2021 Volume 24 Issue 2 Pages 1-15
本論の目的は,同業態競合店舗の多い市場に出店する「競争的出店」,自社店舗の多い市場に出店する「ドミナント出店」という対照的な2種の出店行動に注目し,チェーン小売企業がいずれの戦略を採用するのか,なぜその選択が同業態企業間で異なるのかを,理論的・実証的に説明することである。そこで,延期-投機モデルに依拠して,チェーン小売企業の出店行動は企業固有の在庫調整能力に依存するという理論仮説を導出し,GMSチェーン13社204店舗を対象に実証分析を行った。その結果,①在庫調整能力の低い企業は,競争的出店を避け,ドミナント出店を選択する一方で,②在庫調整能力の高い企業の出店行動は,企業の規模と収益性に条件づけられており,③規模が小さい高回転型企業は競争的出店を避ける一方で,収益性が高い高回転型企業はドミナント出店を避ける傾向を持つことが見出された。
小売市場は,商圏という地理的範囲に制約された地域性の高い市場である。それゆえ小売企業は,個々の商圏の特徴,つまりは消費者のニーズの違いや他社の出店状況を睨みながら,出店先を選択しなければならない(Ailawadi, Zhang, Krishna, & Kruger, 2010;Obeng, Luchs, Inman, & Hulland, 2016)。
出店地域の選択は,小売企業が複数地域にチェーン展開する場合に,より難しい問題となる。というのもチェーン小売企業は,仕入を統一的に行う一方で,販売局面においては,需要・競争条件の異なる複数市場への個別適応が求められるからである(矢作・小川・吉田,1993)。一般的に,仕入と販売の調整は在庫を通じて行われるが,その在庫調整能力が低ければ,仕入行動と販売動向の乖離が大きくなり,売れ残りや売り逃しが頻発する。それゆえチェーン小売企業は,個々の商圏の特徴を分析するだけでなく,自らの在庫調整能力も考慮に入れて,出店地域を選択する必要がある。
さて興味深いことに,チェーン小売企業の出店行動について,産業組織論や競争戦略論を中心とする既存の出店研究は,対照的な2つのパターンに注目を寄せてきた(Woo, Cannella, & Mesquita, 2019)。すなわち,一方は「同業態競合店舗の多い市場への出店」であり,もう一方は「自社店舗の多い市場への出店」である。既存研究では,特定地域に競合店舗/自社店舗が集中することによって生じる便益と競争の観点から,これらの出店メカニズムやその成果に関する理論的・実証的分析が数多く行われてきた(e.g. Zhu & Singh, 2009;Schuetz, 2015)。
しかし,既存研究群の実証結果を照らし合わせると,この2つの出店パターンの採用傾向には,同業態の企業間でも差があることが観察されるものの,なぜこのような異質性が生じるのか,という問題には十分な説明が提供されていない。とりわけ,これに関連する重要な問題として,出店行動やその帰結に影響しうる企業固有の要因として取り上げられるのは,もっぱら企業規模や小売ミックス要因であり(e.g. Gielens, van de Gucht, Steenkamp, & Dekimpe, 2008;Ailawadi et al., 2010),企業の在庫調整能力と出店の関係にクローズアップした研究はほとんど存在しない。
以上の問題意識に基づき本論は,同業態競合店舗の多い市場に出店することを「競争的出店」,自社店舗の多い市場に出店することを「ドミナント出店」と呼称し,在庫調整能力の観点から,チェーン小売企業による出店行動の異質性を理論的・実証的に解明する1)。本論では在庫調整能力を,延期-投機モデルに基づき,「在庫形成の延期化によって需要の不確実性を統制できる能力」と定義し,この能力が高くなるほど売れ残りや売り逃しの在庫リスクを抑制できるものと見做す。そして在庫調整能力の代理変数として在庫回転率を設定し,競争的出店/ドミナント出店の選択が,在庫回転率の高/低に依存することが吟味される。本論の結論を予め示せば,①在庫回転率が低い企業は,競争的出店を避け,ドミナント出店を選択する傾向にあること,②在庫回転率が高い企業については,競合店舗/自社店舗との競争度合いと出店パターンの関係が,企業の規模と収益性に条件づけられること,具体的には,③規模が小さい高回転型企業は競争的出店を避ける一方で,収益性が高い高回転型企業はドミナント出店を避ける傾向を持つことが見出された。
本論の構成は次のとおりである。次節では,本論の問題意識を明確にするために,企業の出店行動に関する既存研究をレビューする。第3節では,既存の小売経営研究の知見と,本論の分析枠組である在庫の延期-投機モデルをレビューしたうえで,本論の構成概念が整理される。第4節では,企業の出店選択と在庫調整能力の関係について理論仮説を導出する。第5節では,GMSチェーン13社の204店舗を対象に,二次データを用いた実証分析が行われ,第6節では分析結果の考察と今後の課題が示される。
既存の出店研究は,競争的出店に注目するもの(e.g. Hotelling, 1929;Baum & Haveman, 1997;Chung & Kalnins, 2001;Yang, 2012;Koçak & Özcan, 2013;Igami & Yang, 2016;Håkansson, Li, & Mihaescu, 2019;Daunfeldt, Mihaescu, Nilsson, & Rudholm, 2019)と,ドミナント出店に注目するものに大別される(e.g. Baum, Li, & Usher, 2000;Jia, 2008;Holmes, 2011;Nishida, 2015;Woo et al., 2019)。いずれの研究も,企業が競合店舗あるいは自社店舗と同じ市場に出店する理由を,店舗間で生じる正/負の相互作用の観点から説明する点で共通している。
まず,競争的出店が生じるメカニズムは,Marshall(1920)が提唱した知識のスピルオーバーによって説明される2)。小売企業が業績を向上させるためには,地域固有の需要に合わせた品揃えや地域性のある商品の取り扱いに関する知識が求められる(高嶋・髙橋,2020)。このとき,もし当該地域に競合店舗が多数存在していれば,各企業は,互いに競合店舗の売場やプロモーションを観察しあうことで,必要な知識を効率的に吸収できるようになる(田村,2008)。このように,店舗間の知識のスピルオーバーと相互学習を通じて,品揃えをはじめとする種々のオペレーション改善が期待できる点に,競争的出店の合理性が見出される3)(石原,1999;Daunfeldt et al., 2019)。
