日本労務学会誌
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論文
自発的なメンタリング行動の規定要因の実証研究―メンターの心理特性と成果給に注目して―
藤本 邦男
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2021 年 22 巻 1 号 p. 35-53

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ABSTRACT

The purpose of this study is to investigate the influence of psychological characteristics of mentors and organizational factors on voluntary mentoring behavior. Questionnaire survey was conducted to analyze 287 samples. Psychological empowerment(PE)enhanced mentoring. The results revealed that mentoring behavior was inhibited by performance-based rewards system between groups. Interaction of these performance-based rewards systems enhanced mentoring behavior. In this study, it is demonstrated that the effects of performance-based rewards systems differ depending on the characteristics of the system.

1. 問題意識

本研究の目的は,自発的な人材育成行動としてのメンタリングをする人物(以下,メンター)の心理特性とメンターに影響を及ぼす組織的要因を定量的に明らかにすることである。本研究での心理特性とは,個人の行動に影響をもたらしうる考え方や価値観に根差したパーソナリティや性格など,その人の特徴を形作る内的な特性や心理的な状態を指す。組織的要因とは,経営組織における職務特性や職場の環境,人事制度,規律や組織風土など,従業員を取り巻く組織内の環境に関わる要因を指し,本研究では,成果主義的な評価・処遇の仕組み(以下,成果給)に注目する。

メンタリングとは,「成熟した年長者であるメンターと若年のメンティ(又はプロテジェ)とが,基本的に一対一で接続的定期的に交流し,適切な役割モデルの提示と信頼関係の構築を通じて,メンティの発達支援を目指す関係性」(渡辺,2004)を指し,キャリア上昇を支援する「キャリア機能」と,アイデンティティや有能感の向上を支援する「心理・社会的機能」に分類される(Kram, 1985)。メンターは,「青年たちが大人の世界や仕事の世界を渡っていく上での術を学ぶのを支援するより経験を積んだ年長者」(Kram, 1985)とされる。

本研究では,メンタリング行動が,若手を育む世代性1Erikson, 1950)を通じてなされることを踏まえ(藤井・金井・開本,1996),世代性を発揮する心理特性として,心理的エンパワーメント(Psychological Empowerment; 以下,PE)(Spreitzer, 1995)に着目する。PEは,有意味感,有能感,自己決定感,影響感により構成される集合概念である。PEは,世代性の発揮により,メンタリングに似た育成行動であるナーチュアリングを促進することから(藤井他,1996),PEによるメンタリング行動の促進が期待される。また,成果給の下でメンタリング行動を自発的に促進する要素を明らかにすることで,日本企業で失われていると懸念されてきたメンタリングを取り戻す手掛かりを見つけることが,本研究の問題意識である。

成果給とメンタリングの関係はこれまでのところ否定的に論じられている。成果給が導入されるまでメンタリングは,日本企業で上司や先輩の果たすべき役割モデルとなり組織に根付いていた(合谷,2004)。しかし,バブル経済の崩壊後,成果給の導入が,上司と部下をはじめとする職場構成員間の良好なコミュニケーションや人材開発に取り組む余裕といった職場のゆとりを喪失させ(社会経済生産性本部,1999),部下や後輩を育てようという職場のモラールに負の影響をもたらした(守島,1999)。そのため,職場の発達支援関係が希薄になり,メンタリングは,日本企業から失われていると懸念されてきた(Kram, 1985; 合谷,20042。しかし,自発的なメンタリング行動の規定要因としての成果給の影響は,実証されておらず(加藤,2004),実態は判然としないままである。日本企業の約8割が成果給を導入しており(佐藤,2008),成果給がメンタリング行動に与える影響を検証する必要がある。

本研究では,第1に,成果給の下で自発的にメンタリング行動を取る人の心理特性を明らかにするため,PEがメンタリング行動に与える影響の検証を試みる。第2に,日本の成果給の議論において,個人の成果だけでなく,集団の成果と連動する場合の議論がなされることから(守島, 2004),成果給を①個人の給与変動(個人成果給)と,②集団の給与変動(集団成果給)の2つで捉え,2つの成果給がメンタリング行動に与える影響を検討する。

2. 先行研究の課題と仮説の設定

メンタリングの規定要因として個人的要因及び組織的要因に関する先行研究をまとめたうえで課題を指摘し,仮説を提示する。

2-1. 個人的要因

メンタリングの規定要因は,「メンタリングを行う個人はどのような特性を持った人なのか」という個人的要因に関して,研究の蓄積がなされてきた。年齢(Finkelstein, Allen & Rhoton, 2003など)や性別(Allen, Poteet, Russell & Dobbins, 1997など),職位(Ragins & Cotton, 1993など)といったデモグラフィック変数や,メンターとメンティ間での性別の一致(Avery, Tonidandel & Phillips, 2008など)や人種の一致(Chun, Litzky, Sosik, Bechtold & Godshalk, 2010など)等について,これらがメンタリング行動を促す傾向に対して統一的な結果は示されていない(麓,2012; Ghosh, 2014)。

