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ポイント付与と値引きはどちらが効果的か?:マグニチュード効果を導入したプロモーション効果の推定
中川 宏道星野 崇宏
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2017 年 20 巻 2 号 p. 1-15

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Abstract

値引きとポイント付与とでは,どちらのセールス・プロモーションの効果が大きいのであろうか。本研究では,食品スーパーにおける集計された購買履歴データを用いて,ポイント付与に関するプロモーション弾力性および値引きの弾力性の推定をおこない,両者の効果の比較をおこなった。プロモーション弾性値の測定の結果,ベネフィット水準が高くなるほど値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与の弾性値は低くなる傾向が確認された。これらの結果,商品単価が低く値引率・ポイント付与率も低いときには,ポイント付与の方が値引きよりも売上効果が高くなることが確認された。小売業が低いベネフィット水準においてプロモーションをおこなう場合には,値引きよりもポイント付与の方が有利であることが示唆される。

1  はじめに

現在,多くの小売業者やサービス業者がロイヤルティ・プログラム(ポイント制度)を導入している。ロイヤルティ・プログラムのもとでは,顧客は購買金額に応じてポイントが付与され,ポイント数に応じた特典(値引きなど)を受けることができる。我が国の多くの小売業においては,1ポイントは1円と同等の金銭的価値をもち,精算(決済)時に使用することができる。ポイント付与の方法としては,単品に紐付いてポイントが付与される単品ポイント方式と,買物金額の総額に応じて一定の割合のポイントが提供されるバスケット方式がある。

一方で値引き,すなわち通常の販売価格からいくらかの金額を差し引いて販売されることは,最も汎用的なプロモーション手段であり,多くの小売業で実施されている。そして現実には,ある商品が値引きされ,同じ商品が別の期間に単品ポイント方式のポイントが付与される例は数多くみられる。マーケティング研究においては,値引きとロイヤルティ・プログラムはともにセールス・プロモーション(以下SP)の手段と位置づけられる(守口2002)。

それでは小売業者にとって,ある商品の販促をおこなう場合には,値引きを実施するのと,値引きと同額相当のポイントを提供するのとでは,どちらが売上効果が高いのであろうか。小売業者を対象としたアンケート調査を実施した青木・佐々木(2011)によると,ポイント付与も値引きもどちらも高い販売促進効果があると小売業者は認識している。しかしながら,青木・佐々木(2011)では,ポイント付与と値引きのどちらがより有効であるかは明らかになっていない。

本研究の目的は,ポイント付与と値引きの売上効果の測定を商品レベルでおこなうことである。先行研究では,ポイント付与に主な焦点を当てたロイヤルティ・プログラムの売上効果を値引きと比較した研究は非常に少ない‍1)。したがって,ロイヤルティ・プログラムの売上効果に関する先行研究を全般的にレビューし,研究の課題を明確にする。あわせて,本研究の仮説の導出をおこなう。

次節以降,第2節では,本研究に先行する値引きおよびポイント付与に関する研究のレビューをおこない,本研究の位置づけを確認する。第3節において,本研究の仮説を提示し,本研究の目的を確認する。第4節では,実際に使用するデータの説明,およびプロモーション弾力性の推定に関するモデルの定式化をおこなう。第5節において分析結果を報告し,第6節では得られた推定結果に関する議論をおこなう。

2  先行研究のレビュー

2.1  値引きとポイント付与の知覚価値に関する研究

Thaler(1985)の心理的会計理論は,プロスペクト理論の価値関数をもとにして,損失と利得という2つの現象があるときに,利得は損失と統合されて評価される場合と,損失と分離されて評価される場合とでは最終的な知覚価値が異なることを示している。Thaler(1985)によると,利得の金銭的価値が損失の金銭的価値よりもかなり小さい場合,それらが統合して評価されるよりも分離して評価される方が,最終的な知覚価値は高くなる。したがって,最終的な知覚価値は,利得が利得の領域で損失と分離されて評価されるのか,もしくは損失の領域で損失と統合されて評価されるのかによって異なる。

SPにおいては,出費という経済的負担を減少させるSP,すなわち利得が損失領域で評価されるSPは統合型SPと呼ばれ,出費とは無関係のSP,すなわち利得が利得領域で評価されるSPは分離型SPと呼ばれている(白井2005)。消費者にとって購入価格は出費という損失になり,値引きは出費という損失を減少させる。そして,一般的には出費である損失よりもかなり小さいため,一般的な水準の値引きは出費という経済的負担を減少させる統合型SPと考えられる2)。したがって,消費者にとってポイント付与が分離型SPと認識されるのであれば,ポイント付与は値引きよりも知覚価値が高くなると考えられる。

ただし,ベネフィット水準の大きさによって値引きとポイント付与の知覚価値の大小関係が変わるマグニチュード効果が存在することが,先行研究から示唆されている。マグニチュード効果とは,金額の大きさによって選好や行動が一貫せずに変化することをいう3)。セールス・プロモーションの知覚価値に関する実証研究のサーベイをおこなった白井(2005)によると,通常の値引きは統合型SPとして知覚されるものの,ベネフィット水準が非常に大きい場合には分離型SPとして知覚されることが確認されている。池田(2012)によれば,小銭などの小さなお金は心理的な当座勘定に計上され,大きな額になると金利のつく貯蓄勘定に蓄えられると考えられる4)。少額の現金は当座勘定となるために,通常のベネフィットの値引きは,出費という経済的負担を減少させる統合型SPとなると考えられる。反対に,多額の現金は貯蓄勘定となるために,ベネフィットの大きい値引きは,出費とは無関係の分離型SPとなると考えられる。以上のことから,値引き額が大きくなるほど値引きの価値が高くなり,マグニチュード効果が発生すると考えられる。

一方で,バスケット方式におけるポイント付与および値引きの知覚価値に関する実験をおこなった中川(2015)によれば,値引率(ポイント付与率)が低い水準ではポイント付与の方が値引きよりも知覚価値が高く,値引率(ポイント付与率)が高い水準では値引きとポイント付与の知覚価値に差がなくなることが確認されている。ポイントが少額の場合にはポイントカード利用者はポイントを貯めようとし,ある一定程度以上のポイント数になった場合にポイントを使おうとすることから,ポイントが少額のときには消費者の貯蓄勘定に計上され,ポイントが多額のときには消費者の当座勘定に計上されることが示唆される5)。したがって,ベネフィット水準の低い場合にはポイントは貯蓄勘定となるために分離型SPと認識される一方,ベネフィット水準の高い場合にはポイントは当座勘定となるために統合型SPと認識されると考えられる。

このように,白井(2005)のレビューや中川(2015)の実証結果は,ベネフィット水準の大小によって,値引きおよびポイント付与に関する知覚価値が異なるという,マグニチュード効果の存在を示唆するものである。すなわち,1ポイント当たりのポイント付与の知覚価値は,ベネフィット水準が高くなるにつれて低くなることが示唆される。それとは対照的に,値引き1円当たりの知覚価値は,ベネフィット水準が高くなるにつれて高くなっていくことが示唆される。

