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Decision Making of Project Members in New Product Development, and its Effect on Performance
Tetsuo Horiguchi
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2019 Volume 22 Issue 1 Pages 1-15

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Abstract

企業間競争の激化等の要因により,企業は技術的・市場的に新規性の高い新製品を以前よりも頻繁に導入することが求められている。このような新規性の高い新製品開発においては,新製品開発者が如何に正しい判断を行えるかという点が大きな課題となる。本研究では,先行研究,統計分析の結果をもとに,戦略的状況における意思決定の行われ方として,分析的判断,直観的判断,連想的判断の3つが存在することを明らかにした。その上で,技術的・市場的に新規性の高い新製品開発において,どのような意思決定がより有効なのかについて明らかにした。

Translated Abstract

1  イントロダクション

近年,技術革新の進展や企業間競争の激化によって,企業は破壊的イノベーションの出現による優位性の急速な喪失(Christensen & Bower, 1996Christensen, 1997Bower & Christensen, 1998)や製品寿命の短縮化(中小企業研究所,2004)等の問題に常に晒されている。このような状況下において企業は,既存の技術・市場基盤を元にした漸進的な製品開発に加えて,自社にとって新しい技術・市場基盤を探索し,企業の事業範囲を広げる急進的な新製品開発を行い続ける必要がある(O’Reilly & Tushman, 2008)。

一方,このような急進的な新製品開発は,プロジェクト・リーダー等の意思決定者にとって大きな困難を伴うことが知られている(March, 2006)。すなわち,新規性の高い状況下では,情報収集の方法や機会・問題の構造がそもそも明確でなく(Reid & de Brentani, 2010),意思決定に必要な情報の収集が困難となる。そのため,意思決定者は,新製品開発を成功に導く上で,間違った判断をしやすくなる。この点を踏まえると,市場・技術的に新規性の高い状況下で,新製品開発担当者が如何に正しい判断を行えるのかという問題は,非常に重要である。

上記のような実務的関心に対し,意思決定プロセスに関するマーケティング分野の先行研究では,主に意思決定の仕方を「包括性(comprehensiveness)」(Fredrickson, 1984Fredrickson & Mitchell, 1984Atuahene-Gima & Murray, 2004),「合理性」(Dean & Sharfman, 1993, 1996;Elbanna & Child, 2007)と呼ばれる概念で捉え,意思決定においてどれほど詳細になるべく多くの要因を考慮しているかという点に着目してきた。さらに,マーケティング分野のほとんどの教科書では,STP,4P,SWOT等のフレームワークを複数用いて,自身の置かれている状況をできる限り広範囲・詳細に分析するような分析的な意思決定方法が提示されている(Moorman & Miner, 1998Kotler & Keller, 2006)。これらの研究のように,既存の意思決定プロセス研究では,戦略的意思決定を様々な要因を詳細に考慮する包括性の程度で捉えるものが主流であった。

一方,上記のように戦略的意思決定を包括性の程度という概念のみで捉えようとする場合,次のような点でさらに検討の余地がある。第1に先行研究では,新規性の高い状況下では包括的意思決定を実施することが困難となる場合があることが指摘されている(Gavetti, 2012)。このことを踏まえると,意思決定を包括性の程度で捉えた場合,包括的意思決定を行なうことが困難な状況下において,どのような判断方法を代わりに用いるべきなのかという問いにうまく答えることができない。

第2に,現実的に,意思決定者は,1つのプロジェクトや戦略策定において,1種類の判断方法ではなく,それぞれの意思決定に対して異なる判断方法を適用している可能性が高い(Atuahene-Gima & Li, 2004)。そのため,それらの意思決定を一律に意思決定の包括性という1つの構成概念のみで捉えることは少々無理があるように感じられる。

第3に,近年認知心理学,経営学分野の研究では,直観的判断や類推的判断のような複数の判断方法が提示されてきている(Evans, 2008Gavetti, Levinthal, & Rivkin, 2005)。意思決定プロセスのより現実的な描写を行い,また実務家にとって明確な示唆をもたらすためには,より具体的な判断方法を含んだ意思決定プロセスの描写が必要である。

第4に,包括的意思決定を想定している研究は,1960年代のデザイン・スクールの研究から既に非常に多くの蓄積がある。複数の研究者によって,戦略的意思決定プロセス研究の停滞が指摘されているが(Menon, Bharadwaj, Adidam, & Edison, 1999),それを打開する1つの手段として,より具体的な意思決定方法の類型について考慮する必要がある。

上記のような学術的な動向や現実的な場面を考慮すると,包括性のみで意思決定を捉えるのではなく,複数の判断方法を想定したモデルの構築が求められる。

以上の問題意識を踏まえ,本論では以下の研究目的を掲げる。第1に,先行研究の知見をもとに,意思決定の際の判断方法の類型化を行う。第2に,これらの判断方法が新製品開発の成果へ及ぼす影響について経験的に検討する。第3に,これらの判断方法が新製品開発の成果に及ぼす影響が,技術的・市場的に新規性の高い新製品開発においてはどのように変化するのかについて検討する。

以下では,まず新製品開発,戦略的意思決定プロセスに関する先行文献をレビューする。それを踏まえ,次に本論の仮説を提示し,その経験的な検討を行う。そして,分析結果に関する考察,そこから導き出される実務的・学術的インプリケーションについて言及する。

2  文献レビュー

2.1  新製品開発に関する先行研究

製品開発は企業の競争の要であり(e.g., Clark & Fujimoto, 1991),マーケティング分野では伝統的に,新製品開発に関する多くの研究が行なわれてきた。その中でも,企業の長期的な生存方法への関心の高まりから,新製品開発を漸進的なものと急進的なものに分けて捉える研究がこれまで多く行われてきた。新製品開発が漸進的であるか急進的であるかは,新製品開発が対象とする市場の新規性,新製品開発において適用される技術の新規性によって決定される(Chandy & Tellis, 1998Atuahene-Gima, 2005)。開発される新製品の新規性が高く,適用される技術の新規性が高いほど,その新製品開発は急進的であると言える。

