日本レーザー医学会誌
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総説
眼底蛍光寿命測定―FLIO
三浦 央子
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2021 年 42 巻 2 号 p. 45-55

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Abstract

眼底蛍光寿命測定(FLIO)は,眼底の蛍光寿命を測定して画像化する,超短パルスレーザ-を用いた新しい眼底イメ-ジングである.FLIOは,眼底組織の形態変化のみならず,細胞のエネルギー代謝の変化や代謝関連物質の蓄積などの微細な変化を検出できる可能性があるため,疾患の早期診断や進行度の判定,治療効果評価などへの活用が期待されている.本総説ではFLIOの原理とこれまでの基礎・臨床的知見を紹介し,FLIOの今後の黄斑疾患診療における位置づけについて述べる.

Translated Abstract

Fluorescence Lifetime Imaging Ophthalmoscopy (FLIO) is a new imaging modality that measures and maps fluorescence lifetime at the ocular fundus using ultrashort pulse laser. FLIO has the potential to detect not only morphological changes but also subtle changes such as cellular metabolic change or accumulation of metabolism-related products. Therefore, FLIO might serve as a useful tool to detect early signs of diseases, monitor disease progression and evaluate therapeutic effect. This review introduces the principle of FLIO, basic and clinical knowledges to date, and describes the possible role of FLIO adjacent to the treatment of macular diseases.

1.  蛍光寿命

蛍光は,分子が光によって励起された際,電子エネルギ-が励起状態から基底状態へ遷移する際に生じる光で,励起光波長と蛍光波長のスペクトルは蛍光分子によって異なる.このスペクトルが蛍光強度測定にて得られる一方,蛍光を時間分解測定して得られる蛍光特性の一つが蛍光寿命である.蛍光寿命とは,文字通り,励起後に生じた蛍光が減衰するまでの時間のことで,通常10−10秒(数百ピコ秒)から10−7秒(数百ナノ秒)の範囲にある.この蛍光寿命も蛍光物質固有の特性であり,また分子の微小環境の変化,例えば温度やpH,他分子との結合状態なども反映する.

この特性は,バイオロジ-やバイオテクノロジ-などの分野では,蛍光寿命イメ-ジング顕微法(Fluorescence lifetime imaging microscopy: FLIM)として広く応用されており,蛍光強度だけでは区別しえない分子の微小環境やエネルギ-代謝などの変化を評価するのに利用されている.例えば,エネルギ-代謝に不可欠である補酵素のNADH(ニコチンアデニンジヌクレアチド)やFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)は,蛋白質との結合状態によってその蛍光寿命を大きく変化させることが知られている.例えば,NADHの蛍光寿命は蛋白結合状態では長く,非結合状態では短い1).結合型NADHと非結合型NADHの比は細胞内エネルギ-代謝の状態に影響されるため,NADHの蛍光寿命の変化から細胞内エネルギ-代謝の変化が推察できる.これはNADHの自発蛍光が明瞭に観察されうる二光子蛍光顕微鏡を用いた方法でよく用いられている.蛍光寿命を用いた生体の観察に関しては,二光子励起顕微鏡を用いた皮膚組織の診断に関するものが,これまで多く報告されている2)

1.1  蛍光寿命の測定方法

蛍光寿命の測定方法にはいくつか方法があるが,そのうち現在広く使われている方法は,時間相関単一光子測定法(time-correlated single photon counting: TCSPC)である.「内蔵ストップウォッチ」とも表現される検出・測定系が,励起光の発振から蛍光光子の到着するまでの時間を一光子単位で測定することができる.短いパルス長(ピコ秒)と高い周波数(メガヘルツ)のパルスレ-ザ-でこのプロセスが何度も繰り返され,時間の経過に伴う光子数分布のヒストグラムが作成される(Fig.1A).このTCSPC法によって得られた,対時間-光子数ヒストグラムは蛍光減衰曲線を形成する.この曲線は,数学的に指数関数曲線に近似され,そこから蛍光寿命が算出される.レーザー走査型顕微鏡では,スキャンされた画像の各ピクセルにおける蛍光寿命の3次元マトリックスを構築することで疑似色マッピングが可能となる(Fig.1B).

