2017 Volume 20 Issue 2 Pages 37-48
本稿では,小売サービスを必要とする消費者とそれを必要としない消費者の2種類の消費者が存在する市場を想定し,メーカーのチャネル政策について検討する。本稿の結論は2つである。第1に,メーカーは系列店を併用することで,量販店のみの場合よりも多くの利潤を得ることができる。というのは,メーカーはサービスを評価しない消費者には量販店を介して低価格で販売する一方,サービスを評価する消費者にたいしては系列店を介してサービスを提供することによって,(小売価格は高くなるが)多くの量を販売できるからである。しかしながら,量販店と系列店の価格差が大きくなると系列店が存続できなくなり,メーカーの利潤は少なくなる。第2に,このことを回避するために,メーカーは量販店の小売価格に下限を設定するのである。これらのことを踏まえて,我が国家電メーカーのチャネル政策について検討する。
現在,家電販売の主流は量販店に取って代わられたが,地域に密着したメーカー系列の家電小売店(以下では「系列店」と略す)は1),店舗数は減っているが,店舗あたり販売額は維持されているという意味でいまだに健在である2)。社会の高齢化が進むなか,オール電化やリフォームの取り扱い,さらには高機能家電製品の販売に際しては,顧客にさまざまなサービスを提供する系列店が重要な役割を担っている3)。実際,高齢者をはじめとする一部の消費者にとって,量販店の商品説明や点検・修理などのアフターサービスは必ずしも十分ではなく,彼らはきめ細かいサービスを提供する地元の系列店から財を購入する傾向がある4)。
本稿では,小売サービスを必要とする消費者と必要としない消費者の2種類の消費者が存在する市場を想定し,メーカーのチャネル政策について検討する。主な結論は,系列店チャネルを併用することで,メーカーは量販店チャネルのみの場合よりも多くの利潤を得ることができるというものである。というのは,メーカーはサービスを評価しない消費者には量販店を介して低価格で販売する一方,サービスを評価する消費者にたいしては系列店を介してサービスを提供することによって,(小売価格は高くなるが)多くの量を販売できるからである。すなわちメーカーは,ニーズの異なる消費者に異なる対応をとることによって利益を得るのである。しかしながら,サービスの価値と比べて価格差が大きくなると系列店が存続できなくなり,メーカーの利潤は少なくなる。このことを回避するために,メーカーは量販店の小売価格に下限を設定するのである。このように,メーカーにとって量販店との価格差を相殺するサービスを効率的に提供できる系列店を育成することが肝要であり,それが困難な場合には,量販店の小売価格に下限を設定して系列店を存続させることによって多くの利潤を得ることができるのである。
このような観点に立てば,我が国の家電メーカーのチャネル政策について,次のような知見を得ることができる。家電製品の導入期から高度経済成長期においても,メーカーはすべての安売りに反対していたわけではなく,当時主流であった系列店の存在を脅かす極端な安売りにたいしてのみ敵対的に対応したということである。この時期には多くの消費者にとって家電製品は「新製品」であり,系列店のサービスが必要であった。このような系列店を存続させるためには,量販店に下限小売価格を遵守させる必要があり,メーカーはこれを下回る価格での販売のみを阻止したのである。このことは,メーカーと量販店の敵対的関係を強調している多くの先行研究とは対照的である5)。1990年代に入ると,メーカーによる価格管理が公正取引委員会によって否定された。この状況でメーカーは,系列店に世帯訪問による顧客情報の収集を奨励し,きめ細かいサービスを効率的に提供できる系列店を選別した上で,それを重点的に支援したのである6)。その意味で,メーカーのチャネル運営は一貫している。
タイプの異なる消費者ごとに市場を細分化し,異なる対応をとることで利益を得るという「市場細分化」に関する先行研究として,Salant(1989),Deneckere & McAfee(1996),Amstrong & Vickers(2001, 2010),Amstrong(2007)やEllison(2005)などがある。また,この点についての実証研究としては,Kang & Ridgway(1996),Miller & Kim(1999),Rubach & McGee(2002)やVerboven(2002)などがある。これらの先行研究では,市場細分化が実行されている状況を分析しているが,ある状況では,量販店と系列店が併存できないという意味で,市場細分化が容易に実行されるとは限らない。この状況でメーカーは,系列店を存続させるために量販店の小売価格の下限を制限するのである。その意味でメーカーは,再販売価格維持という垂直的取引制限を導入することによって市場細分化を実行することができるようになるのである。
