2020 Volume 23 Issue 1 Pages 21-34
本稿では,結婚や育児,介護等プライベート領域の市場化において,伝統的な役割規範が維持されるプロセスを,Butler(1990)のパフォーマティビティの概念に基づいて明らかにすることを試みる。より具体的には,「婚活」ブームを通して配偶者探しの市場化が普及する一方で,男性の経済力を重視するといった伝統的な役割規範が維持されるプロセスを明らかにする。これまでの研究は,市場調達における利用者の矛盾やストレスを解決する方法や,市場をアイデンティティ構築の場として活用するといった観点であり,消費者のエージェンシーを前提とした研究であった。本稿では,新たな実践の採用(再意味化)と伝統的規範の引用という両面から,変化のプロセスを検討する。分析結果からは,実践を促進する言説が,伝統的規範に矛盾しないという言説と同時に展開されることで,市場化が促進されつつ伝統的規範が維持されたという可能性が示された。
本論文の目的は,家事や育児,結婚,介護等プライベート領域の市場化過程において,伝統的な役割規範が維持されるプロセスについて,Butler(1990)のパフォーマティビティの概念に基づいて明らかにすることである。より具体的には,「婚活」ブームを通して,市場を活用した配偶者探しという実践が普及する一方で,伝統的なジェンダー規範が維持されるプロセスを明らかにする。
プライベート領域の商用化とは,「家族や家庭で無償のサービスとして行われていた心理的,社会的機能としてのケア」(Cook, 2013)を市場で調達することを意味する。具体的には,恋愛,結婚,出産,育児,介護,葬儀など人生の各ステージで,有償のサービスが提供されるようになることを指す(Hochschild, 2012)。かつて家族や家庭,地域において行われていた感情的なケアのほとんどが,現在では市場にて調達可能な商品となった(Zelizer, 2005, 2011;Hochschild, 2012)。日本でも関連するサービスは急速に普及し,恋人や配偶者探し,家事や育児,介護といった多様な領域において市場での調達が可能になった(例えば,野村総合研究所,2015)。こうした動きは,女性の雇用促進や少子化対策に取り組む政府にも後押しされる形で,さらなる拡大が見込まれている。
一方で,プライベート領域が市場化される際,このようなサービスを利用することの是非については歴史的な議論となっている(Epp & Velagaleti, 2014)。背景として,19世紀の産業革命以降,市場経済の発展と共に続いてきた男女における家事と仕事の分離が,高い次元で制度化されている(Hochschild, 2003)ことが挙げられる。こうした役割分担は,家事をはじめとするプライベート領域の神聖化につながり,道徳的,感情的な場として位置づけられるようになった(Epp & Velagaleti, 2014)。このように,家庭を神聖な場としてフレーミングがなされた結果,ケア等の市場調達は,「世俗的」,「冷酷」なものとして,利用者に文化的抵抗感を生じさせることとなる(Zelizer, 2011)。プライベート領域の市場化は,競合との企業間競争ではなく,「家族,特に妻や母といった役割規範との戦い」(Hochschild, 2003)なのである。
プライベート領域に関するこれまでの研究は,ケアを市場で調達する際の利用者の動機や葛藤,または意思決定から生じるアンビバレンスやストレスについて明らかにしてきた(England, 2005)。一方で,市場調達の選択に対してむしろ友好的に適応し,サービスプロバイダーとの神聖で親密な関係を確立することによって,市場調達から生じる落胆を避けようとするといった研究も見受けられる(Hochschild, 2012)。しかしながら,これらの研究は,消費者が矛盾や緊張を感じているにせよ,緊張が緩和されているにせよ,市場調達における消費者の受止め方についての研究である。このような領域の市場化がジェンダー規範と深く関わっており(Stephens, 2015),こうした規範は,主体の意図を超えたところで歴史的に再生産される(McCarrthy & Moon, 2018)ことを考慮すると,消費者の受止め方を中心においた研究の限界に辿り着く。
実際,労働市場における女性の割合は増加し,家事のテクノロジー化や外部化は進行したにも関わらず,家庭内において家事やケアの大部分を女性が担っていることが明らかにされている(Giele, 2008)。このような現象は,女性の社会進出が進んでいる欧米においても依然として残っているといわれている(McCarrthy & Moon, 2018)。プライベート領域に関する市場化の促進とジェンダー規範における非対称性は,世界的に指摘される問題であるにも関わらず,消費研究において,こうした傾向がなぜ,どのように起こるのかについての研究は見受けられない。
このような観点で研究を進める上で,本研究が着目するのはButler(1990)のジェンダー・パフォーマティビティという概念である。ジェンダー・パフォーマティビティとは,ジェンダーの社会的構築過程を説明する概念である。バトラーによれば,ジェンダーは,本来根拠があるものではないが,みながその規範に従った行動をする,即ち規範とする実践や言説の「引用と反復」を繰り返すことによって,社会的現実として強化される。このように,バトラーは,ジェンダーが個々の「引用」により再生産されると主張する一方で,個々の引用に委ねられるために,立場や状況に応じて引用の仕方が異なる可能性についても示唆する。ここに,ジェンダーの変化の可能性としての「再意味化」を見出しているのである。この概念を本研究に応用することで,プライベート領域における市場化が促進される過程において,伝統的な規範が維持されるプロセスについて明らかにすることが可能になると考える。
以上を踏まえた上で,本研究のリサーチクエスチョンを以下のように設定する。(1)プライベート領域の市場化において,伝統的規範はどのように維持されるのか。(2)市場化のプロセスにおいて,企業のマーケティングはどのような役割を果たすのか。
