流通研究
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小売の輪はどのように回転したのか?―小売業態イノベーションのマルチレベル分析―
久保 知一
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2017 年 20 巻 2 号 p. 65-79

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Abstract

「小売の輪」に代表される小売業態イノベーション研究では,歴史的な小売業態の変遷についての計量的研究がほとんど行われてこなかった。したがって,新規小売業態の参入ポジションやその後の発展経路に関する理論仮説は,エビデンスを欠いたままの状況にある。本論では,破壊的イノベーションの概念枠組に基づいて,我が国における50年間にわたる複数の小売業態をとる小売企業のパネルデータを構築し,新規小売業態の参入ポジションと発展経路に関する実証分析を行った。分析の結果,新規小売業態は既存小売業態に比べて明らかに優位なポジションからは参入しないこと,発展経路は従来から知られてきた格上げに加えて持続的イノベーションがあること,格下げによる発展は観察されなかったことが見出された。

1  はじめに

小売業態は,小売業者が供給する小売ミックスの安定的なパターンとして定義される(高嶋,2003池尾,2005)。小売業態は流通機能の遂行様式ともいわれるように(田村,2008),小売業者にとっての事業運営の基盤である。その重要性に鑑みて,小売業態が繰り広げるイノベーションとその盛衰は,重要な研究トピックスであり続けてきた。とりわけMcNair(1958)が提唱した「小売の輪(Wheel of retailing)」に始まる小売業態の盛衰に関する研究群は,かつて優勢であった古い小売業態が新たな小売業態に敗れていく歴史的な動態を説明し,予測することを目的として,多くの研究を蓄積してきた1)

その一方で,小売業態の歴史的盛衰に関する研究群では,理論が提唱する命題の統計的分析は軽視されたままである。特に,複数の小売業態を対象として,業態の歴史的盛衰を数量的に分析する研究は行われてこなかった。たとえば田村(2008)は業態ごとの実証分析を行っているものの,業態盛衰研究が対象にしてきたような異業態間の経時的競争を扱ってはいない。また,日高(2010)は,既存業態内のイノベーションに焦点を合わせた時系列の財務指標分析を行っているが,これも異業態間競争を扱うものではない。意外なことに,小売業態イノベーションの理論研究が経年変化を扱う様々な概念枠組と仮説を提唱してきたのに対して,その実証分析はほとんど行われていないのである。

そこで本論は,日本の小売業態の発展を長期にわたる異業態間競争の観点から捉えて,2つのリサーチ・クエスチョンを提示する。第1に,新たな小売業態の参入がいかにして行われたのかを問う。この問いは,新規小売業者の参入ポジションに関するものである。第2に,参入した小売業態がどのような発展経路をたどったのかを問う。あらかじめ結論を述べると,新たな小売業態は既存小売業態よりも(1)高サービス・高価格の革新的技術もしくは(2)低サービス・低価格の破壊的技術として参入し,参入後には格上げと持続的イノベーションの2タイプの経路をとって発展したことが実証分析によって示される。

2  既存研究

小売業者は,仕入れた財と小売サービスからなる合成財を消費者に販売する(風呂,1979)。小売サービスには,品揃え,立地,ロットサイズ,配送時間(Bucklin, 1966)だけでなく,接客や店舗設備によって得られる購買経験(Schmitt, 1999),価格など,様々なものが含まれる。小売業態が小売サービスの組み合わせであるならば,その組み合わせは理論的には無限にありうる。しかし,現実にはごくわずかの組み合わせが小売業態として存在するのみである。小売業態とは小売サービスの安定的な組み合わせのパターンであり(高嶋,2003池尾,2005),個々の小売業者は何らかの小売業態を選択して競争することとなる。したがって,小売業態とは個々の小売業者ではなく,その集合を示す概念である。

小売業態の盛衰に関する最初の研究であるMcNair(1958)およびMcNair & May(1976)による小売の輪(wheel of retailing)は,ライフサイクルを分析枠組とするものであり,様々な社会的・経済的要因を考慮するものであった。それによると,出現当初の革新的小売業態は,社会から異端と評価されるため,銀行や投資家からの資金調達にも困窮する。しかし,低い営業費用を実現させるイノベーションは,低価格訴求を可能として消費者を魅了する。その後,革新的小売業態は次第に格上げ(trading up)を行うことで品質やサービスを高めていき,既存小売業態から取引を奪う成長期が来る。その後,設備が巨大化した小売業態は成熟期に入り,主に業態内競争を展開する。業態内競争は投下資本利益率を低下させ,小売の輪の次の回転である新たな小売業態に対する抵抗力を弱めていく。もはや既成の勢力となった小売業態は,自らと同様に低費用に基づいて攻勢をかける小売業態の攻撃に対して脆弱となり,同じプロセスが繰り返されることになる。