2.2  値引きとポイント付与の効果測定に関する研究(売上データによる実証研究)

ロイヤルティ・プログラムの効果については,これまで多くの研究がおこなわれてきた。これらの先行研究では,ロイヤルティ・プログラムそれ自体の効果をプログラムの導入前後や会員・非会員の比較において検証されてきている。ロイヤルティ・プログラムによって,購買率,購買頻度,財布シェアといった指標を店舗レベルの平均値でみたときには,正の変化が確認されている(短期的ロイヤルティ・プログラム:Drèze & Hoch 1998Lal & Bell 2003,オンラインとオフラインの小売業:Leenheer et al. 2007Lewis 2004Liu 2007Meyer-Waarden 2007,百貨店:Kim et al. 2009Lacey 2009,金融サービス:Verhoef 2003,航空会社:Liu & Young 2009)。店舗レベルのポイント付与と値引きの効果を直接比較した研究として,Zhang & Breugelmans(2012)があげられる。Zhang & Breugelmans(2012)は,従来実施されていた値引き販促を単品ポイント方式のポイント付与に変更した小売業を対象として,仕組みの変更前後,すなわち変更前の値引き実施時と変更後の単品ポイント販促時の売上効果を店舗レベルで検証した。この結果,値引き実施時よりも金額換算で同等の単品ポイント販促時の方が売上効果は高いことが明らかになっている。

このように,先行研究では店舗レベル(チェーンレベルを含む)の分析に焦点が当てられたものが多くなっている6)。というのは,ロイヤルティ・プログラムの最も一般的なポイント付与方法であるバスケット方式は店舗レベルの施策であるため,効果測定の分析レベルも施策レベルに合わせて店舗レベルとなるためである7)。ただし,近年では単品ポイント方式によるポイント付与が日本を中心に実施されるようになってきているものの,バスケット方式と比べればまだ一般的ではない。このような事情を反映して,単品ポイント方式によるポイント付与の効果検証に関する研究は数少ない。わずかに,カテゴリーレベルによる値引きと単品ポイント方式のポイント付与の弾性値の測定をおこなった研究として,Wei & Xiao(2015)がある。ポイント付与の弾性値とは,ポイント付与数の変化に対する売上数量の変化の比と定義される。Wei & Xiao(2015)は,カテゴリー単位で単品ポイントが付与される小売業の購買履歴データを用いて,多変量プロビットモデルによって,ポイント付与の売上効果(弾性値)と値引きの売上効果(弾性値)をカテゴリーレベルで推定し,分析対象のすべてのカテゴリーにおいて値引きの方がポイント付与よりも売上効果が高いという結果であった。

このように,単品ポイント方式のポイント付与と値引きの売上効果との比較については,店舗レベルとカテゴリーレベルという分析レベルの違いもあり,先行研究では明確な結論が得られていない。店舗レベルの分析では,店舗スイッチの効果や店舗内のカテゴリー横断的な効果を把握することができるが,カテゴリースイッチの効果やカテゴリー内のブランドスイッチの効果を把握することはできない。カテゴリーレベルの分析では,カテゴリースイッチの効果を把握することができるが,ブランドスイッチによる商品レベルの売上の変化を捉えることができない。そして値引きやポイント付与の原資を提供するメーカーにとって,最も関心が高いのは商品レベルの売上の変化である。商品レベルにおけるポイント付与のプロモーションの売上効果の推定が今後の研究課題として残されている。

商品レベルにおけるポイント付与の弾力性に関する先行研究は非常に限定されているため,以降では商品レベルの値引きの売上効果に関する研究,なかでも価格弾力性の測定に関する先行研究に焦点を当てて,レビューをおこなう。小売業の売上データを用いた価格弾力性の測定に関しては,膨大な研究が蓄積されている。これまで,どのような方法で価格弾力性が算出されているのかを,価格弾力性に関する81の研究(1,851個の弾性値)を対象としてメタ分析をおこなったBijmolt et al.(2005)の対象研究を用いて概観する。本研究との関連で特に確認する項目としては,①被説明変数,②弾性値の測定に用いられた関数形,③(値引き以外の)セールス・プロモーションの効果の考慮,である。

①の被説明変数については,被説明変数として売上の絶対値が用いられたのが555個,相対的売上(市場シェア,商品選択確率など)が1,296個であった。相対的売上の例としてBolton(1989)では,商品iの第t週における売上数量を,分析対象期間の平均売上数量で除した指標を被説明変数として用いている。

②の弾性値の推定に用いられた関数形は,線形モデルが382個,指数モデルおよび積乗モデルが810個,魅力モデルが659個であった。以下で,それぞれのモデルについて説明をおこなう8)。線形モデルとは,販売価格Pと売上数量Qとの関係を,

  
Q=α+βP+ε (1)

のような線形関数で表すモデルである。ただし,αは切片,βは価格の影響を表す直線の傾き,εは誤差項を表している。指数モデルとは,販売価格Pと売上数量Qとの関係を,

  
Q=exp α+βP+ε (2)

のような指数関数で表すモデルである。積乗モデルとは,販売価格Pと売上数量Qとの関係を,

  
Q=exp α+ε · P β (3)

のような積乗型関数で表すモデルである。|β| < 1のときに逓増型となり,|β| > 1のときに逓減型となる。指数モデルと積乗モデルは,両辺の自然対数をとると,両モデルともにパラメータに関して線形となる。したがって,線形モデルと指数モデルおよび積乗モデルとの間には本質的な違いはない。

魅力モデルとは,商品iの市場シェアMSiと魅力度Aiとの関係を,

  
M S i = A i j=1 n A j (4)

のような関係で表すモデルである。ただし,nは同一の市場に存在すると考える商品の数である。例えばAiを上記の指数モデルAi = exp(α + βPi)で表した場合には,多項ロジットモデルと呼ばれる。

③の他のセールス・プロモーションの効果については,弾性値の推定時に考慮されたのが820個,考慮されていないのが1,031個であった。他のセールス・プロモーションとは,特別陳列(定番と呼ばれる通常の陳列棚とは切り離された場所に商品を陳列すること)もしくはチラシ掲載を指している。

値引きの弾性値とクーポン販促の弾性値の両方を同時に推定した研究の例として,Kumar & Swaminathan(2005)があげられる9)Kumar & Swaminathan(2005)は指数モデルを用いて,販売価格およびクーポンの額面価格をモデルに組み込み,値引きとクーポンの弾性値の算出をおこなうことによって,売上効果に関する比較をおこなった。この結果,クーポンよりも値引きの方が効果が高い(弾性値が高い)ことが確認されている。Kumar & Swaminathan(2005)の対象としたクーポンとは,日曜日の新聞におけるFSIクーポンのことであり,35セントから1ドルまでの値引幅であった10)。先行研究では,媒体クーポンは統合型SPと認識され,値引きよりも低い知覚価値として認識される傾向が確認されている(白井2005,189ページ)。Kumar & Swaminathan(2005)の研究結果は,低額の媒体クーポンゆえに低い知覚価値として認識されている可能性があることを示唆している。