Fig.1 

(A) Principle of time-correlated single photon counting (TCSPC) (from Becker and Hickl Handbook 8th Edition. https://www.becker-hickl.com/applications/classic-tcspc/)

(B) Cultured human microvascular endothelial cells (HRMEC) observed with two-photon microscopy and fluorescence lifetime imaging microscopy (FLIM). (left) autofluorescence intensity image, (right) pseudocolored fluorescence lifetime (own data)

2.  眼底蛍光寿命測定(FLIO)

2.1  FLIOの歴史

イエナ(ドイツ)の物理学者Schweitzerらは2001年ごろ,蛍光寿命測定マッピング技術の眼科臨床診断への応用を考案3),その後ハイデルベルク・エンジニアリング社によるさらなる技術改良を経て,2010年に初めてのプロトタイプが完成した.このFLIOを用いた最初の臨床研究報告は2014年Dysliらによってなされ,健常人31人の眼底蛍光寿命を測定し,その再現性や瞳孔径・年齢による影響などを報告した4).その後,いつくかの研究グル-プによってプロトタイプを用いた臨床・基礎研究が行われ,2020年12月現在,すでに約40編の臨床研究報告と約10編の基礎研究報告論文が公開され,臨床研究論文で報告された健常者・網膜疾患患者数は併せて1,500例以上にのぼり,その安全性,有用性が示されている.以下にFLIOの簡単な原理とこれまでの基礎・臨床報告をいくつか紹介し,FLIOの今後の網膜疾患診療における位置付けについて述べる.

2.2  FLIOの原理

FLIOの技術的なセットアップの概略図をFig.2に示す.現在のFLIOシステムは,Heidelberg Retina Angiograph cSLO(HRA2, Heidelberg Engineering GmbH)を基礎に構築されている.蛍光励起には,ピコ秒パルス(半値全幅89 ps,80 MHz)発振の473 nm青色ダイオードレーザ-(Becker & Hickl)を用いており,網膜蛍光物質を励起するために共焦点設計されている.スキャナは9 Hzのフレ-ムレ-トで30度の画角(眼底の約9 × 9 mmの範囲)を走査する.蛍光励起と同時に,放出された個々の蛍光光子は2つのハイブリッド光検出器によって,短波長側(short spectral channel: SSC, 498 nm~560 nm)と長波長側(long spectral channel: LSC, 560 nm~720 nm)に分けて検出される.通常,中央の内部固視標が使用され,黄斑部を中心とした撮影をすることが多いが,内部や外部の固視標の位置を調整して黄斑部以外の領域を測定することも可能である.また,内蔵の赤外線カメラを用いたアイトラッキング機能により,フレ-ム内の適切な位置での光子検出が行われる.レーザ-走査により,256 × 256の個々のピクセルにつき,12 ns毎の繰り返し励起がなされ,それぞれのピクセル位置において,検出された光子が1,024の時間チャネルに記録されて対時間-光子数ヒストグラムが作成される.基本原理としては上述のFLIMと同様である(Fig.1参照).

Fig.2 

Schematic illustration of FLIO system.

A raster scanned 473 nm laser light excites the fundus fluorophores. The infrared camera is used for eye-tracking. The emitted photons are detected either in the short spectral channel (SSC: 496–560 nm) or in the long spectral channel (LSC: 560–720 nm). The fluorescence lifetime at each pixel position is calculated and shown as a pseudocolored image. (excerpt from 5))

TCSPCの原理を用いた蛍光寿命測定法では,信頼できる蛍光寿命算出のためには多数の光子を検出する必要があり,これまでに標準化されている方法では,中心窩において少なくとも1,000個の光子が検出されるまで測定を行う.そのための所要時間には個人差があり,散瞳状態で60~90秒程である.撮影に至るまでのすべての行程はハイデルベルクアイエクスプローラー(HEYEX)ソフトウェア上で操作され,蛍光寿命の計算はSPCImage(Becker & Hickl)ソフトウェアを用いて行われる.