これまでの研究は,漸進的な新製品開発と急進的な新製品開発では,成功のために求められる能力や文化,組織ルーティンが異なることを指摘している(Benner & Tushman, 2003Gupta, Smith, & Shalley, 2006)。例えば,漸進的な製品開発においては,実行,効率化,分散の低減等の活用的な活動に基づき,既存製品の改善が求められる。一方,急進的な製品開発においては,探索,リスク選好,逸脱等の探索的な活動に基づき,より根本的に新しい製品の開発が求められる(cf. Tushman & Smith, 2002)。そのため,先行研究ではこれらの2つの新製品開発では,どのように成功を規定する要因が異なるのかという点について多くの分析が行われてきた。具体的に,先行研究は,組織の分化やプロジェクト重視型組織の設置などの組織構造(e.g.,延岡,2002Raisch, Birkinshaw, Probst, & Tushman, 2009Christensen, 1997Herrmann, Gassmann, & Eisert, 2007),カニバリゼーションの積極性,市場志向性などの企業の志向性(e.g., Chandy & Tellis, 1998Lukas & Ferrell, 1997Zhou, Yim, & Tse, 2005),ユーザーとの関係や戦略的提携のような外部の主体との関係(e.g., Rothaermel & Deeds, 2004Lin, Yang, & Demirkan, 2007Chatterji & Fabrizio, 2014),開発リーダーの特徴やチームのメンバー構成などの新製品開発チームの特徴(e.g., Ancona & Caldwell, 1992Sethi, Smith, & Park, 2001Lovelace, Shapiro, & Weingart, 2001Aronson, Reilly, & Lynn, 2008)など多岐にわたる要因に着目し,急進的な(あるいは革新性の高い)新製品開発の成功を促進する要因について検討を行ってきた。

その中でも,新製品開発のプロセスに着目した研究は,漸進的な新製品開発と急進的な新製品開発では,その実行プロセスが異なることを指摘している(Veryzer, 1998Reid & de Brentani, 2004)。例えば,通常の新製品開発では,一般的に不確実性が低く,新製品開発に関する機会や問題の構造は,開発の前からある程度明確であることが多い。その場合,新製品開発プロセスは,問題・目的や機会の構造に基づき直線的に行われることが多い。一方,急進的な新製品開発では,一般的に問題の構造の曖昧性・不確実性が高いことが多い(Reid & de Brentani, 2004)。そのため,そのような不確実性に如何に対処するかが新製品開発の成功のために重要となる。

先行研究は,このような不確実性・曖昧性の高い状況において,しばしば目的や手段の因果関係に基づく新製品開発のリニア性を否定する開発プロセス(川上,2005)の有効性が高くなることを指摘している。例えば,Moorman and Miner(1998)は,新規性・不確実性の高い状況下では,即興的な意思決定(事前に計画を明確に練るのではなく,その場その場で次の行動を決めていくような意思決定)の有効性が高くなることを指摘している。また日本の研究でも,「イノベーションのゴミ箱モデル」(田中,1990)や「意味構成・了解型モデル」(石井,1993)といった,曖昧性の高い状況において,当初は新製品開発において取り組まれる目的や問題の構造が明確ではなく,活動が行われていく中で,偶発的・試行錯誤的に目的やその解が見出されていくような組織プロセスの有効性が指摘されている。

以上のように,これまでの研究では,急進的な新製品開発を始めとする曖昧性・不確実性の高い状況において,それに対処するためにどのように意思決定を行っていくべきかという点に複数の研究が着目してきた。一方,これらの研究では,新製品開発の置かれている不確実性・曖昧性に対処するために,意思決定者が如何に判断を行うべきなのかという点について,具体的な判断方法の類型にまで落とし込んで議論を行っているわけではない。

2.2  戦略的意思決定プロセスに関する先行研究

マーケティング分野における戦略的意思決定プロセス研究では,これまで主に意思決定の仕方を「包括性」(Atuahene-Gima & Murray, 2004),「合理性」(Elbanna & Child, 2007)と呼ばれる概念で捉えてきた。意思決定の包括性・合理性とは,より多くの情報を得るために,自身の置かれている環境を精査している程度の強さ,あるいは,自身の置かれている環境に関して,例えば定量的な分析手法を用いて,広範囲に分析を行っている程度であると定義される(Dean & Sharfman, 1993)。これらの研究は,意思決定者は,複数の代替案に対して注意深い・徹底的な分析を行い意思決定をすることで,便益を最大化するという伝統的な経済学の前提を取り入れている。このような包括的・合理的な意思決定は,マーケティングにおける戦略的意思決定の基盤を成しており,実際マーケティング分野の多くの教科書では,4P,SWOT,PEST等の複数のフレームワークを用いて,自身の置かれている状況をできる限り広範囲・詳細に分析した上で,判断を下すような意思決定方法が提示されている(Moorman & Miner, 1998)。

上記のように,マーケティング研究では,戦略的意思決定において,包括的・合理的意思決定を想定するものが伝統的に支配的な地位を占めている。一方,このような包括的・合理的意思決定の限界も複数の研究において指摘されており,例えば,March(2006)では,不確実性・複雑性の高い状況等において,合理的意思決定の有効性が下がることを指摘している。また,沼上(2000)のように,意図せざる結果を意思決定の中に意識的に取り入れていくような戦略プロセスの有効性を指摘する研究も存在する。さらに,近年の認知心理学や経営学等の文献では,より具体的な意思決定・判断の方法について議論されるようになってきている。これらの文献をレビュー・整理すると,戦略的意思決定の方法は,表1で示されているように①分析的判断,②直観的判断,③連想的判断という類型に分けられる。

表1. 判断方法の類型とそれに基づく先行研究の整理
判断を行う際の手がかり
様々な要因に依拠 状況の類似性に依拠
情報処理の過程 意識的に情報処理
が行われる。
分析的判断
分析的フレームワーク等を用いて,自社の状況,市場環境,競合他社の動向など様々な要因を詳細に考慮し,判断を行うこと。
連想的判断
直面する状況になるべく類似した経験や業界内外の事例を意識的に見つけ出し,それを指針として判断を行うこと。
理論研究
Thomas(1984)
理論研究
Gavetti et al.(2005)
Gavetti(2012)
細谷(2011)
実証研究
Dean and Sharfman(1996)
Menon et al.(1999)
Atuahene-Gima and Li(2004)
Elsbach and Barr(1999)
Slotegraaf and Atuahene-Gima(2011)
Chng et al.(2014)
山下ら(2012)
de Visser et al.(2014)
実証研究
Dahl and Moreau(2002)
自動的に情報処理
が行われる。
該当する判断方法なし 直観的判断
意思決定の際,最初の印象,直観に基づいて判断を行うこと。
理論研究
Smith and DeCoster(2000)
Eling et al.(2014)
実証研究
de Visser et al.(2014)

