The Journal of Japan Society for Laser Surgery and Medicine
Online ISSN : 1881-1639
Print ISSN : 0288-6200
ISSN-L : 0288-6200
REVIEW ARTICLE
A Terahertz Microfluidic Chip for Ultra-trace Biosensing
Kazunori Serita Masayoshi Tonouchi
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 39 Issue 4 Pages 329-334

Details
Abstract

テラヘルツ(THz)波によるバイオセンシングは,生体関連試料の微弱な分子運動を非侵襲かつ非標識でセンシングできる点から,生命機能に関わる有用な情報を抽出できる手法として注目されている.しかし,THz波の回折限界と水への強い吸収の影響から,高感度かつ定量的な測定が困難であり,バイオセンシングに欠かせないコンパクトなチップ開発が遅れているのが現状である.本研究では,これらの解決策として非線形光学結晶ベースのTHzマイクロ流路チップを提案し,レーザー光照射により局所的に発生するTHz波光源を利用した微量バイオセンシングの可能性について報告する.

1.  緒言

バイオセンサーは,酵素,抗原,抗体など生体の優れた識別要素を巧みに利用して対象となる物理量をセンシングする素子であり,医療分野における患者の健康診断や病気の早期発見など幅広い分野で利用されている.中でもマイクロタス(μTAS)をはじめとするマイクロフルイディクスは,試料の混合,反応,分離,分析などの化学プロセスが1つに集約されたコンパクトなバイオチップシステムであり,わずか数ピコリットルのサンプル量で高感度かつ定量的な測定が行えるという利点から次世代医療を強力にサポートできるバイオセンシング技術として注目されている1,2).その技術は,マイクロキャピラリー電気泳動,エライザ法,表面プラズモンセンサーなど様々なバイオ計測に応用されている他,最近では,体液中に極わずかに存在するがん由来病原因子を高感度に検出するエクソソーム研究への応用利用にも期待されている3-6)

一方,周波数0.3 THz~10 THzに相当するテラヘルツ電磁波(THz波)は,その光子エネルギー(1 THz≒4.1 meV)が,生体高分子の水素結合や疎水性相互作用,複雑な三次元構造変位など,赤外吸収よりも弱い相互作用エネルギーに相当することから,THz分光によってそれら分子の識別や運動の観測に有用であることが分かってきている.このような生体分子間の相互作用を知ることはその物質の大域構造や様々な機能発現機構を解明する上で重要であると認識されている7-12).また,THz波によるバイオセンシングの強みは,これらの評価を非侵襲かつ非標識で行えるという安全性にもある.そのため,このTHz技術とマイクロフルイディクス技術を融合させることで新しいセンシング技術を確立できる可能性がある.

THz領域での分光評価には,フェムト秒パルスレーザーを励起光源としたTHz時間領域分光法(THz-TDS: THz time-domain spectroscopy)が広く用いられている.一般に,光学的に薄い固体試料の場合,試料を透過するTHz波を,時間遅延を持たせた光を用いて同期検出する「透過型THz-TDS」がその評価に対して威力を発揮する.しかしながら,溶液のTHz分光評価を行う場合,THz波が極性溶媒による強い吸収や散乱の影響を受けやすい特徴を持つことから,通常の固体試料の場合と比べて測定が困難であった.中でも水はその代表的溶媒(可視光の6桁以上水に敏感)であり,そのような溶媒中に埋もれた溶質情報を高感度かつ定量的に検出する手法が研究されてきた.また,1 THzは波長にしておよそ300 μmであり,光領域と比較して回折限界の影響が大きく,コンパクトなセンサーチップの開発が遅れているのが現状である.これらの問題を解決するためにDoveプリズムによる全反射減衰分光(ATR: Attenuated Total Reflection)法とTHz-TDSを組み合わせた反射系(THz時間領域ATR法)による溶液分析13)や,マイクロスプリットライン共振器14),導波路15),メタ表面16)などを利用した高感度なTHzセンサーが開発されてきた.これらは,主に遠方場THz波を光源として用いているため,THz波の波長より広い領域を励起する手法をとっている.一方,局所的な励起手法の1つにレーザーTHz放射顕微鏡(LTEM: Laser THz Emission Microscope)17,18)がある.これは,半導体や非線形光学結晶へのレーザー照射時に生じる超高速電流変調機構や光整流機構により,レーザー照射スポット径でTHz波を発生させることが可能であることからTHz波の回折限界を越えた局所領域でのTHz測定を可能とする手法である.最近では,非線形光学結晶中の光整流機構により発生した局所THz波光源とサンプルとを近接相互作用させることにより,毛髪1本19,20),金属微小開口21),メタアトム(メタマテリアルを構成する基本素子)22,23)などのマイクロスケールサイズのサンプルに対しても高感度かつ高空間分解能で分光・イメージングを行えることができるようになってきた.本技術を微量溶液評価に適用することができれば,非線形光学結晶ベースのコンパクトなTHzバイオチップの開発に貢献できるとともにこれまで困難であった微量な生体関連試料の高感度分析にも貢献できる可能性がある.そこで本研究では,非線形光学結晶を下地基板とするTHzマイクロ流路チップの提案を行い,溶液試料の高感度かつ定量的な微量センシングツールとしての利用可能性について検討を行った.

