2022 Volume 25 Issue 1 Pages 1-26
企業価値の決定要因として非財務情報の開示の重要性が増す中,顧客満足度は,企業業績の先行指標として,マーケティング領域の関係者以外も関心を寄せる指標となりつつある。しかし,顧客満足度と企業業績の関係性を検証している企業は少なく,顧客満足度の開示も進んでいない。マーケティング研究において,顧客満足度と企業業績に関する研究は,マーケティング-ファイナンス・インターフェイス研究分野の一領域に位置付けられ,約30年間にわたり蓄積されている。そこで本稿は,マーケティングの代表的指標である顧客満足度が,実務において企業業績に結びつけて語られていないという問題意識のもと,既存研究で蓄積された顧客満足度と企業業績の関係性についての知見が実務で活用されるよう,既存研究の整理を行い,総括と今後の研究課題を提示する。
近年,企業価値1)の決定要因として非財務情報の開示の重要性が増している。エーザイなどは,ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する非財務情報について企業価値への貢献を定量的に算出し2),重要業績評価指標(KPI)として開示するなど,先進的な取組みを行う企業が出現している。このような環境において,顧客関連指標も例外ではない。世界の上場企業270社の年次報告書を調査・分析したKPMG International(2016)は,開示すべき非財務情報の一つに顧客情報を挙げ,中でも顧客満足度は業績見通しを伝える重要指標であるとの見解を示した。
顧客満足はマーケティングの中心的な概念で,重要な非財務指標の一つであるが,企業価値を含めた企業業績3)への貢献を検証している企業は少なく,開示も進んでいない。顧客満足度データの利用状況をインタビュー調査したMorgan, Anderson, and Mittal(2005)は,調査対象37社4)の中で定期的な調査の仕組みを導入している企業は73%あるが,企業業績との関係性を検証する企業はないと報告した。また,上記に挙げたKPMG International(2016)の調査結果では,顧客満足度を開示している企業は6%に留まる。
マーケティング研究には,マーケティング-ファイナンス・インターフェイスと呼ばれる研究分野がある。同分野は,マーケティング活動に説明責任を持たせ,取締役会の意思決定で重要な地位を占めることを主目的とし(Lehmann, 2004),マーケティング活動・資産が企業価値に与える影響を検証している(Srinivasan & Hanssens, 2009)。顧客満足度と企業業績に関する研究は同分野の一領域に位置付けられ,広告費と企業業績に関する研究に次ぎ二番目に多くの研究が蓄積されている(Edeling, Srinivasan, & Hanssens, 2021)。
では,なぜ顧客満足度と企業業績の関係性について検証と開示を迫られているはずの企業で,既存研究をもとにした検証や開示が進まないのだろうか。マーケティング-ファイナンス・インターフェイスをレビューしたEdeling et al.(2021)が,実務での研究成果の活用を促進するためには研究知見を実務で応用可能な形へ変換する必要があると述べたように,顧客満足度と企業業績に関する既存研究と実務の間にギャップがあると考えられる。そこで実務の視点に立ってみると,ギャップを埋めるためにアカデミックに必要な3つの課題が浮かび上がる。
まず,顧客満足度が企業価値に影響を与えるメカニズムについての全体像の提示である。企業は企業価値の最大化に向けて,売上高・利益・キャッシュフロー(以下CF)など各業績指標の目標管理を実施し,その実績を投資家に説明する必要があるため,顧客満足度が各業績指標に与える影響について,包括的に理解できる形での提示が求められる。次に,企業を取巻く環境が,顧客満足度と企業業績の関係性にどのような影響を与えるかの提示である。顧客満足度と企業業績に関するメタ分析を行ったOtto, Szymanski, and Varadarajan(2020)は,顧客満足度の効果をより深く理解するための今後の課題として,調整要因などの検討を挙げた。多種多様な産業や企業が存在する中,顧客満足度と企業業績の関係性は一律ではないはずで,顧客満足度に関する企業の最適な意思決定を支援するには,企業を取巻く環境が与える影響を提示することが求められる。最後に,経営レベルで何に取り組めば,顧客満足度の向上を通して,企業業績を高められるかの提示である。ESGへの関心が高まり,企業の喫緊の課題となったサステナビリティ経営の推進には,株主以外のステークホルダを満足させた上で,株主も満足させる必要がある5)。よって,どのような取組みが重要なステークホルダである顧客の満足度に影響を与え,企業業績に繋がるかを提示することが求められる。