心理特性に関して,大きく2つの研究群がある。1つは,メンターになろうとする動機や意思等を従属変数としてメンターの心理特性の影響を検証する研究であり,もう1つは,実際に取られているメンタリング行動を従属変数としてメンターの心理特性の影響を検証する研究である。

1つ目の研究群のうち,メンターになる動機は,①自己焦点型(個人的な理由に基づく動機),②他者焦点型(プロテジェを対象とした動機),③関係性焦点型(メンターとプロテジェの関係性を対象とした動機),④組織焦点型(組織に貢献する動機),⑤非焦点型(無意識や偶然の結果によるもの)の5つに分けられ,自己焦点型は,さらに外的(外的報酬等),取り入れ(自尊心を得る等),アイデンティフィケーション,統合(自分の価値観との調和等),内的(メンタリングに楽しさを感じる等)に分類される(Allen, Poteet & Burroughs, 1997; Allen, 2003; Janssen, Vuuren & De Jong, 2014)。外的,取り入れ,統合は,先行研究でメンターになる動機に正の影響を持つことが明かされてきたが,アイデンティフィケーションと内的は,メンターになる動機に対する正の影響が定量的に分析された研究は見当たらない。他者焦点型は,他者への共感やヘルプフルネス(Allen, 2003)が,メンターになる動機に対する正の影響が確認されている。また,Aryee, Chay & Chew(1996)では,相互作用の機会と利他の交互作用項が,メンターになる動機に対して正の影響を与え,メンターの心理特性が組織的要因により調整されることが確認されている。メンターになる意思に関する研究では,努力家及び内的なローカス・オブ・コントロール(Allen, Poteet, Russell, & Dobbins, 1997),利他(愛他)主義やポジティブな情動(Aryee, et al.)が,メンターになる意思に正の影響を与えることが確認されている3

2つ目の研究群では,メンタリング行動に対して,達成動機(久村,1999; 久村・船引・武田・坂爪・渡辺,1999),自己効力感(久村他,1999),高い学習志向性(Godshalk & Sosik, 2003),誠実性,外向性,経験への開放性(Niehoff, 2006),キャリアの向上心(Van Emmerik, Baugh & Euwema, 2005),情緒的コミットメント4鈴木・麓,2009),メンタリング経験(Ragins, et al., 1993; Fagenson & Amendola, 1993; Allen, Poteet & Burroughs, 1997; 久村,1996)が,正の影響を与えることが指摘されている5

個人的要因に関する先行研究から導出される課題は,3点ある。第1に,メンタリング行動に対するメンターの心理特性の影響が着目されるものの,メンターの心理特性に関わる研究蓄積が少ない上に,情緒的コミットメントやビッグファイブのうちの誠実性と外向性のように,先行研究間で共通の従属変数に対する結果が一致していない心理特性があるため,心理特性に関する知見が限られている。第2に,これらの心理特性の背景にある,若手を育てようとする動機を裏付ける理論的な根拠が見当たらない。そのため,先行研究は,メンタリング行動が何故,自発的になされるかのメカニズムを説明しきれておらず,メンタリング行動の動機の類型化とメンターになる意思及びメンタリング行動に影響する心理特性の探索に留まっている。第3に,先行研究は,メンターの動機や意思に影響する要因とメンタリング行動に影響する要因とを区別し,体系化が進んでいるが,メンターになる意思があることとメンタリング行動に至ることとの間に隔たりがあり,メンターになる意思や動機を有するものの,メンタリング行動に至らない人の心理特性は考慮されていない。心理特性の分析にあたっては,メンターになる意思や動機を有するものの,メンタリング行動に至らない人を考慮する必要がある。

先行研究の課題に対応すべく,本研究では,心理的エンパワーメント(PE)(Spreitzer, 1995)に着目する。PEは,有意味感,有能感,自己決定感,影響感により構成され,これらの心理的要因が揃った時,真に力みなぎって充実していると感じる心理的な状況を表す概念である(Spreitzer, 1995; 藤井他,1996; 當間・岡本,2006)。PEの4つの認知的次元(有意味感,有能感,自己決定感,影響感)は,お互いに並列構造に位置付けられ,相互に影響し合うものとされるため(Guangping Wang & Lee, 2009),先行研究のように個別の心理的要因を扱うのではなく,集合概念としてPEを扱う。

