The Journal of Japan Society for Laser Surgery and Medicine
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ISSN-L : 0288-6200
REVIEW ARTICLE
Spectral Diffuse Reflectance Imaging Based on Numerical Simulation for Light Transport in Biological Tissues
Izumi Nishidate Satoko KawauchiShunichi SatoManabu SatoKyuichi NiizekiYoshihisa Aizu
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2020 Volume 40 Issue 4 Pages 359-368

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Abstract

拡散光スペクトルを利用した計測法では,丸ごとの生体や生きた細胞・組織から得られる吸収・散乱スペクトル情報を解析することで生体の機能および組織形態を評価することができる.中でも,定常白色光源を用いた拡散反射分光法は簡易・安価な計測システムで実現可能であり,イメージングへの展開も容易である.本稿では,生体内の光伝搬数値シミュレーションに基づく拡散反射分光法により,生体内の血行動態や細胞・組織の形態変化をin vivoで評価するための方法とその生体医用イメージングへの応用について,著者らの研究を中心に概説する.

Translated Abstract

Diffuse optical spectroscopy provides functional and morphological information of living tissues based on optical absorption and scattering properties. Diffuse reflectance spectroscopy (DRS) can be achieved with simple and low cost equipment, and has been widely applied to in vivo measurements and imaging of biological tissues. In the present article, in vivo evaluation of hemodynamics and changes in tissue morphology by using DRS based on the Monte Carlo simulation for light transport in biological tissues and its application to biomedical imaging are described.

1.  はじめに

生体内に含まれる主要な色素蛋白(以下,色素と呼ぶ)は,Fig.1に示すように,可視・近赤外波長域において固有の特徴的な吸光スペクトルを有している1).血管を流れる血液中のヘモグロビンは末梢組織への酸素輸送体として生体における重要な役割を担っており,酸素との結合状態により吸光スペクトルが異なる.また,メラニンは紫外線に対するバリアとして機能しており,日焼けやシミ,皮膚癌などと関係している.一方で,生体組織の多くは可視・近赤外波長域において,波長の増加に対して光散乱強度が緩やかに減少する分光特性2,3)を有しており,組織を構成する細胞,細胞内小器官,膜などの微細構造やそれらのサイズと関係している.生体組織を伝搬する光はこれらの微細構造により多重散乱されると共に,その一部は色素により吸収される.そのため,拡散光スペクトルには,観測領域に存在する複数の色素の吸光スペクトルとそれらの量が反映される.拡散光スペクトルを利用した計測法では,丸ごとの生体や生きた細胞・組織から得られる吸収・散乱スペクトル情報を解析することで生体の機能および組織形態変化を評価することができる.中でも,定常白色光源を用いた拡散反射分光法(Diffuse reflectance spectroscopy: DRS)は簡易・安価な計測システムで実現可能であり,イメージングへの展開も容易である.本稿では,生体内の光伝搬解析に基づく拡散反射分光法により,生体内の生理的変化に対する色素の動態や細胞・組織の形態変化を評価するための方法とイメージングへの応用について,著者らの研究を中心に述べる.また,光学的診断・治療法の開発や較正において有用な光学的ファントムについても概説する.

Fig.1 

The molar extinction coefficient spectra of typical biological chromophores and the reduced scattering coefficient spectrum of soft tissue.