上記の課題について,既存研究を一つ一つ追うことで,顧客満足度が各業績指標に与える影響をある程度理解できるかもしれない。しかし,最終的に企業価値へどのように貢献するかについて,そのメカニズムを俯瞰的に示した研究はない6)。また,企業を取巻く環境の影響や,顧客を通して企業業績を高める取組みについて,一つの研究で全体像を示した研究はない。そこで,本稿は既存研究の知見を整理することで次の3つを明らかにする。
① 顧客満足度が企業価値に影響を与えるメカニズム
② 顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える調整要因
③ 顧客満足度を通して企業業績に影響を与える企業の取組み
以降,本稿は次の順序で議論を進める。2章では,レビューの対象とする研究の抽出方法と,顧客満足度と企業業績に関する研究が台頭するまでの潮流を示す。そして,3章で整理の枠組みを示し,4章で対象研究の知見を整理した後,5章で知見の総括,6章で今後の研究課題を示す。7章では,結論をまとめる。
本稿は次の方法でレビューの対象研究を抽出した。まず電子ジャーナル・データベースのWeb of Scienceを用い顧客満足度と企業業績に関連するキーワードを入力し検索した7)。その結果表示された研究を,掲載ジャーナル・被引用数・高被引用文献8)の3つの方法で絞込み9)102研究を抽出した。さらに,主要な先行研究が参照した関連研究をハンドサーチし20研究を追加した。そして最終的に,1990年から2021年までの122研究がレビュー対象となった。
2.2 顧客満足度と企業業績に関する研究が台頭するまでの潮流顧客満足度の研究は1960年代から始まったとされるが(佐藤,2010),顧客満足度と企業業績に関する研究は,1990年代に台頭し2000年代以降に興隆した。
サービスとリレーションシップの関係性をレビューしたRust and Chung(2006)と,顧客満足度と顧客レベルの結果および顧客満足度と企業業績についてメタ分析を行ったFrennea and Mittal(2017)を参考にすると,顧客満足度の研究は,理論,先行要因,測定・分析,結果の4つに分類でき,顧客満足度と企業業績に関する研究は結果に該当する。ただし,1980年代までは理論や先行要因に重点が置かれ,結果に関する研究はほとんどなく(Frennea & Mittal, 2017),先行要因と結果の両方についてメタ分析を行ったSzymanski and Henard(2001)も,結果に関する研究はほとんどないと言及した。
一方企業経営では,1980年代に,先進国の市場成長率の鈍化を背景に,成熟市場への対応として,新規顧客の獲得ではなく既存顧客の維持が意識されるようになり,製品やサービスの品質が重要な関心事となった(Fornell, 1992)。
このような時代背景から,アカデミックでも1991年以降,品質と収益性への関心が爆発的に高まった(Rust, Zahorik, & Keiningham, 1995)。そして,顧客が経験した品質を測定する指標として,1989年にSwedish Customer Satisfaction Barometer(SCSB)が,1994年にAmerican Customer Satisfaction Index(ACSI)が実用化された。それぞれの指標の目的や測定方法などは,後にFornell(1992)やFornell, Johnson, Anderson, Cha, and Bryant(1996)にまとめられた。
1990年代に入ると,結果についての実証研究が行われるようになり,まずは再購入意向・口コミ・財布内シェアなど顧客レベルの結果に焦点が当たり,その後ROIや収益など企業レベルの結果に関心が拡がった(Frennea & Mittal, 2017)。そして2000年頃から,マーケティングの結果指標でなく,企業価値への影響を理解すべきとするマーケティング-ファイナンス・インターフェイス研究分野の発展に伴い,企業価値へ関心が拡がった。
図1は,1章で述べた3点を明らかにするために用いる整理の枠組みである。本章では,導出根拠とした既存の理論研究にもとづき,この枠組みを説明する。
整理の枠組み
注:矢印にある括弧内の数値は,本文の対応する箇所を示す