本研究がPEに注目するのは,以下の2つの側面からメンタリング行動を促進すると考えるからである6。1つ目は,若手を育てようとする動機として,メンタリング行動が,若手を育むこと(ケアリング)である世代性(Erikson, 1950)を通じてなされることと同様に,PEが世代性を発揮することから(藤井他,1996),PEによるメンタリング行動の促進が期待されるからである。藤井他(1996)では,PEが,世代性の発揮により,メンタリングに似たナーチュアリングを促進した。ナーチュアリングとは,「個別的配慮と状況支援によって部下(メンバー)のキャリア開発を支援するリーダーシップ行動」と定義される支援的育成行動である7。世代性の考えに従えば,PEの中でも有意味感と影響感が,メンタリング行動に関連するであろう。世代性には,意味を伝える役割(Schoklitsch & Baumann, 2011)と,多くの人の人生に良い影響を与える行為(Chen, Krahn, Galambos & Johnson, 2019)が含まれるため,PEの有意味感と影響感を背景に,仕事における意味を伝えることを通じて,部下や後輩に良い影響を与えようとすると考えられるからである。

2つ目は,PEにより他者の面倒を見ようとするのは,力みなぎって充実しているという,PEのポジティブな心理状態により引き起こされる側面である(藤井他,1996)。拡張―形成理論(Fredrickson, 2001)では,ポジティブな感情が喚起されると,個人の思考―行動が広がり,個人の資源(身体的・知的資源から心理的・社会的資源に及ぶ)を形成する。ポジティブな感情により形成される個人の資源として,職場で行われる役割外行動である組織市民行動(Ariani, 2013; Cooper, Kong & Crossley, 2018; Miles, Spector, Borman & Fox, 2002),援助行動(Fisher, 2002; Tsai, Chen & Liu, 2007)及び支援行動(Tsai et al., 2007)などが促進される。また,ポジティブな感情は,メンタリング行動を含む,他者と意義深い関係性を築こうとする行動をもたらす(Seale, Berges, Ottenbacher & Ostir, 2010)。これらの行動にポジティブな感情が影響を与えるメカニズムは,個人の資源の1つである社会的資源として,他者との間に友好関係やソーシャル・サポートのネットワークが形成されること(Fredrickson, 2001)に起因すると考える。拡張―形成理論の考えに基づくと,特にPEに含まれる有能感と自己決定感が,メンタリング行動に関連するであろう。なぜなら,ポジティブな感情は,自己を有能であると感じること(Ebbeck & Weiss, 1998)と自己決定的であると感じること(Vallerand, Fortier & Guay, 1997)により,喚起されるからである。以上の2つの側面によりPEは,メンタリング行動を促進すると予想する。

  • 仮説1PEは,自発的なメンタリング行動に正の影響を与える。

2-2. 組織的要因

メンタリングの規定要因の研究は,主に個人的要因に焦点が当てられてきたため,組織的要因に関する調査はそれほど多くない(麓,2012)。人事管理に関する変数を検討した研究と組織構造や環境要因を検討したものに分けて整理する。

人事管理に関する変数を扱った研究について,Kram(1985)は,インタビュー調査の結果,異なるレベルの個人同士の相互作用の機会,メンタリングを評価し奨励する組織の報酬制度や文化及び規範が,自発的なメンタリングを生むことを見出し,Aryee, et al.(1996)では,人材育成が評価される報酬システム,相互作用の機会の2つの変数とメンターになる意欲との関係が実証されている。Allen, Poteet & Burroughs(1997)は,27名のメンターへのインタビュー調査からメンタリングの組織的要因として,知覚された従業員の学習や発達のための組織的支援,社内教育プログラム,管理者及び同僚からの支援,チーム形式の仕事,メンターへの権限委譲及び意思決定の権限,快適な仕事環境,構造的な環境を見出している。成果主義については加藤(2004)が,成果主義がメンタリング行動に負の影響を与えるという仮説を立てたものの実証されていない。

他方で,組織構造や環境要因に関する変数を扱った研究として,久村(1999)では,人間性重視の組織風土がメンタリング行動に正の影響を与えることが主張されている。また,職務特性については,鈴木他(2009)では,役割曖昧性は負の方向に,タスク相互依存性はメンタリング行動に正の方向に影響するとしており,相互作用の機会が正の影響を与えるというAryee, et al.(1996)とも整合的である。

組織的要因に関する先行研究から分かる課題は,メンターの心理特性に対する組織的要因の影響を検証した研究は,ごくわずかであり,本研究の問題意識に関わる成果給の下で自発的なメンタリング行動を取る人の心理特性は明らかにされていない。そこで本研究では,1990年代中頃以降の日本企業の人事管理の変化の一つである成果給が,メンタリング行動に与える影響を検討する。なお,本研究における成果給は,奥西(2001)の定義を参考に,成果給を業績目標に対する達成度に応じて評価が収入に反映される制度と捉える。問題意識で述べたように,成果給を個人単位と集団単位の2つに分けて検討するのは,日本の成果給は,個人単位のみではなく,集団の成果と連動する場合の影響が議論されるためである(守島,2004)。