次節以降の本論文の構成は以下の通りである。まず,プライベート領域の市場化に関する先行研究を整理した上で,本研究の分析枠組みについて検討する(第2節)。次に,本研究で扱う事例を説明した上で,データと分析手法の概要について述べる(第3節)。その上で分析結果について述べ(第4節),最後に結論と今後の課題を述べる(第5節)。
プライベート領域の商用化については,社会学(Hochschild, 2012;Zelizer, 2005)を中心に,消費研究(Epp & Velagaleti, 2014;Thompson, 1996),そしてフェミニズム(Fraser, 2014)といった多様な領域において議論されてきた。先行研究はこうした領域の商用化を,「家族」と「市場」,または「愛」と「お金」といった2つの領域の関係性を説明する文化的言説に着目し,2通りの説明を提供してきた。
1つ目は,家族と市場を「敵対する世界」(Zelizer, 2005, 2011;England, 2005)として捉える立場である。ここでは家族と市場を二項対立として捉え,神聖と世俗という領域として分類されている(England, 2005)。敵対する世界における二分法において,市場は「冷酷」,「世俗」,「利益」によって動機付けられる一方で,家族は「愛」,「神聖性」,「相互ケア」によると説明されている(Zelizer, 2011)。こうした見方において,市場は,「多忙」,「時間のなさ」といったプロパガンダにより,市場で代替するように仕向ける(Hochschild, 2003;Epp & Velagaleti, 2014)。『Outsourced Self』と題するHochschild(2012)は,結婚や介護,育児といった私的領域に,市場が介入する際に生じる葛藤や混乱について明らかにしている。敵対する世界が両者の二項対立を前提とするのに対して,2つ目のタイプの捉え方では,家族と市場における対立関係そのものを否定する。
2つ目は,「つながる世界(Connected World)」(Epp & Velagaleti, 2014)という捉え方であり,親密さと市場の間のより複雑な関係性を明らかにしようとする研究である。こうした立場においては,愛の領域と経済的利益の間の二分法自体を否定し(Thompson, 1996),「人は絶えず,経済活動や肯定的な成果と,親密性を混同する」(Zelizer, 2011)とし,両者がいかに絡み合っているかを示唆している。このような立場に立脚した研究として,市場の活用が親密な関係の規範となっていることを示す研究がある。例えば,婚約指輪の購入や,保育園への入所,学習塾への入会といった,親密な領域における市場の介入を,むしろ家族生活の規範として消費していることが示されている(Illouz, 2007;Zelizer, 2011)。また,市場から調達した「見知らぬ介護者」と,家族のような信頼関係を構築することで,市場での調達が,より個人的,かつ感情的な場として機能していることを明らかにする研究もある(Illouz, 2007)。このように,つながる世界において,研究の視点は,人は市場の活動と親密な関係を前向きで生産的な方法で融合させる(Stephens, 2015)という点にある。
以上のように,プライベート領域の商用化における文化的言説は,家族と市場の関係を対立するものとして捉えるか,つながりとして捉えるかという2つの異なる立場が見受けられる。しかしながら,そもそも,市場と家族を分離する敵対的世界の言説自体が,理念型である(Epp & Velagaleti, 2014)という見方にあるように,両者の「完全な」対立は想定しづらい。また,つながる世界の立場においても,「市場調達における緊張が,必ずしもないとは限らない」(Stephens, 2015)と言われるように,敵対的世界とつながる世界は,明確な切り分けは難しいようにみえる。さらに,先行研究が明らかにしてきた市場調達における矛盾や緊張を緩和しようとする取り組み自体が,市場とプライベート領域をつなげるプロセスそのものとも言える。これは,敵対的世界と,つながる生活という文化的言説自体が,静態的なものではなく,変化の過程にあることを意味する。このような認識のもと,以降では,プライベート領域の市場化に関する消費・マーケティング領域の研究について見ていく。
2.2 プライベート領域の市場化に関するマーケティング研究恋愛,結婚,子育て,介護,葬儀とライフコースのあらゆる領域において,市場の活用が主要なリソースの1つとして急速に増加している(Hochschild, 2012)にも関わらず,マーケティングや消費研究においては,こうした領域の市場化について,十分な研究がなされていない(Epp & Velagaleti, 2014)。数少ない研究として,大きく2つのタイプが挙げられる。
まず,プライベート領域の市場調達を,アイデンティティ構築という観点から捉える研究である。ケアサービスを市場で調達する母親にとって,良い母という理想に基づくアイデンティティ・プロジェクトは,これを支援するサービスの購入により具体化される。例えば子供の誕生日パーティに対する期待に応えるという母親のプレッシャーが,市場の活用により緩和される。また,重要でない仕事(例えば掃除)を市場で調達することで,むしろ母として行う重要なケアの質を向上することができると捉えているケースも見受けられる(Thompson, 1996)。
直接,プライベート領域の市場化を扱ったわけではないが,ケアと伝統的規範の間で生じる緊張の解消に関する研究として,Coskuner-Balli and Thompson(2013)による専業主夫の研究が挙げられる。ここでは,社会学者ピエール・ブルデューの文化資本の概念を活用し,マージナルなジェンダーアイデンティティを保有する専業主夫が,そのスティグマに対応すべく,家事に関わる実践を,経済資本や社会資本へと転換する場として市場が活用されていることが示された。ここでは,専業主夫は自身のおかれた環境の再解釈を通じて男性性が失われていないことを確認していた。以上のように,アイデンティティ構築との関係において捉えようとする研究において,矛盾に直面した消費者は,様々なアイデンティティ・プロジェクトを,個人のアイデンティティの一貫した物語に統合することで,矛盾を管理する(Arnould & Thompson, 2005;水越・コールバッハ,2015)方法が明らかにされた。