以上の先行研究のレビューから,本研究の問題意識に関連して5つの研究上の課題があげられる。まず第1に,ロイヤルティ・プログラムの売上効果について,単品ポイント方式のポイント付与の商品レベルの効果測定をおこなった研究は,現在のところ確認されていない。特に値引きとポイント付与の弾性値を比較することが研究の課題として残されている。

第2に,先行研究において価格弾力性の推計の多くが線形回帰式によって行なわれており,0を含むカウントデータである売上数量の分布に合った適切な関数形が使用される必要がある。(1)式,(2)式および(3)式のβの推計をおこなうためには,誤差項εが正規分布にしたがうという仮定が置かれている(正規性)。ところが(1)式の被説明変数である売上数量Qはカウントデータであり,0以上の離散値である。現実の売上データで日別商品別の売上数量の分布を観察すると,ゼロ周辺にデータが集中し,右に裾を引いたような形状をしていることが多い11)。したがって,このようなカウントデータを線形回帰でおこなうということは,非現実的な仮定を置いているということになる12)

また,カウントデータという売上数量の分布の問題を解決するために,Bolton(1989)のように売上数量を年間の平均売上数量を除して指数化するということも考えられる。しかしながら,この場合の分子の売上数量はそもそも0を多く含む離散値であることは変わらない上に,割算をおこなった値がいかなる確率分布にしたがうかを想定することはそもそも難しい13)。売上数量というカウントデータを被説明変数とするためには,カウントデータに適した関数形が用いられる必要がある14)

第3に,時間軸における集計単位を週次ではなく,日次にする必要がある。欧米における先行研究の多くは週次以上が用いられている。Bijmolt et al.(2005)の対象研究においては,週次データが1,328個,月次もしくは年次データが523個となっており,先行研究のほとんどが週次以上の集計単位が用いられている。これは,欧米のスーパーマーケットでは特売が週別に変わるのが一般的であることを反映していると考えられる。しかしながら,日本では特売が日別に変わるのが普通であり,商品の価格も日次で変化するために,日次と週次では推定される弾性値が大きく変わる(阿部2013)。日本においては,実態に即して日次の集計データを用いて弾性値を推定する方が,情報のロスという観点から正確であると考えられる。

第4に,弾性値を推定するモデルについて,弾性値が一定という仮定を外す必要がある。2.1でみたように,ベネフィット水準によって値引きおよびポイント付与の知覚価値が異なるマグニチュード効果が存在することを前提とすれば,値引率やポイント付与率の高さによって弾性値が異なることになり,弾力性が逓増および逓減のどちらも許容するモデルである必要がある。(3)式の積乗型関数は,逓増もしくは逓減を許容するため本研究の問題意識に適合的である15)。しかしながら,(1)式の線形関数および(2)式の指数関数は,それぞれ弾性値を一定および逓増と固定することになり,アプリオリに線形もしくは逓増と決めることはできないため,本研究の問題意識に合わない。弾性値が逓増もしくは逓減することを許容するモデルによって弾性値を推定する必要がある。

第5に,弾性値の推定において,商品の要因,店舗の商圏要因や競争要因,季節の要因,消費者の要因など様々な変数を考慮する必要がある。例えば,先述のBolton(1989)のモデルでは,季節性による売上効果が除去されていないため,売れている季節では販促効果を過大に評価することになり,逆に売れていない季節では,販促効果を過小評価することになってしまう。このような季節性を考慮するためには,説明変数に季節の要因をコントロールする必要がある。売上数量の変動に影響を与える他の要因も同様である。

以上の研究上の課題を考慮すると,(i)商品レベルの分析によって値引きとポイント付与の両方の弾性値を同時に推定すること,(ii)0を含むカウントデータである売上数量のデータを被説明変数とする適切な関数形を用いること,(iii)日次のデータを用いること,(iv)値引きとポイント付与それぞれの弾性値が逓増もしくは逓減であることを許容するモデルを用いること,(v)商品や店舗などの弾性値に影響を与える他の要因を考慮すること,が求められている。

3  研究の仮説と目的

3.1  研究の仮説

2節で述べたように,低いベネフィット水準であれば,値引きは統合型SP,ポイント付与は分離型SPとなると考えられる一方,高いベネフィット水準であれば,値引きが分離型SP,ポイント付与は統合型SPとなると考えられる。このベネフィット水準とは,(商品単価を一定とした場合の)値引率・ポイント付与率の水準と,(値引率・ポイント付与率を一定とした場合の)商品単価の水準の2つが考えられる。

まず第1に,値引率・ポイント付与率の水準と弾性値に関する仮説を提示する。商品単価が一定であれば,値引率が低い場合には,値引きは当座勘定になるために統合型SPとなる一方,値引率が高い場合には,値引きは貯蓄勘定になるために分離型SPになると考えられる。したがって,値引率が高くなるにつれて,値引きの弾性値は高くなると考えられる。これに対して,ポイント付与率が低い場合には,ポイント付与は貯蓄勘定になるために分離型SPとなる一方,ポイント付与率が高い場合には,ポイント付与は当座勘定になるために統合型SPになると考えられる。したがって,ポイント付与率が高くなるにつれて,ポイント付与の弾性値は低くなると考えられる。まとめると,値引率・ポイント付与率の水準と弾性値に関して,以下の仮説1が導出される。

 

仮説1:【値引率・ポイント付与率に関するマグニチュード効果】値引率が高くなるにつれて,値引きの弾性値は高くなる一方,ポイント付与率が高くなるにつれて,ポイント付与の弾性値は低くなる。

 

次に,商品単価と弾性値に関して仮説を導出する。値引率・ポイント付与率が一定であれば,低い商品単価では,値引きは当座勘定になるために統合型SPとなる一方,高い商品単価では値引きは貯蓄勘定になるために分離型SPになると考えられる。したがって,商品単価が高くなるにつれて,値引きの弾性値は高くなると考えられる。これに対して,商品単価が低い場合には,ポイント付与は貯蓄勘定となるために分離型SPになる一方,商品単価が高い場合には,ポイント付与は当座勘定となるために統合型SPになると考えられる。したがって,商品単価が高くなるにつれて,ポイント付与の弾性値は低くなると考えられる。まとめると,商品単価と弾性値について,以下の仮説2が導出される。

 