分析的判断とは,意思決定を行う際,情報の探索,代替的な行動の道筋の考案,複数の説明の検討,意思決定の際の具体的な評価基準の使用を広範囲・徹底的に行った上で,判断することである(Atuahene-Gima & Murray, 2004)。具体的には,SWOT,PEST,Porterの競争分析モデル(Porter, 1980)などの複数のフレームワークを用いて,自社の状況,市場環境,競合他社の動向など自身の置かれている環境に関わる問題の要因をなるべく広範囲,詳細に考慮した上で,判断することである。このような分析的判断は,経営学・マーケティング分野で伝統的に議論されてきた意思決定方法であり,例えば上記で挙げられている包括的・合理的意思決定,Thomas(1984)で提示されている意思決定の分析的アプローチは,自身に関わる様々な要因を広範囲に考慮した上で意思決定を行う意味で,分析的判断を想定するものである。

直観的判断とは,無意識的な情報処理の結果が,意思決定者の意識的な思考に伝達されることによって形成される,意思決定の代替案や行動の道筋に対する一見具体化していないように見える態度に基づき,判断を行うことを指している(Eling, Griffin, & Langerak, 2014)。例えば,製品開発の方針を決定する際,明確な理由は述べられないが,正しいと思う感覚,非常に強い確信が伴う代替案を選択するものは,直観的判断の一種である(Dijksterhuis & Nordgren, 2006Hodgkinson & Healey, 2008Miller & Ireland, 2005Shapiro & Spence, 1997)。直観とは,過去の大量に蓄積された経験パターンと現在の状況が類似している時に,無意識的に引き起こされる態度と捉えられている(Smith & DeCoster, 2000)。先行研究では,直観的判断は,創造的な思考を導きやすい一方で(Dane & Pratt, 2007Eling et al., 2014),自動的・無意識的に情報処理が行われるため,判断の根拠を説明できず(Dane & Pratt, 2007),また意思決定エラーに陥る可能性も高いことが指摘されている(Bonabeau, 2003)。

連想的判断とは,現在直面している問題と構造的に類似した経験・知識を意識的に探し出し,状況の推測を行った上で,それに依拠して判断することを指している(Gavetti et al., 2005)。例えば,新製品開発の方針を決定する際,当該ケースに類似した過去の経験や他業界の事例を意識的に思いだし,それをもとに判断を行うことは,連想的判断である。意思決定者によって探し出される経験・知識は,業界内の新製品開発事例に限らず,業界外の事例,さらにはスポーツ,戦争のような同様に競争的状況,日常生活における体験(細谷,2011)等多岐にわたる。

分析的判断と連想的判断の違いは,分析的判断は意思決定の際,なるべく多くの要因を考慮するほど良い結果を導くとされるのに対し,連想的判断では,意思決定者の置かれている状況に類似した知識や経験を見つけられるほど良い結果が導き出されると考えられる点にある。

このような3つの判断方法をもとに戦略的意思決定に関する実証研究を整理すると,表1のようにまとめられる。これらの整理から以下のことが読み取れる。

第1に,既存の実証研究では,扱われている概念の名前は異なるものの,多くが分析的判断を想定してきたと言える。具体的には,先行研究では,手順的合理性(Dean & Sharfman, 1996),意思決定の包括性(Atuahene-Gima & Li, 2004Slotegraaf & Atuahene-Gima, 2011Chng, Shih, Rodgers, & Song, 2014Menon et al., 1999),意思決定プロトコルの使用(Elsbach & Barr, 1999),マーケティング戦略(山下・福留・福地・上原・佐々木,2012)等の概念が用いられているが,いずれも意思決定フレームワークなどを用いて,自身の置かれている状況に関わる重要な要因を特定後,それらを詳細に考慮した上で意思決定を行うという点に着目しており,分析的判断を想定していると言える。

第2に,これらの研究では,3つの判断方法の中のいずれか1つに着目し,その効果や先行要因に着目しているものがほとんどである。de Visser, Faems, Visscher, and de Weerd-Nederhof(2014)のように,複数の認知スタイル(物事の考え方の傾向)と新製品開発の成果の関係を検討している研究もあるが,その数は非常に限られている。

一方,新製品開発などの現実的な戦略的意思決定の状況を考えると,概念モデルの中で1つの意思決定方法のみに着目するのには,少し無理があるように感じられる。すなわち,戦略や戦術の決定者は,1つの戦略策定やプロジェクトにおいて,複数の意思決定の場面に直面しており,その全てを分析的判断等の1つの意思決定方法で捉えることは,現実的ではない。

本研究では以上の点を踏まえ,先行研究を整理した結果導き出された3つの判断方法を概念モデルに組み込む。その上で,意思決定の仕方が,新製品開発の成果に対して如何なる影響を及ぼすのか,また急進的な新製品開発において,どのような意思決定方法が有効であるのかについて経験的に検討する。

3  仮説の設定

本論の仮説では,Brown and Eisenhardt(1995)等の先行研究を踏まえ,新製品開発プロジェクトは,シニア・マネージャーの意思決定によって開始され,プロジェクト・リーダーを中心にマーケティング(営業)部門,R&D部門,生産部門等複数の部門のメンバーによって,取り組まれているものとみなす。以下では,(1)新製品開発者の意思決定の仕方が新製品開発の成果へ及ぼす影響,(2)新製品開発の急進性が意思決定方法と新製品開発の成果の関係に及ぼす影響に関する仮説を示す。

