2019 Volume 22 Issue 2 Pages 15-27
本稿では,販売効率の異なる流通業者を介して財を販売する生産者が,いずれの流通業者に優先的注文権を与えるかを検討する。主な結論は,流通業者間の効率格差が大きく,効率的な流通業者に優先的販売権を与えると,非効率な流通業者の参入を容易に阻止できる場合,生産者は非効率な流通業者に優先的注文権を与えるというものである。逆に,効率的な流通業者に優先的販売権を与えても非効率な流通業者の参入を阻止できない場合には,効率的な流通業者に優先的販売権を与えることになる。
本稿では,生産者が販売効率の異なる流通業者を介して財を販売する状況を想定し,生産者がいずれの流通業者に「優先的注文権」を与えるかについて検討する。ここで優先的注文権とは,他の流通業者よりも先に注文できる権利であり,業者間で数量競争が行われる場合,この権利を与えられた業者は流通市場においてシュタッケルベルグ競争の先導者として振る舞うことになる。一方,生産者がいずれの流通業者にも優先的注文権を与えなければ,彼らは同時に注文を出し,流通市場ではクールノー均衡が成立する。
複占流通業者の間で数量競争が行われる状況で,仮に両者が市場に参入するのであれば,クールノー競争よりもシュタッケルベルグ競争の方が激しく,(出荷価格を所与とすれば)総注文量が多くなるから,生産者はいずれかの業者に優先的注文権を与えることになる1)。また,限界販売費用の低い効率的な流通業者が先導者となるときの方が総注文量が多く,利潤も多くなるから,生産者は効率的な業者に優先的注文権を与えることになる2)。
しかしながら現実には,上記のことが当てはまらない事例もある。高度成長期の松下電器(現パナソニック)は,下限小売価格を遵守しない量販店を敵視し,そこからの注文を後回しにしていたようである。その意味で,販売効率の低い系列店に優先的注文権が与えられていた3)。また,アップル社が日本で携帯電話機(i-phone)を発売する際には,業界1位のNTTドコモではなく,下位のソフトバンクを介して販売している。
なぜ生産者は,非効率な流通業者に優先的注文権を与えるのか? 前述したように,効率的な流通業者が先導者となる状況で,追随者である非効率な業者も市場に参入できるのであれば,生産者は効率的な業者に優先的注文権を与える。逆に言えば,生産者が非効率な流通業者に優先的注文権を与えるのは,効率的な業者を先導者にすると,非効率な業者の参入が阻止される状況ということになる4)。実際,非効率な流通業者が効率的な流通業者の参入を阻止することは難しく,生産者にたいして多くの量を注文しなければならないから,生産者は多くの利潤を得ることができる。他方,効率的な先導者が非効率な追随者の参入を阻止することは相対的に容易で,参入阻止量(=生産者の販売量)が少ないため,生産者の利潤も少なくなる。この状況では,生産者にとって非効率な流通業者に優先的注文権を与えることが得策となる5)。
本稿では,生産者が効率的な流通業者または非効率な流通業者のいずれに優先的注文権を与えるかについて検討する。主な結論は,流通業者間の効率格差が大きく,効率的な先導者が少ない注文量で非効率な追随者の参入を阻止できる場合には,生産者は非効率な流通業者に優先的注文権を与えるということである6)。逆に,効率的な先導者が非効率な追随者の参入を阻止できない場合,または参入を阻止するために多くの注文が必要な場合には,生産者は効率的な流通業者に優先的注文権を与えることになる。
本稿の構成は次のとおりである。次節ではモデルを提示し,両流通業者が同時に注文する場合と非効率な流通業者に優先的注文権が与えられる場合を検討する。生産者が効率的な流通業者に優先的注文権を与える状況については3節で分析する。その後の4節では,生産者がいずれの流通業者に優先的注文権を与えるかを検討し,いくつかの命題を導く。5節では,簡単な要約の後に経験的含意を述べる。
独占的生産者を想定する。生産された財は2人の流通業者を介して消費者に販売される。単純化のために,財の生産費用をゼロとし,市場需要が