2.3  FLIO―解釈のための基礎

現行でのFLIOでは,網膜層別の測定はできず,正面像における測定位置の網膜内に存在する全ての蛍光物質の蛍光寿命が重ねあわされて算出される.473 nmの光は網膜色素上皮(RPE)細胞内メラニンによって強く吸収されるため,RPEより後方にある物質の蛍光寿命はRPEが変性したり,メラニン量が極端に減少した場合など以外はほとんど検出することはできない.また,中心窩付近では黄斑色素による吸収も強く,この部分においては黄斑色素の蛍光寿命が優位に反映される.

2.3.1  網膜内の蛍光物質

これまでの自発蛍光の輝度測定と異なり,蛍光寿命測定においては,蛍光輝度の低い物質でもその光吸収効率と数が多ければ,測定値全体に対する寄与率も高くなり得るため,リポフスチンのような輝度の高い蛍光物質だけでなく,それ以外の細胞内外に存在する自発蛍光物質も無視できない.

これまで特定されている網脈絡膜内自発蛍光物質の中で,FLIOが使用する473 nmの光によって励起されうる物質には,リポフスチン(ビスレチノイド),黄斑色素,コラ-ゲン,エラスチン,血液,補酵素(フラビンアデニンジヌクレオチド:FAD),メラニンおよび酸化メラニン,終末糖化産物(AGE)などが挙げられる.リポフスチンは主に長波長チャネルLSCで優位に検出されるとされ3),その他の蛍光物質は560 nmより短波長側にその蛍光のピークがあることから,短波長チャネルSSCでその変化を検出しやすいと考えられている.

黄斑色素

上記の蛍光物質の中で,蛍光寿命が最も短いのは,ルテインやゼアキサンチンなどの黄斑色素である.In vitroでの測定ではそれらの蛍光寿命はフェムト秒の範囲であり,FLIOの検出限界(数十ps)をはるかに下回る6).実際の生体の観察では,黄斑色素の豊富な中心窩付近の蛍光寿命は概ね0.1~0.3 ns内にあり,SSCにおいてより明確に描出される7)In vitroと実際の生体での計測値の相違の理由はまだ明らかではないが,同じ測定点における網膜の他の蛍光物質の影響による可能性などが考えられている.いずれにせよ,中心窩の蛍光寿命は健常眼底においては最も短く,周囲の網膜の蛍光寿命とは有意な差がある.そのため,黄斑色素の量や分布などに異常が生じた際には,中心窩付近の蛍光寿命の変化として明瞭にとらえられる.病態との関連は後述の「黄斑疾患とFLIO」の項で記す.

補酵素(フラビンアデニンジヌクレオチド:FAD)

あらゆる細胞に存在する,ミトコンドリア内の重要な酸化還元反応補酵素の一つであるフラビンアデニンジヌクレオチドには,酸化型(FAD)と還元型(FADH)があり,そのうちの酸化型であるFADが比較的強い蛍光を示すことが知られている.FADはビタミンB2から生成され,細胞内の多くの物質の代謝に関連する.特に,呼吸鎖の複合体IIの反応酵素であるコハク酸脱水素酵素の補酵素としての働きは,細胞のエネルギ-代謝にとって欠かせないものである.FADは可視光領域である450 nm付近に吸収のピークをもち,FLIOの励起光波長である473 nmでも蛍光を発する.その蛍光寿命は特徴的で,蛋白に結合していないFADの蛍光寿命は長く(2~3 ns),蛋白結合型のFADの蛍光寿命は短い(0.04~0.13 ns)8).自験例および既報例において,実験的に細胞の呼吸鎖機能を低下させた場合,FADの蛍光波長域における自発蛍光寿命は有意に延長することが示されており,その機序として,ミトコンドリア機能低下による嫌気性呼吸へのシフトと,それによる蛋白非結合型FADの相対的増加が推察されている9,10).この考えに基づけば,ミトコンドリア機能の亢進によりFADの結合型が増えると蛍光寿命は短くなり,逆にミトコンドリア機能が低下して非結合型FADが増えると蛍光寿命は長くなる.