しかしながらこれらの分析は,その多くが,行為を可能にする能力としてのエージェンシー(Suchman, 2007)を中心においた分析である。プライベート領域の市場化は,その普及がジェンダー規範と密接に関わっており,先行研究は,こうした規範がいかに変わりづらいかについて明らかにしてきた(McCarrthy & Moon, 2018)。また,ジェンダー規範の変わりづらさは,エージェンシーを超えたところで社会的に再生産される点にある。このように考えると,エージェンシーを中心においた分析では,規範を変えようとする主体的な動きに反して,歴史的に再生産される構造についての説明ができない。これに対し,2つ目の分析は,主体の存在を前提としないという点で興味深い研究といえる。
Epp and Velagaleti(2014)は,両親がケアの市場調達に際し,関連する異なる構成要素の集合とケア提供の偶発性を記述するために,「ケアのアセンブリッジ」という概念を用いて,各要素が両親のアウトソースに関する意思決定にどのような影響を与えるのか明らかにした。この中で,両親のケアに関する意思決定において,エージェンシーが,異なる構成間の関係性の中で形成されることを示した。
また,Bettany, Kerrane, and Hogg(2014)は,父親の移行過程において父親らしさと男らしさという時に対立する規範に対して,異なる技術的な消費やサービスが父親としてのアイデンティティ構築に影響を与えることを明らかにした。その際,アクターネットワーク理論により,ケアに関するテクノロジーの採用の是非が,必ずしも当初の意図通りではなく,ネットワークの構成の仕方によって変化することを明らかにした。
これらの分析は,ある商品やサービスが,多様な要素との関係性において,当初の意図とは異なる形で解釈され,受け入れられるような状況の説明において有用である。しかしながら,多様な要素間の関係性に着目する一方で,構成要素をネットワークの一部として捉えるという見方は,ジェンダーのように伝統的な規範が再生産される構造については考慮していない。例えばEpp and Velagaleti(2014)は,市場調達における両親の緊張について分析しているが,父親と母親という役割規範の違いからくる緊張の非対称的な側面については明らかにされていない。結果として,ジェンダー規範の再生産の構造についての説明ができないのである。
このような研究上の課題を踏まえて,プライベート領域の市場化における実践の促進と伝統的規範の維持について検討する上で本研究が着目するのは,Butler(1990)のパフォーマティビティという概念である。以下では,パフォーマティビティの概要とマーケティグにおける代表的な研究事例について整理した上で,リサーチギャップを導出する。
2.3 主要概念:パフォーマティビティプライベート領域における市場化と規範の維持プロセスを明らかにする上で,本研究は哲学者ジュディス・バトラーのパフォーマティビティという概念を採用する。Butler(1990, 1993)は,社会的・歴史的に構築された規範が,それ自身を繰り返し引用するプロセスにおいて,不変の本質であるかのように実体化するこの作用を,哲学者ジョン・L・オースティンの言語行為論を援用して「パフォーマティビティ」と呼んでいる。この概念により,伝統的なジェンダー規範が再生産されるという側面とそれでも変化の可能性を内包しているという構造の説明が可能となると考える。以下にその理由を2つの視点から説明する。
第1に,ジェンダーの社会的構築を日常の実践における「引用(recitations)と反復(reiterations)」によって身体化されていくものとして捉えている点である。「引用と反復」とは,ジェンダー化されたものの見方が,関連する規範に基づいた(引用),日常的な言説や実践の繰り返し(反復)の中で維持されることを意味する。例えば,「家事は女性の仕事」という規範は,女性が家事を継続的に行ったり,関連する言説が創造されたりすることの繰り返しの中で,規範として維持されるという捉え方である。ジェンダーにおける通常の表現としての「引用と反復」は,やがて社会的な事実として受け入れられるようになり,イデオロギー的な強制力を発揮するようになる。これは,パフォーマンスやアイデンティティ・プロジェクトといった概念において想定されるような,エージェンシーを中心においた捉え方とは対立するものである。
第2に,規範の変化の可能性,即ち再意味化である。バトラーによれば,規範の忠実な引用は原理的にありえず,引用された時点で,オリジナルとは違うものに変わっていく。しかも,異なる立場の人間が,異なる場面で規範を引用するため,その方法はコントロールできないとする。例えば,「料理をする」という女性の役割規範の引用方法は,全てを手作りで行うだけではなく,カット食材を使って調理をしたり,惣菜を購入して綺麗に盛り付けたりといった多様な形で行われ,反復されるかもしれないが,こうした規範の引用の仕方を予め決めることはできないだろう。このように,規範の変化を引用と反復に帰属させることで,日々の実践の中に,その変化の可能性を見出しているのである。つまりバトラーは,ジェンダーを社会的構築として捉えつつも,こうした実践の繰り返しが内部化されたシステムとして定着する(Bourdieu, 2001)のではなく,常に変化の可能性に晒されていることに着目している(Butler, 1997)。これは,制度論のように制度的起業家が,変革を達成するプロセス(Lawrence & Suddaby, 2006;Scaraboto & Fischer, 2013)とは異なり,変化のプロセスにおいて生じる現行秩序の再生産や,既存の秩序からのズレや撹乱についての説明を可能とする。