しかし,清水(2007)が指摘するように,現在幅広く知られている小売の輪の仮説はHollander(1960)が定式化したそれである。Hollanderによれば,新たな小売業態は,薄利多売を可能とするイノベーションを発生させ,高回転率と低マージンに基づいて低価格を訴求する小売業態として参入してくる。しかし時間が経過すると,この小売業態は徐々にサービス水準を高めて高価格販売へと移行する。すると,当初の低価格帯が空白となることで,そこに別の小売業態が低価格業態として参入する。このように,Hollanderは,低価格業態と高価格業態があたかも車輪が回転するかのように発展すると仮説化した。Hollander(1960)は,「マージンと費用の変化についての命題が小売の輪の中核である(p. 38)」と主張したように,McNairが描いたような革新的小売業態が成熟期以降に直面する経営方式の陳腐化や競争関係の変質については述べていなかったのである(清水,2007,p. 56)。

しかし,その後の研究は,Hollanderが単純化した小売の輪の仮説を修正・補強する形で展開されることとなった2)。研究の多くは,小売業態イノベーションは低価格業態として発生するという小売の輪の想定の修正に向けられてきた。この点を解決する最も重要な研究がNielsen(1966)による真空地帯論である。その主張によれば,小売業態は技術に制約されており,高サービス小売業者は高価格帯に,低サービス小売業者は低価格帯に初期的にポジショニングしている。しかし,消費者選好は中価格帯に集中していると考えられるため,両者は中間のポジションへと移動する。すると,両者が動いた後のポジションが空白の真空地帯(vacuum)となり,そのポジションへと新たな小売業態が参入することになる。オリジナルの真空地帯論は,価格とサービスを同じ次元と見なしていたため,多様な小売業態を描写できないという問題を抱えていた。この点で,池尾(2005)による小売業態動態仮説は,価格とサービスを別次元とする多属性モデルに基づいて,真空地帯論が想定する移動を同一の技術フロンティア上の移動とする一方,小売の輪の参入は技術フロンティアのシフトを伴うものと区別して厳密な理論的分析を行っている。

McNairの小売の輪の仮説は,破壊的イノベーション研究にも大きな影響を与えている(Christensen, 1997, p. 84,邦訳p. 123)。イノベーションは,既存の評価尺度に沿ってその水準を高める持続的イノベーションと,既存の主要な評価尺度では劣るが別の優れた次元を持ち,主要顧客以外に受け入れられる破壊的イノベーションの2つに分類される。Christensenは,既存の企業や製品は持続的イノベーションに専心する一方で,破壊的イノベーションによって弱体化すると主張した。小売の輪が想定する高回転・低マージン率の小売業態の参入は,小売サービスを劣化させるという意味で既存の評価尺度では破壊的技術である。そして格上げという発展経路は,破壊的技術として参入した新小売業態が小売サービスを高めることによって既存顧客の要求するニーズを満たしていくプロセスに該当する。Christensen & Tedlow(2000)はこの仮説に基づいて米国の小売業態イノベーションを吟味しており,彼等はグロス・マージン率(小売サービス水準の代理変数)と在庫回転(価格水準の逆数の代理変数)を用いて,百貨店,スーパーマーケット(SM),ネット小売業の変遷を分析している。そして,小売サービスで劣っていても,価格を下げることによって利益を得る小売業態が破壊的技術として,既存小売業態を凌駕していく様を描写した。

格上げ以外の発展経路を主張する研究として,Levy, Grewal, Peterson, & Connolly(2005)のビッグ・ミドル仮説がある。ビッグ・ミドルとは,最大規模の小売業者が長期にわたって操業できるだけの十分な数の消費者が存在し,長期的な成長を可能とする市場セグメントのことである。それは,価格とサービスの軸で作られたマップ上で,中間的な位置にある。Levy et al.(2005)によると,新たな小売業態は,低価格もしくは高サービスのいずれかを強調して参入し,その後,成長する小売業態は長期的成長を可能とするビッグ・ミドルへと移行し,そうでない企業は退出していくと結論づけている。

以上の既存研究の知見を統合すると,(1)新たな小売業態は,小売の輪が提唱する高回転・低マージン業態だけではなく,低回転・高マージン業態としても参入すること,(2)参入後の小売業態は,格上げだけでなく,格下げという形でも成長することになる。

しかし,既存研究には2つの問題が残されている。第1に,発展経路について,在庫回転とグロス・マージン率のトレードオフを強調するあまり,格上げと格下げしか議論されていない。在庫回転とグロス・マージン率の両方を高めるような,Christensenのいう持続的イノベーションの可能性が無視されているのである。第2の問題点として,定量的な実証分析が欠如している。小売業態の盛衰は歴史的現象であり,その分析には長期にわたるデータが必要である。わずかな期間だけで観察される2つの小売業態の攻防だけを観察しても,歴史的な傾向として日本で何が生じたのかを知ることは難しい。したがって,パネルデータによる分析が必要である。

3  仮説

既存研究が示したように,小売業態の盛衰に関する研究は,(1)小売業態がどのように参入するか,(2)小売業態はどのように進化するかという問いに取り組んできた。本論では,Christensenの破壊的技術に基づく枠組を提案して,2つの問いに答えるべく仮説を導出する。