次節でモデルを提示する前に,系列店ときめ細かいサービスを必要とする消費者について説明しておこう。地域に密着した系列店は,異なる顧客のニーズに適切に対応するため,近隣住民の世帯構成や家電製品の所有状況などを把握しており,個々の顧客のニーズに適切に対応することができる。とはいえ,系列店がすべての近隣住民を顧客として扱うわけではない。実際,きめ細かいサービスの提供には費用がかかるから,系列店は顧客の絞り込みを行って優良顧客(および優良顧客になりそうな消費者)のみにサービスを提供している。そのために,一定期間取引のない消費者や理不尽なクレームなどトラブルがあった消費者は切り捨てている7)。このような系列店の行動を予想した上で,高齢者などのサービスを必要とする消費者は,きめ細かいサービスを継続的に受ける(系列店の顧客リストに残る)ために,多少価格が高くても地元の系列店から購入するのである。
適切なサービスを提供して販売を促進するためには,商品情報や知識も必要である。この種の情報や知識はメーカーから伝達される。実際メーカーは,地域密着型であるために小規模な系列店にたいしてさまざまな援助を行っている。この種の援助として,広告,アフターサービスのための技術情報の提供や部品の供給,需要情報の提供などがあるが,小売業者がこれらの援助を適切に用いるという保証はない。商品情報や技術情報は他社製品の販売を促進する際にも有用であり,自らの利潤最大化を目的とする小売業者は,あるメーカーから援助された資源を他のメーカーの財を販売するために用いることがある。すなわち,あるメーカーが自らの製品の販売を促進するために小売業者に援助した資源が,他のメーカーによって只乗りされるのである。このような小売業者を媒介とした垂直的外部性に対処するための方策として,自社製品を販売する小売業者に他社製品の取り扱いを禁止する「専売店制」がある8)。このような理由から,専売率の高い系列店は,メーカーからの支援のもとで,きめ細かいサービスを効率的に提供しているのである。
一方,大量の財を販売する量販店は,規模の経済性にもとづいて低い平均販売費用を実現し,系列店と比べて低い小売価格を設定している9)。また彼らは,規模の経済性を実現するために,多くのメーカーの財を取り揃える「併売業者」であり,消費者にブランド間比較を容易に行えるという利便を提供している。他方,量販店のサービス水準は必ずしも高くはない。確かに,量販店も販売時には商品説明を行うが,高機能家電製品の場合,多様な機能とその利用方法を一度に聞いても,一部の消費者にとって理解できないことが多い。彼らは,製品を使用する過程で新しい機能に気づくが,その利用方法を量販店に問い合わせても十分な説明が得られるわけではない。これにたいし,近くの系列店に出向けば,この種の説明を受けることができるし,系列店の人が顧客の家まで来て説明してくれることもある10)。
なぜ,量販店は高い水準のサービスを提供しないのか?商圏が広い量販店の場合,広域に散在する消費者のニーズや情報を把握するためには多くの費用がかかる。この種の情報がなければ,個々の顧客に適切に対応することはできないだろう。この点は,地元の顧客の情報を持っている地元の系列店とは対照的である。また,修理期間中の代用品の提供にも費用がかかる。さらに,併売業者である量販店では垂直的外部性が生じるため,メーカーによる援助も限定的である。このこともまた,量販店のサービス水準が低いことを説明する。
以下の構成は次のとおりである。2節では系列店と量販店が併存する状況のモデルを提示し,3節ではその均衡を求める。4節では追加的な考察として,系列店のみが存在する状況および量販店の小売価格の下限を制限する状況を分析した後に,メーカーのチャネル政策について検討する。5節はまとめである。
ある地域の消費者は,当該地域に立地する(サービスを提供する)系列店または地域外に立地する複数の(サービスを提供しない)量販店から財を購入する。この地域の消費者には,(高齢者のような)系列店によるきめ細かいサービスsを高く評価する者(以下では「消費者v」と略す)と評価しない者(以下では「消費者0」と略す)がおり,単純化のために,消費者0(v)の需要が
| (1-1) |
| (1-2) |
で与えられるとする。ここで,qo(q)は消費者0(v)の需要,po(p)は小売価格,aは市場規模を表すパラメータ,v(>0)は消費者vがサービスを評価する程度を示すパラメータで,b(0 < b < 1)は全消費者に占める消費者vの割合である。また,サービスを提供するが価格の高い系列店と低価格を設定する量販店が併存する状況で,仮にサービスからの利益vsが価格差(p − po)よりも低ければ,消費者vもまた量販店から財を購入するから,系列店の需要はゼロとなる。したがって,系列店が存在するためには,