バトラーのジェンダー・パフォーマティビティは,消費研究においても有用なレンズと称され(Maclaran, 2018),男性性(Schroeder & Zwick, 2004;Brownlie & Hewer, 2007)や女性性(Martin, Schouten, & McAlexander, 2006;Stevens, Cappellini, & Smith, 2015)に関わる言説や実践の変化や維持についての研究が行われてきた。
例えば,Thompson and Üstüner(2015)は,コンタクトスポーツとして男性的であるとしてスティグマ化されているローラーダービーに従事する女性に着目した研究を行なった。ここでは,新たな実践へ従事(再意味化)することと,伝統的規範に従うこと(引用)という相反する規範の間で葛藤しつつも,両者の間で生じるパフォーマティブな相互作用の中で,スティグマ化されずに新たな実践を正当化する方法を見出していくプロセスを明らかにした。しかしながら,彼らの研究は個々の消費者の中での葛藤や矛盾についての研究である。これに対し,次にあげる研究は,パフォーマティブな実践が,どのように社会的な規範を形成したり,維持したりするのかに焦点をあてる。
Joy, Belk, and Bhardwaj(2015)は,パフォーマティビティと併せて,バトラーの不安定性(precarity)という概念を用いながら,インドにおいて女性の社会進出の急速な発展にも関わらず,男性への従属という伝統的な言説が貧困女性のみならず,上流階級の女性に対しても維持される構造を明らかにした。同様にValtonen(2013)は,日常的なやりとりの中で当然とされるさまざまな物質的,社会的,感覚的な実践を通じて,「小さな女性」というカテゴリーがどのように維持されているかを明らかにした。しかしながら上述の研究は,女性の社会進出といった実践の変化は所与のものとされており,あくまでも分析の焦点は,ジェンダー規範の再生産にある。
市場化と規範の維持が同時に起きるというプロセスを明らかにするためには,実践の促進と規範の再生産を,両者の関係性の中で明らかにする必要がある。このような研究は,消費研究において重要である。ジェンダーや社会学の研究では,ジェンダーに関する社会のありようは劇的に変化しながら,男性と女性に関するステレオタイプは,あまり変化していないことが明らかにされている(Ridgeway & Correll, 2004)。また,消費研究は消費者が,社会的地位や規範を再生産したり,これに挑んだりするための土俵として,市場を利用する(Arnould & Thompson, 2005;Belk, Ger, & Askegaard, 2003;Thompson, 2004)ことを明らかにした。これらを踏まえるならば,規範の再生産プロセスは,市場における消費行動や,これに影響を与える企業のマーケティングとの関係性においてみていく必要がある。しかしながら,このようなメカニズムがどのように起こるのかといった点に関する研究はあまり見受けられない。よって本研究は,プライベート領域における市場化プロセスをジェンダー規範との関連性の中で体系化することで,市場化の促進とジェンダー規範を接続することを試みる。
以上を踏まえ,本研究におけるリサーチクエスチョンを以下のように設定する。(1)プライベート領域の市場化において,伝統的規範はどのように維持されるのか。(2)市場化のプロセスにおいて,企業のマーケティングはどのような役割を果たすのか。
すでに述べた通り,本研究の目的はプライベート領域の市場化が進むプロセスにおいて,伝統的な規範が維持される構造について,Butler(1990)のパフォーマティビティの概念に基づいて明らかにすることである。この点について明らかにする上で,2008年以降に広まった「婚活」を取り上げる。
ケース選定の理由は以下の2点である。第1にプライベート領域に関わる実践が急速に進行した典型的な事例である点である。「婚活」は,それまで配偶者探しを市場で行うことに対して付与されていた抵抗感(Applbaum & Jordt, 1996)が,2008年以降急速に変化し,「婚活」ブームとなることで,実践者が急速に増えた。第2に,市場化のプロセスにおいて,ジェンダーに関わる規範は維持されていることが顕著な事例である点である。「婚活」ブームは,特に女性の積極的な活動を促進した一方で,結婚に関わる伝統的な男女の役割規範はむしろ強化されている(山田・白河,2013)ことが明らかにされている。以上の理由により,「婚活」は本研究の目的を達成する上で相応しい事例と判断した。以下では「婚活」に関わる抵抗感の概要と「婚活」ブームの状況について説明する。
「婚活」ブーム以前,配偶者を市場で調達することに対する抵抗感は強く(山田,1996),市場は「汚れ」として敵対視されていた(Zelizer, 2011)。当時の調査結果によれば,こうしたサービスの提供者については,「信頼できない」と答えた人が64%,利用者に対しては「自分で結婚相手を見つけられない人」という見方が84%にのぼっていた(経済産業省,2006)。敵対的な世界に基づくこうした文化的言説は,市場を利用するという行為をスティグマ化してきたのである。
しかしながら,結婚情報サービス業界は「婚活」ということばが出現した2007年を境に大きく変化している。「婚活」ということばは,2007年11月,社会学者山田昌弘とジャーナリスト白河桃子が提唱したことばである(『AERA』,2007年11月5日号)。「婚活」は「結婚活動」の略語であり,就活のアナロジーとして用いられたこのことばは,「よりよい結婚を目指して,合コンや見合い,自分磨きなど,積極的に行動する活動を称して」名付けられた(山田・白河,2008)。
このことばの出現以降,サービスの利用者は増え始め,同業界内で2社が株式市場へ上場した(詳細は織田,2016)。2017年には,「婚活サービス」の利用経験者が18%にまで増加,これは婚姻者の11%を占める(リクルート・マーケティング・パートナーズ,2018)。注目すべきは,こうしたブームの中で特に女性の動きが活発化した点にある。女性の積極的な活動は,伝統的な役割規範とは矛盾する(Tokuhiro, 2009)にも関わらず,関連する多くのビジネスにおいて,女性の動員に成功している。