2. In vivo測定における光伝搬数値解析

測定した拡散反射光スペクトルから,吸収や散乱に関する情報を抽出し,定量化するためには,生体組織中の光の伝搬を解析する必要がある.そのための有効な手法の一つとして,光伝搬モンテカルロシミュレーション(MCS)4)が広く利用されている.これは光を光子のように,あるエネルギーをもつ粒子と考え,それが散乱体により散乱され方向を変え,また,吸収によりエネルギーを失いながら組織中を進んでいく過程を光学特性値とコンピューター内で生成した一様疑似乱数に基づき逐一追跡する数値計算方法である.色素のモル吸光係数スペクトルε(λ)と色素濃度Cの積で表わされる吸収係数スペクトルμa(λ),散乱係数スペクトルμs(λ),非等方性パラメーターg,等価散乱係数スペクトルμs’(λ)などの光学特性値,対象とする組織構造の幾何学的条件を与えることで,生体組織の任意の位置・領域から出射した拡散反射率スペクトルR(λ)や透過率スペクトルT(λ)を数値的に求めることが出来る.Fig.2にメラニンを含む表皮層と酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビンを含む真皮層の二層構造でモデル化したヒト皮膚のR(λ)をMCSで再現した一例を示す.MCSは測定値から対象の光学特性値や色素量を推定するために利用することも可能である.対象の厚さが十分小さい組織切片や培養組織を扱うin vitro測定の場合,R(λ)やT(λ)の測定値と一致するようにMCSによる計算を繰り返し行いμa(λ)とμs’(λ)を推定するInverse Monte Carlo simulation(IMCS)が利用される.一方in vivo測定では,R(λ)のみが測定される場合がほとんどであるため,IMCSを利用することは困難である.そのため,μa(λ)またはCμs’(λ)の様々な組み合わせの下で多数のR(λ)を計算し,光学特性値とR(λ)の関係を決定しておくことで,R(λ)の測定値から光学特性値を推定する方法が利用される.その場合,非線形最適化法,Look up table,重回帰分析による推定式の作成などが行われる.

Fig.2 

An example of representative simulated diffuse reflectance spectra obtained from the two-layered skin tissue models having different conditions for (a) the concentration of melanin Cm, (b) the concentration of total hamoglobin Chbt, and (c) the tissue oxygen saturation StO2.

3.  生体医用光学技術のための光学ファントム

生体医用光学分野において,新しい光学的計測法,診断法,治療法を開発する上で,定量性を含めた性能評価は不可欠であるが,その場合,光学ファントムによる実験が有用となる.光学ファントムとは,人間や動物などの生体組織と類似した光学特性を有する人工的なモデルの総称であり,現在までに多くの研究者が独自の方法で様々な光学ファントムを作成し,個々の研究において使用している.また,生体医用光学分野の国際会議SPIE Photonics West BiOSにおいても光学ファントムに特化したセッションが設けられており,近年その重要性はますます高まりつつある.これまでに論文等で発表されている主な光学ファントムについて,用途,材料,特性等がわかりやすくまとめられている文献もある5)

光学ファントムの主な用途は,物理モデル・シミュレーションの妥当性の確認,機器の性能評価と最適化,機器較正と安定性・再現性の試験,異なる研究機関・研究室間の比較と標準化である.また,光学ファントムに求められる特性としては以下が挙げられている.

(1)吸収・散乱特性を任意に設定できる

(2)生体組織と類似した分光特性を有する

(4)時間・環境条件に対する安定性を有する

(5)生体組織と類似した屈折率を有する

(6)異なる光学特性を持つ複数領域の組み合わせが可能(腫瘍,血管,皮膚などの多層構造を再現)

(7)生体組織と類似した機械的特性・表面特性

(8)ブラウン運動や流れの内部形成が可能

(9)生体組織と類似した熱的特性を有する

(10)作成のしやすさ

(11)安価

(12)可搬性

上記の条件をすべて満足するのは難しいため,実際は個々の目的に最低限必要な特性を持つように設計することになる.ファントムが必要とされる多くの場合には,散乱や吸収などの光と生体組織の相互作用を扱うため,(1)と(2)の特性は特に重要であると言える.生体組織の吸収係数μa,散乱係数μs非等方性パラメーターg,等価散乱係数μs’[μs’ = (1 − g)μs]を再現するために,これまでに様々な材料が使用されている.