2.  テラヘルツマイクロ流路チップの概要

Fig.1にTHzマイクロ流路チップの概略図を示す.本チップは,非線形光学結晶のGaAs<110>を下地基板としており,局所THz波光源,単一マイクロ流路および数アレイのメタアトムによって構成されている.THz波は,マイクロ流路底面近傍へのフェムト秒パルスレーザー光照射で生じる2次の非線形効果により局所的に発生し,励起点周辺のメタアトムと相互作用することでLC共振が発現する.メタアトムにはFig.1に示すような2つのギャップを有するスプリットリング共振器(サイズ:84 μm,ギャップ幅:20 μm,線幅:10 μm,厚み:チタン1 nm/金200 nm)を用いており,このギャップを貫く方向に深さ10 μm,幅26.5 μm,長さ2 mmのマイクロ流路を光リソグラフィーにより作製した.また,溶液注入およびドレイン用として流路両端にφ 500 μmのウェルを備えている.マイクロ流路内に溶液が流れると,ギャップ部分の静電容量が溶液の濃度変化によって変化するため,THz透過率スペクトルにおいて共振周波数が変化する.この時に生じた微小な周波数シフトを検出することで高感度なバイオセンシングを行うことができる.

Fig.1 

A schematic drawing and an optical microscope image of THz microfluidic chip.

3.  近接場THz波励起メタアトムの応答特性

本チップでは,高感度なバイオセンシングを可能とする要素としてメタアトムが重要な役割を果たしている.メタアトムは,メタマテリアルを構成する1個あたりの基本素子のことを指し,自然界では得られないユニークな電磁波特性を示すことから,次世代のフィルターやTHz素子開発に期待されている24,25).これまでのメタマテリアル研究の多くは,遠方場THz波励起による報告がほとんどであり,十分な共振を発現させるために,数千~数万個のメタアトムユニットが必要であったことからコンパクトなチップデザインには限度があった.この場合,共振応答はメタアトムの個数や周期配列というよりはむしろその構造が重要なファクターとなる.一方で,今回提案する近接場THz励起では,1個のメタアトムのみが効率的に励起され,その応答が隣接するメタアトムへと影響を与えることから,その個数や周期の違いも重要なファクターとなる.この点を明らかにするために,メタアトムの周期を120 μmに固定し,メタアトムの個数を変化させた場合の共振応答について実測した.その結果をFig.2(a)に示す.これより,メタアトム1個を励起した場合には,微弱ながらLC共振応答が観測できていることが分かる.メタアトムの個数を3 × 3,5 × 5と増大させると1個の場合と比較してLC共振がより顕著に発現することが観測できた.これは,メタアトムの個数が増大することで中心の励起されたメタアトムが給電点となり,それに隣接するメタアトム群に影響を及ぼしているためであると考えられる.次に,メタアトムの個数を5 × 5に固定し,その配列周期を変化させた時の結果をFig.2(b)に示す.これより,周期が増大するに従ってLC共振応答が劣化していく様子が確認できた.この現象をより分かりやすくするために,各周期における共振周波数付近でのTHz電界分布を電磁場解析ソフト(FDTD solution, Lumerical Solutions, Inc.)により計算した.その結果をFig.2(c)に示す.周期が小さい場合には周辺のメタアトムもアクティブになっている一方で,周期が大きくなるとその電界強度が弱くなっていく様子が観測できる.これは先ほどとは逆に,メタアトム間の間隔が広がることにより,隣接するメタアトムへの給電が不十分になるためである.このような共振応答の推移は別の構造のメタアトムを用いた場合でも生じることが分かっている23).以上の結果から,密なメタアトムアレイ構造を選択することで,局所THz光源とメタアトムとの相互作用を最大限に利用可能なデバイスを作製することができるといえる.今回提案するチップでは,十分な共振応答とサンプルとの相互作用を利用するため,11 × 11のメタアトムアレイ構造を採用した.