3.1  新製品開発における意思決定者の判断方法と成果の関係

以下では,意思決定者の判断方法と新製品開発の成果の関係に関する仮説を提示する。なお,本研究における新製品開発の成果とは,新製品開発プロジェクトがどれだけ高い評価を獲得したかを指している。このような新製品開発プロジェクトの成功には,以下の2つの要因が大きく関わってくる。第1に,新製品開発プロジェクトで高い成果を挙げるためには,質の高い意思決定を行う必要がある。質の高い意思決定とは,具体的にはプロジェクトが置かれている状況を踏まえた正確な意思決定,創造性に富んだ意思決定などが含まれる。第2に,新製品開発プロジェクトにおいて,高い成果を挙げるためには,プロジェクトに参加しているメンバーの調整がうまく行われる必要がある。新製品開発には,マーケティング(営業)部門,R&D部門,生産部門等様々な部門の異なる志向性を持ったメンバーが参加しており,しばしば新製品開発の方針に関して対立が生じる(Griffin & Hauser, 1996Song, Xie, & Dyer, 2000Maltz & Kohli, 2000)。そのため,これらのメンバーをうまく調整することが,新製品開発の成功のために重要となる。

分析的判断を通して,広い範囲の情報収集を行うことで,プロジェクトの置かれている状況をより正確に把握できるほか(Bourgeois, 1985),顧客ニーズや競合他社の動向(Jaworski & Kohli, 1993),計画の実現可能性(Schweiger, Sandberg, & Ragan, 1986)に関する認識を向上させることができる。このように現状を適切に把握できるようになるほど,将来に関して適切な予測を行うことができ,意思決定者はより正確な意思決定を行えるようになるであろう。

また,分析的判断では,多くの情報をもとに明確な根拠をもって意思決定が行われるため,それによって導き出される意思決定は,様々な志向性を持った新製品開発メンバー(Dougherty, 1992)間であってもコンセンサスが得られやすく,メンバー間の調整が促進されることが予想される。以上より,新製品開発における意思決定者が分析的判断を用いているほど,新製品開発の成果は高まることが予想される。

 

仮説1a 新製品開発における意思決定者の分析的判断の使用の程度は,新製品開発の成果に正の影響を及ぼす。

 

先行研究では,直観的判断が意思決定の質に対して正の影響を及ぼすと主張する研究と負の影響を及ぼすと主張する研究がそれぞれ存在する。正の影響を及ぼすと主張する研究では,直観的判断を用いることでより創造的な意思決定が行われやすいことを指摘している(Dane & Pratt, 2007Eling et al., 2014)。一方,負の影響を示す研究では,直観的判断が無意識的に過去の経験パターンへ依拠するものであるため,例えば新規性の高い状況のような,過去の経験パターンを適用することが適切でない場面でも,それに基づき自動的に態度が形成されてしまうことを指摘している(Miller & Ireland, 2005)。以上を踏まえると,直観的判断は有効な意思決定を導くこともあれば,不適切な意思決定を導く可能性もある。

また,直観的判断は意思決定を行うに際し,具現化されていない感情しかもたらさず,その決定を支持する明確な根拠を与えない(Behling & Eckel, 1991Shapiro & Spence, 1997)。そのため,直観的判断による意思決定は,他の開発メンバーにその決定を納得させづらくし,メンバー間の調整を困難にすることが予想される。以上のような正・負両方の効果を考慮すると,新製品開発における意思決定者の直観的判断の使用は,新製品開発の成果と統計的に有意な関係を示さないことが予想される。

 

仮説1b 新製品開発における意思決定者の直観的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間には,統計的に有意な関係が示されない。

 

先行研究によると,連想的判断は,既存知識の新しい結合を生み出す可能性を高め,創造的な判断を促進する(Dahl & Moreau, 2002Kalogerakis, Lüthje, & Herstatt, 2010Gassmann & Zeschky, 2008)。また,連想的判断を用い,自身が現在直面している問題と類似した過去の問題状況から類推的に推論を行うことで,潜在的な解決策は,少なくとも類似した状況下では機能していることを知ることができる(Gassmann & Zeschky, 2008)。それによって,プロジェクトが置かれている状況に関する認識が深まり,より正確な意思決定を行える可能性が高まる。さらに,連想的判断は,意識的に過去の経験・知識を探し出す点で,無意識的に判断が行われる直観的判断よりも,間違った意思決定を行うリスクは低いと考えられる(cf. Stanovich & West, 2000)。

また,連想的判断は,過去の類似した経験・知識からの類推を根拠として,意識的に判断が行われる。そのため,新製品開発の意思決定者は,判断の根拠を他のメンバーに対して説明することができ,プロジェクトの調整は比較的円滑に行われる。以上より,新製品開発の意思決定者が連想的判断を用いているほど,新製品開発の成果は高まることが予想される。

 

仮説1c 新製品開発における意思決定者の連想的判断の使用の程度は,新製品開発の成果に正の影響を及ぼす。

3.2  新製品開発の急進性の調整効果

一般的に企業・プロジェクト・チームにとって,これまで経験のないような新規性の高い状況では,情報収集の方法,問題状況,機会を特定するための枠組みが明確ではない(Reid & de Brentani, 2004)。さらに,新規性の高い状況では,そもそも情報の収集が困難であることが多い(Gavetti, 2012)。一方,分析的判断を行うためには,様々な情報の収集・分析を行い,その結果に基づき代替案の考慮・評価をすることが求められる(Bahaee, 1992)。そのため,急進性の高い新製品開発状況下において,分析的判断を適用しようとする場合,情報収集,問題状況,機会を特定するための枠組みを1から構築するコストが多くかかるほか,そもそも情報の不足により,十分に分析的判断を行うことができない可能性が高い。以上を考慮すると,急進性の高い新製品開発では,急進性の低い開発と比較して,分析的判断の有効性が低下することが予想される。

 

仮説2a:急進性の高い新製品開発プロジェクトでは,急進性の低いプロジェクトと比較して,分析的判断の使用の程度が新製品開発の成果へ及ぼす正の影響は弱い。

 

連想的判断は,自身が現在直面している問題と類似した既存の事例や自身の経験・知識に基づいて,判断を行う(細谷,2011Gavetti et al., 2005Gavetti, 2012)。そのため,分析的判断と異なり,自身の置かれている状況に関して新たに情報収集や問題状況の特定が困難な状況であっても,通常通りに使用することが可能である。ここから,新製品開発の急進性が高く,新たな情報収集や問題状況の特定が難しい状況においては,分析的判断にかわり連想的判断の有効性が高くなることが考えられる。以上より,急進性の高い新製品開発では,急進性の低い開発と比較して,連想的判断の有効性が高まることが予想される。

