に,先行研究が扱ってきた対象,利用データと方法について論じる。最後に,公共部門における昇進研究の今後の課題について述べる。
本稿の貢献は大きく2つある。第1に,管見の限り,公共部門の昇進研究に関する最初の包括的なレビューであるという点である。第2に,公共部門の昇進研究が有するアプローチの多様性を整理している点である。確かに昇進研究全般に関しては,遠藤(1993)などの優れたレビューが存在する。しかしながら,それらのレビューは経済学者ないし経営学者によるもので,彼らの学問的背景と密に結びついた構成をとっている。少なくとも公共部門における昇進研究は,経済学,経営学,行政学,政治学等の異なる分野から,いくつかのアプローチに基づいて展開されてきた。本稿では,日本の公共部門を対象とした昇進研究の現在地を,理論と実証の両面から,なるべく広い視点に立ちつつ紹介することとしたい。
日本における公共部門と一口にいっても,日本政府(以下「国」),地方自治体(以下「自治体」)だけではなく,政府が保有する企業や政府が出資する法人等も含まれる5。本稿では先行研究が主な対象としてきた国と自治体に絞って,昇進構造に関する主要な論点と明らかにされてきた事実を記述する。
2-1. 昇進構造を観察する際のポイント公共部門における昇進構造を観察する際には,大きく5つのポイントがある。すなわち,①入口レベルでのトラック別管理の強度,②昇進のスピード,③昇進上の格差のつけ方,④昇進を伴わない水平的な移動を通じた選抜,⑤政治との関係である6。
第1に,入口選別の強度である。入職時点で何らかの選別を行い,昇進の早さや選抜のタイミングなどが異なる人事集団を作るかどうか,という問題である。日本では一般に,性別と学歴によって入口で選別が行われ,仕切られた昇進構造が採用されていると言われてきた(白井,1992)。何に着目し,どの程度厳しい入口選別が行われているのか,が論点となる。
第2の昇進スピードとは,ある人事集団が全体として,昇進するのが早いのか遅いのか,という問題である。例えばエリート集団であれば昇進のスピードが早く,ノンエリート集団であれば昇進のスピードは遅い。本稿ではこのことを「早い / 遅い昇進」と呼ぶ。
第3に,昇進上の格差のつけ方である。格差のつけ方にいくつもの種類があることは,主に民間企業研究を通じて明らかにされてきた7。まず,ある人事集団の中で,職業人生の初期に格差をつけてしまうのか,そうした格差をつけるのを遅らせるのかという問題がある。いわゆる「早い / 遅い選抜」と呼ばれるものである(小池,2005)。日本では,職業人生の初期には平等な取り扱いが行われ,入職から15年前後で決定的な選抜が行われるという遅い選抜が採用されているとして,小池(1981, pp. 29-30)はこれを「将棋の駒」型競争と名づけている。
さらに敗者復活の可能性から,遅い選抜の構造をより詳細に分析したのが今田・平田(1995)である。重工業企業OLL社のホワイトカラーの昇進構造を分析した結果,職業人生の序盤・中盤・終盤で異なる構造が観察された。大卒者に関しては,同期集団で格差をつけずに昇進をさせる一律年功昇進が最初の3-5年,追いつくことは可能でも昇進に遅速がつけられる昇進スピード競争が入職20年目前後まで展開され,昇進する者とそれ以上昇進しない者が分化するトーナメント競争8がそれ以後に行われる。彼らはこれを「重層型昇進構造」と呼ぶ。以上のように,格差をつけるタイミング,敗者復活の可能性という主に2点が昇進格差のつけ方において論点となる。
第4に,水平的な移動の問題である。日本の公共部門では財務・人事・文書等の総括管理機能を担う官房部門の果たす役割が大きく(伊藤,1980),こうした影響力の大きなポストへの水平的な移動は,その後の昇進に有利とされる。昇進を伴わないもののその後の昇進に有利に働くという意味で実質的な選抜と言いうるこうした水平的な移動を指して,本稿では「潜在的な選抜」と呼び,昇進という顕在的な選抜と区別する9。
最後に,政治との関係である。主に政治家がどの程度,公務員の昇進のあり方に介入する余地があったのかどうか,が問題となる。
