抄録
ヒトの臍帯ヘルニアは, fetal typeとembryonal typeに分類される.一般にembryonal typeは胚芽期の腹壁障害により発生するとされているが, 合併奇形も高率で治療上も困難なことが多い.腹壁の形成機構は未解決な点が多く, 胚芽期の正常の腹壁形成を明らかにすることが必要である.本研究では, 腹壁および胸壁の表面外胚葉細胞 (腹壁上皮および胸壁上皮とする) の増殖に着目し, 細胞増殖のより高い部位の発生異常がより重篤な胚芽期の臍帯ヘルニアを起こすと仮定して, 胚芽期の腹壁を経時的に検索し, 『腹壁の部位による細胞増殖率の違い』について検討した.ラット胎仔 (Wistar, 胎齢12~15日; 各日齢で3個体ずつ) の腹壁を対象に, Proliferating Cell Nuclear Antigen (PCNA) のモノクローナル抗体の免疫染色により, 腹壁上皮における増殖細胞を経時的に検索した.検索に当たって, 便宜的に, ラットの腹側体壁を臍帯を基準として, 胸壁, 上部腹壁, 下部腹壁, 左右の側腹壁の5領域に区分した.これらの領域の細胞増殖率は『PCNA陽性細胞数/領域内全細胞数』として算定した.この結果, 4胎齢を通して胚芽期のラット胎仔腹壁には部位による細胞増殖率の違いが認められた.すなわち, 1) 上部腹壁と下部腹壁の正中領域が最も活発に増殖 (70%以上) していること, 2) 上・下部腹壁に比べると側腹壁の細胞増殖率はやや低い (50%前後) が, 背側から上皮の多層化が進んでいること, 3) 臍帯近傍や羊膜との移行部では増殖細胞の増加は起こっていないこと, 4) 一方, 胸壁上皮では比較的高い増殖率 (60%前後) を保っているが, 胸壁と上部腹壁とのPCNA陽性細胞数も出現パターンも横隔膜を境として画然と違っていることが明らかになった.これらの結果に基づくと, 1) 上・下部腹壁の高い増殖率は, この部位が上皮の供給源となっており, この部位の発生異常 (障害) はより重篤な胚芽期の臍帯ヘルニアにつながることを示唆している.とりわけ, より, 早期の発生異常は臍輪形成不全と脱出臓器を伴う巨大ヘルニアを招くことになる.また, 2) 上皮の増殖パターンに基づくと, 上部腹壁の発生は胸壁より, むしろ, 左右の側皺の吻側部に由来する可能性が考えられた.