| (2) |
でなければならない。
いま,量販店のみの状況を想定する。このときにはサービスは提供されない(s = 0)から,消費者全体の需要は
となる。この状況で,量販店の間でベルトラン競争が行われるのであれば,小売価格は出荷価格と一致する(po = wo)から,メーカーの利潤は,単純化のために,メーカーの生産費用をゼロとすれば,
と定式化される。上式の極大化条件より,メーカーにとっての最適出荷価格は
| (3-1) |
となる。また,このときの小売価格,販売量およびメーカーの利潤は
| (3-2) |
| (3-3) |
| (3-4) |
と計算される。
地域密着型の系列店が存在する場合,メーカーは,消費者vにたいして系列店を通してサービスを提供し,財を販売することができる。すなわち,メーカーは量販店チャネルと系列店チャネルを用いて,異なるタイプの消費者に異なるチャネルで対応することができるようになるのである。
この状況で系列店は,メーカーからの支援のもとで投資を行い,提供するサービス水準を向上させる。系列店がきめ細かいサービスを提供するためには,販売員の商品知識や顧客関係を確立して維持する上での熟練が必要で,このような販売員を育成するためにはある程度の費用がかかる。本稿では,系列店がts2の人的資源への投資費用を負担すれば,水準sのサービスを提供できるものとする。ここで,tは投資の効率性を表すパラメータで,tが大きいほど費用が多くなるという意味で投資効率は低くなる。この状況で系列店は,メーカーが設定した出荷価格および量販店の行動を考慮した上で,自らの利潤を最大にするようにサービス水準と注文量を設定する。一方,サービスを提供しない量販店は,ベルトラン競争の結果,小売価格を出荷価格の水準に設定する。
このような小売業者の行動を予想するメーカーは,第1段階において,自らの利潤を最大にするように量販店向け出荷価格woと系列店向け出荷価格wを設定する。この際単純化のために,メーカーの生産費用をゼロとする。次節では,この2段階ゲームの部分ゲーム完全均衡を後方帰納法を用いて求める。
この節では,系列店が存在するための条件((2)式)が成立していることを想定した上で,系列店と量販店が併存する状況を分析する11)。
第2段階において系列店は,メーカーが設定した出荷価格wを所与として,自らの利潤yを最大にするように,提供するサービスの水準sおよび小売価格pを設定する。(1-2)式の需要関数のもとで,系列店の意思決定問題は
と定式化される12)。上記の最大化問題の極大化条件より,第2段階における系列店の小売価格およびサービス水準は
| (4-1) |
| (4-2) |
となる。ここで,2階条件∂2y/∂p2 = –2b < 0,∂2y/∂s2 = –2t < 0および
が満たされるために,本稿ではt > bv2/4を仮定する。また,このときの注文量,系列店の利潤,メーカーの系列店チャネルからの利潤は
| (4-3) |
| (4-4) |
| (4-5) |
と計算される。さらに,これらの諸変数についての比較静学分析の結果は表1にまとめられている。
| q | s | p | y | z | |
|---|---|---|---|---|---|
| b | + | + | + | + | + |
| t | – | – | – | – | – |
| v | + | + | + | + | + |
注)この表では,w < aを所与として,パラメータ(b, t, v)が大きくなったとき,諸変数が大きくなる場合を+,小さくなる場合を–で表している。
この表から,消費者vが多くなり(bの上昇),彼らがサービスを高く評価するようになると(vの上昇),系列店の販売量が増え,規模効果ゆえに投資が増えてサービス水準が高くなり,小売価格が高くなるために系列店の利潤が増えることが分かる。また,投資効率の悪化(tの上昇)や出荷価格の上昇は逆の効果を持つ。ここで留意すべきことは,
であるから,投資効率が高い(t < bv2/2)場合には,仕入価格(=メーカーの出荷価格)が高くなると系列店の小売価格が低くなるということである13)。というのは,仕入価格(=系列店の限界費用)が高くなると,系列店は販売量を減らすと同時に,規模効果ゆえにサービス水準を低めるからである。
一方,消費者0に財を販売する量販店は,ベルトラン競争の結果,小売価格poを出荷価格woの水準に設定する。この状況におけるメーカーの量販店チャネルからの利潤は,(1)式の需要関数のもとで
で与えられる。
上述した小売店の行動を予想するメーカーは,第1段階において自らの利潤