(1) |
で与えられるものとする。ここで,pは小売価格,
効率的な流通業者1の流通費用をゼロとし,非効率な流通業者2の流通費用を
(2-1) |
(2-2) |
で表される。また,生産者の利潤は
(3) |
で表される。
本稿で検討するゲームの意思決定のタイミングは次の通りである。第1段階において,生産者が流通業者1または流通業者2のいずれに優先的注文権を与えるか否かを選択する。第2段階では,生産者が両流通業者に共通の出荷価格を設定する8)。第3段階では,第1段階で優先的注文権を与えられた流通業者(先導者)が注文量を設定する。第1段階で生産者がいずれの流通業者にも優先的注文権を与えなかった場合には,両者が同時に注文量を設定する。第4段階では,先導者の注文量を観察した追随者が注文量を設定する。以下では,このゲームの部分ゲーム完全均衡を後方帰納によって求める。
2.1 同時手番の場合第1段階で生産者がいずれの流通業者にも優先的注文権を与えなかった場合,両者は同時に注文量を設定する。
第3段階:流通業者による注文量の設定
第3段階において流通業者
と定式化される。各流通業者の利潤極大化条件を連立して解けば,第3段階の部分ゲームの(クールノー)均衡における各流通業者の注文量は
で与えられる。
第2段階:生産者による出荷価格の設定
このような流通業者の注文行動を予想する生産者は,第2段階において,自らの利潤zを最大にする出荷価格wを設定する。この状況における彼の意思決定問題は
と定式化される。この極大化条件より,出荷価格は
(4) |
で与えられる。また,このときの各流通業者および生産者の利潤は
(5-1) |
(5-2) |
(5-3) |
と計算される。ここで,上付き添え字Cは流通市場でクールノー(Cournot)均衡が成立していることを示す。この状態が均衡であるためには,非効率な流通業者2の利潤が非負である必要がある。このための条件は,
(6) |
で与えられる。このことを踏まえて本稿では,想定するパラメータの領域を
(7) |
とする。
2.2 非効率な流通業者2が先導者となる場合次に,第1段階において生産者が非効率な流通業者2に優先注文権を与える状況を検討する。第2段階で生産者が出荷価格wを設定し,第3段階では先導者である流通業者2が注文量q2を設定する。その後の第4段階では,追随者である流通業者1が注文量q1を設定する。以下では,このゲームの第2段階以降の部分ゲームの均衡を後方帰納によって求める。
第4段階:流通業者1による注文量の設定
第4段階において流通業者1は,第2段階に生産者が設定した出荷価格wおよび第3段階に流通業者2が設定した注文量q2を所与として,自らの利潤y1を最大にするように注文量q1を設定する。この状況における彼の意思決定問題は
と定式化される。この極大化条件より,注文量は
で与えられる。また,このときの流通業者1の利潤は
と計算される。
ここで留意すべきことは,先導者である流通業者2が追随者である流通業者1の参入を阻止するためには,
第3段階:流通業者2による注文量の設定
第4段階での流通業者1の参入を予想する流通業者2は,第3段階において,第2段階に生産者が設定した出荷価格wを所与として,自らの利潤y2を最大にする注文量q2を決定する。この状況における彼の意思決定問題は
と定式化される。この極大化条件より,流通業者2の注文量は
で与えられる。また,このときの流通業者1の注文量は
と計算される。
第2段階:生産者による出荷価格の設定
上述した流通業者の注文行動を予想する生産者は,第2段階において,自らの利潤zを最大にする出荷価格wを設定する。この状況における彼の意思決定問題は
と定式化される。この極大化条件より,出荷価格は
(8) |
となる。また,このときの各流通業者と生産者の利潤は
(9-1) |
(9-2) |
(9-3) |
と計算される。ここで,上付き添え字Sは流通市場において流通業者2を先導者とするシュタッケルベルグ(Stackelberg)均衡が成立していることを示す9)。いま,