仮説2:【商品単価に関するマグニチュード効果】商品単価が高くなるにつれて,値引きの弾性値は高くなる一方,ポイント付与の弾性値は低くなる。

3.2  研究の目的

本研究の目的は,ポイント付与と値引きの効果について,実際の多店舗の小売チェーンの購買履歴データを用いて値引きとポイント付与の弾性値の計測をおこなうことである。商品別店舗別日別の売上数量を被説明変数として弾力性の測定をおこなう際,線形回帰をモデルとして用いることに問題があることは2.2節において述べた通りである。そこで,カウントデータである売上数量の分布に適合した関数形である一般化線形モデルを選択する。さらに,先行研究では考慮されていないが,単品ポイント付与を考慮する際に重要であると考えられる商品属性,店舗属性,日の効果を除去するために,本研究ではこれらの固定効果を導入する16)

さらには,プロモーションのベネフィット水準に関するマグニチュード効果をモデルに加える。ベネフィット水準に関するマグニチュード効果としては,値引率・ポイント付与率の高さと商品単価(期間最大売価)の高さの2つの水準を取り上げる。前者としては,値引率およびポイント付与率のそれぞれの2乗項をモデルに加える‍17)。後者としては,値引率およびポイント付与率と商品単価(期間最大売価)とのそれぞれの交互作用項を加える18)

本研究における仮説を含んだモデルの概念図を示したのが図1である。

図1 

本研究におけるプロモーション弾力性の推定モデルの概要

4  分析データとモデル

4.1  分析データの概要

使用するデータは,食品スーパーAチェーン101店舗のカード会員の集計された購買履歴データである。分析期間は,2012年4月から2013年6月の14ヵ月である。分析対象商品としては,上記の分析期間中に値引き販促とポイント販促の両方の実績があった加工食品53商品である。分析対象のデータは,スーパーマーケットチェーンの101店舗におけるポイントカード会員のPOSデータ(ID付きPOSデータ)である。

チェーンAにおけるプロモーションの掲示方法として,値引きについては,POPによる商品名と価格の掲示であり,POPに二重価格表示や値引率表示は無い。値引きにともなって大量陳列やチラシ掲載がなされる場合があるが,データとしては得られない。単品ポイント対象商品については,実際に付与されるポイント数が書かれた「ボーナスポイントセール 通常のポイントに加えてさらにポイントプレゼント!+(プラス)●●ポイント」というPOPが貼付されている。ポイント付与のPOPに倍数表示やポイント付与率の表示は無い。また,単品ポイント対象商品のチラシ掲載はない。

チェーンAの概要について述べる。2012年4月時点で首都圏に101店舗を出店しており,ポイント会員は購買金額の1%のポイントが買物時に付与される。対象とするチェーンを1つに限定しているため,購買者(対象チェーンのポイントカード会員)にとってのポイント付与率の参照点は1%と想定される。貯まったポイントは1ポイント1円単位で使うことができる。チェーンA のポイントカードはTポイントやPontaなどのような提携型ではなく,当該小売業でのみポイントを貯め,ポイントを使用することができる。

4.2  使用するデータと変数の定義

本研究で使用するデータセットとしては,商品×店舗×日で53商品×101店舗×456日のパネルデータである。ただし,店舗レベルで1日の客数が100人未満の日は,異常値の日として除去しているため,最終的に得られたデータセットのレコード数は,2,300,619である。

被説明変数は商品別店舗別日別の売上数量である。説明変数として,商品単価は当該商品の当該店舗における期間最大売価である。値引率は,商品別店舗別日別の販売価格と当該商品の当該店舗における期間最大売価との差額を,当該商品の当該店舗における期間最大売価で除したものである。ポイント付与率は付与ポイント数を当該商品の当該店舗における期間最大売価で除したものである。

4.3  分析モデル

カウントデータを被説明変数とする代表的な関数形として,一般化線型モデルのポアソン回帰モデルがあげられる(関・亀倉2012)。本研究におけるポアソン回帰モデルによる値引きおよびポイント付与の弾性値の推定方法について説明する19)。商品i店舗st日の売上数量yistがポアソン分布にしたがうと仮定する。ポアソン回帰は,yistがポアソン分布に従い,yistの期待値μistの対数リンク関数と線形予測子ηistとの関係が,

  
log μ ist = η ist (5)

と表せる一般化線形モデルである。ポアソン分布の特徴は,

  
E y ist =V y ist = μ ist (6)

と表せる。つまり,平均と分散が等しい。さらに,(5)式右辺の線形予測子ηistが,以下の(7)式で説明できるものとする。

  
η ist = β 0 + β 1 P R ist PR ¯ + β 2 P R ist PR ¯ 2   + β 3 P O ist PO ¯ + β 4 P O ist PO ¯ 2   + β 5 U P is UP ¯ + β 6 U P is UP ¯ P R ist PR ¯   + β 7 U P is UP ¯ P O ist PO ¯ + β 8 S ist + i β 9i D i   + s β 10s D s + t β 11t D t +log A ist (7)

ただし,PRistは商品i店舗st日の値引率, PR ¯ は値引率の単純平均,POistは商品i店舗st日のポイント付与率, PO ¯ はポイント付与率の単純平均,UPisは商品i店舗sにおける商品単価(期間最高売価), UP ¯ は商品単価(期間最大売価)の単純平均,Sistは値引きとポイント付与の同時実施ダミー,Diは商品iの固定効果,Dsは店舗sの固定効果,Dtは第t日の固定効果,log Aistはオフセット項である。値引率,ポイント付与率,および商品単価の説明変数から単純平均を引いているのは,交互作用項および2乗項を入れた場合に発生する多重共線性を避けるためである。β0は定数項,β1は値引率の係数,β2は値引率の2乗項の係数である。β3はポイント付与率の係数,β4はポイント付与率の2乗項の係数である。β5は商品単価の係数,β6は商品単価×値引率の交互作用項の係数であり,β7は商品単価×ポイント付与率の交互作用項の係数である。β8はポイント付与と値引きの同時実施に関する係数である。β9iは商品iの固定効果の係数,β10sは店舗sの固定効果の係数,β11tは第t日の固定効果の係数である。

また,Aist = yisであり,yisは商品iの店舗sにおける期間内の売上数量(すなわち,tyist)である20)yisは店舗および商品の販売力の違いをコントロールしている。

ポアソン回帰モデルでは,yistの期待値μistが,以下のように指数関数の形でパラメータ化される。これは(5)式に(6)式を代入し,μistについて(8)式が得られる。

  
μ ist =exp η ist (8)

そして,対数尤度を最大化するように,β0からβ11tまでのパラメータが推定される。なお,マグニチュード効果を導入しているため,弾性値を推定するためには,限界効果を算出する必要がある。値引きの限界効果は,(9)式によって推定される。

  
E y ist P R ist = μ ist P R ist = β 1 +2 β 2 P R ist PR ¯ + β 6 U P is UP ¯ ×exp η ist (9)

したがって,例えば価格が100円のときの弾性値は,(10)式によって推定される21)