顧客満足度が企業価値に影響を与えるメカニズムを示すにあたり,企業が理解しやすいよう,実務での企業価値算出の流れに沿った形で,顧客満足度が各企業業績へ与える影響を整理するべきと考える。顧客満足度と企業業績に関する理論研究では,企業価値の算出方法の一つである割引キャッシュフロー法10)(以下DCF法)に沿って,顧客満足度など顧客資産がどのように企業価値に結びつくかを示す理論が提唱されている。
Srivastava, Shervani, and Fahey(1998)は,顧客資産に代表される市場ベース資産は,CFを加速・向上させ,その変動性と脆弱性を低下させることで株主価値を高めるとする「市場ベース資産理論」を提唱した。具体的には,市場ベース資産は市場への浸透速度を速めたり消費支出を増やしたりなど,顧客行動を通じてCFを加速・向上させる。また,競合へのスイッチを阻害したりなど,CFの変動性や脆弱性を低下させることでCFに関するリスクを低下させ,割引率を低下させる。その両経路を通じて,株主価値を高めると示した。
また,Rust, Ambler, Carpenter, Kumar, and Srivastava(2004)は,マーケティング費用(投資)が株主価値にどのように貢献するかを示す「マーケティング・プロダクティビティ・チェーン」を提唱した。具体的には,マーケティング戦略はマーケティング資産(ブランド資産や顧客資産)・市場ポジション(シェアや売上高)・財務業績(利益やCF)を通して,株主価値に貢献すると示した。同理論は,市場ベース資産理論がCFを加速・向上させるとした部分について,損益計算書の指標などを用いて詳細に示したものと言える。
そこで次章4.1では,上記の理論研究を参考に,DCF法に沿って顧客満足度と企業業績の関係性を整理する。具体的には,まず顧客満足度と企業価値についての知見を整理し,次にそのメカニズムについて,CFに与える影響とリスク(WACC)に与える影響に分類し,それぞれの知見を整理する。CFに与える影響については損益計算書の指標に沿って整理を行う。
3.2 顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える調整要因企業が戦略を決定する際,まず自社の機会と脅威を見出すための環境分析を行うように,顧客満足度に関する意思決定をする際も,景気動向や産業特性そして自社の特性など,取巻く環境を考慮して行うはずである。そこで次章4.2では,既存研究で検証された顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える調整要因を,株式市場環境・産業特性・企業特性の3つに分類し知見を整理する。
3.3 顧客満足度を通して企業業績に影響を与える企業の取組みどのような取組みが顧客満足度に影響を与え,企業業績に繋がるかを示すためには,顧客満足度と企業業績の関係性だけでなく,顧客満足度の先行要因となる取組みを含めた因果関係を整理する必要がある。顧客満足度と企業業績に関する理論研究では,その因果関係を示す理論が提唱されている。「サービス・プロフィット・チェーン(以下SPC)」と「リターン・オン・クオリティ(以下ROQ)」は,オペレーションへの投資が顧客の認識や行動にどのように影響し企業業績に結びつくかを示す理論である(Kamakura, Mittal, De Rosa, & Mazzon, 2002)。
SPCは,サービス業におけるオペレーション・従業員評価・顧客評価・企業業績の関係性について,Heskett, Jones, Loveman, Sasser, and Schlesinger(1994)が提唱した理論である。組織が有効に機能するには従業員による一定の関わりが不可欠で,それが企業の収益性に影響を与えると考えられ(Yee, Yeung, & Cheng, 2008),特に従業員が直接的に顧客と接するサービス業では従業員の重要性が唱えられていた。その中でSPCは,従業員の貢献とパフォーマンスが顧客サービスの提供と企業業績に不可欠であることを示し,特に従業員満足と顧客満足の関係性を「満足の鏡」に例え,従業員満足度が顧客満足度に反映されることの重要性を述べた。
ROQは,品質向上への取組み・顧客満足度・企業業績の関係性についてRust et al.(1995)が提唱した理論で,品質向上の取組みには過剰な費用を要する可能性(トレードオフ)があり,売上高でなくコストの視点を組込んだ収益性で評価すべきとした。そして,品質向上への取組みは品質向上を通して顧客満足度を向上させ,顧客満足度は顧客維持と口コミによる新規顧客の獲得を通して売上高を向上させる。また品質向上はコストを削減させ,売上高向上とコスト削減の両経路から,収益性を高めると示した。