であるから,パラメータ領域Rにおけるvの最大値が
補題1:領域RではzS > zCであるから,生産者はいずれかの流通業者に優先的注文権を与える。
この節では,第1段階において生産者が効率的な流通業者1に優先的注文権を与える状況を検討する。その後の第2段階で生産者が出荷価格wを設定し,第3段階では先導者である流通業者1が注文量q1を設定する。最後の第4段階において,追随者である流通業者2が注文量q2を設定する。以下では,このゲームの第2段階以降の部分ゲームの均衡を後方帰納によって求める。
第4段階:非効率な流通業者2による注文量の設定
第4段階において流通業者2は,第2段階に生産者が設定した出荷価格w,第3段階に流通業者1が設定した注文量q1を所与として,自らの利潤を最大にする注文量q2を設定する。この状況における彼の意思決定問題は
と定式化される。この極大化条件より,注文量は
で与えられる。また,このときの流通業者2の利潤は
と計算される。もちろん,流通業者2が参入するためには
第3段階:効率的な流通業者1の意思決定
上述したように,効率的な流通業者1が優先的注文権を持つ状況では,非効率な流通業者2は必ずしも市場に参入できるとは限らない。この状況で,流通業者1の流通業者2への対応として,1)参入を阻止する,2)参入を許容する,の2つがある。以下では,各々の対応のもとでの流通業者1の利潤最大化行動を分析した後に,彼が2つの対応のいずれを選択するかを検討する。
1)参入を阻止する場合
流通業者1が流通業者2の参入を阻止するためには,第3段階において,第4段階における流通業者2の最大利潤を非正にする量を注文する必要がある。この参入阻止量q1D(w)は,y2(w, q1) = 0より
と計算される。実際,第3段階で流通業者1が
と定式化される。ラグランジェの未定乗数をλとしてラグランジェ式
(10) |
を構成すれば,極大化条件として
が導かれる。いま制約条件が無効な(
(11-1) |
となる。また,このときの小売価格と小売業者1の利潤は
(11-2) |
(11-3) |
と計算される。これらの変数値は流通業者1が独占的流通業者として行動する場合の変数値と一致する。このように流通業者1が独占者として行動しても流通業者2が参入できない状況を「前者が後者の参入をブロック(Block)する」という。上付き添え字のBはこのことを示す。このような内点解が成立するための条件は,
(12) |
で与えられる。
一方,制約条件が有効な(
(13-1) |
で与えられる。これは前述した参入阻止量である。また,このときの小売価格および流通業者1の利潤は
(13-2) |
(13-3) |
と計算される。ここで上付き添え字Dは,流通業者1が流通業者2の参入を阻止(Deter)することを示す。このように,流通業者1が流通業者2の参入を阻止する場合,流通業者1は仮に
2)参入を許容する場合
流通業者1が流通業者2の参入を許容する場合,第4段階において流通業者2はq2(w, q1) = (1 – q1 – v – w)/2 > 0を注文するから,小売価格は
と定式化される。
ラグランジェの未定乗数法を用いれば,上記の制約条件付き最大化問題の内点解における注文量は
(14-1) |
で与えられる。また,このときの諸変数の値は
(14-2) |
(14-3) |
(14-4) |
(14-5) |
と計算される。ここで上付き添え字Aは,流通業者1が流通業者2の参入を許容(Accommodate)することを示す。さらに,このような内点解が成立するための条件は,
(15) |
で与えられる。
逆に
と計算される。
この際留意すべきことは,この端点解では流通業者2の利潤はゼロであるが,彼は正の量(f)を供給しているということである。そのため,彼の参入が阻止される場合と比べると小売価格が低くなり,流通業者1の利潤は少なくなる。この状況で,流通業者1が少しだけ供給を増やせば,流通業者2は注文しなくなるから,小売価格が高くなって流通業者1の利潤が増える12)。それゆえ流通業者1は,
流通業者1の選択:参入阻止か許容か?