 

仮説2b:急進性の高い新製品開発プロジェクトでは,急進性の低いプロジェクトと比較して,連想的判断の使用の程度が新製品開発の成果へ及ぼす正の影響は強い。

4  調査分析の方法

4.1  分析サンプル

本論では,化学,医薬品,機械,電気機器,自動車・自動車部品,精密機器に所属する日本企業の672事業部を分析対象とした。今回の研究では,1つの事業部につき,2つの新製品開発計画(新規性が高い・新規性が低いと思われる新製品開発)についてそれぞれ別々の担当者に回答してもらうよう求め,結果的に1344件の新製品開発を対象として,調査票を送付した。調査票を送付した結果,214の回答の返送があり,回答率は15.9%であった1)。そのうち,測定の信頼性を高めるため,いくつかのサンプルを分析対象から除外し2),有効回答数は185(有効回答率13.7%)となった3)

4.2  構成概念の操作化

新製品開発の成果を測るために,本論ではプロジェクト・チームが既定の目標をどの程度達成できたか(プロジェクトの全体的評価)について測定した。質問項目は,Hoegl, Weinkauf, and Gemuenden(2004)で用いられているものをもとに作成した。

次に,新製品開発の急進性を測定するために,本論ではde Visser et al.(2014)で用いられている尺度をもとに,新製品開発の技術的新規性と市場的新規性に着目した。技術的新規性とは,新製品開発プロジェクトで適用・開発されるコア技術の新規性の程度を示す。また,市場の新規性は,新製品の対象とする市場の新規性の程度を示す。本分析ではde Visser et al.(2014)と同様に,これらの質問項目の平均値を分析に使用した。

最後に,判断方法に関する構成概念は以下の通りである。まず,分析的判断は,Menon et al.(1999)の質問項目を参考にし,意思決定を行う際,関連する要因をなるべく多く考慮した上で判断を行う程度について測定した。次に,直観的判断は,Epstein, Pacini, Denes-Raj, and Heier(1996)の質問項目を参考にし,意思決定を行う際,最初の印象や直観に頼って判断を行う程度について測定した。最後に,連想的判断は,先行研究において参考になる質問項目が存在しなかったことから,Gavetti et al.(2005)におけるアナロジーに関する説明をもとに筆者が作成した。

上記の質問項目の妥当性を高めるために,日本の製造企業に勤務する実務家の5人とディスカッションを行い,質問項目の修正を行った。さらに,上記の測定尺度の信頼性について検討するために,本論ではCronbachのα係数,CR,AVEの値を算出した。一般的にCronbachのα係数の値は0.7以上,CRの値は0.7以上,AVEの値は0.5以上が好ましいとされる。分析の結果,付録1で示されているように,全ての構成概念がそれらの基準を満たしていた。また,本論で使用されている構成概念の記述統計は,表2の通りである。

表2. 各構成概念の平均,標準偏差,相関係数
平均 標準偏差 ANP INP ASP NVT NPP NPF RI FS
分析的判断(ANP) 4.72 0.95 0.73
直観的判断(INP) 3.46 1.20 –0.12 0.83
連想的判断(ASP) 4.67 0.95 0.15 0.03 0.74
新規性(NVT) 2.99 0.82 0.02 0.24 0.14 1.00
新製品開発の成果(NPP) 3.48 0.74 0.26 0.06 0.20 0.10 0.75
開発の柔軟性(NPF) 4.50 1.38 0.15 0.04 0.17 0.14 0.02 1.00
資源(RI) 2.93 1.01 0.12 –0.10 –0.01 0.01 0.14 0.14 1.00
企業規模(FS) 2.25 1.37 0.03 –0.15 0.06 0.15 0.02 0.13 0.07 1.00

太字は,各構成概念のAVEを表す。

本論のように,意思決定の仕方を3つの判断類型に分けたものは,先行研究では存在しないため,これらが別々の判断方法であることを確認する必要がある。この点について検討するために,確認的因子分析とFornell and Larcker(1981)で提唱されている手順を実施した4)。判断方法に関する3つの構成概念を含むモデルに対して,確認的因子分析を行ったところ,モデル全体の適合度は良い値を示した(χ2 = 27.61, df = 24.00, p = 0.27; GFI = 0.97; AGFI = 0.94; CFI = 0.99; RMSEA = 0.03)。3つの判断方法の構成概念から観測変数へのパス係数は,1%水準で有意であり,収束妥当性の基準を満たしていると言える。また,各構成概念の弁別妥当性について確認するためにFornell and Larcker(1981)で提唱されている手順に従った。本論において,新製品開発の成果,分析的判断,直観的判断,連想的判断に関する各構成概念間の相関係数と各構成概念のAVEを比較したところ,表2に示されているように,全ての構成概念のAVEの値が,各構成概念間の相関係数の値を上回っていた。このことから,本論で提示されている3つの判断方法は,弁別妥当性の基準を満たしていると言える。

また,以上の結果に加えて,それぞれの判断方法の間の相関係数を確認したところ,それらの値は比較的低かった(絶対値で0.03~0.15)。ここから,本論ではこれらの判断方法は基本的には並列して用いられず,独立して用いられるという立場をとる。

4.3  コモン・メソッド・バイアスの確認

本論において,コモン・メソッド・バイアスが重大な問題であるか否かを確認するために,単一因子検定(Podsakoff & Organ, 1986)とMV(Marker Variable)法(Lindell & Whitney, 2001)を実施した。単一因子検定では,固有値1以上を因子抽出の条件とした主因子法(回転なし)による探索的因子分析を行った。分析の結果,1つよりも多い数の因子が抽出され,第1因子の寄与率は,56.00%中22.00%にとどまった。MV法では,本研究における独立変数と従属変数とは理論的に相関が低いと考えられる「私は先に挙げた新製品開発活動に直接関与していた」という回答能力に関する質問項目をMVに設定した(|r| < 0.16)。MVをコントロール変数として,独立変数や従属変数の間における偏相関係数を求め,相関係数と比較することでコモン・メソッド・バイアスによる影響を検討した。その結果,通常の相関係数と偏相関係数の間には大きな違いが見られなかった。以上より,コモン・メソッド・バイアスは深刻な問題とはならないと言える。

4.4  分析結果

4.4.1  全サンプルの分析結果

本論における仮説1aから1cの検証を行うため,最尤法による共分散構造分析を行った。分析を行うにあたり,コントロール変数として,開発の柔軟性(製品開発を進める中で得られる情報をもとに方針を頻繁に変更する程度),開発に投入された資源(プロジェクトに投入された資源の十分さ),企業規模,B2Cダミー,業界ダミーを,仮説に関わる変数と合わせて投入した。分析の結果,モデル全体の適合度は,許容できる値を示した(χ2 = 182.24, df = 174.00, p = 0.32; GFI = 0.93; AGFI = 0.87; NNFI = 0.99; CFI = 0.99; RMSEA = 0.02)。共分散構造分析の推計結果は付録2,また本論の分析モデル,主要仮説に関する分析結果をパス図にまとめたものは,図1(上図)の通りである。

図1.