上記以外にも,顧客志向の組織を採用する企業は,より緊密な顧客関係を構築することで顧客満足度を向上させ,採用していない同業他社と比べて業績が良いと考えられてきた(Day, 1994)。また,ESG要素と企業価値に関する研究では,ESG活動は顧客などステークホルダの満足度を通して企業価値を向上させるとするアプローチが代表的である(湯山,2020)。
そこで次章4.3では,上記の理論研究や考え方に沿って,顧客満足度の先行要因・顧客満足度・企業業績の因果関係を整理する。具体的には,既存研究が顧客満足度の先行要因として用いた取組みを,全社戦略・機能戦略・事業戦略の3つに分類し知見を整理する。
レビュー対象の全研究について,検証結果などの概要を別表1に記載した。研究は分析対象を産業横断型としたものと特定産業・企業としたものがあるが,本章では,多くの企業の参考となるよう産業横断型の研究を中心に,3章で示した整理の枠組み(図1)にもとづき整理を行う。以下では,4.1,4.2,4.3の各節で小括を述べた後,各項で知見の詳細と根拠を示す。
4.1 顧客満足度が企業業績に与える影響顧客満足度が企業価値指標に与える影響を検証した研究から,顧客満足度は企業価値を高めることを確認できる。レビュー対象の中で,両者について最初の実証研究は会計研究のIttner and Larcker(1998)で,顧客満足度は時価総額を高めると報告した。その後マーケティング研究でも,Anderson, Fornell, and Mazvancheryl(2004)は,顧客満足度はトービンのq11)を高めると報告し,メタ分析を行ったOtto et al.(2020)も,株価を高めると報告した。
そして企業価値算出に用いる各業績指標へ与える影響を検証した結果を整理すると,顧客満足度が企業価値を高めるメカニズムは,市場資産ベース理論が示した通り,CFの向上とリスク(WACC)の低下であることを確認できる。
4.1.1 顧客満足度がCFに与える影響とそのメカニズム顧客満足度がCF指標へ与える影響を検証した研究から,顧客満足度はCFを向上・安定させることを確認できる。Gruca and Rego(2005)は,顧客満足度はCF成長率を高め,CFの変動性を抑制すると報告した。変動性を抑制する理由として,満足した顧客は価格を理由に競合へ流出する可能性が低いなど,顧客満足度は競合の努力や外部環境のショックから顧客を保護するためと考察した。
そして顧客満足度がCFを高めるメカニズムについて,損益計算書の各指標へ与える影響を検証した結果を整理すると,マーケティング・プロダクティビティ・チェーンやROQが示した通り,顧客満足度は売上高を高め顧客獲得コストなど販売管理費を低下させることで利益を高め,その結果CFを高めることを確認できる。ただし,ROQが言及した顧客満足度の追求がコスト増加を招く可能性(トレードオフ)について,売上原価で発生することが報告されている。以下は,損益計算書の指標についての知見の詳細である。
売上高指標顧客満足度と売上高の関係性について,Morgan and Rego(2006)は,顧客満足度は売上高成長率を高めると報告した。顧客満足度と顧客レベルの結果および顧客満足度と企業業績のそれぞれについてメタ分析を行ったFrennea and Mittal(2017)は,顧客満足度は顧客と製品などとの関係性を継続させ,ポジティブな口コミを生み出し,消費支出を高めることなどを示しており,それら顧客行動が顧客基盤の安定と新規顧客の獲得に繋がり,売上高指標を向上させると考えられる。
コスト(原価・販売管理費)指標顧客満足度と販売管理費の関係性について,Lim, Tuli, and Grewal(2020)は,顧客満足度は販売費を低下させ,特に広告費・マーケティング費・販売員手数料など顧客説得のコストを低下させると報告した。同様にLuo and Homburg(2007)は,広告・プロモーション効率を向上させると報告し,その理由として,顧客満足度が無料の口コミ広告のような顧客行動を誘発することで,広告やプロモーション効率を高め,その結果マーケティングコストを減らすと考察した。従来から,顧客満足度のサブ的な効果として,返品や苦情処理などに費やす時間と労力を減らすという考え方があったが(Anderson, Fornell, & Rust, 1997),上記の研究結果は,返品や苦情処理など顧客を維持するための「守りのマーケティングコスト」だけでなく,広告費など顧客を獲得するための「攻めのマーケティングコスト」も減らすことを示唆している。