  
P R ist μ ist × β 1 +2 β 2 P R ist PR ¯ ×exp η ist P R ist =100 (10)

同じく,ポイント付与が100ポイントのときの弾性値は,(11)式によって推定される。

  
P O ist μ ist × β 3 +2 β 4 P O ist PO ¯ ×exp η ist P O ist =100 (11)

ただし実際には,小売店の売上データでは分散が平均よりも大きい過分散となり,ポアソン回帰モデルが適切であるとは考えられないケースも多い。負の二項回帰モデルはそのようなデータに対して用いられるモデルで,商品i店舗st日の売上数量yistが負の二項分布に従い,yistの期待値μistの対数リンク関数と線形予測子ηistとの関係が,(5)式で表される一般化線形モデルである。負の二項回帰モデルの線形予測子ηistは,(7)式と同じである。このときの商品i店舗st日の売上数量の期待値は,(12)式のようになる。

  
E y ist = μ ist (12)

売上数量の分散は(13)式のような2次関数で表される。この分散を使用するモデルは,NB2と呼ばれる。αがゼロであれば,負の二項分布はポアソン分布に帰着する。

  
V y ist = μ ist +α μ ist 2 (13)

また,αδ/μに置き換えると,売上数量の分散は(14)式で表される。

  
V y ist = μ ist +δ μ ist (14)

(14)式のように,分散を線形関係でとらえる負の二項回帰モデルは,NB1モデルと呼ばれる。いずれもαδがゼロであれば,平均と分散は等しくなり,ポアソン回帰が適切ということになる。そして,対数尤度を最大化するように,β0からβ11tまでのパラメータ,およびαまたはδが推定される。なお,負の二項回帰モデルにおける限界効果と弾性値はポアソン回帰モデルと同様,(9)式から(11)式で算出される。

ただし,カウントデータを被説明変数とする場合には,分散が大きいだけでなく,0というデータの個数が非常に大きい場合がある。このようなデータはゼロ過剰と呼ばれる(粕谷2012)。ゼロ過剰ポアソンモデルでは,確率ωで0,確率(1 − ω)でポアソン分布をとる確率密度関数pZIP(yist)を考える(0 < ω < 1)。

  
p ZIP y ist = ω+ 1ω p Poisson 0 ,   y=0 1ω p Poisson y ist ,     y1 (15)

ただし,pPoisson(yist)は,ポアソン分布の確率密度関数である。この(15)式の分布のもとで,対数尤度を最大化するように,パラメータが推定されることになる。なお,ゼロ過剰ポアソン回帰モデルの限界効果は,(16)式によって推定される。

  
E y ist P R ist = μ ist P R ist = β 1 +2 β 2 P R ist PR ¯ + β 6 U P is UP ¯ × 1ω ×exp η ist (16)

したがって,例えば価格が100円のときの弾性値は,(17)式によって推定される。

  
P R ist μ ist × β 1 +2 β 2 P R ist PR ¯ × 1ω ×exp η ist P R ist =100 (17)

同じく,ポイント付与が100ポイントのときの弾性値は,(18)式によって推定される。

  
P O ist μ ist × β 3 +2 β 4 P O ist PO ¯ × 1ω ×exp η ist P O ist =100 (18)

負の二項回帰モデルではポアソン回帰モデルと同様に,確率ωで0,確率(1 − ω)で負の二項分布をとる確率密度関数pZINB(yist)を考える(0 < ω < 1)。

  
p ZINB y ist = ω+ 1ω p NB 0 ,   y=0 1ω p NB y ist ,     y1 (19)

ただし,pNB(yist)は負の二項分布の確率密度関数である。この(19)式の分布のもとで,対数尤度を最大化するように,パラメータが推定されることになる。なお,ゼロ過剰負の二項回帰モデルにおける限界効果と弾性値は,ゼロ過剰ポアソン回帰モデルと同様,(16)式から(18)式で算出される。

本研究においては,ポアソン回帰モデル,負の二項回帰モデル(NB2),負の二項回帰モデル(NB1),ゼロ過剰ポアソン回帰モデル,ゼロ過剰負の二項回帰モデルの5つのモデルに基づいて分析をおこなった上で,最適なモデルを選択することとする22)

5  分析結果

5.1  記述統計量

分析を開始するにあたって,被説明変数および説明変数の記述統計量をまとめたものが表1である。被説明変数である売上数量についてみると,分散は平均の約17倍であり,平均と分散が大きく乖離している。したがって,過分散の問題が発生している可能性がある。図2は加工食品カテゴリーの日別店舗別商品別の売上数量のヒストグラムである。全データによるヒストグラムが上段であり,最大878まで右裾が広がっている。グラフを見やすくするために売上数量を50以下に限定したヒストグラムが下段である。0が1割以上を占めており,1~3の周辺に集中しているものの,右裾が広い分布をしていることが確認できる。

表1  被説明変数および説明変数の記述統計量
N Mean S.D. min max
売上数量 2,300,619​ 6.04​ 10.14​ 0 878
値引率 2,300,619​ 7.90​ 10.08​ 0 88.84
ポイント付与率 2,300,619​ 0.92​ 2.48​ 0 25.25
商品単価 2,300,619​ 232.96​ 148.89​ 88 980
〈プロモーション実施時〉
値引率 1,336,666​ 13.60​ 9.87​ 0.009 88.84
ポイント付与率 399,689​ 5.30​ 3.50​ 0.627 25.25
値引きとポイント付与の同時実施 245,700​
図2 

売上数量のヒストグラム

値引率の方がポイント付与率よりも平均および標準偏差が大きいのは,値引率がポイント付与率よりも高く,かつ価格販促がポイント販促よりも頻繁に行なわれていることを反映している。商品単価は,最大980円で最小88円となっている。

5.2  分析モデルにおける推定結果

このデータに基づいて,一般化線形モデルによる回帰分析をおこなった結果が表2にまとめられている。推定のために使用するモデルは,前節で説明したポアソン回帰モデルおよび負の二項回帰モデル(NB2),負の二項回帰モデル(NB1),ゼロ過剰ポアソン回帰モデル,ゼロ過剰負の二項回帰モデルの5種類である。