本研究では,成果給に対する先行研究の指摘(Kram, 1985; 守島,1999; 社会経済生産性本部,1999; 合谷,2004; 西岡,2015)から成果給が部下や後輩を育てようという職場のゆとりやモラールを失わせる結果,メンタリング行動を阻害すると考える。なぜなら,職務要求―資源モデル(Job demands-resources model:以下,JD-Rモデル)8に示されるように,従業員は職務要求と資源の不適合が生じると,従業員自身の能力や選好と整合を取るように職務要求や職務資源の水準を変更する(Tims & Bakker, 2010)。そのため,メンター自身が高い職務要求に直面する場合,メンタリングの提供は,追加的な生理的・心理的コストとして捉えられてしまうからである(Thomas & Lankau, 2009)。

成果給は,職務要求の程度を高めるため(Yeh, Cheng & Chen, 2009),成果給下では,上司は,部下に対するメンタリング行動を追加的な生理的・心理的コストとして捉え,負担に感じる結果,メンタリングを提供しなくなると考える。以上を踏まえ,自発的なメンタリング行動は,個人成果給により阻害されると考え,仮説2aを設定する。

一方,集団成果給は,メンタリング行動と正の関係が実証された「相互作用の機会」(Aryee, et al., 1996)及び「タスク相互依存性」(鈴木他, 2009),Allen, Poteet & Burroughs(1997)の質的調査で見出された「チーム形式の仕事」と関連し,集団の業績を向上させるためのメンタリング行動の促進が予想されるため,仮説2bを設定する。本研究では,個人単位と集団単位の2つの異なる成果給が,それぞれ,負と正の異なる方向にメンタリング行動に影響を与えることを確認する。

  • 仮説2a 個人成果給は,自発的なメンタリング行動に負の影響を与える。

    仮説2b 集団成果給は,自発的なメンタリング行動に正の影響を与える。

また,Podsakoff, MacKenzie, Paine & Bachrach(2000)では,他者への支援行動と成果との間に正の関係が見出された組織では,個人成果給とともに集団成果給が併存していることに着目し,個人成果給と集団成果給の同時導入下では,組織市民行動に至る他者への援助及び支援行動が期待できると主張している。仮説2a及び仮説2bにおいてメンタリング行動に与える符号が反対であること,さらにPodsakoff, et al.(2000)の研究を参考に本研究では,個人成果給と集団成果給の同時導入下においては,個人成果給がメンタリング行動を阻害する働きは,集団成果給により緩和され,メンタリング行動は促進されると考える。よって,両成果給の交互作用項は,メンタリング行動に正の影響を与えると予想し,仮説2cを設定する。

  • 仮説2c 個人成果給と集団成果給の同時導入は,メンタリング行動に正の影響を与える。

成果給制度下では,成果のプレッシャー(守島,2006)を背景に,心理的なケアとしてのメンタリング行動(Jyoti & Rani, 2019)が,より求められると考える。仮説1のとおり,PEは,世代性とポジティブな感情の発揮により,メンタリング行動の促進が期待される。しかし,仮説2aのとおり,個人成果給は,メンタリング行動を追加的な生理的・心理的コストとして捉えさせる結果,提供を控えさせると考える。よって,PEがメンタリング行動を促進する影響は,個人成果給の下では,減少するだろう。一方,仮説2bを踏まえ,メンタリング行動が促進される集団成果給下では,PEがメンタリング行動を促進する影響は,より高められるだろう。

  • 仮説3a PEはメンタリング行動に正の影響を与えるが,個人成果給が導入されると,その効果は,減少する。

    仮説3b PEはメンタリング行動に正の影響を与えるが,集団成果給が導入されると,その効果は,強まる。

本研究の分析モデルを図1に示す。

図1 分析モデル

3. 方法

3-1. 調査概要

調査は,2015年8月21日に,インターネットリサーチ会社のモニターアンケートにより,557名から回答を得た。データに不備があった1名を除き,556名の回答者のデータを分析した(有効回答率99.8%)。平均年齢は44.7歳であり,男性457名(82.2%),女性99名(17.8%)であった。

