2022 年 23 巻 1 号 p. 24-29
This study aims to identify the research issues by examining the concept of “intellectual expertise” proposed by Koike(1999, 2001) in terms of the theories of expertise, experiential learning, and organizational learning. The following research topics were presented. First, I proposed to integrate a four-level model of intellectual expertise with Dreyfusʼs (1983) five-step model. Second, intellectual expertise can be classified into “exploitative expertise” and “explorative expertise”, from the viewpoint of organizational learning theory. Third, it is necessary to examine the skills and capabilities of intellectual expertise in terms of experiential learning and reflection. Fourth, the concept of developmental challenge can be re-conceptualized by Koikeʼs (2001) suggestions on “extent and depth of experience.” By exploring these research topics, we can extend the theory of intellectual expertise from the viewpoint of expertise, experiential learning, and organizational learning.
日本における製造企業の組織能力は,現場社員の「変化と問題に対応する」知的熟練によって支えられてきたと言われている(村松,2011)。本稿の目的は,小池(1999,2001)が提唱する「知的熟練」の概念を,熟達・学習論の観点から検討し,今後の研究課題を提示することにある。以下では,知的熟練の考え方を整理した上で,熟達論,経験学習論,組織学習論の立場からとらえなおし,今後の発展可能性について議論する。
小池(1999)によれば,一見したところ何の技能も必要ないようにみえる量産組立ての職場においても,頻繁に変化や問題が生じており,そうした状況に対処することが求められているという。問題とは,機械の不調や不良品の出現等のトラブルを指し,変化とは,生産量や生産方法の変更,製品種類の変化,人員構成の変化である。このような問題や変化に適切に対処するためには,「問題の原因を推理する能力」,「不良品を検出する能力」,「不良の原因を改善する能力」,「特定の職場で多くの作業をこなす能力」,「職場の作業を各職務に再配分する能力」,「組立てラインを変更する能力」等,多様な能力が必要となる。
小池(1999)は,こうした「問題と変化をこなすノウハウ」を知的熟練として概念化し,①機械の不調や不良品の出現といった「問題に対処するノウハウ」と,②生産量・生産方法・製品の種類・人員構成における「変化に対応するノウハウ」に類型化している(図1)。「知的」熟練と名づけられたのは,身体的熟練とは異なり,問題を発見・解決するのに必要な「知的な推理力」を要するためである(小池,2001)。
知的熟練の形成について,小池(2001)は,自動車組立て職場の非監督者の技能を例にとり,表1にあるような4レベルから成るモデルを提示している。レベルIは,職場にいて1つの仕事しかできない段階,レベルIIは,職場内で3〜5の職務をこなすことができ,品質不具合を検出できる段階,レベルIIIは,職場内のほとんどの職務をこなすことができ,品質不具合の原因を究明し,再発を防止できる段階,レベルIVは,モデルチェンジなどの面倒な仕事をこなし,新しい製品の生産対応や支援ができる段階を指す(小池, 2001)。
なお,レベルIIIになるには10年の経験が必要となり,5〜6割の従業員が到達できるのに対し,レベルIVは一部の人材しか到達できないという(小池,2001)。レベルIII〜IVに達するために必要なのが,「幅広い」経験と,「深い」経験である。具体的には,レベルIII程度であれば,一つの職場内でさまざまな経験を積むことで十分であるのに対し,レベルIVに到達するためには,複数の職場経験が必要になるとともに,新しい機械,金型,材料のトラブルの問題を深く究明する経験が欠かせないという(小池,2001)。
この知的熟練の概念を熟達論の観点から検討したい。Dreyfus(1983)は,図2に示すように,初心者(novice),見習い(advanced beginner),一人前(competent),中堅者(proficient),熟達者(expert)の5つの段階から成る熟達モデルを提唱している。すなわち,「初心者」は,仕事経験を積んでいないため,知識は文脈や状況と切り離されており,パフォーマンス・スピードは遅い。職場で経験を積むと,徐々に状況の違いを考慮して意思決定できる「見習い」に到達し,「一人前」になると,目標を設定し,計画を立て,アクションをとることができるようになる。この段階では,状況を個別要素に分類した上で,分析的に状況を把握する傾向にある。これに対し,「中堅者」の段階では,さまざまな経験を通して典型的な状況についての理解が深まることから,状況を「包括的・全体的(holistic)」に見ることができるようになる。そして,状況やアクションに関する膨大なレパートリーを蓄積した「熟達者」のレベルになると,直感的な判断が可能になる。
この5段階モデルにおける中堅から熟達者のレベルが,知的熟練に相当すると考えられる。なぜなら,職場のさまざまな問題を発見し,変化に対応するためには,状況を包括的・全体的にとらえる必要があるからである。このとき,知的熟練は,合理的に意思決定する「中堅レベルの知的熟練」と,直観的に意思決定する「熟達者レベルの知的熟練」に分けることができるだろう。
では,熟達者のレベルに到達するためには,どのくらいの期間が必要になるだろうか。従来の熟達研究では,いかなる領域においても,世界レベルの業績を上げるためには最低10年の準備期間が必要であることが報告されており,この考え方は「10年ルール(10-year rule)」と呼ばれている(Ericsson, 1996; Hayes, 1989; Simon and Chase, 1973)。この10年ルールと対応するように,小池(2001)も「レベルIIIになるには10年の経験が必要となる」と指摘している。