女性の活動が活発化した一方で,伝統的なジェンダー規範は維持されたことも特徴的である。2012年の調査結果によると,男性の「経済力」を重視する人は94%と,ブーム前の91%よりも高くなっている(国立社会保障・人口問題研究所,2012)。このようにみてくると,「婚活」は,多くの女性を実践に駆り立てた一方で,結婚に関わる役割規範は維持,もしくは強化されていることがわかる。以下では,このようなプロセスが,どのように起こったかをみていく。
3.2 研究手法:事例研究事例分析では,記号論や解釈学をベースとした解釈的アプローチ(Belk, Fischer, & Kozinets, 2013)に基づいて,単一の事例を丹念に分析する。変化のプロセスやミクロなメカニズムを明らかにすることが目的である場合,1つの事例を深く探索することが相応しいからである(Strauss & Corbin, 1997)。
本論文では主体の意図や戦略,葛藤等について詳細に確認することを目的としたインタビュー調査を実施した。具体的には,「婚活」ということばの提唱者,「婚活」関連のサービス事業者(結婚相談所,オンラインサイト,パーティ企画事業者等),メディア(出版社),「婚活」関連サービスを利用する女性である。1回あたりのインタビュー時間は,90分から2時間程度である。表1はインタビュー対象者のリストである。尚,婚活者については,回答者の匿名性を確保するために,名前はW1からW10の番号にて表記した。本文中の引用においてもこの番号を用いることとする。
インタビューリスト
インタビューは半構造化型で行い,内容はすべて録音され,テキスト化された。その後,コーディングを行い,新たな実践を採用するという「再意味化」と伝統的規範を維持しようとする「引用」(Butler, 1990, 1993)の言説に基づいて整理した。こうした作業と並行して,新聞1),雑誌2),公的文書等の二次資料については入手可能なものすべてを精読し,またイベント会場で,直接,観察3)することで,複数のデータ源から分析を行うマルチメソッドを採用した。表2は分析に用いた新聞・雑誌記事数の推移を示している。
記事件数の推移
ここでは,「婚活」の事例をもとに,プライベート領域における市場化の促進と伝統的規範の維持のプロセスを説明する。図1は,以降で明らかにする「婚活」のパフォーマティビティの全体像を,市場化に関する実践と規範それぞれについて,新たな意味付けとしての再意味化と,伝統的規範の引用という2つの観点から整理したものである。各観点について,「婚活」ということばの提唱者,「婚活」関連サービスを提供する企業のマーケティング,サービスを利用する女性,そしてこれらを伝えるメディアの言説,を対象とした分析を行なった。
「婚活」のパフォーマティビティの全体像
すでに述べた通り,市場における配偶者探しは,「婚活」ということばの発生を機に,大きく変化した。ことばの提唱者である山田・白河(2008)は,配偶者探しにおいて,職場での出会いや隣人の紹介といった自然な出会いのあり方,また,男性の経済力に依存する役割規範に基づく結婚制度自体が成立しづらくなってきたと指摘した。彼らは,「いずれ結婚したい」と望む人が9割近く存在するというデータとともに,「若者の4人に1人が結婚できない」として既存の制度を脱構築した。その上で,これに代替する解決策として,自ら動くこと,既存の役割規範に依存しないことを提案し,配偶者探しにおける実践と規範を再意味化する言説を創造した。著書『「婚活」時代』において,山田・白河(2008)は,次のように述べている。
女性に必要なのは,自分磨きはもう十分ですから,積極的に外にでて行くことです。つまり,「逆狩猟時代」です。女性が狩り場に出て行って,めぼしい男性をどんどん飼っていく,男性は女性に狩っていただけるように自分を磨く,それが基本戦略なのです(山田・白河,2008)。
このように,山田・白河(2008)は,女性の積極的な活動を正当化し,その上で市場の活用については「結婚に関するプロ」(山田・白河,2008)とフレーミングすることで,「汚れ」として敵対視されてきた市場を活用することの緊張を緩和しようとした。
4.2 再意味化された「婚活」実践の促進ことばの発生を機に,「婚活」という実践は急速に表面化するようになった。こうした動きは,特に女性において顕著であった。「婚活」ブーム以前,関連サービスの利用者は男性の方が圧倒的に多く,「女性向けの広告に採算ギリギリで力を割いても,男女比が6対4以上には縮まらない」(『週刊文春』1996年10月17日号)と言われていた。しかしながらブーム時に,この流れは一転する。例えば,プロ野球球団・北海道日本ハムファイターズが創設した「婚活シート」は,発売初日に女性用シート50席に2,000人が殺到したのに対し,男性用シート50席は完売まで数日を要した(『COURRIER Japan』,2009年9月号)。こうした状況がテレビや雑誌等のメディアでも取り上げられたことで,「婚活」の必要性に対する利用者の認識は,急速に高まったようである。「婚活」パーティに参加者した女性W7は,著者のインタビューに対し,次のように答えている。
こういうサービスって,なんとなく胡散臭いというか,自分の結婚相手ぐらい自分でみつけるわよ。と思っていたんですけど,やっぱりそれじゃダメなのかなって思って。みんなやってるのか,って。特に,テレビとかみてると,女性の熱量が半端なく高い気がして,早く始めないといい人いなくなってしまうかも,とむしろ焦ったりするんですよね(W7)。
女性の積極的な活動を報道するメディアの言説は,結婚を希望しながら活動には従事しない未婚者の不安を煽るとともに,一人ではないという連帯感を生み出す(Scaraboto & Fischer, 2013)ことにつながったようである。