556名の回答者のうち,質問項目の前文9に対して,直属の部下に限らず仕事で関わりのある社内の後輩として思い浮かべる対象者がおり,メンタリング行動の質問に回答した人は,310名であった。このうち,メンタリング行動の全ての質問項目に対し,「全く行わない」と回答した1名について,先行研究から導出された課題に対応するために,実質的にメンタリング行動に至っていない対象者として分析から除外したため,メンタリング行動を取る人は,309名であった。また,公式メンタリング・プログラムによりメンターと指名され,当該プログラムのメンティを想起して回答した22名を,公式メンターとして分析から除外した。残りの287名(51.6%)を,自発的にメンタリング行動を取った自発的メンターとして分析した。自発的メンター287名の男女別の内訳は,男性257名(89.5%),女性30名(10.5%)であり,平均年齢は45.1歳であった。職位別の内訳は,役職なしが89名(31.0%),主任46名(16.0%),係長(主査)37名(12.9%),課長代理級(担当課長・主幹)17名(5.9%),課長級57名(19.9%)で部長級以上41名(14.3%)であり,役職なしが30%超と最も多かった。メンターとの関係は,直属の部下が160名(55.7%),同部署内の後輩が73名(25.4%),他部署の後輩が54名(18.8%)であり,直属の上司―部下の関係が半数以上を占めた(表1)。

表1 自発的メンターとメンティの関係(職位別)

3-2. 調査項目と測定尺度

従属変数であるメンタリング行動の質問項目について,Noe(1988)Dreher & Ash(1990)Ragins & McFarlin(1990)により開発され,非常に高い信頼性が報告されている測定項目を基に,久村他(1999)が,日本企業の状況を加味して作成した21項目を参考にした。直属の上司―部下の関係性と,上司ではない先輩と後輩の関係性や他部署のメンバーとの関係性の両方の立場で取られる自発的なメンタリング行動を測定するため,上司としての管理者的行動とされる項目を除き,14項目を採用した。Kram(1983)の機能分類では,キャリア的機能の質問項目が8項目,心理・社会的機能の質問項目が6項目であった。各質問項目に対して,1=「全く行わない」から5=「よく行う」の5点尺度を用いた10。探索的因子分析(表2)の結果,2因子が抽出され,信頼性係数は第1因子(7項目)が0.917,第2因子(6項目)が0.856と十分に高い値が認められた。久村他(1999)に照らし第1因子を「キャリア的機能」,第2因子を「心理・社会的機能」とした。これら全てを1つの因子として因子分析した際の信頼性係数は0.918と十分に高い値であったため,これらの総和の平均を算出し「メンタリング行動」と命名し用いた(平均=3.46,SD=1.15)。

表2 因子分析結果:メンタリング行動

独立変数であるPEの測定は,Spreitzer(1995)の12の質問項目(有意味感,有能感,自己決定感,影響感のそれぞれ3項目ずつ)からなる尺度を使用した。Spreitzer(1995)に従い,各質問項目に対して,1=「全くそう思わない」から7=「強くそう思う」の7点尺度を用いた。探索的因子分析(表3)の結果,4因子が抽出され,信頼性係数は,第1因子が0.938,第2因子が0.932,第3因子が0.932,第4因子が0.900といずれも十分に高い値を示したため,それぞれを構成する項目の回答結果を単純平均することで,各次元の得点とした。Spreitzer(1995)に照らし,それぞれ自己決定感,有能感,影響感,有意味感と命名した。また,これら全てを1つの因子として因子分析した際の信頼性係数は,0.946と十分に高い値であったため,これらの総和の平均をPEとして合成変数を作成し,これを用いた(平均=4.49,SD=1.07)。

表3 因子分析結果:PE

独立変数のうち,組織的要因は,具体的な制度や仕組みの導入の有無に関する変数である。本研究では,奥西(2001)を参考に,成果給を業績目標に対する達成度に応じた評価が収入に反映される視点から捉え,個人成果給及び集団成果給を用いる。成果給の要素は,企業によって強弱に幅があると考えられるが,本研究の回答者が個人であるため強弱の捉え方にばらつきが生じる11可能性があること及びその強弱の幅が公開されていない場合があるため検証できない。このことを踏まえ,本研究では,Podsakoff, et al.(2000)を参考に,企業にとって操作可能性の高い制度レベルで,仕組みや制度の有無を捉えることで測定した。具体的には,個人成果給は,「人事考課では,個人の成果・業績評価が年収に反映される仕組みがある」(導入=1.非導入=0),集団成果給は,「チームや部署レベルで高い業績をあげた組織の従業員に対し,高い報酬が与えられる成功報酬的制度がある」(導入=1,非導入=0)である。