ただし,競争的出店は必ずしもメリットばかりではない。当然のことながら,代替性の高い同業態店舗が同じ市場に集中すれば,顧客獲得競争が激しくなるため,成果が悪化する可能性もある。この負の影響は,各店舗(企業)の値下げ行動や差別化行動によって,自社店舗の売上が大きく攪乱されることに起因する(Hotelling, 1929;d’Aspremont, Gabszewicz, & Thisse, 1979;Hoch, Kim, Montgomery, & Rossi, 1995, p. 19;Ailawadi et al., 2010, p. 591;Obeng et al., 2016, p. 393)。
これに対してドミナント出店が生じるメカニズムは,競合店舗の参入阻止と,自社店舗同士の地域的な資源・知識の共有効果を意味する密度の経済(economy of density)によって説明される(Holmes, 2011;Nishida, 2015;Woo et al., 2019)。すなわち,競合店舗が出店する前に地域内に多数の自社店舗を配置しておけば,競合店舗の参入を阻止できるため,競争による売上攪乱のリスクを回避できる。加えて,地域内の店舗同士はチェーン・オペレーションに必要な種々の資源・知識を共有できるため,物流・マーケティング活動におけるコスト削減と,地域特有の知識・ノウハウの獲得が促されるのである。
そうとはいえ,競争的出店と同様に,自社店舗同士でも顧客獲得を巡る競争は生じうる。自社店舗は品揃えやプロモーションが同質的であるがゆえに,競合店舗(企業)間では発生するはずの補完的なスピルオーバー効果が低下するであろうし(Han, Mihaescu, & Li, 2018),カニバリゼーションの深刻化も懸念される(Igami & Yang, 2016)。
2.2 実証研究以上の理論的背景に基づき,チェーン小売企業や,ホテル・チェーン,ファストフード・チェーンなどの多店舗化が進んでいる業種・企業を対象に,出店やその成果に関する実証研究が数多く行われている。しかし興味深いことに,その結果は一致しておらず,同業種ないし同業態の企業でも異なる出店行動が観察されている(e.g. Baum et al., 2000;Nishida, 2015;Igami & Yang, 2016;Woo et al., 2019;Håkansson et al., 2019)。
例えば,Wal-Martなどの大企業はドミナント出店を推進する傾向が見られる一方で(Jia, 2008;Zhu & Singh, 2009;Holmes, 2011),平均的に大規模店舗は,ドミナント出店を避けて,同業態店舗が多い市場に出店する傾向にあるとも報告されている(Schuetz, 2015)。また,ホテル・チェーンを対象に分析した研究の多くは,スピルオーバーを求めて,競合するホテル同士が近くに出店することを明らかにしてきたが(e.g. Baum & Haveman, 1997;Chung & Kalnins, 2001),ドミナント出店の効果に着目したWoo et al.(2019)の分析では,他社チェーンではなく,同じチェーンのホテル同士が近接することが示されている。
さらに幾つかの研究は,競合店舗との共存が店舗成果に及ぼす影響は,企業の競争力に依存すると主張する。具体的には,①大規模店舗との競争過程において,スピルオーバー効果によって生産性が向上する店舗もある一方で,小規模店舗などの生産性の低い店舗は競争に適応できず市場から退出すること(Maican & Orth, 2017;Han et al., 2018),②売上・利益率の高い企業や,品揃え・価格・サービスなどの小売ミックスの変更・差別化を図った店舗は,競争による負の影響を軽減できること(Gielens et al., 2008;Ailawadi et al., 2010;Obeng et al., 2016)が報告されている。
2.3 問題の所在と本論の展開以上でレビューされたように,既存研究は,同じ市場に立地する競合店舗/自社店舗との間で生じる相互作用の観点から,企業が競争的出店/ドミナント出店を推進するメカニズムの解明に取り組んできた。前項の実証結果は,いずれの出店戦略も,企業の店舗オペレーションを改善する正の側面と,競争によって成果が悪化する負の側面を有しており,両戦略の追求度合いやその成果は企業によって異なることを示している。しかしながら既存研究は,「企業は競争的出店とドミナント出店のどちらを選択するのか」,「その選択が企業によって異なるのはなぜか」という問題に未だ十分な回答を提供できていない。本論は,この空白地帯を埋めるべく,競争的出店/ドミナント出店に伴う需要の不確実性と,それに対する企業の在庫調整能力に着目する。
重要なことに,競争的出店とドミナント出店は,需要の不確実性への対応行動が全く異なる。競争的出店の場合,知識のスピルオーバーと競争がインセンティブとなって,競合店舗の観察・学習を通じたオペレーションの改善が促されるが,逆に言えばこれは,予測できない競合店舗の行動に販売成果が左右されるという点で(Ailawadi et al., 2010),需要の不確実性と在庫調整の負荷が増大する。他方でドミナント出店は,このような競争による売上攪乱のリスクを削減できるだけでなく,同一地域内の店舗同士では需要が同質的になるため,需要の不確実性は相対的に低くなるはずである。換言すれば,競争的出店は,不確実性をある程度受容して競合店舗がもたらす正の外部性を求める行動である一方,ドミナント出店は,不確実性を回避して自社店舗同士の資源・知識の共有による経営効率の向上を追求する行動として理解される。
これを踏まえると,企業がいずれの出店パターンを選択するかは,競争に伴う需要の不確実性をどの程度統制できるかということから強い制約を受けると想定される。ところが既存研究はこの問題を等閑視してきた。既存研究は,販売規模や,品揃え・価格などの点で優位なポジションを形成すれば,競争による店舗成果の悪化リスクが緩和されることを明らかにしているが(Gielens et al., 2008;Ailawadi et al., 2010;Obeng et al., 2016),これが直ちに不確実性の問題を解消するわけでない4)。なぜなら,小売企業が負担する需要の不確実性は,その統制を担う在庫の調整様式や能力(需要変動に合わせて在庫を調整できるか否か)によっても大きく左右されるからである。このように,競合店舗/自社店舗と共存すべきかという出店選択の適否が,需要の不確実性を引き受ける能力に依存するならば,既存研究群における分析結果の不一致やばらつきも,この企業能力の異質性を反映しているものと推測される。
かくして本論は,既存研究の課題を克服すべく,競争的出店を需要不確実性の高い行動,ドミナント出店を需要不確実性の低い行動として捉え,チェーン小売企業がいずれの出店パターンを選択するか(需要不確実性を受容するか/回避するか)は,企業の在庫調整能力に依存することを明らかにする。この問いに答えるための概念枠組として援用するのが,在庫形成の延期-投機モデル(Bucklin, 1966)である。これは,需要不確実性に対する在庫調整様式を描写する理論として,特に国内の小売経営研究で高く評価されてきた(e.g. 矢作他,1993;高嶋,1989;1994)。次節では,在庫調整能力に関連する小売経営研究の知見をレビューしたうえで,本論が依拠する延期-投機モデルと構成概念について整理する。