図1は,横軸を小売サービス,縦軸を経済性としたポジショニング・マップである。経済性とは価格の逆数であり,経済性が高いほど低価格業態であることを示している。中心の点は既存小売業態を示している。新規小売業態は,この既存小売業態に対して,4つの象限のいずれかに参入することになる。既存と新規の小売業態は,似た消費者ニーズを満たしており,その意味で強く競合していると考えられる。このマップは既存小売業態を中心として4つの象限に区分されている。まず,既存小売業態に比べて,(1)小売サービスと経済性の双方について勝っている領域を優位技術(superior technology),(2)双方について劣る領域を劣位技術(inferior technology)と定義する。さらに,ある尺度では劣るものの別の尺度では勝っている左上と右下の領域をそれぞれ,(3)経済性に勝るが小売サービスで劣る破壊的技術,(4)小売サービスに勝るが経済性で劣る革新的技術として定義する。小売の輪は(3)のタイプの参入を想定した一方で,真空地帯論やビッグ・ミドル仮説は(3)および(4)の双方を想定した研究であると見なすことができる。無論,双方の尺度で勝る優位技術として参入できることは望ましいが,企業が直面する技術制約を考えれば,それは難しいであろう。

図1 

参入ポジションによる分類

この枠組に基づき,以下の仮説が提案される。まず参入ポジションについて,新規参入する小売業態は,似たセグメントをターゲットとする既存小売業態に対して,破壊的技術もしくは革新的技術として参入するものと考えられる。なぜなら第1に,既存小売業態に対して経済性でも小売サービスでも勝る優位技術として参入することは,組織能力の蓄積に乏しい新規小売業態には困難だからである。第2に,いずれの指標でも劣る劣位技術としての参入も生じないであろう。小売業態が提供する小売ミックスは経済性と小売サービスに限られないとはいえども,この2つの指標は小売業態の主要な市場提供物であるから,劣位技術として参入しても顧客の大きな支持は得られないと考えられる。第3に,新規参入する小売業態はある指標については既存小売業態よりも高めつつ,別の指標については劣化させるという形で,特徴のあるビジネスモデルを形成して参入するであろう。小売の輪は,小売サービスを縮小しつつ,経済性を高める参入を描写してきた一方で,真空地帯論やビッグ・ミドル仮説は,小売の輪の対極として,小売サービスを高めて経済性を低める参入も描写してきた。また,小売業態動態仮説では,属性の組み合わせとして小売業態を描写するがゆえに,新規参入した小売業者が,既存小売業態内の進化なのか,それとも新たな小売業態の登場であるのかが判然としない。そこで,本論では小売業態の規定を概念枠組の外部の二次データによって行うことで,この問題に対処する。以上をふまえて,新規小売業態の参入について,仮説1を提唱する。

仮説1:小売業態は,破壊的技術もしくは革新的技術として参入する。

次に,参入した小売業態がその後にとる発展経路の仮説を提唱する。真空地帯論やビッグ・ミドル仮説,小売業態動態仮説が想定するように,消費者の選好がマップの中央を中心として正規分布しているのであれば,マップの周縁部に参入した小売業者はより多くの顧客を求めて,マップの中心へと移動するものと考えられる。したがって,破壊的技術からは格上げし,革新的技術からは格下げするであろう。

なお,真空地帯論や小売業態動態仮説は,技術フロンティア上で選好が集中する中心部に複数の小売業者が移動していくに連れて,当初から中心部に位置取りしていた小売業者が真空地帯へとジャンプしていく様を描いている。したがって,これらの理論が想定している発展経路は,同一の技術フロンティア上での循環的な動きであり,特定の方向のみに動くものではないことに注意が必要である。そこで,参入ポジションに依存して発展経路が特定の方向に定まる点を認めて,以下の仮説を提唱する。

仮説2:破壊的技術として参入した小売業者は格上げする。

仮説3:革新的技術として参入した小売業者は格下げする。

4  データ

日本経済新聞社発行の『日本の小売業調査』に基づいて,1981年から2011年までに売上トップ100位に1回以上ランクインした小売業者をリストアップした。この作業によって312社の小売業者が抽出された。続いて,抽出された312社について,日経NEEDS Financial Questによって財務データを取得した。期間は1964年から2013年の50年間である3)。312社のうち,非上場企業を除いて,188社の財務データが取得された。次に,各社を11の小売業態に分類した。『日本の小売業調査』が付与した業態を主に用い,細分化した業態については各社の有価証券報告書を確認し,特定の業態に分類した。

表1  サンプルの内訳
小売業態 代表的企業 観測数 参入年度
百貨店 三越,伊勢丹,高島屋 854 1964以前
専門店 青山,丸善,トイザらス 503 1964以前
家電量販店 ヤマダ電機,エディオン,ビックカメラ 417 1965
スーパーマーケット ライフ,マルエツ,いなげや 839 1965
総合スーパー イオン,イトーヨーカドー,西友,ダイエー 456 1965
コンビニエンス・ストア セブンイレブンジャパン,ローソン,ファミリーマート 117 1975
ホーム・センター カーマ,ホーマック,ケーヨー 219 1978
SPA ファースト・リテイリング 14 1980
ドラッグ・ストア マツモトキヨシ,カワチ薬品,ツルハ 150 1984
ディスカウント・ストア ドン・キホーテ,ダイクマ 20 1993
100円ショップ ショップ99,大創産業 9 2001