コントロール変数として,年齢(実数),性別(男性=1),勤続年数(実数),企業規模ダミー(300名未満=1),業種ダミー(製造業=1),職種ダミー(営業職=1),主任ダミー(主任級職位=1),係長ダミー(係長級職位=1),課長代理ダミー(課長代理級職位=1),課長ダミー(課長級職位=1),部長級以上ダミー(部長級以上の職位=1),学歴ダミー(大卒以上=1),関係性ダミー(直属の上司―部下=1)を設定した。各職位のダミー変数の作成に対して,「職位なし」をレファレンスとした。人材育成の教育がなされている企業では,他者を育成する風土によるメンタリング行動への影響が予想されるため,「人材育成ダミー」(教育プログラム導入=1, 非導入=0)を設定した。権限委譲が進んでいる職場では,裁量の増大に伴い,自身の判断に基づく行動の幅が広がる結果,他者の育成に関する自発的な行動に影響する可能性を踏まえ,「権限委譲ダミー」(該当=1,非該当=0)を設定した。

4. 分析結果

相関分析結果に基づいて変数間関係を確認した(表4)。メンタリング行動及び各機能は,個人成果給及び集団成果給,心理的エンパワーメントとの間に,それぞれ有意な正の相関が見られた。

表4 尺度の記述統計,信頼性及び相関係数

本研究では,自発的なメンタリング行動を対象としているため,メンターとメンティの関係性によってメンタリング行動の質が異なる可能性がある。そこで,メンターとメンティの関係を直属の上司―部下,部署内の非直属の先輩―後輩,部署外の先輩―後輩と分け,それぞれのメンタリング行動及び各機能の平均値に対し,一元配置の分散分析を実施した。メンタリング行動(F(2,284)=9.71,p<0.01)及びキャリア的機能(F(2,284)=16.34,p<0.01)において,関係性に応じて統計的な有意差が見られた。Tukey-Kramer法の多重比較の結果(表5),メンタリング行動では,直属の上司―部下と非直属の部署外の先輩―後輩との間に統計的な有意差(p<0.05)が確認された。キャリア的機能では,直属の上司―部下と非直属の部署内の先輩―後輩との間(p<0.01)及び直属の上司―部下と非直属の部署外の先輩―後輩との間(p<0.05)にそれぞれ統計的な有意差が確認された。特に部署内の先輩―後輩では,3点を下回り,あまりなされていない様子が窺える。キャリア的機能及び心理・社会的機能のいずれも,直属の上司のスコアが最も高い。

表5 メンターとメンティとの関係性別のメンタリング行動の比較一元配置の分散分析及びTukey-Kramer法による多重比較の結果

次に,メンタリング行動に対する各変数の影響における仮説を検証した(表6)。本研究では,メンタリング行動を従属変数とした重回帰分析を実施した。

表6 重回帰分析結果

Model2より,PE(β= .378,p< .01)は,メンタリング行動に対して正の方向に統計的に有意に影響し,個人成果給と集団成果給の交互作用項は,メンタリング行動に対して正の方向に統計的に有意に影響した(β= .333,p< .01)。個人成果給,集団成果給,PEと個人成果給の交互作用項,PEと集団成果給の交互作用項は,いずれも,メンタリング行動に対して統計的に有意な影響を及ぼさなかった。よって,仮説1,仮説2cは支持され,仮説2a,仮説2b,仮説3a及び仮説3bは支持されなかった。

コントロール変数では,企業規模ダミー(300名未満=1)(β=-.113, p< .05),部長級以上ダミー(部長級以上の職位=1)(β= .141,p< .05),関係性ダミー(直属の上司―部下=1)(β= .152, p< .01),人材育成ダミー(β= .138,p< .05)が,それぞれ,メンタリング行動に対して正の方向に統計的に有意に影響した。本結果のパス図を図2に,交互作用項の分析結果を図3に示す。

図2 重回帰分析結果のパス図
図3 個人成果給と集団成果給の交互作用項

5. 考察

分析結果(表6)から,PEは,メンタリング行動及びその各機能に対して,正の有意な影響を及ぼすことが確認され,PEは,メンタリング行動の規定要因であることが明らかになった。このことより,PEは,若手を育む性質を持つ心理特性であり,世代性(Erikson, 1950)を発揮することで仕事の意味を下位者に伝えようとするとともに,ポジティブな感情を通じ(Fredrickson, 2001),他者との関係性を深めようとする結果(Seale, et al., 2010),メンタリング行動を促進することを示唆する。また,PEは,Model4でキャリア的機能に,Model6で心理・社会的機能に,それぞれ有意な正の影響を与えており,メンタリングの下位機能に影響するメカニズムについて,今後,より詳細な検討が望まれる。一方,PEと個人成果給及びPEと集団成果給の交互作用項は,いずれもメンタリング行動に対して,有意な影響を与えなかった。PEは,個人成果給又は集団成果給との組み合わせによってメンタリング行動に影響を与える心理特性ではないのだろう。