を最大にするように出荷価格wおよびwoを設定する14)。上式の極大化条件より,最適出荷価格は
| (5-1) |
となる。このときの量販店チャネルの小売価格,販売量,メーカー利潤は
| (5-2) |
| (5-3) |
| (5-4) |
であり,系列店チャネルの販売量,サービス水準,小売価格,系列店およびメーカーの利潤は
| (6-1) |
| (6-2) |
| (6-3) |
| (6-4) |
| (6-5) |
と計算される。したがって,メーカーの両チャネルからの利潤の総和は
| (6-6) |
となる。これらの諸変数の比較静学分析の結果は表2にまとめられている。
| w* | p* | s* | q* | y* | z* | wo* | po* | qo* | zo* | Z* | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| b | 0 | + | + | + | + | + | 0 | 0 | – | – | + |
| t | 0 | – | – | – | – | – | 0 | 0 | 0 | 0 | – |
| v | 0 | + | + | + | + | + | 0 | 0 | 0 | 0 | + |
注)この表で,「0」は当該変数がパラメータ(b, t, v)に影響されないことを示している
この表から明らかなように,消費者vが多くなり(bの上昇),彼らがサービスを高く評価するようになると(vの上昇),出荷価格は変わらないが,系列店の販売量が増える。また,規模効果ゆえに投資が増えてサービス水準が高くなり,小売価格が上がるために系列店の利潤も多くなると同時に,メーカーの利潤も増える。他方,投資効率の悪化(tの上昇)は逆の効果を持つ。
ここで,系列店が存在するための条件((2)式)が満たされるためには,
| (7) |
が成立する必要があり,そのためには系列店の投資効率がある程度高くなければならない。また上式より,消費者vが少なくなり,彼らのサービスにたいする評価が低くなれば,系列店が存在するため必要とされる投資効率が高くなることが分かる。
いま,系列店チャネルと量販店チャネルを併用する場合と量販店チャネルのみの場合のメーカー利潤を比べれば,
| (8-1) |
であるから,系列店が存在可能な状況では,メーカーは量販店チャネルに加えて系列店チャネルを併用することによって多くの利潤を得ることができる。また,販売量を比べれば
| (8-2) |
を得る。ここで,消費者0の需要が系列店の有無にかかわらず(1 – b)a/2であることに留意すれば,系列店チャネルの併用によって消費者vの購入量が増えることが分かる。それゆえ,次の命題が成立する。
命題1
(7)式が成立する状況,すなわち,系列店のサービス提供の効率が高い状況,あるいは消費者vが多く,彼らのサービスにたいする評価が高い状況では,メーカーは両チャネルを併用することによって,量販店チャネルのみの場合よりも,消費者vに多くの量を販売することによって,多くの利潤を得ることができる。
この命題は次のように説明される。メーカーは系列店を併用することによって,消費者vには系列店を介してサービスを提供し,消費者0には量販店の低い価格で販売するというように,(消費者の自己選択のもとで)異なる消費者に異なる対応をとることができる。この際,系列店の投資効率が高ければ提供されるサービス水準も高くなるから,消費者vへの販売量が増え,メーカーの利潤が増える。このことが,家電小売りの主流が量販店となった現在においても,系列店が存在する理由である。
経済厚生
次に,経済厚生について検討する。量販店チャネルのみの場合((3)式)と系列店チャネルを併用する場合((6)式)を比べれば,消費者0にたいする小売価格は同じであるから,彼らの購入量((1 – b)a/2)や消費者余剰も同じで,量販店チャネルからのメーカー利潤さらには総余剰も同じである。一方,(7)式が満たされる状況で系列店チャネルが導入されるならば,消費者vは価格差を相殺するサービスを受けるから,彼らの購入量が増えて消費者余剰も増加する。実際,系列店チャネルが併用される場合の消費者vの余剰は
と計算される。これにたいして,量販店チャネルのみの状況での彼らの購入量はba/2であるから,消費者余剰はba2/8と計算される。ここで
であるから,系列店チャネルが併用されるときには消費者余剰は増加する。
また,量販店のみの場合に消費者vへの販売からのメーカー利潤はba2/4であるのにたいして,系列店チャネルを併用する場合の当該チャネルからのメーカー利潤は(6-6)式で与えられる。ここで,
であるからメーカーの利潤も増加する。さらに,系列店も正の利潤を得ており,投資効率の高い系列店チャネルを併用することは,パレートの意味での改善となる。それゆえ次の命題が成立する。