企業の財務データを用いるには,単独決算もしくは連結決算のいずれを用いるのかが問題となるが,今回は単独決算のデータを用いた。連結決算では1つの小売企業が複数の小売業態を経営することになり,個々の小売業態の情報が歪むためである。持株会社化した企業については,現業を行わない純粋持株会社化した企業はその年度からサンプルから削除し,現業を行う事業持株会社の場合はサンプルに含めたままとした。また,財務データ分析を行うには外れ値の処理が必要である。そこで,ROAの上下の各0.5%を外れ値と見なしてROAのz得点を算出し,絶対値で2.58より大きな値をとるオブザベーションを削除した(大日方,2013)。最終的に,1964年から2013年の50年にわたる11業態125社のアンバランス・パネルデータが構築された4)。サンプルサイズはn = 3,598となった(表1)。

注意すべきことに,このデータセットにおける参入年度とは,個々の企業が株式市場に上場した年度によって定義され,個々の企業が実際に創業した年度を示すのではない。このデータセットは有価証券報告書を用いて作成されているため,上場以降の年度しかデータを入手できないためである。この点で,このデータの解釈には注意が必要である。

変数については,Christensen & Tedlow(2000)にならって,本論でも小売サービスをグロス・マージン率で代理的に測定する。グロス・マージン率は「(売上-売上原価)/売上」として定義される。この指標は小売業者が仕入れた商品の総額に対してどの程度のマージンを上乗せしているかを示しており,この指標が高いほど,小売業者は強い価格決定力を持つと考えられる。その価格決定力の源泉は小売サービスにあり,優れた小売サービスを提供している小売業者ほど消費者に売上原価を大きく上回る価格を設定可能であると考えられる。したがって,グロス・マージン率を小売サービスの代理変数として用いることができるであろう。

次に,経済性についてもChristensen & Tedlow(2000)と同様に,在庫回転で代理的に測定する。経済性が高い企業ほど,低価格を設定できる。在庫回転は「売上原価/平均在庫」によって定義される。この指標は1年間に小売業者が,1時点で保有している在庫量を何度販売したかを示しており,この指標が高いほど価格を引き下げて薄利多売に傾き,経営効率が高い小売業者であるとみなされる。したがって,在庫回転を経済性の代理変数として用いることができるであろう。

5  記述的分析

本節では,前節で構築されたデータを用いて,日本の小売業態の発展経路の記述的な把握を試みる。ここでは,参入ポジションおよび発展経路の確認の2つの作業が行われる。

第1に,参入ポジションを確認する。そのために,新規小売業態を採用して参入した企業が,それと競合すると考えられる旧小売業態に対してどのようなポジションをとったかを視覚的に確認する。たとえば,スーパーマーケット(SM)と総合スーパー(GMS)は1965年に参入した(図2)。多くの既存研究が想定してきたように,2つの業態にとっての旧小売業態が百貨店であるとすると,これら2つの業態は左上のポジションに参入しており,低グロス・マージン率(低い小売サービス)と高在庫回転(低価格)という破壊的技術によって参入したことが分かる。

図2 

各年の参入ポジション

注記:縦軸は対数在庫回転,横軸は対数グロス・マージン率である。

参入ポジションは図3に要約される。第2象限の破壊的技術にはSM,GMS,家電量販店,ドラッグストア,ディスカウントストア,100円ショップが,第4象限の革新的技術には家電量販店5),ホーム・センター(HC),SPAが,左下の劣位技術としてはコンビニエンス・ストア(CVS)が該当した6)。右上の優位技術として参入した小売業態は予想通り皆無であった。

図3 

参入ポジション

1974年に参入したCVSはグラフのはるか左下に位置しており,グラフには登場しない。しかし,CVSは参入の翌年の1975年には高在庫回転・低グロス・マージン率のポジションに移行しており,初年度は狙っていたポジションの準備段階であったことがうかがえる。

次に,新規小売業態の参入後の発展経路を確認する。そのためにここではモーション・チャートと呼ばれるグラフを用いる。図4は,2013年の小売業態の分布を示すモーション・チャートである。横軸にグロス・マージン率,縦軸に在庫回転率をとり,個々の円が小売企業を示す。そして,円の大きさは各社の売上を,円の色は各社が採用している小売業態を指す。CVSは店舗を運営するフランチャイザーとして操業していることから,右側に位置しており,他の小売業態とは離れていることが分る。明らかに収益構造が異なるCVSを除けば,財務理論が教える通りに各社は右下がりに分布していることと,同じ色が近接立地しており,同じ小売業態が似た収益構造を持っていることを見てとれる。このグラフを年別に動かすことで,小売業態の参入とその後の動きを追うことが可能となる。

図4 

2013年の小売業態の分布

モーション・チャートを用いて,小売業態ごとに2つの変数の平均値を算出し,参入後の発展経路を記述的に示したのが図5図6である。図5の百貨店,SM,GMS,CVS,100円ショップが右上の方向に発展しており,持続的技術であることが分る。一方,図6の家電量販店,HC,SPA,ドラッグストア,ディスカウントストアは右下の方向へと発展しており,格上げしていることが分る。仮説に反して,格下げの方向に向かう小売業態はいなかった。したがって,仮説3は棄却され,小売の輪の仮説の頑健性が示された。