ほとんどの光学ファントムは,散乱体,吸収体,とそれらを維持・固定する基質から構成され,内部での散乱体や吸収体の濃度を調整することで,散乱係数や吸収係数の設計が可能である.ファントムには生理食塩水や精製水などの液体,ゼラチン,寒天,ポリアクリルアミド等のハイドロゲル,エポキシ樹脂,ポリエステル樹脂,ポリウレタン樹脂,シリコンなどの固形状の基質が使われる,液体およびハイドロゲルを基質としたファントムでは,生体組織に近い光散乱特性を有し,その分光特性も明らかにされているイントラリピッド溶液(またはイントラリポス溶液)が光散乱体として多用される.生体内の色素蛋白による吸光を再現するためにファントムに使用される吸光体には,インク,染料,墨汁,ヘモグロビン色素,全血液が挙げられる.また,酸素化ヘモグロビン色素の脱酸素化にはNa2S2O4が用いられることが多い.これらの材料には相性があるので,どのようなファントムを作成するかによって,基質,散乱体,吸収体を選択する必要がある.例えばレーザーを光源とした拡散光トモグラフィで用いるファントムでは,測定部位の形状,層構造や内部構造を再現する必要があるが,光学特性は使用波長での値のみを考えればよいため,吸収体としてインクや染料を利用し,散乱体と混合した上で樹脂により所望の形状に固めたものが多い6-9)

一方で,ハロゲンランプや白色LED等の白色光源を使用して,生体組織の分光分布を計測するような場合には,1つのファントムで広範囲のスペクトル特性を再現する必要が生じる.そのため,吸収体としては生体組織と同様に血液または精製したヘモグロビン色素が用いられる.この場合,ゼラチンや寒天などのハイドロゲルを基質として利用することが可能である.Fig.3は皮膚の分光計測法を評価するために筆者の研究室で使用している光学ファントムの写真である.生理食塩水に溶解した寒天,イントラリピッド,血液を組み合わせて作成したこれらのファントムは二層構造と内部血液構造を併せ持ち,かつ皮膚の反射スペクトルを再現することが可能である10).以上は,主に拡散光の使用を前提としたファントムであるが,光干渉断層像(OCT)用11),超音波変調光トモグラフィ用12),光音響トモグラフィ用13)のファントムも報告されている.

Fig.3 

Cross-sectional photographs of skin tissue phantoms: (a) a two-layered phantom, (b) a four-layered phantom, (c) a two-layered phantom with a disc-shaped blood region, and (d) a two-layered phantom with a cylindrical blood region.

4.  拡散反射スペクトル解析による皮膚のメラニン・ヘモグロビンの定量計測

皮膚の分光反射率R(λ)は,入射光強度I0(λ)と表皮および真皮を伝搬し,再び表面から出射した後方散乱光強度I(λ)により式(1)で表わされる.ここでλは光の波長を表す.

  

R(λ)=I(λ)/ I 0 (λ). (1)

皮膚の内部における光の吸収量に対応する吸光度スペクトルA(λ)は分光反射率R(λ)を用いて式(2)により表わされる.

  

A( λ )= log 10 R( λ ). (2)

ここで,皮膚内部での光の吸収が表皮内のメラニン,真皮内の酸素化ヘモグロビン,および脱酸素化ヘモグロビンにより生じると仮定すると,Lambert-Beer則によりA(λ)は式(3)により表わされる.

  

A( λ )= C m l e ( λ ) ε m ( λ )+ C hbo l d ( λ ) ε hbo ( λ )+ C hbd l d ( λ ) ε hbd ( λ )+S( λ ). (3)

ここでCl(λ),ε(λ)はそれぞれ色素濃度,平均光路長およびモル吸光係数を,またS(λ)は散乱による減衰項を表わす.添字mhbohbdはそれぞれメラニン,酸素化ヘモグロビン,脱酸素化ヘモグロビンであり,edは表皮と真皮を表わす.ここで,実測値A(λ)を目的変数とし,既知の吸光係数εm(λ),εhbo(λ),およびεhbd(λ)を説明変数とした重回帰分析(MRA1)を行なうことで,式(4)の重回帰式が得られる.