2-2. 国これまで述べてきた諸点に沿って,国の昇進システムについて指摘されてきた事実を整理する。まず,入口選別の強度であるが,国ではその強さが長らく指摘されてきた。いわゆる「入口選別制」である(西尾,2018, p.43)。国の人事管理は省庁を基本的な単位10としつつ,同一の省庁内でも人事集団をいくつかに区分して異なる管理を実施してきた。これを「グループ別人事管理」と呼ぶ(人事院,2012)。その中でも重要な柱となるのがキャリア,ノンキャリアという2つの人事集団の存在である。前者は,現在の国家公務員総合職試験,かつてのI種試験,上級甲種試験を通じて採用された者であり,後者は,一般職試験等のそれ以外のルートから採用を受けた公務員を一般には指す11。ただし,行政,法律,経済等の区分で採用される事務官が,技官に対して有する昇進上の優位性から,キャリアの語を事務官に限定する場合もある。
「一般職の国家公務員の任用状況調査」によると,キャリアが一般職12の公務員に占める比率は約5%に過ぎないが,本省課長級以上の約9割,事務次官や局長等の指定職と呼ばれる大幹部のほぼ全てをキャリアが占めている。そうした意味で,キャリアは幹部候補として採用を受け,実際にそのほとんどが幹部へと昇進を遂げるエリートである13。こうしたキャリアとノンキャリアの区別を基本とした人事の仕組みを「キャリア・システム」と呼ぶ。
キャリア・システムの淵源は,文官高等試験に合格し高等官として任用を受けた人々(いわゆる高文組)に特権的な地位を与えた戦前期の身分制的なシステムに求められる。新憲法と国家公務員法の制定は,こうした身分制的な仕組みの打破を目指したものであった(金井,2018, p.209)が,幹部要員をはじめから絞り込んで採用するというエリート集団の育成システムは戦後も継続することとなった。そうしたキャリア・システムの特徴の一つが,いわゆる「東大生選好」であった(中道,2007, p.7)。戦前期のエリート官僚の主流を占めたのは,東京帝国大学法学部(後の東京大学法学部)の卒業生であったが,戦後にも同様の傾向が長らく維持された。ただし,近年は省庁によってばらつきはあるものの,学校歴の多様化が進んでいる。
こうしたキャリア・システムは,戦前期のような制度的根拠を持たず,あくまで運用によって維持されている点に戦後期の特徴がある(川手,2005)。キャリア・システムの改革を進める動きもあった14が,キャリアとノンキャリアの区別を基本とした人事運用の骨格は現在も維持されている(河合,2019)。
次に,昇進スピードの点で,キャリアとノンキャリアには圧倒的な格差が存在する。キャリアは,20代で係長,30代半ばには課長補佐に到達する一方で,ノンキャリアが係長に到達するには10年以上かかり,課長補佐に至っては50代と言われる(曽我,2013, p.167, pp.171-72)。キャリアの昇進スピードは圧倒的に早く,ノンキャリアは大変に遅い。
キャリアの昇進スピードを支える仕組みの一つとして,少なくともかつてはアップ・オア・アウトの早期退職の仕組みが存在した。いわゆる天下りである。同期が徐々に退職し,残った1人が事務次官という組織の頂点に立つ(西村,2002,p.166)15。このことによってポストを確保し,早い昇進を支えていた16。キャリアの昇進スピードは,歴史的にみて遅延化の傾向を長期的に示してきた(瀧本,2007)が,近年の天下り規制の強化は,昇進スピードをより遅くする方向で作用することが予想される。
第3の昇進格差のつけ方については,キャリアとノンキャリア,事務官と技官といった人事集団によって仕切られた昇進構造の中で,それぞれに遅い選抜が行われているとされる(大森,2006,p.220)17。キャリアであれば15年ほどは同期同時昇進が続くといわれる(稲継,1996)。それぞれの人事集団ごとに昇進の天井は異なり,また就きうるポストにも差異があるとされる(城山など,1992)。
人事集団ごとの昇進構造の全貌はよくわかっていないが,事務系のキャリアに関する研究は相対的に多い。例えば,厚生省を素材に田邊(1993)は,事務次官候補者の選抜が,大臣官房の課長級や審議官級への昇進の際に始まる,遅い選抜の形をとることを明らかにした。同じく厚生省のキャリアについて築島(2011)は,本省局長級までは一定の敗者復活の余地が残されており,長期の競争が繰り広げられると指摘している。