図5 

小売業態の発展経路:持続的技術

図6 

小売業態の発展経路:格上げ

記述的分析の知見は以下の通りである。第1に,新規小売業態はほとんどのケースで破壊的技術ないし革新的技術として参入していた。このことは,新規小売業態は,既存業態に対する強みを補強する一方で,弱い部分をいたずらに補強していないものと解釈される。差別化に失敗する企業には,競合他社に比べて弱い属性の強化を好み,強い属性を突出させようとはしない傾向がある(Moon, 2010)。それに対して,参入に成功する新規小売業態は既存業態に比べて劣った属性を強めるのではなく,薄利多売もしくは高価格・高サービスのいずれかを選んで戦略の焦点を絞っているのである。

第2に,参入後の発展経路については,格上げは支持されたものの,格下げは観察されず,棄却された。その代わりに,持続的イノベーションが観察されたことが注目される。そこで,この発見をさらに検討すべく,次節では計量的な分析を行う。記述的分析の結果は以下の通りである。

仮説1:小売業態は,破壊的技術もしくは革新的技術として参入する。 →支持

仮説2:破壊的技術として参入した小売業者は格上げする。 →支持

仮説3:革新的技術として参入した小売業者は格下げする。 →棄却

6  発展経路のマルチレベル分析

本節では,仮説2「格上げ」と,前節で述べた「持続的イノベーション」について統計的に吟味するべく,小売業態の発展経路の統計分析を行う。使用するデータセットは前節と同じであり,このデータは小売業態,小売業者,年度の3層構造となったマルチレベル・データである。この種のデータの分析技法はマルチレベル分析と呼ばれ(筒井・不破,2008),流通・マーケティング研究では徐・若林(2013)横山(2014)徐・若林(2015)などの適用例がある。

推定されるモデルは,従属変数を在庫回転,独立変数をグロス・マージン率としたマルチレベル・モデルである。従属変数に在庫回転をとっているのは,前節の記述的分析と整合させ,分析結果の解釈を容易にするためである。

変数は次の通りに定義した。在庫回転とグロス・マージン率については前節と同様であり,いずれも対数をとっている(lnITおよびlnGM)。コントロール変数として,操業年数(Year),売上高(Sales),従業員数(Employees),GDPデフレータ成長率(GDP)を導入した。操業年数は各年について「暦年マイナス当該企業が上場した年度」と定義した。操業年数,従業員数,売上高については対数をとった(In Year,In Employees,In Sales)。企業や小売業態の財務成果は各年の景気に強く依存しているため,景気をコントロールする必要がある。そのためにGDPデフレータ成長率を投入した。定義は「(j年のGDPデフレータマイナスj − 1年のGDPデフレータ)/(j − 1年のGDPデフレータ)」である。さらに,小売業態に異質性をもたらす変数として資本強度(Capital Intensity)を用意した。資本強度は「平均固定資産/(平均在庫+平均固定資産)」として定義される。この指標は小売企業がもつ資産のうち,どの程度が固定資産に振り向けられているかを示しているため,小売業態の資本集約度の指標として用いる(Gaur et al., 2005)。記述統計量と相関係数は表2の通りである。

表2  相関係数と記述統計量
 ln IT  ln GM  ln Year  ln Employees  ln Sales  GDP CI
在庫回転(ln IT) 1
グロス・マージン率(ln GM) −0.037 ** 1
操業年数(ln Year) 0.061 *** 0.486 *** 1
従業員数(ln Employees) −0.020 0.075 *** 0.219 *** 1
売上高(ln Sales) 0.166 *** 0.249 *** 0.616 *** 0.764 *** 1
GDPデフレータ成長率(GDP) −0.120 *** −0.293 *** −0.593 *** 0.131 *** −0.333 *** 1
資本集約度(CI) 0.669 *** 0.112 *** 0.185 *** 0.163 *** 0.232 *** −0.139 *** 1
平均 2.420 −0.001 −0.003 7.291 11.480 0.011 0.703
標準偏差 0.699 0.149 0.717 0.995 1.183 0.033 0.141
最大値 −2.619 −1.933 −2.337 2.565 6.753 −0.022 0.132
最小値 4.203 1.293 0.901 9.975 14.750 0.208 0.985

モデルの設定は以下の通りである。まず,時点ごとに集計されたレベル1のモデルについて,企業と小売業態の異質性を考慮するため,企業レベルの誤差項としてu0jku1jkを,小売業態レベルの誤差項としてe0ke1kを導入した。次に,レベル1の定数項β0とグロス・マージン率の係数β1は企業ごとに変動すると考えられるため,レベル2のモデルによって企業ごとの異質性をコントロールした。すなわち,β0とβ1は,各社のパラメータであるγ0kとγ1kによって変動するとモデル化した。さらに,γ0kとγ1kは各企業が属する小売業態によって変動するものと考えられるため,レベル3では小売業態の異質性を導入し,小売業態別パラメータとしてδ01とδ11を導入する。また,グロス・マージン率と操業年数は,個々のオブザベーションの対数値を企業ごとの平均値から引いて中心化してある。

 

レベル1(時点)