上述したように,流通業者1が流通業者2の参入を許容することを前提とすれば,仮に
この選択を検討する際に留意すべきことは,モデルでは
最後に
(16) |
であり13),2つの選択肢の利潤の差は
と計算される。上式に
が導かれる。上式は
補題2:流通業者1の選択
第3段階における流通業者1の選択
第2段階:生産者による出荷価格の設定
第3段階以降の流通業者の行動を予想する生産者は,第2段階において,自らの利潤を最大にする出荷価格を設定する。補題2に記したように,出荷価格の水準によって,流通業者1は流通業者2の参入を許容,阻止またはブロックする。このような流通業者1の対応によって流通業者の総注文関数が異なるから,生産者の利潤関数も異なることになる。したがって以下では,はじめに流通業者1の対応を所与としたときの生産者による最適出荷価格の設定を分析し,その結果を踏まえて,生産者が流通業者1に流通業者2の参入を許容,阻止またはブロックさせるかを検討する。
1)生産者が流通業者1に流通業者2の参入を許容させる場合
補題2から明らかなように,生産者が流通業者1に流通業者2の参入を許容させるためには,出荷価格をwD未満に設定する必要がある。このときには両流通業者が注文するから,生産者の意思決定問題は
(17) |
と定式化される。ラグランジェの未定乗数法を用いれば,内点解として
(18-1) |
を得る。ここで,上付き添え字iは内点解(Inner solution)を示す。また,このときの生産者利潤は
(18-2) |
と計算される。さらに,内点解が成立するための条件は,
(19) |
で与えられる15)。
逆に
2)生産者が流通業者1に流通業者2の参入を阻止させる場合
補題2より明らかなように,生産者が流通業者1に流通業者2の参入を阻止させるためには,
(20) |
と表現される。この制約条件付き最大化問題の内点解は
(21-1) |
で与えられ,そこでの生産者利潤は
(21-2) |
と計算される。また内点解が成立するための条件は,
(22) |
で与えられる。逆に
(23) |
と計算される16)。ここで上付き添え字cは端点解(Corner solution)を示す。それゆえ,生産者が流通業者1に流通業者2の参入を阻止させることを前提とすれば,流通業者2の効率がある程度低い場合(
3)生産者が流通業者1に流通業者2の参入をブロックさせる場合
補題2より明らかなように,生産者が流通業者1に流通業者2の参入をブロックさせるためには,
(24) |
と表現される。この制約条件付き最大化問題の内点解は
(25-1) |
で与えられ,そこでの生産者利潤は
(25-2) |
と計算される。また,内点解が成立するための条件は,
(26) |
で与えられる。逆に
(27) |
と計算される。したがって,生産者が流通業者1に流通業者2の参入をブロックさせることを前提とすれば,流通業者2の効率が十分に低い場合(
ここで,パラメータ領域R((7)式)においては
v(f)の大小関係 vA(f) < vD(f) < vB(f) < vC(f)
(注:赤vC(f) 緑vB(f) オレンジvD(f) 青vA(f))
補題3:生産者が流通業者1に流通業者2の参入を許容させる場合,
4)生産者の選択:出荷価格の設定
これまでの議論を踏まえて,生産者が流通業者1に流通業者2の参入を(1)許容させる,(2)阻止させる,または(3)ブロックさせる,のいずれを選択するかを検討する。補題3から分かるように,
(28) |
であるから,生産者は
また,
最後に,
(29) |
が成立する。これまでの議論から,生産者による出荷価格の設定について次の命題が導かれる。
命題1
生産者が流通業者1に流通業者2の参入を許容させるパラメータの領域は
第2段階における生産者の選択
第2段階における生産者の選択
(注 緑:vC(f) オレンジ:vDB(f) 青:vAD(f))
この命題は次のように説明される。流通業者の効率にほとんど差がなければ(パラメータ領域
(30) |
より,fやvが大きくなると生産者利潤はwの増加関数となる(