表2  パラメータ推定値
被説明変数 ポアソン回帰 負の二項回帰(NB2) 負の二項回帰(NB1) ゼロ過剰ポアソン回帰 ゼロ過剰負の二項回帰
売上数量 係数(z値) 係数(z値) 係数(z値) 係数(z値) 係数(z値)
説明変数
値引率 0.05706 0.04734 0.04224 0.05641 0.04719
(1093.01)*** (465.54)*** (461.91)*** (1061.64)*** (465.01)***
値引率×値引率 0.00025 0.00072 0.00012 0.0003 0.00076
(130.77)*** (125.26)*** (34.54)*** (154.96)*** (132.10)***
ポイント付与率 0.05056 0.03435 0.04085 0.04854 0.0339
(160.42)*** (61.78)*** (76.55)*** (152.92)*** (61.22)***
ポイント付与率×ポイント付与率 –0.00153 –0.00072 –0.00133 –0.00145 –0.0007
(–72.69)*** (–20.29)*** (–36.41)*** (–68.37)*** (–19.72)***
商品単価 –0.01161 –0.01477 –0.00848 –0.01183 –0.01504
(–531.71)*** (–320.33)*** (–221.91)*** (–533.06)*** (–325.29)***
値引率×商品単価 0.00000 0.00004 0.00001 0.00000 0.00004
(9.22)*** (53.99)*** (11.78)*** (5.18)*** (52.89)***
ポイント付与率×商品単価 –0.00005 –0.00004 –0.00003 –0.00005 –0.00004
(–36.64)*** (–17.64)*** (–13.48)*** (–39.30)*** (–17.81)***
値引き・ポイント付与の同時実施
ダミー
–0.12849 –0.02225 –0.06828 –0.12526 –0.01913
(–97.61)*** (–8.90)*** (–30.43)*** (–94.46)*** (–7.68)***
(固定効果は省略)
定数項 –6.8003 –7.3974 –6.7019 –6.8012 –7.4277
(–1167.17)*** (–575.24)*** (–626.97)*** (–1156.10)*** (–579.92)***
レコード数 2,300,619 2,300,619 2,300,619 2,300,619 2,300,619
LR chi2(627) 962464.25 700450.25 700450.25
Log Likelihood –7,191,551 –5,622,059 –5,847,191 –7,081,969 –5,620,617
AIC 14,384,359 11,245,375 11,695,641 14,165,195 11,242,494
BIC 14,392,302 11,253,331 11,703,597 14,173,151 11,250,462
α 0.3408232 0.3342031
δ 2.411245
LR test of α = 0: chi2(1) = 3.1e + 06
p < 0.001
LR test of δ = 0: chi2(1) = 2.7e + 06
p < 0.001
ω 0.0324 0.0020
Vuong test of zinb z = 13.02
vs. standard negative binomial p < 0.001

* p < 0.05, ** p < 0.01, *** p < 0.001

まず,ポアソン回帰モデルに関しては,尤度比検定の結果,α = 0およびδ = 0は棄却され,対数尤度やAICについても,ポアソン回帰モデルは負の二項回帰モデルよりも大きい。したがって,ポアソン回帰モデルは採択されない。また,AICによれば負の二項回帰モデルよりもゼロ過剰負の二項回帰モデルの方がよりよいモデルと判断される。また,Vuong testの結果から,通常の負の二項回帰モデルよりもゼロ過剰負の二項回帰モデルの方が支持される。これらのことから,5つのモデルのなかでゼロ過剰負の二項回帰モデルが最もよい,予測力の高いモデルであることが確認される。したがって以降では,ゼロ過剰負の二項回帰モデルの推定結果にしたがって,プロモーション弾力性の推定をおこなっていく。

ゼロ過剰負の二項回帰モデルの係数は,有意水準0.1%ですべて有意である。値引率×値引率の2乗項が正で有意であるのに対し,ポイント付与×ポイント付与の2乗項は負で有意になっている。これは,値引率が高くなるほど値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与率が高くなるほどポイント付与の弾性値は低くなることを意味している。したがって,値引率・ポイント付与率に関するマグニチュード効果が確認され,仮説1は支持された。

さらには,値引率×商品単価の交互作用項の係数が正で有意になっている一方で,ポイント付与率×商品単価の交互作用項の係数が負で有意になっている。これは,商品単価が高いほど値引きの弾性値が高くなる一方で,商品単価が高いほどポイント付与の弾性値は低くなることを示している。したがって,値引きとポイント付与については商品単価に関するマグニチュード効果が確認され,仮説2は支持された。

また,値引き・ポイント付与の同時ダミーは負で有意であった。値引きとポイント付与を同時に実施することによって,効果が相殺されていることが明らかになった。

次に商品単価ごとに,および値引率・ポイント付与率ごとに,値引きおよびポイント付与の弾性値を算出し,デルタ法によって推定値の標準誤差の計算をおこなう‍23)。商品単価としては,商品単価の平均が232.96であり,その±1SD(±148.89)をカバーする範囲として,100円,150円,200円,250円,300円,350円を設定した。値引率・ポイント付与率としては,1%から5%まで1%刻みで,5%以降は5%刻みとする。ただし,値引率とポイント付与率のとる範囲が商品単価によって大きく異なるため,各商品単価の前後25円におけるポイント付与率が最も高い値までを分析範囲とする‍24)

商品単価(の中央値)が100円,150円,200円,250円,300円,350円の場合の値引きおよびポイント付与の弾性値の推定結果が,図3に表されている。それぞれのエラーバーは,95%信頼区間を表している。

図3 

値引き・ポイント付与の弾性値の推定結果

商品単価が100円の場合,1%から3%までの範囲において,ポイント付与の弾性値の方が値引きの弾性値を上回っている(1%,2%,3%でそれぞれz = 11.06,z = 7.34,z = 2.76)。しかし4%以降は,値引きの弾性値の方がポイント付与の弾性値を上回り,値引率・ポイント付与率が高くなるにつれて,値引きの弾性値とポイント付与の弾性値の差が開いている(4%,5%,10%でそれぞれ,z = −2.76,z = −9.15,z = −36.38)。

商品単価が150円の場合,1%ではポイント付与の弾性値の方が値引きの弾性値を上回っているが,2%では有意差がなくなっている(1%,2%でそれぞれz = 5.31,z = 0.96)。3%以降は,値引きの弾性値の方がポイント付与の弾性値を上回り,値引率・ポイント付与率が高くなるにつれて,値引きの弾性値とポイント付与の弾性値の差が開いている(3%,4%,5%,10%でそれぞれz = −4.48,z = −11.21,z = −19.30,z = −51.89)。

商品単価が200円の場合,1%では,ポイント付与の弾性値と値引きの弾性値の間に有意差がなくなっている(z = −0.58)。2%以降は,値引きの弾性値の方がポイント付与の弾性値を上回り,値引率・ポイント付与率が高くなるにつれて,値引きの弾性値とポイント付与の弾性値の差が開いている(2%,3%,4%,5%,10%,15%,20%でそれぞれ,z = −5.43,z = −11.47,z = −18.98,z = −28.15,z = −66.36,z = −60.75,z = −53.48)。