  

A( λ )= a m ε m ( λ )+ a hbo ε hbo ( λ )+ a hbd ε hbd ( λ )+ a 0 . (4)

回帰係数amahboahbdおよびa0A(λ)に対する各色素のモル吸光係数スペクトルおよび散乱による減衰項の寄与の度合い表しており,色素濃度に関係する.しかしながら,平均光路長l(λ)は波長λの関数であり,また色素濃度にも依存するため,回帰係数と色素濃度は非線形な関係にあり,回帰係数から色素濃度を単純に求めることは困難である.そこで,この回帰係数を新たな変数として,メラニン濃度Cmと全ヘモグロビン濃度Chbt(=Chbo + Chbd)の算出に利用する.この場合,Cm = bm·aおよびChbt = bhbt·aという2つの推定式を考える.ここで,数式中の・は内積を表す.aamahbt(=ahbo + ahbd),a0とそれらの高次項を含むベクトルを表わす.またbmおよびbhbtは回帰係数から色素濃度を得るための変換ベクトルである.bmおよびbhbtを決定するために,ヒト皮膚分光反射率のMCSで生成した色素濃度の異なる多数のA(λ)データセットを用いたMRA1を実行し,CmまたはCthaの多数のデータセットを求める.さらに,CmまたはCthを目的変数とし,aを説明変数とした重回帰分析(MRA2)を行うことでbmおよびbhbtを統計的に決定する14).また,組織中の全ヘモグロビン濃度に占める酸素化ヘモグロビンの割合である組織酸素飽和度はStO2 = ahbo/(ahbo + ahbd)より算出する.

前述のプロセスを分光反射率画像の各画素に適用することでCmChbtおよびStO2の画像化が可能となる.著者らはこれまでに,ハロゲンランプ光源,6枚の狭帯域干渉フィルター(中心波長λc = 500,520,540,560,580,600 nm)を装填したフィルターホイール,モノクロCCDカメラから成る計測装置により取得した分光反射率画像を用いてCmChbtおよびStO2の画像化が可能であることを確認している15)

5.  RGBカメラを用いた分光反射率画像の推定と血行動態観察への応用

前述の狭帯域干渉フィルターを用いた分光反射率画像計測では十分な光量を得るための露光時間やフィルターの機械的走査時間により,画像取得時間が制限される.そのため,血流動態などの早い変化を連続的に観察することが困難である.ハイパースペクトルカメラを用いれば,より高速な生体組織の分光イメージングが可能であるが,現在の所,上述の分光方式を用いたイメージングシステムに比べ高価である.一方で,ディジタルカラーカメラにより得られるRGB画像から,事前に得られている対象の分光反射率の統計的性質を利用することで分光反射率画像を推定する検討も行われている.この場合,安価かつコンパクトな撮像システムを利用したワンショットの多波長分光イメージングが可能であり,臨床診断の場において幅広い応用が期待できる.ここでは,Wiener推定法16-18)により推定した分光反射率画像を利用した血行動態イメージングについて述べる.

ディジタルカメラで物体を撮影した場合,画像の画素値は,その画素位置に対応するCCD素子に入射する光強度や分光分布によって決定される.画素位置(x, y)に対応するCCD素子に入射する光の分光分布は,ti(λ)E(λ)r(x, y, λ)で与えられる.ここでr(x, y, λ)は画素座標(x, y)における物体の分光反射率,ti(λ),E(λ)はそれぞれ,i番目のフィルター分光透過率,光源の分光放射輝度を表す.このとき,各素子において得られるセンサー応答vi(x, y)は,式(5)で与えられる.

  

v i = t i (λ)E(λ)S(λ)R(x,y,λ)dλ, (5)

ここでS(λ)はCCDの分光感度である.数学的な取り扱いを簡単にするため,分光分布を離散化しベクトルや行列を用いて表す.ディジタルRGBカラーカメラでは,ti(λ)はR,G,Bの計3チャンネルであり,vをR,G,Bの3チャンネルのセンサー応答を表した3つの要素をもつベクトル,rを物体の分光反射率を表すN個の要素で構成されるベクトルとした場合,式(5)は以下の式(6)のように表される.