メラニン

メラニンは,紫外域から赤外域にわたり高い吸収係数を保つという非常にユニ-クな吸収特性を持ち,励起波長とは無関係にほぼ一定の蛍光波長域を示し,約550 nm付近でピークを示す11).ただし,短波長励起による自発蛍光検査で低蛍光を示すことからもわかるように,その蛍光量子収率は非常に低い(0.1~0.2%)ことが知られており12),他の蛍光物質とともにメラニンの蛍光を検出することは非常に難しい.ただし,眼底を近赤外光のような長波長で励起した場合,メラニンの吸収係数および量子収率ともに低下するものの,他の物質の蛍光強度が減少するため,励起光エネルギ-次第ではメラニンの自発蛍光を観察できる可能性があり,実際に臨床においてもその可能性が示唆されている13)

前述のように,物質の蛍光寿命の値はその蛍光強度には無関係であり,FLIOにおいても蛍光強度は低いが光吸収率の非常に高いRPE細胞内メラニンの蛍光寿命が反映される.RPE細胞におけるメラノソ-ムの蛍光寿命に関して,ex-vivo RPE組織を顕微鏡観察した自験例および他施設からの報告ではいずれも,メラノソームの平均蛍光寿命は0.1~0.2 nsと短い値を示した14,15).母斑メラノサイトの測定においても,同様の短い蛍光寿命をが報告されている16).リポフスチンの少ない豚眼RPE組織をメラノソ-ムの豊富な頂端側からFLIOにて観察した結果,蛍光寿命は0.24 ± 40 ns(SSC)および0.19 ± 20 ns(LSC)17)であり,顕微鏡での観察結果と大きくは異ならない.

また,酸化メラニンがその蛍光強度を増加させる可能性について報告されているが18),合成メラニンを用いた研究では,酸化によってメラニンの蛍光寿命はほぼ2倍になることが示されている11)

リポフスチン

リポフスチンは比較的長めの蛍光寿命を示すと考えれているが,ドナ-眼を用いて測定した報告間でその具体値にはばらつきがある.シュバイツァーらの報告では,その平均蛍光寿命は約1.4 nsであり19),Yakovlevaらの報告では3 nsとある20).この理由として,リポフスチンに含まれるビスレチノイドの構成成分の違いによる蛍光寿命の違いが考えられるが,詳しくはまだ明らかになっていない.In vitroでの測定では,ビスレチノイドの一つであるA2Eの蛍光寿命は約0.2 ns,全トランスレチナ-ルでは0.1 ns未満などと,リポフスチンそのものの蛍光寿命より有意に短い.リポフスチンはFLIOにおいては主に長波長領域(LSC)で検出されやすいことが示唆されており3),年齢とともにLSC側の蛍光寿命が延長する主な理由としてリポフスチンの蓄積が考えられている.

血管

血管は通常周辺の網膜よりも長い蛍光寿命を示す組織として描出される.その構成はコラ-ゲンやエラスチンなどの結合組織,細胞,そして内腔の血液成分である.細胞に関しては上記でFADに関して述べたため,以下コラ-ゲン・エラスチンと血液の蛍光寿命について簡単に既報を基に解説する.

コラ-ゲン,エラスチン

コラーゲンとエラスチンは主に400 μmより短い紫外域での蛍光が特徴的だが21,22),可視光の450~480 nmで励起した場合でも,その強度は弱いものの470~520 nm付近の蛍光放出がみられる19).コラーゲンは,さまざまな結合組織の細胞外空間における主要な構造タンパク質であり,ヒトの眼底では,血管壁,ブルッフ膜および脈絡膜に存在する.コラ-ゲンの蛍光寿命はSchweitzerらの測定によると,I型,II型,III型,およびIV型コラーゲンの平均寿命値は,それぞれ1.75 ns,1.44 ns,1.11 nsと1.62 nsと,少しずつ異なる19).エラスチンは血管中膜に多く存在することから,それがより厚い動脈壁により多く含まれており23),その蛍光寿命は1.38 nsと報告されている19).健常眼において,血管の蛍光寿命は周辺の網膜組織の蛍光寿命に比べて非常に長いことから,FLIOでは明瞭に描出される(Fig.3参照).