地域市場における小売企業の戦略的行動は,競争といった外生的な要因のみならず,企業固有のオペレーション様式や組織能力に規定される。近年の小売経営やイノベーションに関する研究領域では,オペレーション・レベルの活動システムと市場戦略の相互補完性に注目が寄せられている(e.g. Sorescu, Frambach, Singh, Rangaswamy, & Bridges, 2011;Sandberg, 2013;岸本,2013;高嶋,2015;Brea-Solís & Grifell-Tatjé, 2019)。例えば矢作(2011;2014)は,小売企業の競争優位基盤の分析枠組として「小売事業システムモデル」を提示し,出店戦略を市場戦略の1つに位置付け,出店が店舗運営・商品供給システムと相互に関連することを描写している。
このように小売企業の競争優位基盤としての活動システムや組織能力が注目されるなか,国内の小売研究では,熾烈な競争やニーズ多様化による需要の不確実性増大を背景に,在庫調整能力が戦略的に重要な役割を果たしていると論じられてきた。その先駆的研究である矢作他(1993)は,延期-投機モデルに基づいて在庫調整メカニズムを描写し,チェーン企業が延期的な流通システムを通じて需要の不確実性に対処することを示している。
また高嶋(2010)は,在庫形成の延期/投機に応じて,異なる小売市場戦略が追求されると主張する。すなわち,延期的な在庫形成を行う小売企業の場合には,発注管理における能力育成やリスク受容,ブランド戦略による差別化,成長戦略などを通じた延期的システムの基盤強化が追求される。他方で投機的な在庫形成を行う小売企業の場合,需要の不確実性と在庫リスクの削減が動機づけられるため,市場セグメントの絞り込みよって需要の不確実性そのものを引き下げつつ,コスト削減を追求するニッチ型の戦略が採用されるという。
以上の既存研究が示唆するように,在庫調整能力は小売企業の競争優位や戦略を規定する重要な組織的基盤のひとつに位置づけられてきた。ただしこれらの研究は,出店にフォーカスしたものではないため,出店戦略が在庫調整能力を含む種々の能力といかなる関連性を有しているのかについては,十分に検討されていない。
そこで本論は,延期-投機モデルを概念枠組の基礎として,在庫調整能力と出店戦略の関係を吟味する。これは,小売経営研究の知見を出店研究の文脈に適用する試みとして位置付けられるであろう。以下では,延期-投機モデルを概観したうえで,本論の分析枠組を示す。
3.2 延期-投機モデル本論では,チェーン小売企業の在庫調整能力と出店行動の関係を検討する理論的基盤として,在庫形成の延期-投機モデル(Bucklin, 1966;高嶋,1989;1994)を用いる。これによれば,小売企業の需要不確実性と在庫リスクの程度は,在庫形成の意思決定タイミングに依存する5)。
延期とは,在庫の意思決定が購買需要の発生時点に近いところまで引き延ばされることを,投機とは,その意思決定が需要の発生に先駆けて前倒しで行われることを指す。
小売企業が在庫の意思決定を延期すると,需要の不確実性と在庫リスクが削減される。なぜなら,供給業者から小売業者への配送リードタイムの短縮化と発注ロットの小口化によって,小売企業の在庫回転率が向上すれば,発注時点における需要予測期間が短くなるため,予測の正確性が増すうえ,商品の破損や鮮度といった在庫管理の質的水準が改善されるからである(矢作他,1993,p. 62)。
反対にこれを投機すれば,長リードタイム・大ロットの発注となるため,小売企業の在庫回転率が低下する。この場合,物流の効率化や仕入価格の引き下げという点で規模の経済性を享受できる一方で,遠い時点の需要を予測せねばならないため,予測精度は悪化する。ここで予測と実需の乖離は,小売店頭における在庫切れや過剰在庫として現れる。このとき小売企業は,手持ちの在庫で需要変動に対処するほかないため,商品を売り切るための値下げやプロモーションのコストがかさんだり,得られるはずの利益が欠品によって失われてしまう(矢作他,1993,p. 13;高嶋・髙橋,2020,p. 59)。これは,需要不確実性が高まるほど,売れ残り・売り逃しのリスクと売り減らしのためのコストの上昇を通じて,当該企業の成果が悪化することを意味する。
つまり延期化によって,実需に合わせて無駄なく在庫を形成し,在庫回転率を向上させることが,小売企業の需要不確実性と在庫リスクを統制する有効な手段となる(矢作他,1993,pp. 55–56)。実証研究でも,この主張に一致する結果が得られている。たとえばKesavan, Kushwaha, and Gaur(2016)は,在庫回転率が高い小売企業と低い小売企業の財務成果を比較し,①高回転型企業は需要変動に対してタイムリーに商品の在庫数量を調整できるのに対して,低回転型企業はそれに反応できず価格による事後的な在庫調整を行うこと,②その結果,高回転型企業の方が需要変動に対して高いパフォーマンスを発揮できることを実証している。
以上で述べたように延期-投機モデルは,たとえ同じ市場に出店しても,負荷される需要不確実性と,それに伴う売れ残り・売り逃しに対処する費用,ひいては成果が,小売企業の在庫決定タイミングによって異なることを示している。このことは,企業が採用する特定の延期-投機水準と,当該企業の不確実性対応方針(受容か/回避か)が密接な関係を持つことを示唆している6)。そこで本論は,これを出店選択の文脈に適用し,チェーン小売企業の競争的出店/ドミナント出店の適否は,延期化を通じた在庫調整能力に依存することを仮説として提示する。
3.3 構成概念次節の仮説導出に先立ち,本論が注目する構成概念を示す。
まず本論では,在庫形成の延期を通じた需要不確実性の統制力を在庫調整能力として概念化し,これを集約的に表す指標として在庫回転率を採用する。延期-投機モデルに基づけば,在庫形成を延期するほど,需要予測期間(発注から販売までの在庫期間)が短くなり,より正確な需要情報に基づいて在庫を決定するため,需要不確実性と在庫リスクが削減される。在庫回転率の高さは,短期間で在庫が入れ替わっていることを意味し,需要予測期間の短縮化という延期の特徴を表すものである(矢作,1996,pp. 152–158)。換言すれば,在庫回転率が高い小売企業は,直近の需要に合わせて在庫数量を決められる(予測期間が短くなる)ため,需要変動による在庫の過不足が生じにくい(Kesavan et al., 2016)。一方で,在庫回転率が低い企業は,一度に抱える在庫が多く,それを売り切るまでの期間が長いため,需要変動に合わせた発注ができずに売れ残り・売り逃しが多発しやすいと見做される7)。