省庁ごとに昇進格差のつけ方には差異もある。警察庁のキャリアについて一瀬(2013)は,入職から30年前後まで決定的な選抜が行われない構造を見出し,これを「極めて遅い昇進[本稿の用語では「遅い選抜」:筆者注]」と呼んでいる。
たとえ同じ大卒者であっても,採用区分が異なれば,その後の職業人生は大きく異なるものとなる。特にキャリアであるかノンキャリアであるかは決定的な意味を持つという点で,民間企業との対比でも重要な特徴であった(小池・渡辺, 1979)。こうした仕切りの中で,それぞれの人事集団に遅い選抜を施している国の昇進システムの特徴を,稲継(1996)は「二重の駒型」としてモデル化している。
第4に,水平的な移動の問題である。キャリアについては,事務次官に至る上で,いわゆる官房三課(人事ないし秘書課,総務ないし文書課,会計ないし予算課)の課長ポストの経験が極めて重要とされる(早川,1997,p.162)。こうした課長ポストに就くことができるかどうかが,潜在的な選抜として機能する。
局長級以上になるとより固定的な人事経路,いわゆる「確定システム」が形成されているが,省庁によっては一定の変遷があった(築島, 2006)。特に,事務次官に昇進する直前のポストは,組織全体の方向性を考える上で重視されてきた。こうした次官昇進前のポストの変遷を論じるものとしては荻原・青木(2004)や高橋(2009)などがある。
第5に政治との関係である。人事権限を有していながら,歴史的に見て,大臣をはじめとした政治家は官僚の人事に対し容易に介入することができなかった。政治家の介入の余地が,たとえあったとしても,限られた数名の中で誰を選ぶのか,という範囲の話に過ぎないとも言われる(西尾, 1988, p. 62)。
しかし,第2次安倍政権下で,内閣官房長官による人事方針に基づく各府省の人事の運用を求めるようになると,政治の影響力は強まったとも言われる。さらに内閣人事局の設置以後は,こうした官邸の影響は強化され,府省における従来の人事の見直しが促されるようになったと評価されている(出雲,2017)
2-3. 自治体2014年4月時点で1718,1990年代までは3000を超えていた自治体の人事は,組織規模や所掌事務,地域特性等を反映して多様である。そうした中で,先の5点に沿いつつ,自治体の昇進構造について大まかな見取り図を与えるとすれば以下の通りである。第1の入口選別については,自治体では概ね学歴に対応した上級と初級という採用試験の区分が存在するものの,同じ大卒者を採用時点で区分しトラック別に管理するという国のような方式は採用されてこなかった18。また,稲継(1996)は,大卒相当の上級職採用者を幹部候補生として扱うケースはほとんど存在せず,大学進学率が高まる中で上級職採用者の比率も高まり,入口選別の持つ意味は一層低下していったと述べる。ただし,自治体ごとにその実態は多様であり,大卒進学率が低く上級職採用者の比率が小さいころから,上級・初級という採用区分による昇進格差がほとんどないような事例が存在する(前浦,2002)19一方で,明確な学歴別の昇進管理を施す事例も報告されている(新井・澤村,2008)。また,大学進学率が上昇しても上級職採用者数を抑制し続け,上級職採用者に対するキャリア的な運用を維持し続けた大阪市役所のような事例も明らかにされている(林,2020)。
次に昇進スピードについては,一部の職員に対してキャリア的な運用を行うことが一般的ではないし,仮にそうした運用が見られたとしても国のようなアップ・オア・アウトの仕組みは採用されていないから,国のキャリアに比較すれば昇進スピードは遅くなりがちである。ただし,昇進試験を採用する一部の自治体において,昇進試験合格者が早い昇進を遂げる場合がある。例えば東京都庁の管理職試験を最短で突破すれば,30代半ばで課長に到達することができる(林, 2015)。
第3に,昇進格差のつけ方である。稲継(1996)は,組織規模の縮小や高年齢化・高学歴化による影響は受けつつも,遅い選抜が基本と述べる。そうした長期的な競争は相当の昇進格差を生み出すこととなるが,圓生(2008)によれば,自治体では民間部門以上に選抜のタイミングは遅いという。しかし,自治体と民間企業を比較した前浦(2008)は,両者はともに重層型昇進構造を採用しており,昇進のタイミングという点でも概ね似通っていると述べており,議論がある。