ただし,10年間の仕事経験を積めば誰でも熟達者になるわけではない。小池(2001)も述べているように,レベルIVに到達できるのは一部の人材のみである。Ericsson et al. (1993)によれば,この10年の間に「よく考えられた実践(deliberate practice)」を積むことが重要になる。よく考えられた実践とは,①適度に課題が難しく,明確であり,②実行した結果についてフィードバックがあり,③何度も繰り返して,誤りを修正する機会があるような仕事環境である。小池(2001)も同様に,OJTを受けながら,レベルIからIVへと徐々に仕事の難易度を上げていくことが知的熟練の獲得につながると説明している。
次に,知的熟練およびその獲得するプロセスを,経験学習論および組織学習論の観点から検討したい。米国のCenter for Creative Leadershipの研究によれば,リーダーシップ人材の成長の7割は仕事経験によって説明できるという(Lombardo and Eichinger, 2010)。リーダーシップを促進する経験内容については,金井(2002),McCall(1998),McCall et al.(1988)が類型化しているが,そうした経験は,「発達的挑戦(developmental challenge)」(DeRue and Wellman, 2009; McCauley et al., 1994, 1998)として概念化されている。発達的挑戦とは,「不慣れな仕事」「変化の創出」「高いレベルの責任」「境界を超えて働く経験」等を含む仕事経験である(DeRue and Wellman, 2009; McCauley et al., 1994, 1998)。
表1のレベルI〜IVを仕事経験としてとらえると,レベルが上がるにつれて「不慣れな仕事」「変化の創出」「高いレベルの責任」「複数の職場経験」という要素を含むことから,発達的挑戦は,知的熟練の形成を促進するといえるだろう。さらに,知的熟練を獲得するためには,「経験の広さ」と「深い経験」が必要となるという小池(2001)の指摘は,McCauley et al.(1994, 1998)による発達的挑戦の概念を,より構造的にとらえた考え方である。
一方,組織学習論においては,組織が継続的に成長し続けるためには,既存事業や知識の改善・改良に焦点を当てた「活用(exploitation)」と,新しい事業や知識の獲得に焦点を当てた「探索(exploration)」を両立する「両利きの経営(ambidexterity)」が提唱されている(Lavie et al., 2010; March, 1991; Raisch et al., 2009; Stettner and Lavie, 2014)。個人レベルの研究も進んでおり,例えば Mom et al.(2015)は,マネジャーの活用的活動(exploitative activities)と探索的活動(exploration activities)を両立することが,高い業績につながることを報告している。表1に示した知的熟練のレベルを「活用―探索」の枠組みから見ると,比較的不確実性の低いI〜IIレベルは「活用」的活動に,変化の要素が強いIII〜IVは「探索」的活動としてとらえることができるかもしれない。
以上の議論を基に,知的熟練論の意義を3点指摘しておきたい。第1の意義は,一見定型的に見える職務であっても,高度な認知的なスキルが必要となることを指摘している点である。さまざまな業種・業界には一見定型的に見える仕事が多く存在するが,そうした仕事においても「変化と問題に対応する知的熟練」が必要であることが理解できる。第2に,知的熟練の概念は,不確実性の高い状況変化への対応スキルに着目しており,幅広い職務に応用することができる。職務によって不確実性の程度には差があったとしても,「変化対応スキル」は必要であり,その獲得が生産性や業績に関係すると考えられる。第3に,知的熟練を促進するプロセスとして,「経験の広さと深さ」に言及している点である。従来の経験学習論では検討されてこなかった「経験の2次元モデル」を提唱している理論的な意義は大きい。
最後に,知的熟練論の発展可能性について述べたい。第1に,Dreyfus(1983)の5段階熟達モデルと,表1に示した知的熟練の4レベルモデルを統合することを提言したい。図3は,Dreyfus(1983)モデルに,小池(2001)の4レベルモデルを当てはめてみたものである。縦軸は,レベルが高くなるほど,深い経験(困難な課題に取り組んだ経験),および幅広い経験(複数の職場経験)に基づく学習が必要となることを示している。なお,Dreyfus(1983)モデルにおける中堅者は,品質不具合の検出ができるようになるレベルIIと,品質不具合の原因究明や再発防止ができるようになるレベルIIIに分けることができると思われる。
第2に,活用と探索(March, 1991)の観点から,「活用的な熟練」と「探索的な熟練」を区別することが可能である。すなわち,既存事業,既存技術の改善・改良における知的熟練と,新事業,新技術の探索・開発における知的熟練を区別し,そこで必要な知識やスキルのあり方を検討することで,知的熟練論と組織学習論を統合することができるであろう。例えば,図3に示したように,比較的不確実性が低いと思われる「品質不具合の検出」は活用的活動に,不確実性が高いと考えられる「品質不具合の原因究明や再発防止」は,探索的活動に区分することができるかもしれない。
第3に,知的熟練を構成するスキルや能力を,より明確に特定すべきである。例えば,知的熟練は「分析的スキル」と「直観的スキル」から構成されていると考えられる。なぜなら,上述したように,中堅者から熟達者へと移行する際には,意思決定が合理的スタイルから直観的スタイルへと転換するからである(Dreyfus, 1983)。また,知識獲得を促す「経験学習」(Kolb, 1984),および,プロフェッショナルの特徴である「内省的実践」(Schön, 1983),「批判的内省」(Mezirow, 1991)の観点から知的熟練プロセスを検討することで,より詳細な熟練のメカニズムを明らかにすることができると思われる。
最後に,リーダーシップ開発に不可欠な「発達的挑戦」(DeRue and Wellman, 2009; McCauley et al., 1994, 1998)の概念を,小池(2001)による「経験の広さと深さ」の考え方から構造化することができるだろう。例えば,「不慣れな仕事」「境界を超えて働く経験」は経験の広さに関係し,「変化の創出」「高いレベルの責任」は経験の深さに関係している。こうした経験の構造化モデルと,「探索-活用」の学習を組み合わせることで,熟達論,経験学習論,組織学習論を統合する道が開けると考えられる。
(筆者=北海道大学経済学研究院教授)