こうした流れを受けて,関連企業も積極的にマーケティングを行うようになった。ブーム後に東証マザーズへの上場を果たしたパートナー・エージェントは,同社のウェブサイトにおいて,「婚活」の「プロフェッショナル」として,クライアントの「結婚プロジェクト」を成功に導くノウハウを提供できるとした。
専任コンシェルジュの役割は,出会いから成婚までのすべての活動におけるチームリーダーとしてのサポートです。コンシェルジュは200時間以上の導入研修やスキルを高めるためのトレーニングシステムを受講しており,コーチングスキルを身に付けています。パートナーエージェントでは,「PDCA」を実行して成功へと導くのです。PDCAサイクルを意識することによって,活動の精度を高めることを目標としています(パートナーエージェント ホームページ)。
このように,企業のマーケティングは,配偶者探しをプロジェクト化し,市場に委ねることで「精度を高める」と説明することで,市場調達における利用者の緊張を緩和しようとしているといえる。更に,こうした再意味化された実践の促進は,女性の積極的な活動が,伝統的な女性性に反しないという言説,即ち伝統的な規範の引用とも接続されることで実践を後押しした。
4.3 身体化された規範の引用による実践の正当化「婚活」を促進する言説において,配偶者を市場で調達するという再意味化された実践は,活動に際し,料理やメイク,ファッションにおいて伝統的な女性性に準じる形で提示された。女性誌『FraU』 は,「出会うための出会い・完全マニュアル」という記事において,以下のように説明している。
恋を呼び込む服,柔らかなオーラ,凛とした美しさ,ほのかな色気…。そんな女性の魅力的な表情を最大限に引き出す7つのスタイルをリストアップ。男性を惹きつけて止まない,その実力を試してみて(『FraU』2011年6月号)
このように,「婚活」の実践において,女性性を維持することこそ,成功につながると説明された。婚活者自身も,伝統的なジェンダー規範に即した振る舞いが,活動において有利になると感じていた。その一方で,自身の選択については,男性に対する客体化ではなく,自らの主体的な選択として位置付けていた。例えば結婚相談所で活動中の女性W8は,以下のように回答した。
婚活ではスカートかワンピースを着るようにしています。男の人って,そういうの好きかなって。ただ,明らかに狙ってます,みたいな感じは避けてます。気合い入りすぎると,ガツガツしてるように見られるし,作りすぎると自分も疲れちゃうので,できるだけ自然体でのぞむようにしています(W8)。
婚活者たちは,ワンピースを身につけることで,男性に対して女性らしい身体としてパフォーマンスする(Goffman, 1959;Arnould & Price, 1993)という側面と,その女性性が男性の視線にあわせるのでなく,自分らしさを引き出しているという両方の側面から認識していた。このような自らの主体性に基づく女性性の追求という消費様式は,「婚活」の専門家としての企業の言説の中にも多数見受けられた。例えば,成婚率80%を誇り,カリスマ婚活コンサルタントと称される結婚相談所「マリーミー」の植草氏は,以下のように語っている。
婚活は第一印象が8割です。間違っても仕事がデキそうな服で臨んではダメ。清楚でかわいらしい“モテファッション”には抵抗があるかもしれませんが,婚活用のコスプレだと思って白やピンクなどマカロンカラーの洋服で,下品にならない程度に肌見せしてみましょう(『Oggi』,2017年2月号)。
男性からの「モテ」を追求することに対する抵抗感を,「婚活用のコスプレ」というパフォーマンス(Goffman, 1959;高橋,2002)として説明することで,あくまでも女性自身に主導権があるものとして「婚活」を捉えようとしている。「婚活」という能動的な行為に対して,企業はポストフェミニズム的思想(McRobbie, 2004, 2009)を取り込むことで,敵対的世界における矛盾を管理しようとした。さらに,こうした女性の積極的な活動は,伝統的な役割規範を維持するために活動が必要であるという動機付けからも促進された。
4.4 役割規範の再意味化と身体化された抵抗「婚活」は,伝統的なジェンダー規範を維持したい女性の動員にもつながった。ブームにより,「稼ぎ頭」としての男性の減少が表面化したことを受けて,少数になった高収入男性を「早くゲットする」(山田・白河,2013)ための手段として「婚活」が語られるようになったのである。例えば,婚活者W6は,インタビューに対し,以下のように答えている。
婚活がこれだけメジャーになると,もはやイス取りゲームですよね。職場の40代で独身のお姉様方とかみてると,ちょっとイタイなって思うところもあって,私はやっぱり自分の市場価値が高いうちに早く決めちゃおって思うんです。(途中略)市場価値って,男性は経済力とか安定性とかコミ力とか,女性はやっぱり若さですよね(W6)。
こうした流れは,役割規範の再意味化として,男性の経済力に依存する結婚観の転換を含めた山田・白河(2008)の問題提起とは逆行するものだった。もちろん婚活者の中には,この点について認識していた人もいた。以下は,ネイリストの資格を持つW2へのインタビュー内容である。
こういう時代なので,二人で助け合って働けたらと思っています。お金とか,まああればいいですけど,やっぱり生活なので,人柄ですよね。私はネイリストの資格を持っているので,やろうと思えば開業とかもできるし。そういう意味でも支えてあげられるかなって(W2)。
しかしながら,こうした状況について,認識はしつつも,婚活の実践において無意識に生じる身体化された抵抗が,自身ではコントロールし難い感情として表出しているようである。例えばW9は,自身の葛藤について,以下のように説明した。
お金とか関係ないと思おうとするんですけど,全くときめかないんですよね。先日カウンセラーにある男性を紹介されたんですけど,最初どうなの?って思ってても,この方ご年収も1000万超えていらっしゃいますよとか言われると,心がパッと晴れ上がる瞬間が自分でも止められなくて。自分でも腹黒いなとか,こんなんじゃ一生結婚できないとか思うんです。でもどうしてもときめかなくて(W9)。