競争は長期的に展開されるが,山本(1996)は,係長級への昇進タイミングが早い者ほど,到達職位も高まることを発見している。ただし,大都市近郊のある市を扱った中道・小谷(2009)では,キャリアの終盤にも敗者復活が一定数確認されている。
遅い選抜が一般的とされるが,昇進試験を採用する場合には,早い選抜の色合いが強まることとなる。全体から言えば少数であるが,自治体でも昇進試験の利用は増加しているほか,警察職員,消防職員に対して昇進試験は一般的に採用されている(柴田・松井,2012)。地方採用警察官を対象とした一瀬(2014)は,昇進試験による早い選抜の存在を確認し,そうした早い選抜を突破することが組織の上層に到達するために重要であることを見出している。
第4に,水平的な移動との関係である。自治体でも,人事・財政・秘書・企画といった官房部門の経験が昇進に有利に働いていることが竹内(2019)によって示されている。松尾(2002)は係長昇進試験を備えた自治体を取り上げ,受験を控えた入職後2回目の水平的な移動で本庁の官房部門に所属できるかどうかが,係長昇進に影響を及ぼすことを明らかにしている。試験という顕在的な選抜の前に,水平的な移動を通じて潜在的な選抜が行われていたことになる。
最後に政治との関係である。自治体の場合,政治家である首長が人事に対して強い権限と実態としての大きな影響力を有しており,国のような政官の対立構造は一般的には観察されない。大規模な自治体では全職員の把握は困難であるが,幹部職員については,首長の政治的・政策的意向を反映することが可能となる(磯崎ほか, 2007, p. 201)。
先行研究は,これまで述べてきた国・自治体の昇進のあり方の全般を分析してきたわけでは必ずしもなく,その関心には濃淡がある。また,理論的立場によって,見出した昇進構造の解釈にも違いが生まれる。こうした関心や解釈の差異を理解するために,機能的アプローチ,規範的アプローチ,権力的アプローチという三つの研究アプローチの存在を示すことにしたい。それぞれのアプローチは厳密に排反するわけではなく,特に権力的アプローチは,前2者のいずれかと結びつくことが多い。しかしながら,どのアプローチを採用するかで課題設定だけではなく,主張やその含意にもしばしば大きな差異が生じるため,各アプローチを区別しておくことは有益である。
3-1. 機能的アプローチ機能的アプローチは,昇進構造が,諸アクターの相互作用を通じ,組織の目的や業務遂行のために合理的に設計されることになると考える。昇進構造の有する合理的な機能に着目するのである。当該アプローチを代表するのは小池(2005)であり,その主張をよりフォーマルに基礎づけたのがAoki(1988)である。自らの行動選択の結果として得られる利益を合理的に計算し,その最大化を目指すアクター同士の相互作用の帰結が,昇進の仕組みに現れる。新制度派経済学の流れをくむ議論といえる。
このアプローチでは,組織環境や技術的な条件によって,組織が必要とする能力,技能のあり方に違いが生まれ,それらを育成する昇進の仕組みにも違いが生じると考えられている。ここでいう能力や技能は,少なくとも理論的には客観的に把握可能で,一つの実体を持つものとして想定される。例えば,小池(2005)が「知的熟練」と呼ぶ不確実性をこなす技能,Aoki(1988)が「文脈的技能」と呼ぶ組織に固有の技能が,その典型である。こうした能力の育成のためには,組織の中でじっくりと時間をかける必要があり,構成員の早期のモラールの低下を防ぐことが求められる。そのときに生成されるのが,遅い選抜である。職業人生の序盤において,勝者と敗者が見えづらい横並びの昇進が展開される遅い選抜において,先に述べた能力は有効に形成されることとなる。
この遅い選抜の理論は,Rosenbaum(1984)のトーナメント移動モデルに対して提示された。トーナメント移動とは,ある時点で選抜に漏れると次の競争に参加できなくなるという選抜の仕組みである。Turner(1960)が提起した庇護移動と競争移動という2つの選抜類型を,前者が教育訓練投資の効率性,後者が構成員への動機づけを重視したモデルであると理解した上で,そうした効率性と動機づけという矛盾する要請を調整するものとしてRosenbaum(1984)によって提起されたのがトーナメント移動である。