Fig.2 

Measured THz transmittance spectra of the meta-atoms (a) when the periods are fixed at 120 μm and the number of meta-atoms is varied at 1, 3 × 3, and 5 × 5 units, and (b) when the number of meta-atoms is fixed at 5 × 5 units and the periods are varied at 100, 120 and 180 μm. (c) Simulated THz electric field distribution of 7 × 7 units of SRRs at the resonance frequency of 0.5 THz for the cases of their periods with 120 μm, 180 μm and 240 μm.

4.  実験方法

Fig.3に測定システムの概略図を示す.レーザー光源には,中心波長1.56 μmのフェムト秒ファイバーレーザー(TOPTICA社製,FFS.SYS.HP,平均出力350 mW,パルス幅110 fs,繰返し周波数80 MHz)を用いた.レーザーパルスはまずビームスプリッターによりポンプ光とプローブ光の2つの光に分けられる.ポンプ光は光学チョッパーにより2 kHzに変調された後,ガルバノメーターに入る.分光測定の場合,ガルバノメーターはOFF状態で2枚のレンズを介して平行光となり,3つ目のレンズでチップへ集光される.この時のレーザー光の集光スポット径は約10 μmで,この局所領域から光整流効果によりTHz波が発生する.結晶中でのTHz波のビーム径は   

W01+λTHzz/πW02
で表される.ここでzは結晶下部からの伝搬距離,W0は入射するレーザービーム径,λTHzはTHz波の中心波長である.この式が表すように,局所領域でTHz波を発生させるためにはTHz波のビーム広がりを抑制することが重要であり,結晶表面近傍でTHz波が発生するようにレーザー集光スポットを調整する必要がある.また,チップの流路底面部を正確に励起する必要がある.これらの調整には,ガルバノメーターをON状態にし,レーザーを2次元X-Y走査させてチップからの反射光強度を他方のフォトダイオードで検出し画像としてモニターしながら行う.チップから発生したTHz波は,流路内の溶液と相互作用を起こした後,2組の軸外放物面鏡を介して検出器へ集光される.THz波の検出には,低温成長GaAs(LT-GaAs)ボウタイ型光伝導アンテナを利用している.一方,プローブ光は,周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN: Periodically Poled LiNbO3)結晶によって780 nmに倍波変調された後,時間遅延ステージを介して検出器へと集光され,他方から集光されるTHz波の強度をロックイン検出により時間領域での波形データとして検出するために用いる.

Fig.3 

A schematic drawing of experimental setup.

チップによる溶液分析の実験では,単一マイクロ流路部分を厚み560 μmの石英でカバーし,流路端に作製した溶液注入用のウェルからマイクロシリンジを利用して~50 nLの溶液サンプルを注入する.石英は毛細管現象により流路内部へ均一に溶液を導くとともに,測定中の溶液試料の乾燥を防ぐ役割がある.解析では,溶液注入前後で取得したTHz時間波形データをフーリエ変換することで得られる周波数スペクトルEref(ω)とEsample(ω)から算出したTHz透過率T(ω) = Esample(ω)/Eref(ω)により,共振応答特性を評価する.