  
InIT ijk = β 0 + β 1 lnGM ijk + β 2 lnYear ijk + β 3 lnGM ijk *lnYear ijk + β 4 lnGM ijk * lnYear ijk *Format k +Controlsβ+ r ijk

レベル2(企業)

  
β 0 = γ 0k + u 0jk β 1 = γ 1k + u 1jk

レベル3(小売業態)

  
γ 0k = δ 00 + δ 01 Capital Intensity ijk + e 0k γ 1k = δ 10 + δ 11 Capital Intensity ijk + e 1k

分析のターゲットとなる独立変数はグロス・マージン率(lnGM)である。在庫回転はグロス・マージン率とトレードオフにあるため,β1 < 0と予想される。この関係は財務理論からも自明である7)。在庫回転の高い小売業態は薄利多売型業態となり,グロス・マージン率が低くとも利益を得ることができる。逆に,在庫回転の低い小売業態は高付加価値型となり,高いグロス・マージン率で利益を得ることとなる。したがって,まずは在庫回転とグロス・マージン率の負の関係を確認する必要がある(Gaur, et al. 2005)。

注目すべきポイントは,グロス・マージン率と操業年数の交互効果(lnGM*lnYear)のパラメータのβ3である。これは経年による在庫回転率への効果を全ての小売業態について示したものである。lnGMの負の傾きは,β3が正の場合は緩やかになり,負の場合は急になるものと予想される。したがって,このパラメータが正であるなら,小売業者を全体としてみた場合に,経年によって持続的イノベーションが進み,負であるならば経年によって格上げが進んでいることを示す。

在庫回転とグロス・マージン率の負の関係は,業態によって変化する。これはグロス・マージンと操業年数と業態の三重交互効果(lnGM*lnYear*Format)のパラメータβ4によって示される。持続的技術となる業態では,β4は正となり,lnGMの負の傾きを緩やかにすると想定される。格上げとなる業態については,β4は負となり,lnGMの負の傾きを急にすると想定される。したがって,この三重交互効果項のパラメータは,小売業態間の発展経路の差異を示すものと期待される。

最初に,系列相関の検定を行った。一次の自己相関の検定(Wooldridge, 2002, pp. 282–283)を行ったところ,系列相関がないという帰無仮説は棄却された(F(1, 129) = 17.117, p < 0.000)。そこで,独立変数に従属変数のラグ項(lnITt-1)を導入して系列相関に対処した。分析結果は表3の通りである。まず,独立変数を含めない帰無モデル(1)を推定したところ,級内相関係数は業態レベルで0.232,企業レベルで0.335と大きく,マルチレベル分析を行う意義があると判断された。対数尤度はモデル(7)が665.298と最も大きく,フィットしていた。

表3  分析結果
モデル (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
ラグ付き従属変数(lnITt-1 0.768*** 0.766*** 0.743*** 0.694*** 0.567*** 0.612*** 0.549***
(0.01) (0.01) (0.01) (0.01) (0.01) (0.01) (0.01)
グロスマージン率(lnGM) −0.033 −0.143*** −0.194*** −0.163*** −0.112*** −0.171***
(0.026) (0.03) (0.03) (0.028) (0.028) (0.028)
操業年数(lnYear) 0.034*** 0.020*** −0.198*** −0.143*** −0.195***
(0.007) (0.007) (0.012) (0.010) (0.011)
グロスマージン率*操業年数(lnGM*lnYear) −0.183*** −0.247*** −0.107*** −0.643*** −0.773***
(0.038) (0.038) (0.036) (0.065) (0.065)
従業員数(lnEmployees) −0.259*** −0.245*** −0.260***
(0.011) (0.011) (0.011)
売上(lnSales) 0.258*** 0.230*** 0.261***
(0.011) (0.011) (0.011)
GDPデフレータ成長率(GDP) −0.540*** −0.760*** −0.548***
(0.165) (0.162) (0.160)
lnGM*Year*百貨店ダミー 0.797*** 0.686***
(0.099) (0.102)
lnGM*Year*SMダミー 0.982*** 1.209***
(0.0973) (0.0968)
lnGM*Year*GMSダミー 0.837*** 0.964***
(0.108) (0.106)
lnGM*Year*CVSダミー 0.406 0.283
(0.295) (0.286)
lnGM*Year*100円ショップダミー −7.546 −7.896
(10.96) (10.59)
lnGM*Year*家電量販店ダ ミー 0.792*** 0.929***
(0.099) (0.098)
lnGM*Year*ホームセンターダミー −0.263 −0.116
(0.192) (0.194)
lnGM*Year*ドラッグストアダミー −0.386 −0.151
(0.513) (0.513)
lnGM*Year*SPAダミー 1.228 1.486
(0.981) (1.115)
lnGM*Year*ディスカウントストアダミー 0.696 1.002*
(0.584) (0.580)
定数項 0.547*** 0.551*** 0.612*** 0.539*** −0.485*** 0.0213 −0.462***
(0.0496) (0.0499) (0.0537) (0.0658) (0.135) (0.110) (0.157)
業態レベル(レベル3)
 級内相関係数 0.230*** 0.232*** 0.263*** 0.236*** 0.555*** 0.485*** 0.687***
 標準誤差 (0.090) (0.090) (0.097) (0.160) (0.15) (0.125) (0.113)
 定数項の標準偏差 0.131*** 0.131*** 0.144*** 0.137*** 0.280*** 0.233*** 0.371***
 定数項の標準誤差 (0.033) (0.034) (0.036) (0.061) (0.086) (0.058) (0.097)
 傾きの標準偏差 0.404*** 0.753*** 0.844***
 傾きの標準誤差 (0.114) (0.186) (0.202)
企業レベル(レベル2)
 級内相関係数 0.333*** 0.336*** 0.387*** 0.414*** 0.736*** 0.664*** 0.826***
 標準誤差 (0.083) (0.083) (0.085) (0.128) (0.090) (0.082) (0.063)
 定数項の標準偏差 0.087*** 0.088*** 0.099*** 0.119*** 0.160*** 0.141*** 0.167***
 定数項の標準誤差 (0.010) (0.010) (0.010) (0.011) (0.012) (0.011) (0.012)
残差の標準偏差 0.222*** 0.222*** 0.219*** 0.216*** 0.193*** 0.194*** 0.187***
標準誤差 (0.002) (0.003) (0.003) (0.003) (0.002) (0.002) (0.002)
対数尤度 176.645 177.447 206.222 232.436 562.54 581.946 665.298