婚活者は男性の経済力に拘ることで自らの可能性を閉ざしてしまうことを心得ており,そのためにこうした拘りを捨てたいと認識もしている。それにも関わらず情動に基づく身体化された抵抗により,伝統的な役割規範に引き戻されてしまうのである。
4.5 伝統的な役割規範の引用上述のような,伝統的役割規範に対する身体化された反応に直面し,婚活者は男性の経済力への拘りを正当化するための多様な言説を創造するようになる。
お金を持ってるって,ある意味仕事ができるとか,コミュニケーション能力があるとか,努力するとか,いろんなことの指標になってると思うんです。結局性格とか,プロフィールからはわからないですよね。って考えると,ある意味わかりやすい指標になるかなって思うんです(W6)。
W6の引用にみられるように,年収という経済資本を文化資本や社会資本(Bourdieu, 1984)といった他の資本に転換する(Coskuner-Balli & Thompson, 2013)ことで,経済力への拘りを正当化しようとしているものもいた。さらに,男性の経済力に拘ることで自身が解放されるといった言説もあった。
夫なんてセコムみたいなもので,セイフティネットと思えばいいよって,結婚した友達には言われるんです。結局愛情は冷めるし,子供とかできたら夫とかどうでもよくなるかもしれないし。だったらお金のある人と結婚して,楽しいことは女友達とか趣味とかで満たすのもいいかなって(W1)。
W1のように,婚活者の中には,男性の経済力に拘ることで,むしろ結婚生活において男性に支配されることなく,女友達との趣味や娯楽を謳歌する自由な生活が送れるといった,女性解放(Giesler, 2012)へと繋がると認識しているケースも見受けられた。
このような,利用者による多様な受け止め方は,企業のマーケティングによっても後押しされる。例えば,「婚活」ブーム後に急速に成長し,結婚相談所最大手となったIBJでは,高収入の男性会員数をプロモーションとして活用している。ホームページにおける競合とのサービス比較では,同社の会員の「質」の高さを示す指標として,「年収600万円以上」と「大卒以上」の男性比率が提示されている。また,婚活パーティー最大手の「エクシオ」のホームページでは,おすすめのパーティとして,「年収600万以上」「公務員限定」といったコースを紹介している。例えば,「大人婚活★男性 semi EXECUTIVE編」の参加ページでは以下のような説明がなされている。
男性にはハイステイタスな方に参加頂きます。参加男性は大学卒業,高年収のお仕事!お仕事は充実しているけれど出会いのキッカケがないという男性の方々にお集まり頂いております。
大変人気が高く大好評のパーティーですので,お早めのご予約をお待ちしております。
企業は,経済力の高い男性という「希少資源」を有するというマーケティングにより,伝統的な規範にレバレッジ(Shantz, Fischer, Liu, & Lévesque, 2018)をかけることで,再意味化の実践を後押ししたといえる。
本論文の目的は,プライベート領域の市場化において,伝統的な役割規範が維持されるプロセスについて,Butler(1990)のパフォーマティビティの概念に基づいて明らかにすることであった。本節では,ここまでの分析結果を踏まえ,リサーチクエスチョンへの答えを導出する。
リサーチクエスチョンの1つ目は,プライベート領域の市場化の過程において,伝統的規範はどのように維持されるのか,という問いであった。市場での調達は,「自然な出会い」という神聖な場を活用した伝統的制度が脱構築されることにより,必然性をもって正当化された。不安を喚起された消費者は,新たな実践に従事する必要性に対する認識と,伝統的規範に引き戻そうとする身体化された反応との間で揺れ動きつつ,再意味化された実践の中に,伝統的な規範の引用を取り入れることで矛盾を解消した。
「婚活」は,結婚という女性のアイデンティティゴールを破壊する言説の創造により,ブームと言われるほどの大きなインパクトを持って受け入れられた。ジェンダーという高度に制度化されたフィールドにおいて,伝統的実践の破壊的ワークは,再意味化の実践を急速に後押しした(Huq, 2018)。しかしながら,実践の急速な変化は,ジェンダー規範の変わりづらさ(McCarrthy & Moon, 2018)との矛盾と直面することとなる。こうした状況において,山田・白河(2008)が当初意図していた「積極的な活動」と「男性の経済力に依存しない結婚」という実践と規範の再意味化は,多様な引用と反復の言説により変化していく。例えば「経済力の高い男性を獲得するために積極的に動く」という引用にみられるように,利用者は「婚活」における実践と規範を切り離し,再意味化の実践に伝統的規範を接続する言説を創造した。さらにこうした言説は,「経済力はコミュニケーション能力の指標」といった経済資本を社会資本に転換する言説によっても正当化された。
リサーチクエスチョンの2つ目は,プライベート領域における市場化の過程において,企業のマーケティングはどのような役割を果たすのか,という問いであった。市場は再意味化の実践が,伝統的規範と矛盾しないというフレーミング(Epp & Velagaleti, 2014)を展開したり,実践への従事は,伝統的規範を維持するためにこそ必要であると示したりすることで,活動を後押しした。
プライベート領域の市場化に関する先行研究は,敵対する世界観から生じる消費者の緊張を緩和するために,企業のマーケティングが展開する多様な言説を明らかにしてきた。市場調達を規範化したり,専門家と定義づけたり,効率性を強調したりすることで,需要を促進してきた(Zelizer, 2005)。しかしながら,市場調達を前向きで生産的な方法で融合させる(Stephens, 2015)このような考え方は,市場調達が進む一方で,規範が温存される構造を考慮しない。本研究では,パフォーマティビティの概念を導入することにより,積極的に活動するという実践が,例えば活動時のファッションにおける女性性の維持に支えられたり,さらには,経済力の高い男性という「希少資源」を有するというマーケティングの展開により,活動が促進されたりしたことが明らかになった。つまり,実践の再意味化と役割規範の引用が,同時に提示されることで正当化されたといえる。