  

v=Fr. (6)

ここでは,座標(x, y)を省略した.行列Fは,カメラのR,G,Bの3つのチャンネルの分光感度を表す行列Sと光源の分光放射輝度を表す行列Eを用いて式(7)で定義される.

  

F=ES. (7)

R,G,Bのセンサー応答ベクトルvと分光反射率の推定値ベクトルrestの間に式(8)を仮定する.

  

r est =Wv. (8)

ここで,行列WはWiener推定行列を表す.Wiener推定法では式(6)に示されるオリジナルの分光反射率ベクトルrと推定された分光反射率ベクトルrestの間の平均二乗誤差eを最小とする行列Wを統計的に決定する.

  

e= ( r r est ) t ( r r est ) . (9)

ここで〈 〉は分光反射率サンプルに対するアンサンブル平均を表す.式(9)は式(8)を用いて式(10)のように表すことができる.

  

e= r t r W r t v W t v t r + W t W v t v . (10)

ここで,eを最小化する条件は,eWで偏微分したものが0という式(11)で表される.

  

e W = r t v + W t v t v =0. (11)

式(11)をWについて解くと,

  

W t = r t v v t v 1 = R rv R vv 1 , (12)

が得られる.ここで,RrvおよびRvvはそれぞれrvの自己相関行列および相互相関行列であり,式(12)より,

  

R rv = r v t = R rr F t , (13)

  

R vv = v v t =F R rr F t , (14)

が得られる.式(13)と式(14)を式(12)に代入すると,推定行列Wは,

  

W= R rr F t ( F R rr F t ) 1 , (15)

として求めることが出来る.本研究では,分光器により実測した多数のヒト皮膚分光反射率サンプルから自己相関行列Rrrを求め,式(15)の関係に基づき事前に推定行列Wを決定する.この際,光源の分光放射輝度Eおよびカメラの分光感度Sは使用機器の公称値を利用する.4.で述べたプロセスを分光反射率画像の各画素位置(x, y)に適用することでCmChbtおよびStO2のイメージングが可能となる19).Fig.4は,3.で示した二層構造ファントムを用いて,Wiener推定により得られた拡散反射スペクトル解析法の結果の妥当性について検討した結果であり,本方法により得られたCmChbtおよびStO2の推定値は分光器で測定した拡散反射スペクトルから推定した参照値に対して良好な結果を示していることが分かる.

Fig.4 

Comparison of the estimated values by the Wiener estimation and the reference values by spectrometer for (a) Cm, (b) Chbt, and (c) StO2 in the phantom experiments.

本方法の生体に対する有用性を確認するために,ヒトを対象とした上腕部の圧迫-解放実験を行った.ヒトを対象とした実験は,東京農工大学研究倫理委員会の承認を受け,被験者からインフォームド・コンセントを得た後に行われた.Fig.5にヒト上腕を250 mmHgの圧力で圧迫した際の色素濃度画像の一例を示す.血流閉塞に伴い全血液濃度Chbtはわずかに増加し,組織酸素飽和度StO2は低下する.血流の再開によりChbtStO2は急激な増加を示す.この結果は動脈血流入の停止による脱酸素化血液濃度の相対的な増加と,血流再開後の反応性充血に伴う動脈血流入量すなわち酸素化血液濃度の増加を表していると考えられる.一方で血流とは無関係なメラニン濃度Cmは終始一定の値を示している.Fig.6は,15 fps(frame per second)で連続測定した指先のRGB動画像から得られたChbtの時間変化から脈波成分を抽出した結果である.一般的なパルスオキシメーターで観察される二峰性の容積脈波と同様の信号が得られているのがわかる.指先以外の,手,前腕,顔などの部位においても脈波成分の抽出が可能であり,容積脈波の非接触イメージングにも成功している20)

Fig.5 

Typical images of fingers (from top to bottom; Chbt, StO2 and Cm) before and during upper arm occlusion with pressure cuff, and immediately after deflation of pressure cuff.