これまでの議論を踏まえた上で,この節では第1段階における生産者による優先的注文権の設定について検討する。生産者の選択肢は1)いずれの流通業者にも優先的注文権を与えない,2)非効率な流通業者2に優先的注文権を与える,3)効率的な流通業者1に優先的注文権を与える,の3つである。第2段階以降の部分ゲームの均衡を予想する生産者は,これら3つの選択肢の中から,自らの利潤を最大にするものを選択する。
2節で論じたように,生産者がいずれの流通業者にも優先的注文権を与えない場合には,流通市場ではクールノー均衡が成立し,そのときの生産者利潤は
生産者が効率的な流通業者1に優先的注文権を与える状況で,流通業者2の効率がそれほど低くない場合(パラメータ領域
さらにパラメータ領域
(31) |
であり,
(32) |
であるが,このパラメータ領域では
命題2:
流通業者2がそれほど非効率でない状況では(
この命題は次のように説明される。両流通業者が参入する場合には,効率的な流通業者1が先導者となる方が,同じ出荷価格のもとでの総注文量が多く,生産者利潤も多くなる。流通業者2の参入が阻止される場合でも,彼の効率がそれほど低くなければ,流通業者1の参入阻止量が多いため,生産者にとって流通業者1を先導者とすることが得策である。流通業者2の効率が十分に低い場合には流通業者1の参入阻止量も少ない。この状況では,流通業者に優先的注文権を与えて総注文量を増やす方が,(出荷価格は低くなるが)生産者利潤が多くなるのである。
生産者が優先的注文権を非効率な流通業者2に与えることは,消費者厚生にどのような影響を及ぼすか? この状況では2.2節で論じたように,出荷価格は(8)式で与えられるから,総供給量(両流通業者の販売量の和)は
である。ここで
この節を終えるに際し,流通業者の効率格差が1)固定費用のみ,または2)可変費用のみの場合について検討する。
1)固定費用の相違:
両流通業者の可変費用が同じで,効率の差が固定費用のみであるとしよう。この状況で,生産者が非効率な流通業者2に優先的注文権を与えれば,
と計算される。このとき,
であるから,次の系が導かれる。
系1:流通業者の効率の差が固定費用のみの場合,
固定費用の差
上図の通り,流通業者の効率の差が固定費用のみの場合,f > 0.0670ならば,zAi = zS,zDi < zS,zBi < zS,生産者は流通業者2に優先的注文権を与える。生産者利潤zS = 0.1875である。一方,f < 0.0670ならば,生産者は効率的な流通業者1に優先的注文権を与える。そのときの生産者利潤は,fの値の取りうる範囲により変動する。
2)可変費用の相違:
両流通業者の固定費用が同じで,効率の差が可変費用のみであるとしよう。この状況で,生産者が非効率な流通業者2に優先的注文権を与えれば,
と計算される19)。このときには
系2:流通業者の効率の差が可変費用のみの場合,生産者は流通業者1に優先的注文権を与える。
これら2つの系から明らかなように,領域Rにおいて生産者が非効率な流通業者に優先的注文権を与えるためには,本稿のモデルでは固定費用に差があることが必要である20)。
本稿では,販売効率の異なる流通業者を介して財を販売する生産者が,いずれの流通業者に優先的注文権を与えるかについて検討した。主な結論は,流通業者間の効率格差が大きく,効率的な流通業者1に優先的販売権を与えると,非効率な流通業者2をブロックしたり,少ない参入阻止量で容易に参入を阻止できる場合,生産者は非効率な流通業者2に優先的注文権を与えるというものである。逆に流通業者間の効率格差が小さく,効率的な流通業者1に優先的販売権を与えても非効率な流通業者2の参入を阻止できない場合,または阻止できるとしても参入阻止量が十分多い場合には,効率的な流通業者1に優先的販売権を与えることになる。
非効率な流通業者に優先的注文権を与えている事例の1つに,家電チャネルがある。序論で述べたように,高度成長期において松下は,販売効率の低い系列店に優先的注文権を与えていた。当時の松下は量販店を型落ち商品の捌け口として扱っており,量販店からの新製品の注文を後回しにすることは,1972年に設立された日本電気専門大型店協会(NBER)に加盟する量販店が準正規店となった後も続いていた。福地(2007, p. 126)は,2003年から始まった松下のスーパープロショップ制のもとでの店舗経営者にインタビュ-を行い,その回答を次のように記している。