命題2
(7)式が成立する場合,メーカーが量販店チャネルに加えて系列店チャネルを併用することはパレートの意味での改善となる。
この節では,サービスを提供する系列店のみが存在する状況および量販店の小売価格の下限を制限する状況を分析した後に,メーカーのチャネル政策について検討する。
4.1 系列店のみの場合サービスを提供する系列店のみが存在する状況で,(地域で価格支配力を持つ)系列店がすべての消費者に同じ小売価格pを設定するのであれば,各タイプの消費者の需要はqo = (1 – b)(a – p),q = b(a + vs – p)となる15)。この状況で系列店は,メーカーが設定した出荷価格wを所与として,自らの利潤
を最大にするように小売価格pとサービス水準sを設定する。上式の極大化条件より,第2段階における系列店の小売価格とサービス水準は
| (9-1) |
| (9-2) |
で与えられる。ここで,2階条件∂2y/∂p2 = –2b < 0,∂2y/∂s2 = –2t < 0および
は満たされている16)。また,このときの販売量および系列店の利潤は
| (9-3) |
| (9-4) |
| (9-5) |
| (9-6) |
と計算される。
上記の系列店の行動を予想するメーカーは,第1段階において,自らの利潤
を最大にするように出荷価格w設定する。この極大化条件より,出荷価格は
| (10-1) |
となる。また,このときの量販店の小売価格,サービス水準,販売量および利潤,さらにはメーカー利潤は
| (10-2) |
| (10-3) |
| (10-4) |
| (10-5) |
| (10-6) |
| (10-7) |
| (10-8) |
と計算される。
これまで,量販店チャネルのみが存在する状況,系列店チャネルのみが存在する状況,さらには両チャネルを併用する状況を分析してきた。以下では,これらの3つの状況を比較する。
まず第1に,系列のみの場合と両チャネルを併用する場合を比べれば,系列店のサービス水準が低くなっている(s* > ŝ)。というのは,多くのサービスを提供して小売価格を高く設定すれば,消費者0への販売量が減るからである。そのため,小売価格についてはp* >
しかしながら,(7)式が成立しない状況(t > bv2/2)では,消費者vもまた量販店で財を購入するから,系列店と量販店を併用することができなくなる。この状況でメーカーが,系列店のみで販売するかまたは量販店のみで販売するかを選択するとしよう。いま,系列店のみの場合のメーカー利潤((10-8)式)と量販店のみの場合のメーカー利潤((3-4)式)を比べれば,
であり,b < 1のもとでは,t > bv2/2であればt > b2v2/2となるから,メーカーは量販店のみで販売することになる。逆にt < b2v2/2であればẐ > Zo*となるが,このときにはt < bv2/2が成立し,量販店と系列店を併用できるから,メーカーは2つのチャネルを併用する。すなわちメーカーは,(7)式が成立すれば系列店と量販店を併用し,(7)式が成立しなければ量販店のみで販売するのである。
4.2 量販店の小売価格の下限を制約する場合(t > bv2/2のもとでの)代替的な方策は,系列店が存続できるように,量販店の小売価格の下限を設定することである。2つのチャネルが併用される場合における系列店の存続条件は(2)式であるから,(6-1)~(6-2)式より,量販店の下限小売価格は
| (11) |
で与えられる。ここで,下線は下限小売価格が設定されていることを示す。このときの量販店の販売量は
と計算される。ここで,
| (12-1) |
| (12-2) |
であるから,量販店に下限小売価格を遵守させた上で系列店チャネルを併用すれば,メーカーは系列店のみの場合よりも多くの利潤を得る。さらに,仮に消費者vが多い状況(bが1に近い)では,メーカーにとって,下限小売価格を規制した上で2つのチャネルを併用することの方が,量販店チャネルのみで販売するよりも望ましいことになる。それゆえ,次の命題が導かれる。
命題3
(7)式が成立しない場合,メーカーは量販店と系列店を併用できない。この状況で,消費者vが多くt < bv2/2(1 – b)が成立するのであれば,メーカーは量販店に下限小売価格((11)式)の遵守を義務づけた上で,2つのチャネルを併用することによって,単一チャネルの場合よりも多くの利潤を得る。