分析モデルと分析結果のまとめ

仮説1aに関して,分析の結果,新製品開発者の分析的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間には,有意な正の関係が存在することが示唆された(β = 0.32, p = 0.01)。ここから,仮説1aは支持された。

仮説1bに関して,分析の結果,新製品開発者の直観的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間には,有意な関係は存在しないことが示唆された(β = 0.07, p = 0.21)。ここから,仮説1bは支持された。

仮説1cに関して,分析の結果,新製品開発者の連想的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間には,有意な正の関係が存在することが示唆された(β = 0.18, p = 0.03)。ここから,仮説1cは支持された。

4.4.2  多母集団同時分析の結果

本論における仮説2a,2bの検証を行うために,急進性の高い新製品開発と急進性の低い新製品開発の間で,多母集団同時分析を行った。多母集団同時分析を行うにあたり,サンプルを急進性の高さをもとに,2つのグループに分類した。具体的には,全体サンプルの平均値をもとに,急進性の値が平均値以上のサンプルを急進性の高いグループ(n = 94),平均値よりも低いサンプルを急進性の低いサンプル(n = 91)とした。その上で,図1(上図)と同様の分析モデルを用いて,多母集団同時分析を行った。分析結果は図1(下図)の通りである(図の簡略化のため,コントロール変数の記載は省略した)。

これらの結果を仮説2aと照らすと,分析的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間のパス係数は,急進性の低い新製品開発のサンプルでは正に有意で(β = 0.25, p = 0.05),急進性の高いサンプルでは非有意であり(β = 0.26, p = 0.16),その点は仮説2aの主張と一致する。しかし,両モデルの係数の値を比較すると,それらの値に明確な違いは見られなかった。ここから,本論の分析では仮説2aの結果は必ずしも支持されないという結果となった。

次に仮説2bについて確認すると,連想的判断の使用の程度と新製品開発の成果の間のパス係数は,急進性の低い新製品開発のサンプルでは非有意で(β = 0.05, p = 0.74),急進性の高いサンプルでは正に有意であり(β = 0.20, p = 0.08),係数の値もある程度異なっていた。ここから,仮説2bはある程度支持されたと言える。

5  結果の考察

本論の分析結果を考察すると以下のことが言える。

第1に,全体サンプルの分析結果から,分析的判断,直観的判断,連想的判断のうち,分析的判断の使用の程度が新製品開発の成果へ最も大きな正の影響を及ぼすことが示された。このことは,分析的判断を用いて様々な要因を考慮することで,より正確な意思決定が可能になること,また明確な根拠を持って意思決定をすることが可能となるため,新製品に関わる様々なメンバーの調整が促進されることによると考えられる。

第2に,新製品開発の急進性が高い状況下では,連想的判断の有効性が高まる傾向にあることが示唆された。この解釈は,仮説2bの検証において用いた多母集団同時分析のサンプルサイズが比較的少ないこと,さらにサンプルサイズの少なさを踏まえ有意水準として10%水準を採用していることを考慮すると,その信頼性に対して留意する必要がある。しかし,連想的判断から新製品開発の成果にかかるパス係数とその有意水準を,急進性の低い新製品開発のサンプルと高いサンプルでそれぞれ比較した際,それらの値が十分に異なることを考慮すると(急進性が低いサンプル:β = 0.05,p = 0.74,急進性が高いサンプル:β = 0.20,p = 0.08),連想的判断の有効性は急進性の高い新製品開発において高まる傾向にあると解釈することは可能であろう。さらに,これらの分析結果は,Gavetti(2012)を始めとする連想的判断の有効性を示唆する理論研究の知見と一貫している。以上より,急進性の高い新製品開発において,連想的判断の有効性が高まるという結果は,ある程度信頼性を持つと言えるであろう。このような結果が観察された理由として,連想的判断は,分析的判断と異なり,急進性が高く新たに情報収集をすることが困難な状況であっても,通常通りに使用できることが挙げられる。

第3に,本論の仮説2aに反し,分析的判断の使用の程度と新製品開発の成果のパス係数は,急進性の高い新製品開発と低い新製品開発の間でp値には差があるものの,係数の間にはほとんど差が見られなかった。ここから,先行研究において,分析的判断の限界を指摘する研究はあるものの(e.g., March, 2006),本研究の分析からは,急進性の高い状況において,必ずしも分析的判断の有効性は低下するとは言いきれないという結果になった。このような結果が見られた理由として,本論で収集された新製品開発のサンプルと比較して,March(2006)等の理論研究等では,より高い程度の新規性・不確実性を想定している可能性がある。また,本論における多母集団同時分析のサンプルサイズが比較的少ないことも一因として考えられる。これらを踏まえると,今後の研究ではより急進性・新規性の高い新製品開発にサンプルを限定して,分析的判断と新製品開発の成果について観察をする必要がある。

6  結論と課題

本研究の実務的示唆として,以下の点が挙げられる。

第1に,本論の全体サンプルの結果から,多くの新製品開発において,意思決定者は分析的判断を行うことで,より高い新製品開発の成果を達成できる可能性が高いことが示唆された。具体的には,新製品開発のメンバーは意思決定を行う際,新製品開発の成功に関わる重要な要因を出来る限り多く特定した後,それらに関する情報収集,それを踏まえた代替案の創出,さらに代替案の評価を徹底して行った上で決定を行うべきである。