括弧内の数値は標準誤差を示す。***:p < 0.01,**:p < 0.05,*:p < 0.1。

グロス・マージン率(lnGM)とグロス・マージン率と操業年の交互効果(In GM * In Year)は全てのモデルで有意な負の関係があった。したがって,在庫回転率とグロス・マージンが負の関係を持ち,その傾きは経時的に強くなっていくことが分る。企業レベルと小売業態レベルのパラメータはいずれも有意であり,マルチレベルで企業と小売業態の異質性をコントロールすることでモデルのフィットが高まっている。

注目すべきは三重交互効果(In GM * In Year * Format)のパラメータである。小売業態ダミーは係数ダミーとして機能するため,在庫回転率とグロス・マージン率の右下がりの傾きを変動させる。このパラメータが正となった百貨店,SM,GMS,家電量販店,ディスカウントストアは,小売の輪の仮説とは異なって,持続的イノベーションの経路を選んだことが分る。一方,CVS,100円ショップ,HC,ドラッグストア,SPAではこの係数は有意ではなく,β2が負であったことから,経年的に格上げしていることが見出された。

7  結論

小売の輪の仮説は,新規小売業態が低価格・低サービス業態として参入した後に格上げし,空白となったポジションへの新たな低価格・低サービス業態の参入とその格上げが繰り返され,あたかも車輪が回るかのように小売業態が進化していくことを主張する仮説であった。本論は,小売の輪の実証的な根拠が存在しないことを出発点として,日本の小売業態をめぐってどのような参入と発展経路が生じたのかを解明すべく,長期にわたるデータセットを構築して実証分析を行った。その結果,(1)参入については,破壊的技術と革新的技術の2つによって,ほとんどの小売業態の参入が説明できること,(2)発展経路には,小売の輪が想定する格上げだけではなく,持続的イノベーションも多く観察されることが実証的に見いだされた。すなわち,日本における小売の輪は,(1)低価格・低サービスだけではなく高価格・高サービスでも新規小売業態が参入し,(2)格上げだけではなく持続的イノベーションという別の回転も併存する形で回っていたのである。

この分析結果は,既存の枠組に修正を迫るものである。革新的技術と持続的イノベーションはMcNairやHollandarの小売の輪では議論されていなかった。Nielsenの真空地帯論では所与のフロンティア上での真空地帯への参入と移動を扱っていたため,イノベーションを伴う参入や発展経路を描写してこなかった。また,Levy et al.のビッグ・ミドル仮説が主張する格下げは観察されなかったことから,小売業態に格下げを抑制させるメカニズムを検討する必要があろう。さらに,Christensenの破壊的イノベーション仮説は,低価格・低サービスの破壊的技術を想定したものであるが,高価格・高品質の革新的技術については検討していない。最後に,池尾(2005)による小売業態動態の仮説は,寡占を想定する演繹的な理論モデルであるため,多種多様な業態が入り交じる経年的変動については検討していない。以上の問題を解決しうる理論モデルの提唱は今後の課題である。

発展経路が2つに分かれたのはなぜだろうか。1つの原因は品揃えの広さかもしれない。第5節の記述的分析によると,持続的イノベーションをとった小売業態(百貨店,SM,GMS,CVS,100円ショップ)は,様々な分野で幅広く品揃えをするいわば総合的な小売業態であった。一方,格上げをとった小売業態(家電量販店,HC,ドラッグストア,SPA,ディスカウントストア)は,比較的狭い分野に品揃えを絞り込む小売業態であった。このような品揃えの違いが発展経路の違いをもたらしたのかもしれない。例えば,品揃えが狭い小売業態であれば延期的在庫調整にフィットし,それが広い小売業態は延期で調整しきれず,投機的に在庫調整するようになるものと考えられる。物流処理や情報処理におけるイノベーションは小売業者に延期化を促すが(高嶋,1994),品揃えが広く/深くなるほど,在庫調整に伴う情報処理負荷は高くなる。したがって,イノベーションの延期化効果は品揃えによってモデレートされており,品揃えが広く/深くなるとイノベーションの延期化効果が弱まり,投機的な在庫調整様式に傾くものと考えられる。投機型在庫調整のメリットは規模の経済に基づく低コスト化であることから,より安く,より高いサービスを提供する持続的イノベーションにつながったものと推論される。こうした流通様式と小売業態発展経路の関連性は興味深い問題であり,今後も研究が必要であろう8)