これまでの議論から明らかなように,t < bv2/2の場合には,メーカーは2つのチャネルを併用することで多くの利潤を得ることができる。逆の場合には,量販店と系列店は共存できず,メーカーは量販店のみで販売することになる。この状況でも,メーカーが量販店に下限小売価格を遵守させることができれば,量販店と系列店を併用することができる。そして,消費者vが多ければ,メーカーは(量販店の下限価格制約のもとで)2つのチャネルを併用し,消費者0には量販店を介して低価格で販売し,消費者vには系列店を介してサービスを提供し,販売量を増やすことによって多くの利潤を得ることができるのである。
ただし,(12-2)式から明らかなように,bやvが小さくなると,メーカーにとって量販店のみで販売する方の利潤が多くなる。このことの背景には次のような事情がある。下限小売価格の設定は,量販店間の競争を緩和して彼らの利益を増やすと同時に,小売価格が高くなって販売量が減るためにメーカーの利潤を減らす効果がある。その意味で,量販店チャネルに歪みが生じている。系列店の併用によって,この損失を相殺する利益があれば,メーカーは量販店の下限小売価格を設定する。逆に,系列店からの利益が少なければ,量販店チャネルの歪みからの損失を避けるために,系列店を併用することなく,量販店に低価格で販売させるのである。
ここで留意すべきことは,下限小売価格((11)式)はbおよびvの減少関数で,tの増加関数だということである。すなわち,消費者vが多く,彼らがサービスを高く評価する状況では量販店の下限小売価格は低くなるから,ある程度の安売りも容認されるのである。一方,系列店の投資効率が悪い場合には,小幅な安売りしか許容されない。実際,系列店チャネルの小売価格から許容される値引率は
と計算され,これはbおよびvの増加関数で,tの減少関数である。
これまでの議論をまとめておこう。メーカーにとって,系列店チャネルと量販店チャネルを併用することが望ましい。そのためには,効率的にサービスを提供できる系列店を確保する必要がある。それが困難な場合には,代替的な方策として,メーカーは量販店の小売価格の下限を規制するのである18)。

効率性のパラメータとメーカーのチャネル戦略
注)1段目は無条件に系列店と量販店の併用が可能か否かを表す。2段目はメーカーによる系列店か量販店かの選択を表す。3段目は無条件に併用ができない状況において,メーカーが量販店の小売価格の下限を規制するか否かを表す。4段目は,これらのことを考慮した上でのメーカーのチャネル選択である。
これまでの議論を踏まえて,家電メーカーのチャネル政策について検討する。
我が国の高度経済成長が始まった1950年代中頃から,テレビ,洗濯機,冷蔵庫という「三種の神器」をはじめとする家電製品にたいする需要が急速に拡大した。これに対応して,松下電器(現パナソニック,以下では「松下」と略す)のみならず,日立や東芝などの重電メーカーも家電製品の大量生産体制を整備するとともに,それを支える大量販売システムの構築に乗り出した。当時の消費者は新しい家電製品に慣れておらず,また故障も多かったため,適切な商品説明やアフターサービスが,販売促進上,重要であった(その意味で,当時はbやvが大きかった)。それゆえメーカーは,この種のサービスを提供する小売業者の育成に注力したのである。
小売業者が適切なサービスを提供するためには,技術情報や修理部品の提供など,メーカーからの支援が不可欠である。1957年に松下は,それまでの「ナショナル会」を改組して「ショップ店制度」を導入した。そこでは,小売店をナショナル連盟店(専売率30~49%),ナショナル店会(同50~79%),ナショナルショップ(同80%以上)に分け,専売率の高い(それゆえ垂直的外部性が小さい)「系列店」を重点的に支援した。このような系列店制度の目的の1つは,値崩れを防いで安定的な大量販売システムを確立・維持することであり,卸段階での競争を排除するためのテリトリー制や一店一帳合制と同時に,建値制も用いられた。建値制のもとでは,出荷価格,卸売価格,小売価格が定められており,小売段階での価格競争も抑制されていたが19),実際にはある程度の値引きは容認されていた20)。
なぜメーカーは安売りを嫌うのか? 出荷価格を一定とすれば,小売価格が下がれば販売量が増えるから,メーカーの利潤(出荷価格×販売量)も増える。その意味では,低い小売価格はメーカーにとって有利である。命題3に記したように,量販店の低い小売価格のもとでも系列店が存続できるのであれば,メーカーは2つのチャネルを併用することで多くの利潤を得る。しかしながら,量販店の小売価格が下限値を下回ると,消費者vもまた量販店で購入するようになり,系列店が存続できなくなる。この状況でメーカーは,量販店に下限小売価格の遵守を義務づけた上で,系列店チャネルを維持したのである。というのは,当時は消費者vが多く(bが大きい)かつ彼らのサービスに対する評価も高かったため(vが大きい),系列店チャネルを失うことの損失が大きかったからである21)。また,この状況では下限小売価格も低く,ある程度の安売りは容認されていた。