Fig.3 

FLIO of the healthy eye (59 y.o., mail)

left: Intensity image of fundus autofluorescence, right: Fluorescence lifetime

血液

血液の蛍光寿命はこれまであまり議論されてこなかったが,血管部分の蛍光寿命値に血液成分の蛍光寿命成分が寄与している可能性は排除できない.血液の蛍光寿命に関しては,赤血球(ヘモグロビン)が0.1~0.2 ns以下の非常に短い蛍光寿命を示し24),その他の血球では0.7~1.25 ns,血漿は1.1 ns と,赤血球に比べると長く,コラ-ゲンなどと近い値をとる24)

AGE(Advanced Glycation End Product:終末糖化産物)

AGEは,ブドウ糖や果糖などの糖質と,タンパク質,脂質,核酸などの非酵素的反応の最終産物で,非常に反応性が高く,細胞や組織に直接損傷を与えて老化やさまざまな病気に関連していることが知られている25).眼科においては,特に糖尿病性網膜症においてAGEが網膜内に蓄積し,周皮細胞の喪失やミュラー細胞の機能的損傷の原因となりうることが示唆されている26).糖尿病患者においてAGEは,網膜だけでなく水晶体27)および角膜28)でも増えることが報告されている.AGEの典型的な蛍光スペクトルはλex/λem ≈ 370 nm/440 nmだが29),Schweitzerらの測定によると,AGEは468 nmでの励起によって490 nm付近の蛍光を放出し,その平均蛍光寿命は1.7 nsと報告されている19).実際,網膜症のない糖尿病患者では健常人に比べて眼底の蛍光寿命が有意に延長しており,これはAGEの蓄積や蛋白非結合型FADの増加が原因ではないかと推察されている30)(後述参照).

2.3.2  蛍光寿命のパラメ-タ

蛍光寿命はいくつかのパラメ-タに分解することができる.これは,検出された対時間-光子数ヒストグラムがどのように対数近似されたかによって決まる.通常2次的あるいは3次的指数関数に近似されることが殆どで,それらの場合,蛍光寿命は以下のように算出されている.平均蛍光寿命をτm(τは「タウ」と読む)とすると,

  

τm=i=1naiτi

ここで,nは指数関数の次数(通常2か3).n次指数関数で近似した場合はその蛍光寿命はn個の構成要素から成るとされ,αiはそれぞれの構成要素の寄与度(i=1nai=1),τiはそれぞれの構成要素の蛍光寿命の値である.このように,実際の蛍光寿命が複数次指数関数近似されることは,少なくとも異なる蛍光分子が混在していることを意味する.

これらのパラメ-タ(τ1, τ2, τm, α1, α2, ...)などを分解して解析することで特徴的な変化をとらえることができる可能性もある.臨床ではこれまでほとんど使われていないが,基礎研究においては,細胞の自発蛍光において,短蛍光寿命要素と長蛍光寿命要素の寄与度の比(α12)が,蛋白結合型と非結合型の補酵素の比を反映しているとして,細胞のエネルギ-代謝の変化を調べるのに用いられている14,31)

本総説では以後,注釈のない限り,平均蛍光寿命τm(mean fluorescence lifetime)を「蛍光寿命」として使用する.

2.4  FLIO―臨床

2.4.1  健常眼でのFLIO

典型的な健常眼FLIO画像をFig.3に示す(LSC).左は蛍光強度画像で右は蛍光寿命の偽色表示である.通常,慣習的に短い蛍光寿命が橙で,長い蛍光寿命が青で示されるようにカラ-グレ-ディングが設定されている.スケ-ルの両端の蛍光寿命の値は適宜変更可能である.視神経乳頭部位が最も蛍光寿命が長く両チャネルにおいて1 nsを超える.次いで長いのが血管で,SSCでは0.6~0.9 ns,LSCでは0.5~0.8 ns付近で視神経乳頭とともに通常青色表示される.眼底で最も蛍光寿命が短いのが中心窩であり,これは上述の通り,網膜内に存在する黄斑色素の影響である.個人差はあるが,中心部の蛍光寿命は健常眼の場合SSCでおおよそ0.1~0.3 ns,LSCで0.2~0.4 nsの範囲にある.その周辺の網膜は黄斑中心部よりやや長い蛍光寿命を示し,中心窩以外の黄斑部の蛍光寿命は,中心窩よりもSSCで0.15~2 ns,LSCで0.1~0.15 nsほど長い.