商品単価が250円,300円,350円の場合,すべての値引率・ポイント付与率において,値引きの弾性値の方がポイント付与の弾性値を上回っており,なおかつ値引率・ポイント付与率が高くなるにつれて,値引きの弾性値とポイント付与の弾性値の差が開いている。250円の場合の1%,2%,3%,4%,5%,10%,15%,20%におけるz値はそれぞれ,z = −5.80,z = −10.79,z = −16.85,z = −24.20,z = −32.96,z = −72.86,z = −67.94,z = −58.86であった。300円の場合の1%,2%,3%,4%,5%,10%,15%におけるz値はそれぞれ,z = −9.98,z = −14.77,z = −20.39,z = −26.96,z = −34.48,z = −70.91,z = −71.42であった。350円の場合の1%,2%,3%,4%,5%におけるz値はそれぞれ,z = −13.14,z = −17.55,z = −22.56,z = −28.21,z = −34.47であった。

以上みてきたように,値引率が高くなるにつれて値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与率が高くなるにつれてポイント付与の弾性値は低くなっており,仮説1が支持されていることはここでも確認されている。また,商品単価が高くなるにつれて値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与の弾性値は低くなっており,仮説2が支持されていることは,ここでも確認されている。 これらの効果の結果,100円や150円といった低い商品単価において,低い値引率・ポイント付与率のときに,ポイント付与の方が値引きよりも売上効果が高くなることが確認された。

6  考察

6.1  本研究の結果の解釈

本研究では,小売業の集計された購買履歴データを用いて,0以上のカウントデータである売上数量を被説明変数とする一般化線形モデルのゼロ過剰負の二項回帰モデルによって,値引きおよびポイント付与の弾性値にマグニチュード効果を導入し,値引きおよびポイント付与の弾性値の推定をおこなった。本研究結果の解釈として,以下の3点があげられる。

まず第1に,本研究の推定結果は,ベネフィット水準によって値引きとポイント付与の弾性値が異なるという,本研究の仮説を支持するものである。ベネフィット水準(商品単価および値引率・ポイント付与率)によってマグニチュード効果が確認された。このことは,中川(2015)によって提示された現金およびポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の仮説,すなわち少額の現金は当座勘定になるが多額の現金は貯蓄勘定になり,少額のポイントは貯蓄勘定になるが多額のポイントは当座勘定になるがゆえに,低いベネフィット水準ではポイント付与が値引きよりも高い知覚価値になり,高いベネフィット水準ではポイント付与よりも値引きの方が高い知覚価値になるという仮説と整合的である。

第2に,本研究の対象とする加工食品において,低いベネフィット水準というのは,商品単価が低く,なおかつ値引率・ポイント付与率が低い場合だけであるということである。値引率・ポイント付与率が低くとも,商品単価が高ければ消費者はベネフィットが大きいと認知される。また,商品単価が低くとも,値引率・ポイント付与率が高ければベネフィットは高いと認知される。すなわち商品単価もしくは値引率・ポイント付与率のどちらか一方が高い場合には,高いベネフィット水準と解釈される。

第3に,値引きとポイント付与の同時ダミーが,負で有意となっていたことについての解釈である。値引きとポイント付与を同時に実施した場合には消費者にとっての認知的過負荷の状態になっている可能性があり,このためにポイント付与と値引きを同時に実施した場合,マイナスの影響をもたらしたと解釈できる。

6.2  インプリケーション

本研究におけるインプリケーションとしては,以下の2点が考えられる。第1に,低いベネフィット水準のプロモーションを実施する場合には,値引きよりも単品ポイント方式のポイント付与の方が効果的である。対照的に,高いベネフィット水準のプロモーションを実施する場合には,単品ポイント方式のポイント付与よりも値引きの方が効果的である。具体的には,商品単価100円前後では3%,商品単価150円前後では1%を基準とすればよいであろう。第2に,効果が相殺されるため,ポイント付与と値引きを同時に実施することを避けるべきである。

6.3  本研究の限界と今後の研究課題

研究をさらに発展させるためには,以下の7点の課題に取り組む必要があると考えられる。まず第1に,店舗の違いを考慮に入れたモデルである。店舗ごとに弾力性の測定をおこなった場合には,値引きやポイント付与の弾性値が店舗間で異なることが確認されている(星野・中川2015)。店舗特性,例えば商圏の立地特性(例えば高齢世帯比率,家族規模,高所得世帯比率,昼夜間人口比,駅までの距離など)や商圏の競合店舗特性(例えば競合する食品スーパーの数や距離など),あるいは店舗特性(店舗面積,駐車場台数など)を考慮に入れて分析をおこなうことは,今後の課題として残されている。

第2に,単品ポイント方式のポイント付与の長期的な効果に関する研究である。本研究が対象としている値引きおよびポイント付与の売上効果とは,プロモーションを実施したその日に,その商品がどれだけ売れるかという短期的効果である。値引きの頻度が高くなると,また値引き額が大きくなると,長期的には消費者の参照価格が低下することが先行研究では報告されている(Kalwani & Yim 1992)。果たしてポイント付与もまた,長期的には消費者の参照価格を低下させるのであろうか。あるいは,ポイント付与は参照価格に影響を与えないプロモーションなのであろうか。このような単品ポイント方式のポイント付与の長期的な効果に関する研究は,今後の課題として残されている。

第3に,マグニチュード効果の多項式の設定についてである。本研究でマグニチュード効果をみるために2乗項をモデルに組み込んで分析をおこなったが,3乗項以上を組み込む必要性も考えられる。例えば,竹村(2015)の心的モノサシの評価関数によると,値引率の知覚価値について逆S字の評価関数の結果が実証研究から得られている。すなわち,標準小売価格よりも少しの値引きでかなりインパクトを持って評価されるが,中程度の値引率の領域ではあまり敏感ではなく,高い値引率の領域でかなり敏感になるというものである。このような評価関数を想定した場合,分析モデルに3乗項以上の項を入れる必要がある。この点についても,今後の課題として残されている。

第4に,消費者の異質性を考慮した研究についてである。本研究では消費者の異質性を考慮していないが,実際には,ポイントに敏感な消費者や,逆にポイントを気にせず値引き(価格)に敏感な消費者など,様々な消費者が存在することが想定される。消費者の異質性を考慮にいれた研究については,今後の研究の課題である。

第5に,商品の異質性を考慮した研究についてである。本研究では,商品の異質性については,固定効果として除去して分析をおこなっている。しかしながら,商品のタイプによって売上効果が異なることが考えられる。例えばBijmolt et al.(2005)のメタ分析では,商品の品質や配架率の違いによる価格弾力性に有意差はみられなかったが,ポイント付与の場合はまだ明らかになっていない。値引きおよびポイント付与の効果に関する商品の異質性の影響は,今後の課題として残されている。

第6に,カテゴリーの違いを考慮した研究についてである。本研究の対象商品カテゴリーは加工食品であるが,日配品や日用雑貨,医薬品などの他のカテゴリーを研究対象として加え,カテゴリーの特徴によるプロモーション効果の違いを検討する必要がある。例えばBijmolt et al.(2005)のメタ分析では,家庭に備蓄できる商品カテゴリーの方が備蓄できない商品カテゴリーに比べて価格弾力性が有意に高かった。このような商品カテゴリーの特徴の違いによるポイント付与の弾性値の比較は,今後の課題として残されている。