第2に,多母集団同時分析の結果より,急進的な新製品開発においては,通常の新製品開発と比較して,連想的判断の有効性が高まることが示唆された。本論の分析結果からは,急進的な新製品開発において分析的判断の有効性が低下するとは必ずしも言い切れないが,しばしば急進的な新製品開発において,分析的判断を用いることが難しい場合がある。例えば,急進性の高い新製品開発では,しばしば状況を把握するための枠組みの設定が困難であったり,そもそも現状に関する情報を収集すること自体が困難であることがある。このような状況下において,無理に分析的判断を行おうとした場合,意思決定の質の低下を招く可能性がある。そのため,新製品開発のメンバーは,上記のような状況において,分析的判断にかわり連想的判断を用いるべきである。具体的には,現在直面している状況と構造的に類似した自身の開発経験や事例を探し出し,そこから現在の状況に関する推測を行った上で,それに依拠して意思決定を行うべきである。

本論の学術的貢献として以下の3点が挙げられる。

第1に,戦略的意思決定プロセス研究に対する貢献である。マーケティング分野の戦略的意思決定プロセス研究では,これまで意思決定の際の判断方法として,包括性・合理性という概念で表されるような分析的判断を主に想定してきた一方で,それ以外の判断方法についてはあまり考慮してこなかった。また,分析的判断以外の判断方法について検討している研究であっても,単一の判断方法のみに着目したものがほとんどであった。それに対し本論では,分析的判断の他に,直観的判断と連想的判断が意思決定の際の判断方法として存在することを理論的・経験的に明らかにし,それが新製品開発の成果へ及ぼす影響について検討した。今後の研究では,1つの判断方法しか想定しないモデルではなく,本論で提示された3つの判断方法を考慮したモデルを,新製品開発のみならず様々な意思決定場面に適用し検討することが可能である。

第2に,分析的判断に加えて,連想的判断の有効性を経験的に示唆したことである。これまでの戦略的意思決定プロセス研究では,新規性・不確実性が高く分析的判断がうまく適用できないような状況においては,即興的な意思決定をより用いるべきであることを指摘してきた(e.g., Eisenhardt & Tabrizi, 1995Moorman & Miner, 1998)。一方で,このような新規性の高い状況で如何に熟慮的に判断を行うべきなのかという点については十分に明らかにされてこなかった。本論では,連想的判断がそのような状況で有効であることを示唆することで,今後の戦略的意思決定プロセス研究の発展に貢献できると考える。

第3に,新製品開発研究に対する貢献である。近年,企業の新製品開発者は,ますます市場的・技術的に新規性の高い状況で意思決定をすることが求められている。その一方で,新規性の高い状況下で,新製品開発者がどのように意思決定を行うべきなのかについての研究は比較的少ない。本論では,新規性の高い状況で,どのように意思決定を行うべきなのかについて,理論的・経験的に示唆をもたらしたところに貢献がある。

最後に本論の限界として,以下の点が挙げられる。

第1に,本論のデータ収集の方法に関する限界である。本研究では,企業に調査票を送付し,新製品開発者に回答してもらうことで,データの収集を行った。このような方法は,様々な企業の新製品開発者からデータを収集でき,外的妥当性が高い一方で,精度の低い情報を含むサンプルが存在する可能性がある。例えば,回答者は自身らの意思決定を,実際よりも合理的とみなしている可能性がある。今後は,実験等の手法を通し,より精度の高い測定を行っていく必要がある。

第2に,本論では相関係数,弁別妥当性のテストの結果から,分析的判断,直観的判断,連想的判断がそれぞれ別々に用いられる意思決定方法であることを想定した。一方,これらの意思決定方法は,しばしば組み合わされて用いられる可能性もある。例えば,意思決定者は,判断を行うにあたり,分析的判断と直観的判断を並列して用いている可能性がある。今後の研究では,これらの複数の意思決定方法が同時に用いられることで,意思決定の成果に対して如何なる影響が及ぼされるのかについて検討する必要がある。

第3に,本論では,直観的判断と新製品開発の成果の間に有意な関係は見られないという結論に至った。しかし,新製品開発の状況によっては,直観的判断が有効である可能性もある。例えば,本研究のデータを用いて著者が探索的に行った分析では,開発の柔軟性が高い状況において,直観的判断は新製品開発の成果に対して正の影響を及ぼすことが示唆された5)。今回の調査では,開発の柔軟性を1つの尺度で測定し検討を行っており,その信頼性については懸念が残るが,今後の研究では,それぞれの判断方法が,どのような状況で有効であるかについて,さらに検討することが可能である。