成果給は,個人成果給と集団成果給の交互作用項がメンタリング行動に正の有意な影響を与えていた。成果給は,メンタリング行動を阻害すると懸念されていたが(Kram, 1985),実証されておらず(加藤,2004),本分析結果は,メンタリング行動の規定要因として,組織的要因の中でも人事制度の影響を確認したと言える。個人成果給と集団成果給の交互作用項が,メンタリング行動を促進した結果(Model2)について,図3では,集団成果給がない状況下で個人成果給が導入されると,メンタリング行動が低下したのに対し,集団成果給の下で個人成果給が導入されると,メンタリング行動は,上昇していた。この結果から,個人成果給の導入がメンタリング行動に与える負の影響は,集団成果給の導入により緩和され,正の方向に転じられたものと見ることができる。個人成果給に集団成果給が加わる場合は,チーム形式の仕事(Allen, Poteet & Burroughs, 1997)により成果を目指す結果,相互作用の機会(Aryee, et al., 1996)やタスク相互依存性(鈴木他, 2009)が高まり,メンタリング行動が促進されるのだろう。また,Model6で,集団成果給が負の方向に,心理・社会的機能に影響した(β= -.252,p<.01)ことから,集団成果給のみが導入された場合は,若手に対する心理的なケアとしてのメンタリング(Jyoti & Rani, 2019)が減少する様子が窺える。集団成果給は,他の集団の業績との相対的な比較に基づいて評価・処遇が決定される。そのため,業績目標を達成すれば評価に反映される個人成果給と異なり,集団成果給では,自部門の目標を達成していたとしても,他の集団と比較して高い業績を残さなかった場合,相対的に低い評価がなされる。そのため,他の集団との競争を背景に,より高い業績を残そうとする結果,部下の心理的なケアよりも,業務遂行と成果追求が優先される可能性がある。

職種ダミー(営業職=1)がメンタリング行動に正の影響を与えていたことから,営業職のように成果が明確な職種では,業務遂行と成果追求に求められる部下の訓練や挑戦性の向上などの支援が必要とされ,メンタリング行動が生じやすいのかもしれない。また,人材育成ダミー(教育プログラム導入=1, 非導入=0)が,メンタリング行動及びその各機能に正の方向に影響を及ぼしたことは,職場での発達支援関係を促進し,メンタリングが行われるような組織風土が形成されるように積極的な教育が重要(Kram, 1985; 合谷, 2004)であることを示唆している。

直属上司―部下の関係性である関係性ダミー(直属の上司―部下=1)が,メンタリング行動に正の有意な影響を及ぼした分析結果(Model2)から,本研究におけるメンタリング行動は,直属の上司―部下の関係性に依存する可能性がある。しかし,メンターとメンティの関係性別にメンタリング行動の程度を比較した結果(表5),直属の上司―部下におけるメンタリング行動は,部署外の先輩―後輩に比べて有意に高かった一方で,部署内の先輩―後輩とは差が認められなかった。キャリア的機能の比較では,直属の上司―部下と部署内の先輩―後輩との間及び直属の上司―部下と部署外の先輩―後輩との間で差が認められた。ただし,その差は,直属の上司―部下と部署内の先輩―後輩との間でより強く,部署内の先輩―後輩では,3点を下回り,あまりなされていない様子が窺えた。部署内の先輩は,後輩の直属上司の立場に忖度し,後輩にキャリア的機能の提供を控えている可能性が考えられる。また,心理・社会的機能は,直属の上司―部下と部署内の先輩―後輩,及び直属の上司―部下と部署外の先輩―後輩との間のいずれにおいても差が認められなかった。心理・社会的機能は,部署の内外及び関係性に関わらず,3点を超えており,それぞれの立場で若手に対してなされる性質の支援であると考えられる。

本研究の学術的貢献は,個人的要因としてPEと組織的要因としての成果給とを同時に扱うことで,両者が,自発的なメンタリング行動に与える影響を検討したことである。本研究結果は,成果給の研究とメンタリングの規定要因の研究のそれぞれに貢献をもたらす。成果給は,日本企業からメンタリングを失わせると懸念されてきた(Kram, 1985; 合谷,2004)。しかし,本研究結果では,メンタリング行動は,個人成果給と集団成果給の両方が同時に導入されている場合は,メンタリング行動が促進されることが確認された。また,集団成果給が心理・社会的機能を阻害したことを踏まえ,成果給は,メンタリング行動に対して一様に影響するのではなく,その特性の違いにより,影響の方向が異なる視点を提示する。