5.2 貢献以上を踏まえて,本論文の貢献について述べる。理論的貢献の1つ目は,プライベート領域の市場化における変わりづらさについて,身体化された規範の引用を考慮することで説明を可能にしたことである。これまでの研究は,市場調達を通じて,アイデンティティを構築する(Hochschild, 2003)といったエージェンシーの存在を中心においた分析が多かった。しかしながら,このような研究は,エージェンシー自体が,ジェンダーの再生産の枠に取り込まれていることから生じる規範の変わりづらさ(McCarrthy & Moon, 2018)を説明できない。この点について,本研究はパフォーマティビティにおける再意味化と規範の引用という側面から捉えることで,変化のしづらさを踏まえつつ,市場化が進行するプロセスについての説明が可能となった。
理論的貢献の2つ目は,市場化のプロセスを実践と役割規範との関係において説明することで,個人のイデオロギーの問題としてのみならず,受容の過程で生じる役割規範の維持といった意図せざる結果(Song, 2019)についての説明が可能となったことである。これまでの研究において,市場は敵対する世界における矛盾を解消する言説の創造により,市場化を促進することが明らかにされた。本研究において,企業は消費者の揺れ動くパフォーマティビティの文脈に寄り添い,ジェンダーの変わりづらさをも利用することで,実践の急速な普及を実現した。伝統的規範にレバレッジをかけるという戦略は,先行研究でも明らかにされてきた(Shantz et al., 2018)が,本研究では,再意味化と規範の引用を同時に行う企業のマーケティングが確認された。市場調達という再意味化を,規範として身体化された言説によって支える構造として整理することで,消費者の受け止め方という分析の視点を拡張し,社会的な構造の説明も可能としたといえる。これにより,「ジェンダーに関わる実践の変化にも関わらず,一向に規範が変わらない」(McCarrthy & Moon, 2018)といった現象についても一定の説明が可能になると考える。
実務的貢献について,第1に本研究は,新技術や実践の普及過程において,伝統的価値観からの抵抗が想定されるような領域において応用が可能である。例えば,諸外国と比較して特に普及が遅れているとされるライドシェア(相乗り)やロボット掃除機の普及について,再意味化と身体化された規範の引用とのパフォーマティブな作用として捉えることで,利便性や合理性といった消費者のエージェンシーに基づく祝祭的な側面(Maclaran, 2018)のみならず,伝統的規範が再生産される構造の中で変化のプロセスを検討することが可能となる。
第2に,公共政策や,企業のマーケティングが当初の想定通りに実現されず,意図せざる結果(Song, 2019)を生じさせるようなケースに関する説明が可能となる。例えば,日本の政策課題としてあげられている女性の就労促進や女性管理職増加といった社会政策が当初の想定通り実現しない状況について,バトラーの理論的レンズを活用することで,変化を好まない女性が非難されるのではなく,社会的な再生産の構造を織り込んだ上での政策立案が可能になると考える。
5.3 本論文の限界以上の貢献があるものの,本研究には,今後,克服すべき限界がある。主に以下の3点である。
第1に,単一事例という性質から生じる一般化の問題である。特に本研究が対象とした「婚活」は実践が急速に普及したという点で逸脱事例とも言える。本研究はこうした事例を扱うことで,市場化における実践と規範の関係をより鮮明に捉えることを試みたが,より一般化を図る上では,他の事例についても調査する必要がある。
2つ目は,「婚活」ブームを機に起こった現象と,ジェンダー規範の維持との因果関係についてである。本研究では,可能な限り,両者の関連性を実証することを試みたが,ジェンダー規範に影響を与える要素はさらに複雑であろう。この点については,結婚という制度に対する考え方や社会経済環境の変換等,より広い観点から検討する必要があるだろう。
3つ目は,紙幅の制約により,消費者や業界関係者のインタビュー内容を十分に検討できていないという点である。消費者の解釈の仕方や企業のマーケティング戦略はより複雑で多岐にわたっていた。さらにこうした実践に影響を与える主体として,婚活者以外の多様な女性,または男性についての分析も必要であろう。
以上については今後の検討課題としていきたい。
本論文の執筆にあたり,アリアエディターと2名の匿名レビュアーの先生より,多くの大変貴重なご指摘をいただきました。ここに記して心から感謝申し上げます。
「婚活」に関連することばとして,「婚活」,「結婚相談所」,「結婚情報サービス」,「結婚相手紹介」,「結婚紹介」,「結婚斡旋」,「結婚支援」という7つのうちいずれかのキーワードを含む記事についての検索を行った。検索結果として,『朝日新聞』は,3,351件,読売新聞は,3,258件が抽出された。抽出された記事の全てを確認した上で,「婚活」にそぐわないものは全て排除した。例えば,結婚式に関する情報提供として「結婚情報」ということばを活用しているようなケースは除外した。最終的に残った記事は,『朝日新聞』が2,366件,読売新聞は2,280件であり,合計4,646件を分析対象とした。
尚,「婚活」ということばは,2007年11月に発生したことばであるため,それ以前に記事タイトルとして「婚活」ということばが使われることはない。しかし大宅壮一文庫では,ことばが発生し一般的に利用されるようになった時点で,キーワード登録がなされる。その際それ以前の記事についても新語と類似のキーワードがあれば,関連ワードとして,備考欄にキーワード登録される。このため実際には2007年以前の記事であっても「婚活」というキーワード検索で「婚活」に該当する記事を抽出することが可能となっている。