量販店は全然怖くないです。新しい商品については,量販店よりうちの方が安いです。だから,旬のうちに売りまくる。今はV商品の戦略に特化してやっているけれど,これは絶対に勝てる商品です。量販店より安く販売して,旬のうちに売り切って終わり。次の商品にまた取り組みます。
ここで「V商品」とは,松下が重点的に販売促進を行う商品である。この回答は,少なくとも新製品の発売当初は,量販店が積極的な販売促進を行うに足る低価格での大量仕入れができていないことを示唆している21)。その意味で,松下は近年まで,系列店に優先的注文権を与えていたようである。
ここで,量販店と系列店を比べれば,前者の方が販売効率が高い。実際,高齢者を対象に「きめ細かな」サ-ビスを提供する系列店の(販売)可変費用は,この種のサービスを提供しない量販店と比べて高い。また,固定費用として新製品の展示スペースという「機会費用(他の商品を外すことで,その商品の販売が減ることからの損失)」を想定すれば,店舗規模の小さい系列店の方が高いだろう22)。その意味で,家電メーカーは販売効率の低い系列店に優先的注文権を与えているのである。李・成生(2017)は,系列店の役割を「高齢者を対象にきめ細かなサービスを付加して高価格で販売する」とした上で,異なる消費者に異なる対応をすることでチャネルの利潤を増やすという観点から量販店と系列店の併存を論じており,系列店に優先的注文権を与えることは,量販店が系列店の参入を阻止することを防ぐ方策として捉えることができる。
また2008年に,アップルが日本でi-phone3Gを発売する際には,業界トップのNTTドコモではなく,下位のソフトバンクを介して販売された。さらに2011年にi-phone4Sを発売する際にはauでも販売されたが,NTTドコモが販売するのは2013年のi-phone5S/5C以降である。同様の現象は中国や韓国でも見られ,中国では業界1位のChina Mobile(中国移動通信)ではなくChina Unicom(中国聯合通信)が,韓国でもSKテレコムではなくKT(韓国通信)が最初にi-phoneを発売している23)。業界におけるシェアの順位が携帯電話会社の営業効率と相関しているとすれば,なぜアップルは効率の低いソフトバンクに優先的販売権を与えたのか? アップルの観点に立てば,携帯電話機を多く売るためには補完財である電話サービスの料金が低いことが望ましく,そのためには複数の携帯電話会社の間で激しい価格競争が行われる必要がある。この状況でアップルが,仮に提携先としてNTTドコモを選べば,ドコモは積極的な投資を行って営業効率を高め,下位企業の参入を阻止するかも知れないし,阻止できないとしても非効率な下位企業との競争が緩和され,サービス料金は高くなろう。このような事態を避けるためには下位企業の営業効率を向上させる必要があり,そのために提携先としてソフトバンクを選んだのである24)。実際ソフトバンクは,2006年のボーダフォンの買収を含め,2008年までの3年間に2兆7000億円の投資を行って営業効率を向上させている(因みに,この期間のNTTドコモの投資額は2兆4000億円であった)25)。
これまで,生産者が非効率な流通業者に優先的注文権を与えるメカニズムを解明してきたが,このメカニズムが機能しているとすると,企業経営上の新しい問題が浮かび上がってくる。いま,流通業者間の効率格差が小さく,効率的な業者が先導者となっているとしよう。この状況で,効率的な業者が投資を行って販売効率を向上させれば効率格差が拡大し,生産者は非効率な業者に優先的注文権を与えるようになって,効率的な業者の利潤が減るかも知れない。逆に効率格差が大きく,非効率な流通業者が先導者となっている状況では,彼の投資によって効率格差が縮小すれば,生産者は効率的な業者に優先的注文権を与えるかも知れない。このことを予想する流通業者は,効率向上のための投資を行うか? また生産者は,この種の投資を促進するために,流通業者にどのような誘因を提供するか? これらの点については,稿を改めて検討する。
となる。ここで
があるが,