第7に,値引きやポイント付与の弾性値を推定する際の他のプロモーションの考慮についてである。本研究では,特別陳列やチラシ掲載についてのデータが得られなかったため,説明変数に加えることができなかった。したがって本研究における値引きの弾性値は,ポイント付与に比べて過大に評価されている可能性がある。特別陳列やチラシ掲載を考慮した値引きとポイント付与の弾性値の比較は,今後の課題として残されている。

謝辞

本稿の作成にあたり,本誌の担当編集長とアリアエディター,および複数の匿名査読者から有益なコメントをいただいた。また,本研究を行動経済学会第10回大会で報告した際には,大竹文雄先生(大阪大学)から有益なコメントをいただいた。さらには,本研究の分析にあたりチェーン担当者の方々に多大なるご支援をいただいた。心より御礼申し上げる次第である。なお,本研究は,JSPS科研費JP26285151(基盤B:研究代表者 星野崇宏)の助成を受けたものである。

1  単品ポイント方式におけるポイント付与と値引きの商品レベルにおける売上効果を比較した研究として,流通経済研究所(2007)があげられる。流通経済研究所(2007)では,ポイント販促と価格販促(値引き)の弾性値の推定がおこなわれ,ポイントの方が値引きよりも約3.6倍の効果があるという結果が得られているという(守口2011)。しかしながら,流通経済研究所(2007)は非公開の研究であり,使用したモデルやデータの詳細に関する情報が得られないため,結果をレビューすることが不可能である。したがって,本研究における先行研究のレビュー対象からは外すこととした。

2  例えばスーパーマーケットにおける加工食品の平均的な値引率(JICFS小分類レベルでの値引率の単純平均)は,12.1%である(流通経済研究所「Category Facts Book 2010」より算出)。

3  マグニチュード効果は,さまざまな事象で確認されている。例えば,金額が大きいほど時間割引率が低く,少額なほど時間割引率が高くなることが確認されており,時間割引率に関するマグニチュード効果として知られている(池田2012,39ページ)。

4  池田(2012)は,心理的会計理論におけるマグニチュード効果について,「私たちがお金を使ったり蓄えたりする場合,お金の額や源泉によって,処理する心理的な勘定科目が異なっていて,その勘定科目に応じた行動をとると考えます。マグニチュード効果に関連させていえば,小銭などの小さなお金は心理的な当座勘定に計上され,大きな額になると金利のつく貯蓄勘定に蓄えられると考えるわけです。」(同43ページ)と述べている。

5  中川(2015)は1ポイント単位でポイントを使用できるロイヤルティ・プログラムの会員を対象としてポイントの使用に関する調査をおこなったところ,スーパーマーケットのポイントカード利用者の88.2%,家電量販店のポイントカード利用者の82.1%は,1ポイント単位で償還できるにもかかわらず,ある程度のポイント数まで貯めてからポイントを償還する傾向があることを確認している。

6  セールス・プロモーションの効果測定は,商品(ブランド)レベル,カテゴリーレベル,店舗レベルの3つの効果に大別される(Neslin 2002, p. 7)。ここでの店舗レベルには,チェーンレベルも含まれる。

7  通常の値引きは商品レベルで実施されるため,効果検証の分析レベルのほとんどが商品レベルである。例えば後述のBijmolt et al.(2005)の対象研究1,851個のうち,SKUレベルが633個,ブランドレベルが1,218個であった。

8  ここでの説明は,守口(2002)を参照している。

9  Kumar & Swaminathan(2005)Bijmolt et al.(2005)の研究対象には含まれていない研究ではあるが,本研究の問題意識に類似している研究としてここで取り上げている。

10  FSI(Free Standing Insert)とは,新聞に折り込まれる複数枚数の印刷物のことであり,欧米におけるクーポンの主要な媒体である(恩蔵・守口1994,7ページ)。

11  後述するように,図2では本研究における商品別店舗別日別の売上数量の分布が表されており,正規分布とはほど遠い分布であることが確認される。

12  積乗型関数においては,被説明変数は売上数量Qに自然対数をととったものであるため,売上ゼロの場合はln 0 = −∞となってしまう。その場合には,各観測値に小さな値を加える方法(Rao et al. 1988)や売上0を含むデータを除去する方法(Young & Young 1975)などがあるが,データを歪めて推定結果にバイアスをかけるという意味で大きな問題があると考えられる。

13  観測データどうしの割算によって(1)情報が失われる,(2)変換された値の分布が不明,といった問題点が生じるため,割算値の統計モデリングには問題があると考えられる(久保2012)。

14  本研究と同様の問題意識から,関・亀倉(2012)は小売業の売上データを用いて,線形回帰ではなく一般化線形モデルのポアソン回帰によって価格弾力性を推定している。

15  ただし,(3)式の積乗型関数はパラメータに関しては線形となるために,0を含むカウントデータを被説明変数とするには不適切であるという問題が残ることは,既に述べた通りである。

16  商圏データや競合状況の要因については,データの制約から本研究からは捨象した。また,本研究ではチェーン全体において,商品レベルの分析により値引きとポイント付与の効果の全般的な傾向を見ることが目的であるため,消費者要因を捨象した。

17  例えば,Y = a + bX1 + cX12 + uという2次の推定式では,X1Yに与える影響Y/X1b + cX1となり,X1の大きさによって弾力性が変わることになる。

18  例えば,Y = a + bX1 + cX2 + dX1X2 + uという推定式では,dX1X2が交互作用項となる。右辺第2項と第4項をX1で括れば,(b + dX2)X1となるため,X1Yに与える影響Y/X1b + dX2となり,X1の影響度合いはX2の大きさに依存することになる。

19  ここでの記述は,筒井他(2011)を参照されたい。

20  オフセット項に商品i店舗sの期間内における売上数量yisを入れることによって,商品iの商品力および店舗sの販売力をコントロールすることができる。これは,Bolton(1989)が被説明変数として,売上数量を年間の平均売上数量で除して指数化したことに対応している。このようにオフセット項を使えば,Bolton(1989)のように被説明変数を割算しなくとも,モデリングが可能となる。

21  (9)式の β 6 U P is UP ¯ は,(10)式では商品単価UPisを平均値に固定して評価しているため, U P is = UP ¯ となり消える。(11)式においても同様である。

22  モデルの選択の手順としては,Cameron & Trivedi(2005)北村(2009)筒井他(2011)を参照されたい。

23  デルタ法については,Cameron & Trivedi(2005),231~232ページを参照されたい。

24  例えば商品単価が75円以上125円未満(中央値100円)の場合,値引率の最大が50%であるのに対し,ポイント付与率の最大が11.36%であるため,共通の範囲として値引率・ポイント付与率10%までを分析範囲とする。

参考文献
 
© 2017 日本商業学会
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