次に,小売企業の出店戦略として,競争的出店とドミナント出店を取り上げる。ここで,競争的出店とは同業態の競合店舗数の多い地域に出店すること,ドミナント出店とは自社店舗数の多い地域に出店することと定義する。そして第2.3項で論じたように,本論では,前者を需要不確実性の高い行動,後者を需要不確実性の低い行動と見做す。
かくして次節では,「在庫回転率」の高/低によって,「競争的出店/ドミナント出店(需要不確実性を受容するか/回避するか)」の選択がどのように変化するかを検討するべく,在庫回転率が低い企業(以下,低回転型企業)と高い企業(以下,高回転型企業)の出店行動について,順に仮説化する。
まずは,低回転型企業の出店行動を検討する。延期-投機モデルに基づけば,小売企業の在庫回転率が低い場合,発注から販売までの需要予測期間が長くなるため,正確な予測が困難となり,需要の不確実性と在庫リスクが増大する(矢作,1996,p. 158)。これは,需要変動が大きくなるほど,売れ残り・売り逃しのロスと売り減らしのためのコストが増大し,当該企業の利益が圧迫されることを意味している。それゆえ,安定的な成果を確保するには,販売局面における不確実性の回避が強く動機づけられるであろう。これを出店の文脈に当てはめれば,低回転型企業は,競合店舗の多い市場を避けて,ドミナント出店によって地域独占を図ることが予想される。
既存研究が指摘するように,競合店舗との共存は,知識のスピルオーバーを通じて店舗オペレーションの改善を促すが,これは競争によって店舗成果が悪化することと表裏一体である(Ailawadi et al., 2010, p. 591)。低回転型企業の場合,競争の負の側面が,在庫形成時の予測と実需の乖離を増大させるリスク要因となり,売れ残り・欠品が増す可能性が高い。そのうえ当該企業では,事後的な在庫調整手段として,値下げやチラシなどの店頭プロモーションによる売り減らしが効果的に行えるかが,販売成果の鍵を握っている。この点でも,競争が激しくなるほど,売り減らしが困難になり,在庫ロスと販促費用が増大することが懸念される。したがって,当該企業が販売局面におけるこれらの競争リスクを認識していれば,同業態店舗との競争が激しい市場への出店を控えることが合理的な選択となるであろう。
他方で,ドミナント出店は,低回転型企業が抱える需要の不確実性と在庫リスクを削減する有効な手段となりうる。なぜなら,出店地域を絞り込んで高密度に出店すれば,その後の競合店舗の参入を阻止できるため,上述の競争リスクを排除しつつ,プロモーションを通じた在庫の売り減らしが効率化されるからである(Holmes, 2011;Nishida, 2015)。また,消費者ニーズには地域差があるため(高嶋・髙橋,2020),複数地域に分散するよりも,同じ地域に多く出店した方が,店舗間の需要が同質的になるうえに,地域需要に関する知識・ノウハウを形成できる(Woo et al., 2019, pp. 1761–1764)。これによって当該企業は,地域に適した仕入・販売活動を効率的かつ効果的に行えるため,多店舗化に伴う不確実性増大を抑えられるであろう。
かくして,低回転型企業は,需要の不確実性と在庫リスクの緩和を企図し,競合店舗が多い地域を避けて,同じ地域に自社店舗を多数出店するものと推測される。この点を仮説として明示すれば次のとおりである。
H1a:低回転型企業は,競合店舗が少ない地域に出店する。
H1b:低回転型企業は,自社店舗が多い地域に出店する。
4.2 高回転型企業の出店行動次に,高回転型企業の出店行動について検討する。延期-投機モデルに基づくと,在庫回転率が高く,発注から販売までの期間が短い小売企業は,直近の需要変動に合わせた在庫調整が可能であるため,不確実性の高い環境でも在庫リスクを抑えられる(矢作,1996,p. 158)。この特徴に照らすと,高回転型企業は,ドミナント出店よりも,競争リスクを受容して競合店舗の多い市場へ出店することが予想される。
競争的出店は,前述のとおり高い不確実性を伴うが,競合店舗が保有している地域特有のニーズや流行に関する知識・ノウハウを吸収できるという点でメリットがある(石原,1999,p. 3;Daunfeldt et al., 2019, pp. 2297–2298)。在庫リスクの小さい高回転型企業の場合には,このスピルオーバーを求めて,あえて競争的な市場を選択するかもしれない。その理由は次のように説明できる。延期的な在庫形成を行う企業は,需要の捕捉と,それに基づく正確な需要予測を重視する傾向にあるため,新規商品の在庫リスクが過大に評価され,販売実績があり,確かな需要を見込める商品の仕入に偏重しやすい(高嶋,2010,p. 8;2018, pp. 17–18)。そこで,競合店舗と共存すれば,当該企業が保有していない需要情報を補完できるため,新規性や地域性の高い商品など,予測が難しい消費者ニーズにも速やかに適応することが可能となる。つまり競争的出店は,過度の延期的な在庫形成による品揃えの縮小均衡化を是正するという点で,高回転型企業にフィットするのである。
他方で,高回転型企業がドミナント出店を行うメリットは相対的に小さくなるであろう。ドミナント出店は,需要の不確実性削減に貢献する一方で,カニバリゼーションが発生するため,新たな販売機会の創出を少なからず犠牲にする(Igami & Yang, 2016, p. 485)。また,店舗によって立地や競争などの条件が異なる方が,チェーン全体で多様な情報を収集・分析できるため,需要予測精度が改善される(矢作他,1993,p. 63)。したがって,当該企業の優れた在庫調整能力に照らせば,不確実性削減のインセンティブが低いうえに,複数地域に分散的に出店したほうが,その能力の優位性を強化できるものと考えられる。
以上の点に鑑みると,高回転型企業の場合,競争的出店に伴う不確実性リスクが障害にはならず,むしろ競合店舗の多い市場を,より多くの情報を蓄えながら仕入・販売のオペレーションを改善する好機として捉えるものと予想される。よって,自社店舗の多い地域を避けて,競合店舗の多い地域に出店すると推測されるため,次の仮説を導出する8)。
H2a:高回転型企業は,競合店舗が多い地域に出店する。
H2b:高回転型企業は,自社店舗が少ない地域に出店する。
本論では前節の仮説をテストするにあたり,GMSチェーンを対象に実証分析を行う。
この理由は次の2点である。第1に,店舗規模の大きいGMSは,大店立地法により新規出店の届け出が義務付けられており,経済産業省の公開データから各社の新規出店情報が正確かつ網羅的に入手できる9)。第2に,GMSは商圏が広域なため,出店地域の選択を都道府県レベルで観察できる10)。本論は,チェーン小売企業が地域市場でどのように店舗を展開するかを観察するため,その地域単位は個別店舗の商圏よりも広域に設定する必要がある。商圏の狭い業態の場合には市区町村やそれよりも細分化されたレベルで出店を捉える必要があるが,商圏の広いGMSの場合は,同じ市区町村に多数出店することは想定しにくい。新たに出店するには駐車場も含めて広大な敷地面積が必要であるうえに,同じ都道府県の店舗であれば十分に競合関係になりえるため,出店余地があるかどうかは都道府県レベルで判断されると考えられる。