小池は職業人生の初期にその後の昇進経路が大きく規定されるという点を捉えて,トーナメント移動を早い選抜と捉えた。他方,今野・佐藤(2009)は,職業人生のかなり遅い時期に最初のトーナメントが設定されていると考えれば,両者は統一的な枠組みで理解できると述べる。この理解に従えば,トーナメントの最初の分岐が遅いほど,敗者復活の余地が大きいほど,投資の効率性よりも構成員への動機づけにより配慮したモデルということになる。
遅い選抜という長期的な競争によって,知的熟練や文脈的技能の形成が促進されると同時に,上司・部下・同僚といった様々な方向からの評価が蓄積されることでより公正な処遇が可能になる20。その結果,組織全体のパフォーマンスはより良好なものとなる。
以上の議論は,日本の民間企業研究を通じて展開されたが,これを公共部門に応用したのが稲継(1996)である。日本の行政組織は他国に比して規模が大変に小さいことで知られる(前田,2014)が,たとえ組織規模は小さくとも,厳しい競争原理の下,モチベーションが高く優れた能力を有する公務員を最大限活用することによって,優れた組織パフォーマンスを示すことができた,という主張が存在する。これを最大動員説と呼ぶ(村松,1994)。こうした人的リソースの最大動員が可能になった主要な理由を,日本の公共部門が備える遅い選抜という仕組みに求めたのが稲継の主張であった。
ところで,先に述べた効率性と動機づけのバランスは,どのように達成されるのであろうか。この点を,機能的アプローチは環境条件の技術的な特徴によって説明する。例えば,小池(2005,p. 79)は,「極度に大きな問題が組織の効率をほとんど左右する」場合には早い選抜が,「無数の小さな問題が組織の中層,下層にもおこり,それが組織の効率を左右する」なら遅い選抜が優れる,と説く。またPrendergast(1992)は,意思決定が分権的で外部労働市場からの人材獲得が困難な企業特殊的技能の有する価値が高い状況の下では,遅い選抜が勝ると主張する。ほかにも上原(2003)は,組織の拡縮,業務の種類といった技術的な要素が,昇進構造に影響を与えると考える。このように効率性と動機づけの均衡点は環境条件から合理的に導出することが可能であるとみなされる。
公共部門の昇進研究の多くが,この機能的アプローチを採用する(中村,2004; 前浦,2002; 山本,1996)。そして,遅い選抜の仕組みを発見すると,そこに環境に適合的な機能を見出すこととなる21。しかしながら,一部の事例では早い選抜が観察される。典型的には,職業人生の序盤に昇進試験を課すような自治体である。この場合,稲継(1996)のように動機づけへのマイナスの懸念が示されることもあれば,峯野(2000a)のように,遅い選抜であっても配置レベルの潜在的な選抜が早期に行われている以上,遅い選抜か早い選抜かといった差異は相対化される,と考える論者もいる。
機能的アプローチは,昇進格差のつけ方に深い関心を寄せる。公共部門に特殊な要素である政治への関心は一般に薄いが,後述の権力的アプローチと組み合わせることも可能である。ただ,その場合には,昇進構造の全体に対する関心は低下する。入口選別の強度は,教育訓練投資の効率性を考える上で重要な要素であるが,高学歴化によって入口選別が維持しがたくなったことは指摘されても,最適な強度のあり方については今のところ十分議論がなされていない。
3-2. 規範的アプローチ規範的アプローチは,昇進を考える際,環境条件に解消されない規範の独自の役割に着目する。雇用慣行に占める規範の重要性を指摘した経済学者として野村(2007)がいる。彼は,昇進の仕組みを含めた日本的な雇用慣行が,戦前の会社身分制に淵源を持つ「永年勤続の価値観」に支えられていると主張する。「雇用慣行は経済的経営的条件の従属変数である,と考えるべきではない」のであり,「経済的経営的条件と社会的規範・価値観との相互作用」が生み出すものである。そうした相互作用の中でも,社会的規範・価値観が中期的に大きく変動するものではないから,「雇用慣行が持続性を有する」と彼は考える(野村,2007,p.431)。