年齢による変化

年齢が上がるにつれて,有水晶体眼では,眼底全体の蛍光寿命が両検出域(SSC,LSC)で10年ごとに約0.03 ns延長すると報告されている32).この増加は,主に網膜内でのリポフスチンの蓄積に関連している可能性が示唆されているが,白内障眼での水晶体の影響が無視できないことが明らかになっている33).原因として,水晶体自発蛍光の蛍光寿命と水晶体混濁による蛍光の散乱の両者の関与が考えられている.偽水晶体眼の患者で検査をすると,年齢による蛍光寿命の延長はLSCのみで見られたことから32),SSCの年齢依存性の蛍光寿命延長は水晶体の変化,LSCでは主にリポフスチン蓄積によるもの,という考えが現在のところ有力である.

瞳孔の影響

FLIOは非散瞳で行うことも可能である.しかしながら非散瞳眼では検査時間が長くなり,さらに,おそらく小瞳孔による光散乱の増加のためか蛍光寿命がわずかに長い傾向にある34).したがって,標準プロトコルでは散瞳眼で行うことが推奨されている.

2.4.2  黄斑疾患とFLIO

FLIOは各黄斑疾患においてそれぞれ特徴的な所見を示す.明らかな構造的変化に伴う蛍光寿命の変化だけでなく,他の画像診断では認識できない変化が見られることがあり,疾患の早期発見,治療効果判定,さらには病態のさらなる把握に広く活用できる可能性が十分にあると考えられる.

非滲出性加齢黄斑変性

2018年Sauerらが非滲出性加齢黄斑変性眼150眼と健常眼57眼を比較したところ,加齢黄斑変性眼全例と健常眼の3分の1に黄斑部に輪状パタ-ンの蛍光寿命の延長が見られることが明らかになった35)(Fig.4矢印).また,その蛍光寿命は疾患のステ-ジ進行とともに延長し,疾患の進行との関連が強く示唆された.このような輪状パタ-ンは自発蛍光の強度像など他の画像診断では得られない結果であり,リポフスチン増加だけでは説明がつかず,網膜細胞のエネルギ-代謝の変化を捉えている可能性も高いと考えられている.

Fig.4 

FLIO images of patients of non-exudative age-related macular degeneration and of healthy eyes

Ring-shaped pattern of prolonged fluorescence lifetimes was shown in all patients with non-exudative age-related macular degeneration (arrows) (excerpt from 35))

地図状萎縮

地図状萎縮眼のFLIOでは,RPEの萎縮により,ブルッフ膜および脈絡膜の長い蛍光寿命成分が多く検出され,明瞭に描出される36)(Fig.5).この変化は自発蛍光の蛍光強度測定における境界鮮明な低蛍光領域と一致する.しかしながら,FLIOでは,長い蛍光寿命域の中に中心窩付近に短い蛍光寿命域が島状に見られることがある.この所見は蛍光強度像における萎縮の黄斑回避の有無とは無関係で,OCTによる網膜外層の傷害程度と関連することから,中心窩付近の黄斑色素の残存の程度を示唆すると結論づけられている.中心部の短い蛍光寿命は残存視力の程度にも相関を示し36),FLIOは地図状萎縮に伴う神経網膜の傷害の程度の評価判断法の一つとして,経過観察および介入的治療の効果判定などに活用できると考えられる.