以上の点を踏まえて本論は,同業態企業の出店情報を継続的に入手でき,かつ,地域市場の選択を都道府県レベルで捕捉可能なGMSが観察対象として妥当であると判断した。とはいえ,都道府県は地域単位として比較的広域であり,特に北海道の可住地面積は,2番目に広い新潟県と比べてもおよそ5倍であることを鑑みると,他の46都府県と同一に扱うことには問題もある11)。本論は,この点を考慮するために,47都道府県を対象に分析した後,北海道を除いた分析も追加的に実施し,分析結果の頑健性を確認する。
5.2 データの概要本論は,国内のGMSチェーン13社を観察対象に設定し,2003年から2007年までの各社の出店行動を都道府県レベルで観察する。分析に際しては,GMSを営んでいる企業の単独の決算情報および個別店舗情報が収集される。そのため,国内小売企業の中でもGMSチェーンとして,「総合小売業を主要事業に位置付けており,かつ,衣,食,住の各部門の販売額が10%以上70%未満であること」が各社の有価証券報告書から確認された13社を分析対象に設定したうえで,以下に示す各種データを入手可能な5年間を観察期間とした12)。ただし,株式会社オリンピックについては,2007年度の決算情報が得られなかったため,2006年度までの4年間のみとなる。
分析に必要な二次データは,複数の情報源から取得された。まず,経済産業省のHP上で公開されている「大店立地法届出の概要表:法第5条第1項(新設)」から,2003年~2007年の5年度を観察期間として,13社が新たに出店した204店舗をサンプルとしてリストアップした13)。このデータには,新規店舗の住所や届出日などの出店情報が含まれている。次に,観察期間における13社のGMS店舗に関する個店情報を『日本スーパー名鑑』および『食品スーパーマーケット年鑑』から,各社の財務情報を『有価証券報告書』から,それぞれ取得した。また,各都道府県の人口統計データを入手するために,政府統計ポータルサイト「e-Stat」を利用した。
加えて本論は,在庫回転率が高い企業と低い企業にサンプルを分けて,それぞれの出店行動を検討するため,分析対象の13社を,5年間の平均在庫回転率が全体の中央値よりも高ければ「高回転型」,それよりも低ければ「低回転型」に分類した。両群の在庫回転率の平均値について,t検定を行った結果,高回転型企業群(M = 16.05)と低回転型企業群(M = 9.99)の間に有意差が確認された(t = 5.10,p < 0.01)。
最終的なサンプルの内訳は,表1に示すとおりである。2003年から2007年までの新規出店は204店舗であり,そのうち低回転型企業のサンプルが119店舗,高回転型企業が85店舗であった。
新規出店数 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
2003年 | 2004年 | 2005年 | 2006年 | 2007年 | 合計 | ||
低回転型企業 | オリンピック | 2 | 2 | 0 | 0 | 4 | |
イオン | 18 | 13 | 17 | 14 | 17 | 79 | |
イオン九州 | 2 | 5 | 4 | 1 | 4 | 16 | |
イオン北海道 | 3 | 1 | 1 | 0 | 1 | 6 | |
イズミヤ | 1 | 2 | 4 | 2 | 1 | 10 | |
天満屋ストア | 0 | 0 | 2 | 1 | 1 | 4 | |
高回転型企業 | 西友 | 5 | 1 | 3 | 2 | 1 | 12 |
イトーヨーカ堂 | 6 | 4 | 5 | 1 | 1 | 17 | |
ユニー | 7 | 3 | 3 | 4 | 1 | 18 | |
ダイエー | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 4 | |
イズミ | 2 | 1 | 1 | 2 | 3 | 9 | |
フジ | 5 | 4 | 1 | 1 | 2 | 13 | |
平和堂 | 1 | 4 | 1 | 2 | 4 | 12 |
注)出店年度は,「大店立地法届出の概要表」に記載された届出日を基準としている。
本項では,出店分析を行った既存研究を参考に,従属変数および独立変数を設定する(Greve, 2000;Kalnins & Chung, 2004;Koçak & Özcan, 2013;Woo et al., 2019)。本論の分析モデルでは,各都道府県の競合店舗数や自社店舗数といった地域レベルの要因が企業の出店地域の選択に及ぼす影響を推定するため,企業の平均売上高・粗利益率を除くすべての変数は都道府県ごとに測定される。
まず,従属変数は,新規店舗iが地域j(都道府県j)に出店したら1,それ以外は0をとる二値変数である。
次に説明変数として出店パターンを操作化する。本論の焦点となる「競争的出店」は競合店舗の多い市場に出店することを,「ドミナント出店」は自社店舗の多い市場に出店することを指す。そこで前者は,「地域j内の競合店舗数」として操作化し,自社を除いた12社のGMS店舗数の合計によって測定した。後者の代理変数は,「地域j内の自社店舗数」に設定した。両変数は,『日本スーパー名鑑』および『食品スーパーマーケット年鑑』に掲載されている個別店舗の住所情報をもとに独自に集計した。
この他に,出店地域選択に影響しうる要因を統制変数として導入する。まず企業固有の要因として,販売規模や収益性の大きい企業ほど,コスト・リーダーシップや差別化のための経営資源を豊富に有しているため,競争的な市場にも積極的に出店する可能性がある(Gielens et al., 2008;Ailawadi et al., 2010)。また,規模と収益性は,在庫回転率とも連動しうる。すなわち,販売規模が大きい企業ほど,物流センターで集中的に商品を在庫することで,1店舗当たりの安全在庫数量を抑えられるため,在庫回転率が上昇する(Gaur & Kesavan, 2015)。他方で,品揃えやサービスの差別化によって高価格を設定し,高い粗利益率を達成している企業の場合には,在庫回転率は低下する傾向がある(Gaur, Fisher, & Raman, 2005)。
以上の点を踏まえると,延期化による在庫調整能力以外に,規模と収益性も,在庫回転率と出店に影響する可能性があり,これらを無視すれば推定に欠落変数バイアスが生じる恐れがある(Wooldridge, 2013)。よってこれらの影響を統制するべく,規模を「当該GMSチェーンの5年間の平均売上高」,収益性を「当該GMSチェーンの5年間の平均粗利益率」によって測定し,センタリングを施したうえで,「競合店舗数」および「自社店舗数」との交差項をそれぞれ作成した。