また,実務的な貢献として管理者行動の再構築の可能性が挙げられる。管理職には多くの役割があり(西村・西岡, 2016),人手不足もあって管理職の仕事は多忙を極める。メンタリング行動は,一部の機能を提供する部分的メンタリング(Dayhoff, 1983)が多くなされ,1人のメンティが2人以上のメンターを持つことや,逆に1人のメンターが2人以上のメンティを持つマルチプル・メンタリング(Baugh & Scandura, 1999)が多く見られる(久村, 1998)ことを踏まえると,表5が示唆することは,直属上司と有意差が見られなかった関係性について,メンタリング機能のいくつかを部署内や部署外に担わせることで管理職の負荷を軽減できる可能性があるという点である。また,そのことが仕事を分配された人に新たな成長を促すかもしれない。

最後に本研究の限界と今後の課題について論じる。第1に,成果主義的な評価・処遇の仕組みに関し,短期的な成果を重視(奥西, 2001)する指標の有無や長期雇用の程度に関する変数,人材育成行動の評価の有無を測定に含めることにより,成果給をより多角的な視点で検討できると考えられる。第2に,本研究は,状況適合的な視点を含めていない。例えば,メンター・メンティ間の上司・部下の関係性の確認に留まらず,メンター自身の経験が活きるアドバイスが求められる状況の有無等,場面要因的な条件の影響を照射する視座から,自発的にメンタリング行動に至る過程について,より詳細に確認する検討が必要と考える。これらの点について,今後より精緻な分析が求められる。

 【謝辞】

本稿の執筆にあたって,西村孝史先生(東京都立大学)にたくさんのご指導をいただきました。また,編集委員会と匿名の査読者から大変貴重なご指摘やご助言を賜りました。ここに記して深謝申し上げます。

(筆者=東京都立大学大学院経営学研究科博士後期課程)

【注】
1  Generativityという造語であり,次世代を確立させ導くことへの関心と定義される(Erikson, 1950)。「世代性」の他,「世代継承性」,「生殖性」などと邦訳される。

2  西岡(2015)では,成果給の下では,従来の日本企業の成長の源泉の一つであった伝統的な人材育成は有効に機能しなくなっていると指摘している。

3  一方で,組織における自尊心(Aryee, et al., 1996)及び情緒的コミットメント(Hartmann, Rutherford, Feinberg & Anderson, 2014)は,メンターになる意思に影響がない。また,愛着スタイルの回避型と不安型の人はメンターになる意思と負の関係にある(Wang, Noe, Wang & Greenberger, 2009)。

4  Van Emmerik, et al.(2005)では,メンタリング行動に影響がないとされ,結果が一致していない。

5  一方で,達成動機(競争的)及び自尊心,内的なローカス・オブ・コントロール(久村他,1999),ビッグファイブのうちの調和性,誠実性,情緒不安定性,外向性はメンタリング行動に影響がないとされる(Bozionelos, 2004)。

6  PEの具体的な行動への影響は,ナーチュアリングを含むリーダーシップ行動(藤井他,1996),倫理的リーダーシップ(Chenwei, Keke, Johnson & Min, 2012),変革型リーダーシップ(Afsara, Badirb, Saeedc & Hafeezc, 2017),組織市民行動(Wat & Shaffer, 2005; Farzaneh, Farashah & Kazemi, 2014)などがある。

7  藤井他(1996)では,ナーチュアリングは,世代性を通じてなされ,「より若い世代に対するメンタリングの一側面を照射している」と論じられている。

8  職務要求―資源モデル(Job demands-resources model:以下,JD-Rモデル)(Demerouti, Bakker, Nachreiner & Schaufeli, 2001)では,職務要求は,持続的な身体的・精神的努力が求められる生理的・心理的コストを指し,職務資源は,仕事の目標達成に用いることができる個人の成長・発達を刺激するような職務の物理的・社会的・組織的側面とされる。

9  「メンター」及び「メンタリング」に対し,知識と理解にばらつきが生じるため,これらの用語は用いず,代わりに質問項目の前文として,「あなたが会社で後輩にどのような点を意識して接しているかについてお教えください。ここでの後輩とは,直属の部下に限らず仕事で関わりのある社内の後輩が対象となりますが,その中でここ3年以内に1番接触時間の多い人1人を思い浮かべ,以下の質問にお答えください。」という文章を質問票に記載した。

10  メンターになる意思を有しながらメンタリング行動を取る対象者がいないなどの理由でメンタリング行動に至っていない人を潜在的なメンターの集団として捉えるため,各項目に対して,6=「いない,又は機会がない」を設定した。分析に際しては,6=「いない,又は機会がない」を欠損値として分析から除外をした。

11  大竹・唐渡(2003)では,企業が成果主義的に賃金制度を変更したことと,労働者が賃金制度は成果主義的なものになったと感じることは,ほとんど無関係であることが明らかにされ,多くの労働者は,自分の賃金が高くなっている場合に成果主義的な賃金制度になったと感じていることが示されている。

【参考文献】
 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
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