量販店価格が系列店の存続に必要な下限値を下回らなければ,低い量販店価格はメーカーの利潤を増やすから,メーカーは安売りを容認する。このことを示す事例の1つに,1956年に名古屋で起きた百貨店による家電製品の安売りがある。この年の7月に名古屋の松坂屋,丸栄,オリエンタル中村が,扇風機,テレビ,洗濯機を定価の15%引きで売り出し,これに対抗するために系列店も値引きに踏み切った。このときには,メーカー,系列店,百貨店からなる三者会談が設けられ,値引き率を5~8%とすることで決着している。このことはメーカーがある程度の値引きを容認していたことを示している22)。
1960年代前半には,生産過剰から過剰在庫が溢れ,それが東京の秋葉原や大阪の日本橋に流れたために値崩れが生じた。そのため松下の連盟店数は62年下期の4万店から63年上期には3万2千店へと激減した。その後の1964年に,松下は所謂「熱海会談」を開き,販売会社の設立を促進して,事業部が販売会社に直接販売する「事業部直販制」を導入するとともに,テリトリー制と一店一帳合制の徹底を図るなどして価格管理を強化した。しかしながら,その後も過剰な流通在庫がスーパーなどに流れて安売りされたために値崩れが生じ,実勢価格が現金正価から20%以上乖離することもあった。各メーカーはその度に価格管理を強化したが,1966年には家電メーカー6社の闇カルテルが,翌年には松下とソニーの「ヤミ再販」が公正取引委員会によって摘発され23),消費者の不買運動が起こった。これへの対応のため松下は,1970年に現金正価を「標準小売価格」へと改め,系列店での値引きを容認したのである。とはいえ,松下は小売価格の下限を設定し,販売業者に遵守させていた。
1970年代に入ると,消費経験を持つ消費者が多くなると同時に,品質向上によって故障も少なくなった。これらの理由から消費者0が多くなると,低価格を設定する大型店のシェアが拡大する。当時の大型店は,星電社,第一家庭電気,中川無線電機,朝日無線電機,上新電機など,1972年に設立された日本電気専門大型店協会(NEBA)に加盟しており,メンバーの共存共栄の観点から過度な安売りを避け,メーカーによる価格管理を受け入れていた。下限小売価格が遵守されるのであれば,消費者0にたいする低価格での販売はメーカーの利益となるため,メーカーはこれらの大型店を準正規店として扱ったのである。逆に,大幅な値引きを行うスーパーにたいしては,出荷を停止するなど,敵対的に対応した。
その後も消費者0が増え続けてbが小さくなり,1985年には系列店チャネルのシェア(47.9%)が50%を割った。また,消費経験も豊富になってvも低くなると,系列店チャネルを維持するために必要な下限小売価格が高くなるから,容認できる値引き幅が縮小する。さらに,バブル崩壊後の不況期になると,価格志向を強めた消費者を販売対象とするディスカウントストアが台頭し,極端に低い小売価格を設定した。これへの対応としてメーカーは価格管理を一層強化した。しかし,1991年に公正取引委員会によって「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」が示され,1993年には松下,日立,東芝,ソニーの量販店向け販売会社による「ヤミ再販」が摘発され,メーカーによる価格管理は否定されることになった。これを受けてメーカーは,一部の商品を「オープン価格制」へと移行したのである24)。
| 年度 | 家電量販店 | メーカー系列店 | その他の量販店 | その他 |
|---|---|---|---|---|
| 2007 | 62.4 | 7.7 | 4.4 | 25.5 |
| 2005 | 60.6 | 7.9 | 4.6 | 26.9 |
| 2000 | 48.9 | 8.7 | 8.0 | 34.4 |
| 1995 | 44.0 | 24.7 | 18.5 | 10.8 |
[出所]長谷川(2009,pp. 81)から引用。ここで,家電量販店の割合はNEBA加盟店とNEBA非加盟店および大型カメラ店の合計で,その他の量販店はスーパーマーケットとホームセンターおよび百貨店の割合である。
1994年には,大型店のシェア(28%)が系列店のシェア(25.9%)を上回った25)。低価格で販売する大型店が増えれば系列店の経営は困難になり,系列店がなくなると消費者vにサービスを提供できなくなって,メーカーの利潤が減る。このことへの対応として,各メーカーは系列の再編に乗り出し,効率的にサービスを提供できる(tが低い)系列店を選別して重点的に支援するようになった。きめ細かなサービスを提供して量販店と差別化するためには,顧客の個別事情を把握する必要があり,メーカーは製品の総点検を名目に系列店に顧客訪問を奨励した。この時期に松下の系列店は1千万世帯,他メーカーの系列店を合せれば約2千万世帯を訪問したといわれており,全世帯の(高齢者世帯を中心とする)4割について,世帯構成,家電製品の所有状況や商品知識の保有状況などの情報を収集している。この種の情報が,量販店と差別化してきめ細かいサービスを提供する系列店にとって重要であることはいうまでもない。