Fig.6 

Typical plethysmogram extracted from the time course of Chbt averaged over the region of interest on in vivo human fingertip.

6.  吸収・散乱スペクトル画像の推定と脳組織バイアビリティイメージング

近年,光学的手法21-26)を用いてin vivoラット露出脳における脳神経組織のバイアビリティや神経活動を評価する試みがなされている.脳組織における主要な光学特性変化は,脳血流の増減やヘモグロビンの酸素化・脱酸素化による光吸収変化,細胞外イオン濃度変化により生じる浸透圧に依存した細胞体積変化に起因する光散乱変化であり27)in vivoの測定値にはこれらの全てが反映されると考えられる.著者らは5.で述べた皮膚色素濃度定量イメージング法を発展させることで,露出脳表面の拡散反射率画像から吸収特性と散乱特性を同時にイメージングする方式を新たに開発した28).脳組織の主要な吸収体として酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンを考慮すると,Lambert-Beer 則により,A(λ)は式(16)により表わされる.

  

A( λ )= C hbo l( λ ) ε hbo ( λ )+ C hbd l( λ ) ε hbd ( λ )+S( λ ). (16)

ここで,Cl(λ),ε(λ)はそれぞれ色素濃度,平均光路長およびモル吸光係数を,またS(λ)は散乱による減衰項を表わす.式(16)に対し,吸光度スペクトルを目的変数とし,各色素のモル吸光係数を説明変数とした重回帰分析を行なうと,式(17)の重回帰式で表現される回帰係数αhboαhbdおよびα0が得られる.

  

A( λ )= α hbo ε hbo ( λ )+ α hbd ε hbd ( λ )+ α 0 . (17)

これらの回帰係数は,酸素化ヘモグロビン,脱酸素化ヘモグロビンの濃度および等価散乱係数μs’(λ)に依存する29).脳組織をはじめ,生体の軟組織のμs’(λ)は波長λの増加に対して単調に減衰する分光特性を示すため,式(18)で表される累乗関数により近似することが可能である.

  

μ s ( λ )=a λ b . (18)

係数aおよび指数bは組織内の細胞および細胞内小器官の数密度およびサイズを反映する30,31).本研究では,回帰係数αhboαhbdα0を変数として,式(19),(20),および(21)により酸素化ヘモグロビン濃度Chbo,脱酸素化ヘモグロビン濃度Chbd,および指数bを推定する.また,係数aの推定において,回帰係数αhboαhbdα0に,指数bを変数として加えることで,推定結果が改善することが分かっている.そこで,式(22)により係数aを推定する.

  

C hbo = β hbo α 1 , (19)

  

C hbd = β hbd α 1 , (20)

  

b= β b α 1 , (21)

  

a= β a α 2 . (22)

ここで,α 1αhboαhbdα0から成るベクトルを,また,α2αhboαhbdα0bから成るベクトルを表わす.βhboβhbdβb,およびβaは回帰係数αhboαhbdα0からChboChbdbaを得るための係数ベクトルであり,μs’(λ)とμa(λ)をパラメーターとしたMCSにより算出した脳組織の分光反射率の結果から統計的に決定することができる.脳組織の吸収係数スペクトルμa(λ)は,推定されたChboChbdを用いて式(23)の関係から求めることが出来る.

  

μ a ( λ )= C hbo ε hbo ( λ )+ C hbd ε hbd ( λ ). (23)

また,全ヘモグロビン濃度ChbtChboChbdの和として,さらに,組織酸素飽和度StO2StO2 = Chbo/(Chbo + Chbd)より算出する.