次に,チェーン小売企業の出店地域は,既存の出店地域や,本社近隣の地域に集中する傾向がある。これらの影響をコントロールするため,47都道府県を7つの地方区分(北海道,東北,関東,中部,近畿,中国・四国,九州・沖縄)に分割し,当該企業がすでに出店する地方区分に地域jが含まれていれば1,それ以外は0をとる「出店地区ダミー」と,地域jが当該企業の本社と同じ地方区分であれば1,それ以外は0をとる「本社ダミー」を作成した。
最後に,地域レベルの潜在的な需要やGMS業態以外の小売店舗の多寡も出店に影響すると考えられるため,これらの地域特性を表す変数として,「政令都市ダミー」,「世帯密度」,「前年度に比べた人口増減率」,「可住地面積」,「総小売店舗数」を設定した14)。
以上の変数の操作的定義と記述統計量は表2に示すとおりである。
変数 | 操作的定義 | Mean | S.D. | Min. | Max. |
---|---|---|---|---|---|
出店 | 地域jに企業fが店舗iを出店すれば1,それ以外は0 | 0.02 | 0.14 | 0.00 | 1.00 |
競合店舗数 | 地域j内の企業f以外のGMS店舗数 | 28.61 | 33.48 | 0.00 | 172.00 |
自社店舗数 | 地域j内の企業fのGMS店舗数 | 4.69 | 8.06 | 0.00 | 76.00 |
平均売上高 | 企業fの5年間の平均売上高(千億円) | 10.31 | 6.89 | 0.64 | 17.92 |
平均粗利益率 | 企業fの5年間の平均粗利益率 | 0.25 | 0.02 | 0.21 | 0.27 |
出店地区ダミー | 地域jを含む地区に企業fが出店していれば1,それ以外は0 | 0.76 | 0.43 | 0.00 | 1.00 |
本社ダミー | 地域jが企業fの本社所在地と同じ地区なら1,それ以外は0 | 0.14 | 0.35 | 0.00 | 1.00 |
政令都市ダミー | 地域jに政令指定都市があれば1,それ以外は0 | 0.32 | 0.47 | 0.00 | 1.00 |
世帯密度 | 地域jの可住地面積1 km2当たりの世帯密度(千世帯) | 0.55 | 0.75 | 0.12 | 4.41 |
人口増減率 | 地域jの前年度からの人口増減率 | −0.16 | 0.41 | −1.15 | 1.13 |
可住地面積 | 地域jの可住地面積(km2) | 2,582.61 | 3,009.61 | 850.53 | 21,901.39 |
総小売店舗数 | 地域jの総小売店舗数 | 26,299.30 | 20,837.89 | 6,250.00 | 19,016.00 |
注)括弧内は各変数の単位を示す。
本論では,都道府県を単位とする47の選択肢のうち,「店舗iの出店先としてどの地域を選択するか」という企業の意思決定を扱うため,条件付きロジット・モデル(conditional logit model)で推定を行う。これは,3つ以上の選択肢がある場合に用いられる多項ロジット・モデルの一種であり,出店行動を推定する代表的なモデルである(e.g. Greve, 2000;Kalnins & Chung, 2004;Berchicci, Dowell, & King, 2012;Alcácer & Delgado, 2016)。
このモデルにおいて,47の地域の中から,店舗iが地域jに出店する確率は,式(1)のように表される(McFadden, 1974;Shaver & Flyer, 2000)。
(1) |
なおXijは,分析に導入される説明変数を示している。注意すべき点として,この推定方法では,「在庫回転率」,「平均売上高」,「平均粗利益率」のような意思決定者(企業)固有の変数は,選択肢間で一定の値をとるため,説明変数として単独で分析に導入することができない。既存研究では,意思決定者固有の要因を加味するための解決策として,サンプルの分割(e.g. Berchicci et al., 2012)や交互作用項の導入(e.g. Shaver & Flyer, 2000)という方法が採用されている。これにしたがって本論では,「在庫回転率」の高/低によってサンプルを分割し,「平均売上高」・「平均粗利益率」を「競合店舗数」・「自社店舗数」それぞれとの交差項として扱うことで,企業レベルの要因が出店選択に及ぼす影響を推定する。
5.5 分析結果分析結果は表3に示すとおりである。モデル1は全サンプル,モデル2は低回転型企業,モデル3は高回転型企業を対象に分析した結果を示している。いずれのモデルも,χ2値は1%水準で有意であった15)。
従属変数:1=地域jに出店 | モデル1 全サンプル |
モデル2 低回転型企業 |
モデル3 高回転型企業 |
|||
---|---|---|---|---|---|---|
係数 | オッズ比 | 係数 | オッズ比 | 係数 | オッズ比 | |
競合店舗数 | −0.032*** | 0.968 | −0.034*** | 0.966 | −0.018 | 0.982 |
(0.007) | (0.010) | (0.011) | ||||
自社店舗数 | 0.019** | 1.020 | 0.038*** | 1.039 | −0.014 | 0.986 |
(0.008) | (0.012) | (0.018) | ||||
競合店舗数×平均売上高 | 0.000 | 1.000 | 0.001 | 1.001 | 0.002** | 1.002 |
(0.000) | (0.000) | (0.000) | ||||
自社店舗数×平均売上高 | 0.003** | 1.000 | 0.003* | 1.003 | 0.006 | 1.006 |
(0.000) | (0.000) | (0.000) | ||||
競合店舗数×平均粗利益率 | 0.249 | 1.283 | −0.650 | 0.522 | 0.242 | 1.274 |
(0.183) | (0.680) | (0.208) | ||||
自社店舗数×平均粗利益率 | −0.430 | 0.651 | 0.373 | 1.453 | −2.380** | 0.093 |
(0.474) | (1.451) | (0.949) | ||||
本社ダミー | 1.258*** | 3.520 | 1.126*** | 3.082 | 1.418*** | 4.131 |
(0.176) | (0.251) | (0.298) | ||||
出店地区ダミー | 3.222*** | 25.082 | 16.992 | 0.000 | 3.030*** | 20.707 |
(0.637) | (682.779) | (0.929) | ||||
政令都市ダミー | 0.773*** | 2.165 | 0.869*** | 2.384 | 0.393 | 1.481 |
(0.241) | (0.317) | (0.407) | ||||