機能的アプローチと規範的アプローチは,人間行動のモデルと能力に対する見方が異なる22。機能的アプローチは,組織の目的や業務の内容を基礎に展開される,自己利益の最大化を図るアクター間の相互作用の帰結として,機能的かつ合理的に昇進構造を理解する。昇進構造が,客観的条件にマッチした能力を生み出すことができるかどうかに,その良し悪しはかかっている。ここでいう能力は実体性を有することが一般的に仮定される。
これに対し規範的アプローチでは,人間は,自らの置かれた状況や文脈に応じて,どのようなルールに従うことが適切なのかを考えることで行動を選択すると考える。このアプローチは,管理に関する過剰に合理的な説明には批判的であり,組織が社会・文化・歴史的文脈に埋め込まれた存在であることを強調する。能力はそうした特定の文脈の中で社会的に構成されるものとみなされる。いわゆる「能力の社会的構成説」である(Rosenbaum,1986)。
当該アプローチの生成に貢献したのがRosenbaumである。確かにRosenbaum(1984)は,動機づけと効率性という2つの規範の調和の上にトーナメント移動が成立すると主張している。しかしながら,これらの規範が調和する条件は,必ずしも機能的に導出されるわけではない。例えば,大卒者を優遇するトーナメント移動が成立するのは,大卒者の選抜がより効率的であり,それ以外の者の動機づけを犠牲にしてもよいという信念によって支えられている。また,大卒者の優遇が,組織の成長や縮小といった客観的な条件に依存しなかったと述べるなど,こうした信念が環境条件から一定の自律性をもって存在していることも指摘している(Rosenbaum,1984,p.93, 268)。
このトーナメント移動の興味深い点は,その仕組み自体が自己展開を遂げるところにある。例えば,トーナメント移動は自己成就的な予言を生み出す。競争の初期の勝者が有能な人物であることとなり,彼らに追加的なチャンスが与えられることで,実際に優れた人物になる,あるいはそうした人物とみなされるというメカニズムである(Rosenbaum,1984,pp.61-62)。何か実体的な能力を評価して選抜をしているというよりも,選抜システムによって「能力のある者」と「能力のない者」が生み出される。能力を,選抜システムに先行して存在するものではなく,ある選抜システムによって事後的に生み出され社会的に意味づけられるものとみなす。あくまで「能力とは社会的に付与される地位」なのである(Rosenbaum, 1984, p. 266)。Rosenbaumの主要な関心は,「能力」を巡って繰り広げられる格差の生成メカニズムとその社会的な正統化原理にあった。現代の社会において求められる能力は抽象的で測定困難である一方で,「何らかの形で暫定的にでも能力は測れたことにする機制を必要としている」(中村, 2018, p. 86)。能力は社会的に定義され,正統化されなければならない。規範的アプローチは,その点に注目するのである。
この議論を日本において発展させたのが竹内(2016)である。大別すれば,決定的な選抜が早期であり,かつ敗者復活の可能性が小さいという意味でトーナメント移動の特徴を強く持つ形態と,決定的な選抜が遅く,敗者復活の可能性も広く認めるという意味でトーナメント移動からの逸脱が観察される形態が存在する。前者の仕組みを有する組織では「能力ははやい時点で発見されうるし,能力は固定していて変動しないという能力観が生じやすい」。他方,後者では,「能力は決して固定していなく[原文ママ:筆者注],大器晩成型がありうるという能力変動観が形成されやすい」(竹内,2016,p.61)。現実には両者の折衷形態が実現することとなるが,日本は,後者の性格が強いという。それまでの選抜の結果がリシャッフルされるという意味で,日本は「御破算」型の選抜規範によって規律されている社会である(竹内,2016,pp.242-245)。
Rosenbaum(1986)は,選抜様式が能力観を作り出すという側面を強調したが,竹内(2016,p.176)は,選抜システム→能力観→評価→選抜システムという循環の中で,選抜システムが再生産されつつ正統化されるという構造を見出した。先述の野村の発想とも近い主張である。
日本の公共部門の昇進研究については,例えば金井(2018)は,国のキャリア,ノンキャリアの区別は,組織内部の「能力」主義に立てばこそ維持されると主張する。情実的な運用の帰結(河中,1966)ではなく,選抜システムが生み出す能力観に沿って評価をすることによって,強固な入口選別の歴史的一貫性が形成されることになる。