5.  微量溶液中のイオン濃度測定の実験結果

チップの微量センシング評価用の溶液サンプルとして,異なるイオン濃度のミネラルウォーターを取り上げた.ここでは,蒸留水(0 mg/L)と市販のミネラルウォーター(Contrex 1,468 mg/L)をそれぞれ10 mg/L,40 mg/L,200 mg/L,600 mg/L,1,000 mg/Lに希釈したものを準備し,先述した手法で溶液を注入し測定を行った.測定はそれぞれの溶液について10回行った.Fig.4(a)に,その透過率スペクトルを示す.溶液サンプルが注入されていないemptyの場合,0.55 THz付近で顕著な共振応答が発現し,流路に溶液サンプルが注入されるとそれが低周波側へシフトすることが分かる.これは,メタマテリアル構造のギャップ部分が空気よりも誘電率の高い水溶液に置き換わることで,静電容量が増大したためである.硬度変化による共振周波数シフトの影響を分かりやすくするために,これら溶液サンプルの透過率スペクトルにおいて周波数の微分をとり,硬度0 mg/Lのスペクトルからの差をプロットしたものをFig.4(b)に示す.これより硬度が大きくなるほど,共振周波数が高周波側へシフトする傾向にあることが分かる.これはイオン(ミネラル分)が加わることによりその周辺の水分子が束縛され,水の振動が抑制されたためであると考えられる.Fig.4(c)に,共振周波数シフトと検出された溶質のモル数の関係を示す.モル数は,ミネラルウォーターの硬度定義の世界標準である炭酸カルシウム(CaCO3: 100.087 g/mol)と流路内でメタアトムと相互作用を起こす溶液の体積から算出している.これより,318 pL溶液中に含まれるミネラル分を最大で31.8 fmolの感度で検出できていることが分かった26).これは,従来のTHz領域において流路を使った溶液実験で使用する溶液の実量の約100分の1以下で,1,000倍以上の検出感度に匹敵するものであり,本チップがTHz領域において微量センシングのための有用なツールとして利用可能であることを示すことができたと考えている.チップの検出感度については,現在までに,より高いQ値を示す非対称メタアトム構造27)を用いることで実量128 pL,検出感度1.4 fmolまで向上しており,今後メタアトム構造を最適化していくことでさらなる感度向上が期待できる.

Fig.4 

(a) Measured THz transmittance spectra of the water solution with various concentration of minerals and (b) the differentiated spectra of (a). (c) Resonance characteristics and (d) resonance frequency shift as a function of the mole number of mineral water.

6.  結論

非線形光学結晶をベースとするTHzマイクロ流路チップの開発を行い,THz領域における微量センシングの可能性について検討を行った.その結果,ピコリットルオーダーの溶液に対して,その濃度をフェムトモルオーダーの感度で定量的に検出できることを実証し,THz波を利用した微量センシングの可能性を示すことができた.今後,メタアトム構造やアレイ配置の最適化を行い,より高いQ値を有するチップデザインについて検討していくことでさらなる感度向上が期待できる.また,システムに装備されている局所THz光源の2次元平面内X-Y走査技術を巧みに利用することで,流路内での様々な化学反応や生体反応をダイナミックに観察することも可能になる.

本チップの今後の展望として,昨今急速に発展を遂げるマイクロ流体技術との組み合わせにより,蛍光標識なしで様々な生体関連試料の極微量分析・評価に応用できる可能性がある.例えば,血液や尿などに極微量に存在するバイオマーカー,インフルエンザウイルス,血中グルコース,DNAなどを高感度に検出することで,がんや糖尿病の早期発見や臨床現場での迅速な病理診断に貢献できると考えられる.今後はこれらそれぞれの検出ターゲットに対して最適なチップ開発を行い,THz波による微量バイオセンシングの可能性について検討を行っていく.

謝辞

本研究の一部は,JSPS科研費JP17H01269,JP18H01499および公益財団法人村田学術振興財団の支援を受けて行われた.

利益相反の開示

利益相反なし.

参考文献
 
© 2019 Japan Society for Laser Surgery and Medicine
feedback
Top