世帯密度 | −0.276 | 0.759 | −0.174 | 0.841 | −0.124 | 0.883 |
(0.002) | (0.003) | (0.003) | ||||
人口増減率 | 0.528* | 1.696 | 0.288 | 1.333 | 1.693*** | 5.436 |
(0.304) | (0.451) | (0.421) | ||||
可住地面積 | −0.000 | 0.999 | −0.000 | 0.999 | −0.000 | 1.000 |
(0.000) | (0.000) | (0.000) | ||||
総小売店舗数 | 0.000*** | 1.000 | 0.000*** | 1.000 | 0.000* | 1.000 |
(0.000) | (0.000) | (0.000) | ||||
Log likelihood | −587.371 | −333.135 | −231.460 | |||
χ2 | 396.12*** | 250.07*** | 191.60*** | |||
Pseudo R2 | 0.252 | 0.273 | 0.293 | |||
Obs. | 9,588 | 5,593 | 3,995 |
注1)括弧内は標準誤差を示す。
注2)***:p < .01,**:p < .05,*:p < .10
まず,回転率の高低を問わない全サンプルを対象としたモデル1をみると,「競合店舗数」は1%水準で有意な負の係数,「自社店舗数」は5%水準で有意な正の係数を示している。これは,GMSチェーンは平均的に,競争的出店を避ける一方で,ドミナント出店を推進する傾向にあることを意味している。さらに,交差項については,企業規模を表す「平均売上高」と「自社店舗数」の交差項のみが5%水準で有意な正の係数を示しており,企業規模が大きいほどドミナント出店の傾向がより強まることが確認された。
続いて,モデル2・3の分析結果に基づいて仮説の支持/不支持を確認する。低回転型企業を対象とするモデル2について,「競合店舗数」が1%水準で有意な負の係数を,「自社店舗数」が1%水準で有意な正の係数を示しており,H1a・H1bの予想と一致する結果が得られた。すなわちこれは,在庫回転率が低い企業は,競争的出店を控え,自社店舗の多い地域に出店する傾向にあることを示している。よって,低回転型企業は,既存の出店地域でドミナント出店を推進しつつ,新たにドミナントを形成できる余地のある市場として競合店舗の少ない地域に出店するものと推測される16)。
またモデル2において,「競合店舗数」はいずれの交差項も有意ではなかったが,「平均売上高×自社店舗数」については10%水準で有意な正の係数が確認された。そこで単純傾斜分析を実施し,「自社店舗数」の効果が「平均売上高」の高低(平均値±1標準偏差)に応じてどのように変化するかを確認した。表4に示されるとおり,平均売上高が低い場合の効果は非有意であったが,平均売上高が高い場合には自社店舗数の限界効果は1%水準で有意な正の値を示している。以上の結果を総合すると,低回転型企業は,規模の大小にかかわらず一貫して同業態間競争の激しい地域への出店を避けること,かつ,規模拡大に伴ってドミナント形成を強化することが見出された。
平均売上高 | 平均粗利益率 | ||||
---|---|---|---|---|---|
低い場合 (平均−1SD) |
高い場合 (平均+1SD) |
低い場合 (平均−1SD) |
高い場合 (平均+1SD) |
||
限界効果 | 限界効果 | 限界効果 | 限界効果 | ||
全サンプル (モデル1) |
自社店舗数 | −0.000 | 0.003*** | ||
低回転型企業 (モデル2) |
自社店舗数 | 0.000 | 0.002*** | ||
高回転型企業 (モデル3) |
競合店舗数 | −0.004*** | −0.001 | ||
自社店舗数 | −0.001 | −0.009** |
注)***:p < .01,**:p < .05,*:p < .10
続いて,高回転型企業を対象とするモデル3の推定結果では,「競合店舗数」・「自社店舗数」ともに非有意であり,H2a・H2bは不支持と判断された。ただし「出店地区ダミー」は有意な正の影響を有していた。これらを照らし合わせると,高回転型企業は,競合店舗/自社店舗との競争度合いにかかわらず,既存の出店地区内で出店余地の残されている地域を選択するものと解釈できるであろう。
さらに交差項の結果を見ると,「競合店舗数×平均売上高」が5%水準で有意な正の係数を,「自社店舗数×平均粗利益率」が1%水準で有意な負の係数を示していた。モデル2と同様に単純傾斜分析を実施した結果(表4),平均売上高が低い場合には「競合店舗数」の限界効果が1%水準で有意に負であること,平均粗利益率が高い場合には「自社店舗数」の限界効果が5%水準で有意に負であることが確認された。これは,販売規模の小さい高回転型企業は競合店舗の多い地域を避けて出店すること,収益性の高い高回転型企業は自社店舗の多い地域を避けて出店することを示唆している。
5.6 頑健性の確認前項の推定結果の頑健性を確認するため,北海道を除いた46都府県を選択肢として,前項のモデル1~3と同様の分析を実施した17)。その結果,モデル1およびモデル2については,係数の値に多少の違いはあるものの,同様の結果が示された。しかしモデル3については,47都道府県を選択肢とした分析では「自社店舗数×平均粗利益率」が1%水準で有意な負の係数を示していたのに対して,46都府県を選択肢とした分析ではこれが非有意であった。したがって,この点を除いて,本論の推定結果の頑健性は概ね認められると判断された。
本論は,チェーン小売企業の在庫調整能力の観点から,「競争的出店」と「ドミナント出店」という対照的な2つの出店行動を説明することを試みるものであった。前節の実証分析の結果,GMSチェーンの出店行動は,在庫調整能力の代理変数である在庫回転率の高/低に応じて異なることが明らかにされた。本論の発見事項は次の4点にまとめられる。
第1に,在庫調整能力の劣る低回転型企業は,競合店舗の多い地域を避けて自社店舗の多い地域に出店する傾向にあった。これは仮説と一致しており,当該企業は,需要の不確実性を削減するべく,競合店舗の少ない地域でドミナントを形成するものと解釈できる。他方で,高回転型企業は競合店舗数・自社店舗数の多寡にかかわらず出店しており,競争を避ける傾向はみられなかった。これらは,出店局面において,在庫リスクの高い低回転型企業は不確実性削減が強く動機づけられる一方で,高回転型企業は不確実性増大が障害にはならないため,競争の熾烈さのいかんにかかわらず出店地域を選択することを示している。