林(2020)は,昇進構造と能力観との循環的補強関係に着目した竹内の所説をベースに,自治体の人事の多様性を分析している。昇進の仕組みに加えて,配置・研修・採用からなる相互補完的な人事システムが,特定の能力観に支えられ,またそうした能力観を強化するメカニズムを明らかにし,学歴に基づく強固な入口選別を軸にする学歴主義モデル,昇進試験に基づく早期選抜を核とする試験主義モデル,非固定的な能力観に基づく漸進的な選抜を実施する平等主義モデルの3つによって自治体人事の多様性を整理している。
規範的アプローチは,昇進格差のつけ方や入口選別の強度に強い関心を向ける。機能的アプローチと同様,政治への関心は強くはないが,権力的アプローチとの連携のさせ方次第では政治の要素を組み込むことも可能である。
3-3. 権力的アプローチ政治学や行政学を背景とする者の多くは,政府という組織の有する統治的な性格に着目して,昇進についても,管理の問題に解消されない政治の論理が作用していると考えてきた(曽我,2016)。権力的アプローチの関心は,アクター相互の権力の角逐が昇進の仕組みにどのように表れるのか,という問題にある。中でも注目を集めてきたのは,政官関係(政治家と行政官との関係)というテーマであった23。
政治家による官僚への統制手法として,人事管理は予算や組織等に比べてより直接的なものといえる(曽我,2008)。戦後の民主的な憲法の下で,日本の政治家が官僚集団に対して一体どれだけの影響力を行使しているのかという問題は,政治学における大きな論点であった(村松,1981; 辻,1969)が,人事の観点で,政治家に対して官僚制が有する自律性の程度が論じられてきた。
先に述べた通り,日本の官僚制は人事面での自律性が高かった(飯尾, 1995)24。そうした自律性の基礎として,幹部候補として一貫した育成と管理の対象となったキャリア集団の凝集性(中道,2002)のほかに,昇進において形成されるキャリアパスの構造化の程度の高さ(曽我, 2008; 田邊, 1993)が指摘されてきた。政治介入は主に組織の上層において起こるが,それまでに人の実質的な選抜を終了させ,昇進経路を固定化させることによって,政治介入を防ぐのである。ただし,2000年代から人事面での官僚の自律性が揺らいでいるとの指摘がある(曽我,2016)ほか,内閣人事局の設置以降は,官僚人事への政治的な影響が強まっているとされる(芦谷,2019)。こうした近年の政官関係の変動が昇進構造全体に及ぼす具体的な影響については,十分論じられていない。
先に述べた通り,自治体では政官関係の緊張はあまり見られず,日本は集権性が強い(つまり国で重要な意思決定が行われている)ともいわれてきたため,このアプローチの主な素材となったのは国である。自治体を素材とする場合には,副知事等の幹部の人選から,首長の政治的な意図を探る研究となる(磯崎,2017)。
昇進研究における権力的アプローチは,特定の理論を共有しているというよりも,政治的要素への注目によって緩やかに結びついている。したがって,機能的アプローチの要素を取り入れることもできるし,規範的アプローチを利用することも可能である。例えば前者の立場から,政官関係を最も洗練された形で議論してきたのが曽我(2016)である。
権力的アプローチは,政策や権力との関連で昇進に関心を持つから,昇進システムが全体としてどのような構造を持っているのか,に対する関心は他のアプローチに比して相対的に低い。また,政策的意思決定に深く関与する一部のアクター,例えばキャリア官僚に関心を集中させる傾向にある。
まずこれまでの研究が扱ってきた対象について論じる。国において主要な関心を集めてきたのは事務系のキャリア(築島,2006など)であったが,近年は研究対象を拡張する動きがある。例えば,土木系・医系技官の人事システムに関する研究(田中,2018; 藤田,2008),河合(2019)や渡辺(2018)などのノンキャリアに注目する研究である。しかし,国税専門官,刑務官,航空管制官などの専門官と呼ばれる人々(伊藤,2019)についての研究は手薄である。自治体については,これまでの研究の多くが事務系の職員を主な対象としてきた(峯野,2000b; 松尾,2002)が,前浦(2002)は事務・技術の対比を行っている点で貴重である。ほかにも裁判官については西川(2010),教員については川上(2013),警察官については一瀬(2013,2014)がある。現業職員の研究は,戦前期国鉄を扱った広田(2004)が存在する程度であり,非常に少ない。研究の空白を考える上で深刻なのは女性の問題であろう。行政組織における女性の代表性の低さはつとに指摘されてきた(曽我,2016)が,ほとんど手付かずの領域である。