2000年に大規模小売店舗法が廃止され,大規模小売店立地法のもとで大型店の出店が届け出制に移行した。この時期には,ヨドバシカメラ,コジマ,ヤマダ電機,ビッグカメラなどの量販店(NEBA非加盟店)のシェアが25.5%に達し,NBER加盟の大型店のシェア23.7%を上回っている。一方,系列店のシュアは10%を下回ったが,系列店の育成に注力してきた松下をはじめ,日立や東芝の系列店のシュアは高い26)。とはいえ,各メーカーとも販社を集約・整理したため,すべての系列店を支援できなくなっており,系列店を選別せざるを得なくなっていた。松下は2003年に,系列店の一部を「スーパープロショップ(現スーパーパナソニックショップ)」として選抜し,それを重点的に支援したのである。
系列店が存続するためには,きめ細かいサービスを効率よく提供する必要があり,そのためには地域の顧客の各々がどのようなニーズを持っているかを知る必要がある。メーカーは,過去四半世紀の間,このような系列店を選別し,育成してきたのである。この際留意すべきことは,消費者vが少なくなり(bが小さい)かつ彼らのサービスに対する評価vが低くなると,系列店が存続するために必要とされる投資効率が高くなる(tが低い)ということである。したがってメーカーは,今後も投資効率のより高い系列店を選別して支援することになろう。さらに,系列店が提供するサービスを評価する消費者が減り(bの減少),消費者のサービスに対する評価も下がる(vの低下)と,(12-2)式より,メーカーは量販店のみで販売することになる。
多様な消費者に対応するためには多様なチャネルが必要である。量販店のみではサービスが提供されず,消費者vへの販売量が少なくなる。逆に系列店のみでは,消費者vへのサービス提供費用を補填するために小売価格が高くなるため,消費者0への販売量が少なくなる。異なるタイプの消費者が存在する状況でメーカーは,異なるタイプの消費者に異なる対応をとることで利潤を増やすことができる。すなわち,消費者vには系列店を通してサービスを提供して高い価格で,消費者0にたいしては量販店を通して低価格で販売することで,メーカーの利潤が多くなるのである。そしてそのためには,効率的にサービスを提供できる系列店を確保する必要があり,それが困難な場合には,メーカーは量販店の小売価格に下限を設定することになる。
実際,高度経済成長期においてもタイプ0の消費者が存在していたであろうから,メーカーは低価格販売を行う量販店を必要としていた。したがって,メーカーはすべての安売りに反対したわけではなく,小幅な値引きは容認していたのである。この状況でも,量販店が下限小売価格を遵守するのであれば,メーカーにとって系列店と量販店を併用することが望ましい。それゆえメーカーは,系列店の存続を脅かすような大幅な値引きには敵対的に対応した。この際,bやvが大きければ,系列店は投資効率がある程度悪くても存続できるし,下限小売価格も低いからある程度の安売りも容認できる。
家電製品の普及とともに多くの人が消費経験をもつと同時に,品質が向上して故障が少なくなればbやvが小さくなる。この状況では許容できる値引き幅が小さくなるから,メーカーは量販店向け価格管理を強化した。それと同時に,系列店が存続できるように,彼らの投資効率を向上させることに注力した。
1993年に,公正取引委員会によってメーカーによる価格管理が否定され,下限小売価格の管理が困難になった。この状況では,投資効率の高い系列店のみが存続できるから,メーカーは系列店を選別し,彼らの投資効率向上に注力したのである。このように,メーカーのチャネル政策は一貫しており,今後もきめ細かいサービスを必要とする消費者vが存在するかぎり,メーカーにとって系列店は必要であるから,系列店は存続するだろう。そしてそのためには,系列店の投資効率を一層高める必要がある。
本稿では,系列店と量販店を共存させるために,メーカーが量販店の小売価格の下限を設定するという「再販制」についての新しい知見を示したが,この点についての詳細な検討は今後の研究課題である。
本稿の元となる研究を商業学会の関西支部で報告した際に,参加諸氏から有益なコメントをいただいた。また,本誌に投稿するにあたり,アリアエディターと2名の匿名レビューアーから多数の貴重なコメントをいただいた。本研究は科学研究費補助金(課題番号26285098,15K03749,15H03396)の助成を受けている。記して感謝する。