第2に,高回転型企業は,競合店舗・自社店舗との共存傾向は見出されなったものの,既存出店地区内の地域に出店する傾向が認められた。仮説では,優れた在庫調整能力が競争に対して有効に機能するため,スピルオーバーを求めて競争的出店が選択されると想定したが,この在庫調整能力を維持するには,多頻度少量配送を行うための物流センターの整備や供給業者の協力が不可欠なため(高嶋,2010),既存の出店エリアに近接する地域に出店範囲が限定されると推測される。換言すると,延期化がもたらす不確実性削減の優位性は,多頻度少量配送を実現可能な地域に限って発揮されるものであり,その範囲においては競争やドミナントの程度を問わず,大規模店舗を出店できる余地のある地域が選択されるのである。
第3に,統制変数として扱った企業規模や収益性が出店行動に及ぼす影響は,低回転型企業と高回転型企業で異なっていた。まず高回転型企業の場合,小規模企業は競争的出店を回避し,高収益企業はドミナント出店を回避することが示唆された。既存研究でも,規模と収益性は競争力を表す変数として注目され,競争力の低い企業は競争を避ける一方で,競争力の高い企業はカニバリゼーションを避けることが示されていた(Jia, 2008;Ailawadi et al., 2010)。本論の結果は,これと一致するものであり,たとえ在庫調整能力が優れていても,差別化やコスト面での劣位をカバーするには限界があることが示唆される。
第4に,低回転型企業は,規模や収益性が高くとも,競争的出店にシフトすることはなく,むしろ規模が大きくなるほどドミナント出店をより推進する傾向にあった。これは,低回転型企業は規模・収益性のいかんにかかわらず,一貫して不確実性削減を最優先に出店地域を選択することを示唆している。この背景として2000年代以降,環境の不確実性と延期化の優位性が高まるなか,在庫調整能力の劣る企業が,防衛志向を強めていることが考えられる。つまり低回転型企業にあっては,たとえ在庫調整能力以外の面で競争優位を形成して不確実性が緩和されたとしても(Ailawadi et al., 2010),高回転型企業に比べれば依然としてそのリスクが高いことに変わりはないため,不確実性の高い環境下で生き残りを図るべく,自身の事業基盤強化が追求されるのかもしれない。
以上の知見に基づき,本論の学術的貢献を整理する。第1に,本論は,在庫調整能力の観点から出店行動を理論的・実証的に説明することを通じて,出店研究に新たな視座を提供した。既存研究では,競争的出店/ドミナント出店の双方に戦略的なメリットがあることが説明されてきたものの,企業がどちらを採用するのかという点にまで踏み込んだ分析は行われてこなかった。これに対して本論は,競争的出店/ドミナント出店に伴う需要の不確実性に着目し,競争によるスピルオーバーのメリットを追求するのか,それとも競争リスクの回避と経営効率の向上を追求するのか,この選択が需要不確実性を統制する在庫調整能力に依存することを明らかにした。さらに,既存研究の主張に反して,規模や収益性による競争リスクの緩和効果は,需要不確実性のリスクが大きい低回転型企業では観察されなかった。出店研究で捨象されてきた需要の不確実性や在庫調整能力が出店を左右する戦略的要因であることを示した点に,本論の貢献が見出せるであろう。
第2に,本論は,相互に関連が希薄であった小売経営研究と出店研究の知見を架橋することを試みた。小売経営研究の文脈では,市場戦略と在庫形成の延期/投機の関連性が指摘されるものの,その実証的検討や,出店戦略にフォーカスした分析は行われていなかった。これに対して本論は,伝統的に高い関心が寄せられてきた延期-投機モデルに依拠して,出店と在庫調整能力の関係を描写するとともに,二次データを用いてこれらの要因を定量的に把握・分析することによって,小売研究の課題を補完したといえよう。
6.2 今後の課題最後に,今後の課題として次の3点が指摘される。第1に,本論は,都道府県レベルの出店地域の選択に焦点を当てたが,次の課題として,出店地域内のどこに店舗を立地させるのかという問題を検討する必要がある。たとえば,既存研究では,店舗間の物理的距離が離れるほど競争が緩和されるという点に基づき,競合店舗や自社店舗とどの程度近い距離に立地するかが検討されている(e.g. Baum & Haveman, 1997;Woo et al., 2019)。これを踏まえると,競合店舗の多い地域に出店しつつ,距離的には出来るだけ離れた場所に立地することによって競争リスクを避ける,というケースも想定される。その他にも,物流センターと店舗の位置関係など,都道府県レベルでは捉えられない要因を考慮するために,地域選択と立地選択という2段階の出店行動の分析が,今後取り組むべき重要な課題となる。
第2に,本論は在庫回転率によって在庫調整能力を測定したが,これには販売施策の成果も含まれている可能性があり,測定尺度の改善が求められるであろう。この点について,小売業態論では,薄利多売のような経済性の高い業態・企業は在庫回転率が高くなり,優れた小売サービスを提供する業態・企業は在庫回転率が低下することが知られている(Gaur et al., 2005;久保,2017)。本論では,類似の小売ミックスを形成する同業態だけにサンプルを絞り込むことによって,販売施策による影響を最低限取り除くよう努めたが,アンケート調査やヒアリング調査を行うなど,より正確に在庫調整能力を測定できる方法を検討し,本論の分析結果の頑健性を示す必要がある。
最後に,今後は他業態も含めた分析を実施したい。たとえば,コンビニエンス・ストアは,店舗商圏が非常に狭く,最も延期化が進んでいる業態である。既存研究では当該業態においてドミナント出店の傾向が強いことが指摘されており(矢作他,1993),今回とは異なる分析結果が示されるかもしれない。このようなGMSなどの大規模店舗とコンビニエンス・ストアなどの小規模店舗の出店行動の比較分析によって,さらなる研究の発展が期待される。
本論の執筆にあたりまして,神戸大学大学院経営学研究科の結城祥先生から多大なるご指導を賜りました。また,本誌の匿名のアリアエディターおよび2名のレビュワーの先生方から多くの貴重なご助言を頂戴しました。ここに記して,感謝申し上げます。なお本論は,JSPS科研費19K23231の助成を受けたものです。
Liは定数項のみの対数尤度,Lfは現在のモデルの対数尤度を表す。χ2値が統計的に有意であれば,「定数項以外の係数は0である」という帰無仮説が棄却される。
(1)すべてのサンプルを対象にしたモデル(Obs. = 8,924)
β1 = −.030***,β2 = .026***,β3 = .000,β4 = .003*,β5 = .320,β6 = .022
(2)低回転型企業を対象にしたモデル(Obs. = 5,106)
β1 = −.035***,β2 = .042***,β3 = .000,β4 = .005*,β5 = −.703,β6 = .299
(3)高回転型企業を対象にしたモデル(Obs. = 3,818)
β1 = −.013,β2 = −.015,β3 = .002**,β4 = .000,β5 = .310,β6 = −1.330