本論が用いたデータセットは,業態内での企業の経営指標の分散を表現するものであった。したがって,特定の業態内での優良企業や劣位企業の発見に用いることができよう。矢作(2011)が優秀小売業を財務データによって抽出しているが,パネルデータを用いることで動態的な特徴に基づいて優良企業を選定することもできよう。したがって,本論は計量的分析だけでなく,ケース研究にも資するものと期待される。

本論は将来の研究課題も提起している。大きな問題は,ビッグ・ミドル仮説が想定するような格下げが日本において観察されないことである。Christensen(1997)は,既存企業が破壊的技術の登場によって,上位市場へと押しやられていく様を描いている。本論の分析結果はこの主張を裏付けるものであり,低価格化は既存小売業態内部のイノベーションとしてではなく,新規小売業態によってのみ可能になることを示している。この問題は,既存小売業態が格下げできないのはなぜかという新たなリサーチ・クエスチョンを提起しているのである。

本論にはいくつかの問題点も残されている。本論では財務データを用いることで,長期的分析や分析の再現性を確保できたものの,近年の持株会社化の趨勢により,最近になるほどサンプルから脱落する企業が増えている。さらに,ネット小売業についてもサンプルには含めていない9)。小売業態をめぐる競争環境を正確かつ幅広く描写するためには,データベース構築の努力を継続する必要があろう。

謝辞

執筆段階でアドバイスを下さったHugh Patrick(コロンビア大学),石原昌和(ニューヨーク大学),Jaihak Chung(西江大学校),高橋郁夫,小野晃典,田邉勝己(慶應義塾大学),竹口圭輔,横山斉理(法政大学),高嶋克義,南知惠子(神戸大学),山下裕子(一橋大学),鳥居昭夫,木立真直,三浦俊彦,佐久間英俊,本庄裕司,江口匡太,熊倉広志,原田喜美枝,結城祥(中央大学)の先生方と,本誌のアリア・エディタおよびレビュワの先生方に感謝します(敬称略)。本研究はJSPS科研費JP23730410,中央大学特定課題研究費「小売業態進化と破壊的技術の理論的・実証的研究」の助成を受けたものです。

2)  価格と小売サービスの2つの次元以外に着目して小売業態の変化を説明する代表的な枠組として,品揃えの変化に着目するアコーディオン仮説(Hollander, 1966)や,既存小売業態と革新的小売業態が織りなす矛盾が新たな小売業態を生み出すという弁証法仮説(Gist, 1968),製品ライフサイクルを小売業態に応用したライフサイクル仮説(Davidson, Bates, & Bass, 1976)などがある。

3)  ROAなどのストック変数を算出するには前年度の数値も必要であるため,実際には1963年のデータも取得されている。

4)  日本の小売業の売上の分布は対数正規分布であり,上位企業に集中している(田村,2004)。したがって,サンプルを構成する125社が日本の小売業をそのまま代表するわけでないにせよ,相当程度の近似になっていることが期待される。

5)  家電量販店が低価格・低サービスと高価格・高サービスの両者にカテゴライズされているのは,1965年に参入した2社がそれぞれ別々のポジションをとったためである。

6)  新規小売業態にとっての参照点は当時の競合小売業態である。参入ポジションの分類は,図2にプロットされた点の相対的位置関係によって判断した。具体的には,1965年のSM,GMS,家電量販店の参照点は百貨店,1974年のCVS(ただし,本文で言及されているように,図に現れるのは1975年である)の参照点はSM,1978年のHCの参照点はSMとGMS,1984年のドラッグストアの参照点はGMS,1993年のディスカウントストアとSPAの参照点はGMS,2001年の百円ショップの参照点はGMSである。

7)  これは小売業では交差比率としてよく知られた公式である。交差比率=グロス・マージン率×在庫回転率=((売上高-売上原価)/売上高)×(売上高/平均在庫)=グロス・マージン/平均在庫である。

8)  この点は,高嶋克義神戸大学教授のコメントに基づいている。記して感謝したい。

9)  本論のサンプルにネット小売業が含まれていないのは,データの入手可能性だけではなく,その事業形態の特殊性のためでもある。代表的なネット小売業であるアマゾンジャパン合同会社は非上場であるため財務データを公表していない。また,楽天は財務データを公表しているが,彼らの事業形態は商品を仕入れて売るタイプの商人型仲介業者(merchant)ではなく,売り手(出店企業)と買い手(消費者)を結びつけて手数料をとるプラットフォーム型仲介業者である。伝統的な意味での小売業者とは異なるため,本論では楽天をサンプルに含めなかった。

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