本方法のin vivo脳組織への応用可能性を検討するために,ラットを用いた動物実験を行った.動物実験は東京農工大学研究倫理委員会動物実験小委員会の承認を得て行われた.実験ではα-クロラロース55 mg/kgとカルバミド酸エチル600 mg/kgの混合麻酔を腹腔投与したウィスター種雄性ラットの頭部を切開し,精密ドリルを用いて,右頭頂部分の頭蓋骨に楕円状の穴を形成し,ラット脳を露出させた.高輝度白色LED光源からの白色光は,リングライトガイドを介してラット露出脳へ照射し,ラット露出脳表面からの拡散反射光はRGBCCDカメラにより反射光強度画像として撮影・保存した.長波長域における十分な検出光量を確保するためにCCD前面の近赤外カットフィルターは除去している.

Fig.7に吸入酸素濃度FiO2が20.9%の条件下において,ラット脳表から得られたChboChbdChbtStO2,散乱パラメーターa,散乱パラメーターbμa(λ)およびμs’(λ)の画像を示す.また,Fig.8に異なる吸入酸素濃度条件下のラット脳表から得られた原RGB画像,ChboChbdChbtStO2,および波長500 nmにおけるμs’(500)の画像を示す.高酸素状態ではChboは増加し,Chbdは減少を示し,StO2は増加する.無酸素状態の開始後,Chboは減少し,Chbdは増加を示し,StO2は減少する.Chbtは呼吸停止の直前から顕著な増加を示し,これは低酸素状態を補償するための脳血流の増加を反映していると考えられる.一方で,μs'(500)は無酸素状態の開始後に減少を示し,呼吸停止後に増加に転じる.無酸素状態により酸素の供給が断たれた場合,ミトコンドリアの呼吸が阻害されるため,ATPの産生が減少する.ATP産生の減少はNa+/K+ ATPaseポンプの破綻を引き起こし,細胞外Na+,Cl,Ca2+が細胞内に流入することで,浸透圧により細胞外の水が細胞内に移行し,細胞や細胞内小器官は膨潤する(Cell swelling)ことが報告されている32,33).また,長時間の無酸素状態は神経細胞の不可逆的な形態変化を引き起こし,樹状突起が多数のビーズ状に変形する(Dendritic beading)ことで透過光強度が減少することが報告されている32,33).従って,呼吸停止後において観察されたμs’の変化は神経組織のバイアビリティ低下に伴う細胞・細胞内小器官の不可逆的な形態変化を反映している可能性がある.

Fig.7 

Typical estimated images of exposed rat brain obtained using the proposed method under normoxia (FiO2=20.9%) for (a) oxygenated hemoglobin Chbo, (b) deoxygenated hemoglobin Chbd, (c) total hemoglobin Chbt, (d) tissue oxygen saturation StO2, (e) scattering amplitude a, (f) scattering power b, (g) absorption coefficient μa(λ) and (h) reduced scattering coefficient μs’(λ).

Fig.8 

Typical images for in vivo results while varying FiO2 (from top to bottom: RGB image, Chbo, Chbd, Chbt, StO2, and μs’(500)).

7.  おわりに

本稿では,生体内の光伝搬モンテカルロシミュレーションの結果を利用した生体組織の拡散反射分イメージング法について,著者らの研究を中心に述べた.また,光学的診断・治療法の新規開発において有用な光学的ファントムについて紹介した.本稿で述べた定常白色光源を用いた拡散反射分光法はシンプルな計測システムで実現可能であり,他の光学的計測技術との併用も比較的容易に行うことが出来ると考えられる.また,内視鏡技術と組み合わせることで,適用範囲の拡大も見込まれる.皮膚血行動態や脈波のイメージングは酸素モニターやバイタルサインとしての利用のみならず,動脈硬化や糖尿病等と関連する末梢血管内皮機能の非侵襲的評価法としての可能性も有している.また,脳組織光学特性値のin vivoイメージングは,外科手術中の組織のバイアビリティ診断などへの応用も期待できる.

利益相反の開示

利益相反なし.

引用文献
 
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