付録1.各構成概念の質問項目と信頼性・妥当性に関する数値
構成概念 質問項目 数値
分析的判断私は,技術動向,顧客ニーズ,競合他社の動向等,将来の結果を予測するために重要な要因を詳細に評価した上で判断を行うことが多かった。
私は,結果に影響を与える可能性のある要因を抜けもれなく特定・考慮した上で,判断を行うことが多かった。
私は,成功するために重要な要因を非常に詳しく吟味した上で,判断を行うことが多かった。
AVE:0.53
CR:0.76
α:0.74
直観的判断私は判断を行う際直観的な印象に頼ることが多かった。
私にとって,製品計画における問題を理解する際,直観がしばしばうまく働いた。
私は,自分の勘を信じることが多かった。
AVE:0.69
CR:0.87
α:0.87
連想的判断私は,自分の開発経験だけでなく,他の製品の事例や開発以外の経験もヒントにして判断を行うことが多かった。
私は,過去の類似した経験に加えて,異なる分野の開発事例や経験も参考にして判断を行うことが多かった。
私は,自分の開発経験のみにとらわれず,様々な事例や人生の経験を手がかりにして判断を行うことが多かった。
AVE:0.55
CR:0.78
α:0.77
新製品開発の成果現在の状況を考えると,製品計画は成功であると言える。
現在の状況を考えると,製品計画の目標は達成されたと言える。
現在の状況を考えると,製品計画のアウトプットは,高水準である。
現在の状況を考えると,製品計画に関わった従業員は,その成果に満足していると思う。
現在の状況を考えると,貴社のトップ・マネジメントは,製品計画の進捗に満足している。
AVE:0.56
CR:0.87
α:0.87
新製品開発の急進性その新製品に用いられている製品技術・製造技術は,貴社にとって新しいものである。
その新製品に用いられている製品技術・製造技術は,貴社の属する業界にとって新しいものである。
その新製品に用いられている製品技術・製造技術は,これまでになかったものである。
その新製品が対象とする市場は,貴社にとって新しいものである。
その新製品が対象とする市場は,貴社の属する業界にとって新しいものである。
その新製品が対象とする市場は,これまでになかったものである。
6つの尺度の平均を計算
開発の柔軟性新製品開発では,開発途中に得られるフィードバックによって,頻繁に方針が修正された(7点尺度)。
開発に投入された資源製品開発計画に配分された資源(人員・資金)は,十分であった(5点尺度)。
企業規模貴社の従業員(正社員)数は,およそ何名ですか?(1千名未満,1千名~2千名未満,2千名~5千名未満,5千名~1万名未満,1万名以上)
業界ダミー貴事業部は,所属する業界は,何ですか?(化学,医薬品,機械,電気機器,自動車・自動車部品 ,精密機器,その他)
B2C企業ダミーその計画で担当された製品は,消費財(一般消費者を対象とした製品)ですか,産業財(企業を対象とした製品)ですか?
付録2.全サンプルを用いた共分散構造分析の結果
パス関係 パス係数 標準誤差 z値 p値
分析的判断⇒成果0.320.122.790.01
直観的判断⇒成果0.070.061.240.21
連想的判断⇒成果0.180.082.160.03
開発の柔軟性⇒成果−0.060.04−1.520.13
企業規模⇒成果0.010.040.310.76
資源の投入量⇒成果0.110.061.830.07
B2Cダミー⇒成果0.000.130.001.00
化学ダミー⇒成果−0.060.31−0.210.84
医薬品ダミー⇒成果0.060.290.210.83
機械ダミー⇒成果0.130.240.520.60
電気機器ダミー⇒成果0.120.240.490.62
自動車ダミー⇒成果0.370.271.370.17
精密機器ダミー⇒成果−0.110.24−0.440.66
開発の柔軟性⇒分析的判断0.070.032.160.03
企業規模⇒分析的判断0.010.030.410.68
資源の投入量⇒分析的判断0.090.051.870.06
B2Cダミー⇒分析的判断−0.050.10−0.520.61
化学ダミー⇒分析的判断−0.020.24−0.080.94
医薬品ダミー⇒分析的判断0.210.230.890.37
機械ダミー⇒分析的判断0.000.19−0.010.99
電気機器ダミー⇒分析的判断0.080.190.440.66
自動車ダミー⇒分析的判断0.340.221.570.12
精密機器ダミー⇒分析的判断0.030.190.180.86
開発の柔軟性⇒直観的判断0.060.060.990.32
企業規模⇒直観的判断−0.120.06−1.860.06
資源の投入量⇒直観的判断−0.070.09−0.790.43
B2Cダミー⇒直観的判断0.140.190.740.46
化学ダミー⇒直観的判断−0.300.46−0.650.51
医薬品ダミー⇒直観的判断−0.410.44−0.930.35
機械ダミー⇒直観的判断−0.020.36−0.050.96
電気機器ダミー⇒直観的判断0.060.360.160.88
自動車ダミー⇒直観的判断0.290.400.740.46
精密機器ダミー⇒直観的判断0.060.370.160.87
開発の柔軟性⇒連想的判断0.110.052.440.01
企業規模⇒連想的判断0.030.050.550.58
資源の投入量⇒連想的判断−0.020.06−0.380.70
B2Cダミー⇒連想的判断0.030.150.210.83
化学ダミー⇒連想的判断−0.410.35−1.190.23
医薬品ダミー⇒連想的判断0.170.330.520.60
機械ダミー⇒連想的判断−0.200.27−0.720.47
電気機器ダミー⇒連想的判断−0.210.27−0.780.43
自動車ダミー⇒連想的判断0.070.300.220.82
精密機器ダミー⇒連想的判断−0.230.27−0.830.41

謝辞

本論を執筆するにあたり,慶應義塾大学商学部 高橋郁夫先生,高田英亮先生には,多くのご指導を賜りました。また,本誌のアリアエディターならびに匿名の2人の先生からは,様々な建設的なご助言を頂きました。さらに,上記の方以外の慶應義塾大学の先生からも,様々なご指摘を頂きました。なお本論は,慶應義塾学事振興資金の援助を受けたものであります。ここに記して,心より感謝致します。

1)  調査目的に沿って,回答を行ってもらうため,(1)回答者は,新製品開発のプロジェクト・リーダー,あるいはそれに相当する人であること,(2)回答の際には回答者自身が担当した直近の終了している新製品開発計画を想定すること,(3)新製品開発の段階によって,意思決定の仕方が系統的に変化する可能性を考慮し,新製品開発において不確実性が高いと言われる(de Brentani & Reid, 2012),新製品開発初期段階を想定して回答することを条件として設定した。

2)  具体的には,①新製品開発に対する関与度・理解度に関する5点尺度の質問で,それぞれ3以下の回答をしたもの,②仮説に関わる質問項目の中で欠損値の存在するものは,分析サンプルから除去した。

3)  回答者の所属部門は,R&D部門135人,マーケティング部門16人,製造・生産部門6人,その他28人であった。また,回答者の所属業界は,化学が11,医薬品が14,機械が46,電気機器が44,自動車・自動車部品が21,精密機器が36,その他が13であった。

4)  この手順では,各構成概念のAVEの値がその構成概念とそれ以外の構成概念との相関係数を上回っていれば,弁別妥当性において大きな問題はないと考える。

5)  探索的分析においては,本論においてコントロール変数として用いた「開発の柔軟性」を条件変数として,その高低によって3つの判断方法と新製品開発の成果の間の関係に違いが見られないかについて多母集団同時分析を用いて検討した。その結果,開発の柔軟性が低いサンプルでは,両者の間に有意な関係は見られなかった一方で(β = –0.06, p = 0.47),開発の柔軟性が高いサンプルでは,直観的判断は新製品開発の成果に対して5%水準で正の影響を及ぼすことが示唆された(β = 0.18, p = 0.03)。

参考文献
 
© 2019 Japan Society of Marketing and Distribution
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