Fig.5 

FLIO image of a patient of geographic atrophy

The atrophic area is shown as a well-demarcated and almost homogenously dark hypofluorescence area in the fundus autofluorescence (left). On the other hand, FLIO may show the residual macular pigment as the area of short fluorescence lifetime. (excerpt from 36))

MacTel

黄斑部毛細血管拡張症Macular telangiectasia(MacTel)2型は,成人以降に発症する両眼性の網膜血管神経変性疾患で,早期には構造上の変化が微細なため,その診断が困難な症例も多い.近年,遺伝性感覚ニューロパチーの原因遺伝子として2001年に同定されたスフィンゴ脂質代謝の酵素をコードするSPTLC1遺伝子の変異が,その危険因子として初めて報告された37).この遺伝子変異による血中デオキシスフィンゴ脂質(deoxySLs)濃度の上昇による網膜毒性がその原因と考えられ,治療法の開発へ向けた研究が進行している37).MacTel 2型のFLIOは特徴的な蛍光寿命パタ-ンを示し,初期は中心窩耳側の約5~6°以内の領域に三日月型の蛍光寿命延長がみられ,進行型では輪状のパタ-ンを示す38)(Fig.6).これらの変化は,他の画像診断によって検出される病変部位と一致し,また,ごく初期の変化もFLIOでは明瞭な蛍光寿命の変化として検出される.また,この疾患では黄斑色素の分布異常がみられることが多く,その状態の把握にもFLIOを活用できる.以上のように,MacTel 2型の診療においてFLIOは,早期診断や進行度判定などにおける有用なツールとして期待できる.

Fig.6 

FLIO images of the patients of MacTel Type 2

Three cases of MacTel in different stages; early stage (A, D, G), intermediate stage (B, E, H) and advanced stage (C, F, I), with images of FLIO (A–C), Autofluorescence intensity image (D–F), and Fluorescence angiography (G–I). (excerpt from 38))

Stargardt病

Stargardt病は遺伝性(常染色体劣性遺伝)の網膜変性疾患で,1番染色体にあるATP-binding cassette transporter(ABCA4)遺伝子の変異が主な原因であることが知られている39).ABCA4は視細胞外節内で視サイクルによって生成されたビタミンA由来の有害代謝産物を外節外に輸送する役割を持つため,ABCA4の機能不全が起きると網膜内にその代謝産物が過剰に蓄積し,視細胞およびRPE細胞が傷害を受けて変性する.Stargart病では,黄斑部のRPEまたは視細胞外節層に,円形または類円形の黄白色の不規則な形をした沈着物がみられる(Fig.7).これらは異常蓄積したビタミンA代謝産物やリポフスチンと考えられており,自発蛍光検査では過蛍光を示す.FLIOでは,これら沈着物の多くは長い蛍光寿命を呈するが,よく観察をすると,新しく生成されたばかりの沈着物は,むしろ周辺よりも短い蛍光寿命を呈し,それが時間経過とともに延長することが示された(Fig.740).これは,初期と後期の沈着物の構成成分の違いによるものと考えられており,病態の推測,経過観察,そして,遺伝子治療や幹細胞移植などの新しい治療の客観的な評価方法として役に立ちうると考えられる.

Fig.7 

FLIO images of a patient of Stargardt disease

FLIO at baseline (left) and one-year follow-up (right). Some dots showed the change (elongation) in fluorescence lifetime during the follow-up. (arrows) (excerpt from 40))

中心性漿液性網脈絡膜症(CSC)

発症直後のCSCでは,自発蛍光も蛍光寿命にほんとど変化が認められない(Fig.8上)が,時間とともに網膜剥離部分の蛍光寿命が短くなるのが特徴で,それは網膜下液が吸収された後でも認められる.時間とともに再び周辺網膜の蛍光寿命値に近づくものの,Dysliらの報告によると,18か月以上経過しても周辺網膜よりは有意に短い41).網膜外層の萎縮が生じると有意に延長する.剥離部位で蛍光寿命が短くなる機序としては,貪食されずに増えた視細胞外節内の全トランスレチナール(蛍光寿命0.1 ns未満)の影響や,網膜やRPEの細胞内代謝変化によるもの(FADの関与)などが考えられるが,詳しい機序はまだ明らかではない.