次に,昇進研究において利用されるデータについてである。昇進に関連する情報を体系的にまとめたデータベースが存在することは通常まれである。そのため,何らかの形で研究者が自前のデータベースを作成する必要がある。国や自治体が発行する職員録を利用して,一人一人の所属・職位をまとめる方法がしばしば採用される(前浦,2002)。ただ,職員録には個人属性までは掲載されていないから,出身校や年齢といったデモグラフィックな情報も付記された『各省名鑑』『政官要覧』等の紳士録からデータを収集することもある。こうした刊行物ではなく,一次資料に依拠する研究もある。例えば,国立国会図書館所蔵の人事異動上申書等を使った渡辺(2018),大阪市立公文書館等の各自治体が設置している公文書館所蔵の公文書を利用したものとしては林(2020)などである。
最後に,研究手法についてまとめる。昇進構造についてキャリアツリー(Rosenbaum, 1984)を描くことが多いが,マルコフ連鎖を利用して人材の絞り込みの状況を推定する田邊(1993)のような方法もある。昇進につながる要因の分析では,回帰分析を行うことが一般的である(松尾,2002)が,民間企業や海外の研究では生存分析も利用されている(Bach & Veit,2018; 今田・平田,1995)。
方法論的に見て優れた近年の研究としては,海外研究となるが中国共産党における昇進力学を扱ったShih et al.(2012)がある。通常の回帰分析は,観測値が独立同一分布に従うことを仮定するため,昇進の結果のようにランキングが相互に依存しあっている場合には用いることができない。彼らはベイズ推定の枠組みで,この点をクリアする洗練された統計手法を用いて,昇進構造とその変容を経時的に明らかにしている。
もう一つ,方法論的に注目するべき研究としては,質的比較分析(QCA)を応用し自治官僚のキャリアパスについて分析した木寺(2019)がある。QCAは,ある結果を生み出す原因の複雑な組み合わせを,少数の事例からでも明らかにすることができる。木寺はQCAを昇進研究に応用することで,昇進の背景にあるポストの組み合わせをクリアに同定している。
これまでの研究を踏まえた今後の課題について述べる。第1に,データベースの整備である。組織の外部の者はもちろん,内部の者であっても昇進構造の全貌を掴むことは容易ではない。できるだけ客観的なデータに基づいて分析を加えるためにも,より体系化されたデータベースの整備は必要となるであろう。
第2に,研究対象を拡張しつつ,昇進構造の多様性をより緻密に記述することである。約1700を数える自治体はもちろん,国においても省庁ごと人事集団ごとに昇進の実態は多様である。概括的に語られがちであった公共部門の昇進のあり方を,その実態に即して,よりグラデーションをもって語ることが求められる。
第3に,各研究アプローチを精緻にし,実証性を高めることである。例えば,機能的アプローチは,一定の環境条件において適合的な昇進構造の存在を予測するが,そうした構造からの逸脱は果たして組織パフォーマンスを低下させるのであろうか。どの程度の選抜タイミングが最適であり,どこからが早くてどこからが遅すぎるのか。大変に難しい問題であるが,実証的に取り組む価値は大きい。また,本稿が指摘した3つの研究アプローチの中核に位置する,実体的な能力や組織パフォーマンス,能力観,権力といった概念の計測に向けた努力も求められるであろう。
近年の公務員制度改革では,国におけるキャリア・システムのあり方が何度も改革の俎上にのぼり,自治体においてもこれまでの昇進のあり方の妥当性が問われるに至っている。こうした公共部門の昇進のあり方に関わる改革論が,経験的な裏付けを持ち,場当たり的ではない一貫性を持つために,研究者が果たす役割は決して小さくはない。
(筆者=福島大学行政政策学類准教授)