Fig.8 

FLIO images of the patients of central serous chorioretinopathy (CSC)

Top: (A) 33 y.o. male, a few days after the onset of the symptom. Apparent changes were seen neither in autofluorescence nor in FLIO. (B) Healthy control subject.

Bottom: 46 y.o. male, at disease duration of 15 months (A) with a prominent subretinal fluid, and at 17 months (B) after the fluid was resolved. The short fluorescence lifetime at the previous serous detachment is still clearly observed. Five patients out of 7 with leaking point in the fluorescence angiography, the leaking point could be recognized with FLIO (arrows). (excerpt from 41))

2.4.3  全身疾患とFLIO

網膜の蛍光寿命は,黄斑疾患だけでなく,その他の網膜疾患や,明らかな眼科的所見の認められない全身疾患でも変化しうることが示されている.

糖尿病

高血糖状態が続くと,血管内皮や周皮細胞だけでなく,RPE細胞などの代謝や機能に障害を与えることが示唆されており42),眼底に明らかな異常が認められないこのような超初期の変化を把握することは,糖尿病網膜症による視力障害予防に大変重要な意義を持つ.Schweitzerらは,網膜症が認められない糖尿病患者の眼底自発蛍光の蛍光寿命が,非糖尿病の健常人のそれと比較して有意に延長していることを示した30).また彼らはこの研究をさらに糖尿病性網膜症の患者に拡大し,34人の非増殖性糖尿病性網膜症患者と28人の健康な対照群の間で眼底蛍光寿命を比較した.その結果,患者群において,特にSSC(498~560 nm)にて蛍光寿命の延長がより顕著であると示された43).この延長の機序として,ニューロン,血管,グリアにおける終末糖化産物(AGE)の生成が可能性として高いと考えられている.一方,糖尿病患者における水晶体へのAGEの蓄積はよく知られていることから,レンズにおけるAGE蓄積の影響もFLIOで検出することが可能であると考えた彼らは,独自で焦点を前眼部に合わせて水晶体の蛍光寿命も測定したところ,糖尿病患者で特にSSCで有意に短かった.AGEの蛍光寿命(1.7 ns)は,網膜とは対照的にもとの水晶体の蛍光寿命よりは短いため,AGE蓄積水晶体で健常人水晶体より蛍光寿命が短くなることは理にかなっている.水晶体部の蛍光寿命測定はまだ標準化したプロトコルが存在しないため,今後も注意深く検討する必要がある.しかしながら,糖尿病患者のAGEの蓄積またそれに関連する細胞内代謝変化を,FLIOによって検出できる可能性は強く示唆され,糖尿病網膜症の予防に有効に活用されることが期待されている.

アルツハイマ-病

アルツハイマ-型認知症ではOCTにおける乳頭周囲神経線維層厚や黄斑部網膜厚が有意に減少していることが報告されている44).Jentschらがアルツハイマ-型認知症患者16例の眼底をFLIOを用いて調べたところ,MMSEスコアおよび脳脊髄液内p-tau181蛋白量と眼底蛍光寿命に有意な相関が認められた45).一方,OCTでの神経線維層厚と上記疾患マ-カ-との間には相関がみられなかったことから,FLIOはアルツハイマ-型認知症の進行度をより鋭敏に反映することができる可能性がある.

3.  まとめとFLIOの展望

FLIOは眼底の構造と代謝の両者の変化を鋭敏に検出する可能性を持つ,新しい診断方法である.既存の画像診断方法と併せたマルチモダル診断を行うことにより,疾患の早期診断やより詳細な治療効果判定が実現しうると考えられる.網膜全層からの情報を一手に捉えていることや水晶体の蛍光寿命の影響が無視できないことなどから,蛍光寿命変化の解釈が未だ容易でない場合も少なくないが,今後のさらなる基礎的研究による裏付けとともに,機械学習や人口知能などとの組み合わせによる診断能力の向上によって,その有用性がさらに増していくと考えられる.

利益相反の開示

利益相反なし

引用文献
 
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