同様にGuenther and Guenther(2021)は,顧客満足度はマーケティング費および顧客獲得費率を低下させ,満足度が中~高水準の場合にその影響力は強まると報告した。一方で売上原価について,一般的には粗利益率を高めるが,満足度が中~高水準の場合は粗利益率を低下させると報告した。一般的に粗利率を高める理由として,顧客満足度が育成する安定した顧客基盤により,企業は需要パターンを学習し,需要変化に応じて生産サイクルを調整できるため,在庫と注文のミスマッチが低減すると考察されている(Tuli & Bharadwaj, 2009)。しかし,中~高水準の場合,顧客ニーズへの対応に多額の設備投資や人的投資が必要となるため,粗利益率は低下すると考察され,トレードオフの可能性が示された(Guenther & Guenther, 2021)。
利益指標顧客満足度と利益の関係性について,Ittner, Larcker, and Taylor(2009)は,顧客満足度は純利益率を高めると報告したほか,Anderson, Fornell, and Lehmann(1994)は,顧客満足度はROIを高めると報告した。
4.1.2 顧客満足度がリスク(WACC)に与える影響とそのメカニズム顧客満足度がリスク指標に与える影響を検証した研究から,顧客満足度は株主資本コストと負債コストを低下させ,その結果WACCを低下させることを確認できる。顧客満足度が両リスクを低下させるメカニズムについて,顧客満足度がCFを向上・安定させる効果が,投資家と債権者のCFに対するネガティブな懸念を払拭するためと考察されている。従来,顧客満足度の経済的貢献は顧客行動の結果からもたらされるとされてきたが(Anderson & Mansi, 2009),株主や債権者からももたらされることを確認できる。
株主資本コストについて,Tuli and Bharadwaj(2009)は,顧客満足度は企業固有リスクと市場リスクを低下させ,景気後退期でも両リスクを低下させると報告した。その理由として,顧客満足度がCFを向上・安定させる効果は,当該企業のCFに対する投資家のネガティブな懸念を払拭するため企業固有リスクは低下し,またCFを安定させる効果は,株式市場全体が影響を受けるようなショックから企業を守るため市場リスクは低下すると考察した。
負債コストについて,Anderson and Mansi(2009)は,顧客満足度は利回りスプレッド12)を低下させると報告した。その理由として,CFを安定させる効果は倒産リスクを低下させ,債権者は利払いや返済を確実に行うリスクの低い債務者と判断するためと考察した。
そしてHimme and Fischer(2014)も,株主資本コストと負債コストについて検証を行い,顧客満足度は市場リスクと信用スプレッド13)を低下させ,その結果WACCを低下させると報告した。
4.1.3 顧客満足度がその他指標に与える影響 顧客満足度に対する株式市場の反応研究の関心は,企業業績に与える影響のみならず,株式市場の反応にも拡大している。その中に,ミスプライシング研究と呼ばれる大きな潮流がある14)。株式市場は利用可能な情報を正しく株価に反映すると主張する効率的市場仮説(Fama, 1970)に対し,正しく反映できず株価が過大・過小に評価されることをミスプライシングと呼ぶ。ミスプライシング研究は,株式市場は顧客満足度を業績向上のシグナルと捉え,公表直後のACSIを株価に正しく反映するか否かを検証している。
Fornell, Mithas, Morgeson III, and Krishnan(2006)は,公表直後のACSIに対する株式市場の反応は限定的だが,顧客満足度水準が高い企業群の数年後の株価上昇率は市場インデックスの上昇率を大きく上回っており,株式市場はミスプライシングすると報告した。その後10年ほど議論が続いたが,現状の結論は,ACSIの公表直後その効果はすぐには株価に反映されず,反映に時間を要する(ミスプライシング)というものである15)。
4.1で述べた顧客満足度は企業価値を高めるという研究知見を考慮すると,ミスプライシングという結論は,顧客満足度の影響力が株式市場に正しく伝わっていないこと,すなわち顧客満足度に関する企業の情報開示が足りていないことを示唆していると言える。
市場シェア主要なマーケティング指標であり,企業業績の指標としても一般的に用いられる市場シェアへの影響も検証されているが,各研究の結論は分かれている。
Anderson et al.(1994)は,2年分のSCSBを用いて検証を行い,顧客満足度は市場シェアを低下させると報告した。その理由として,市場シェアの大きい企業は多様で異質な顧客に対応しなければならず,長期的には顧客満足度と市場シェアの両立は可能であろうが,短期的には難しいと考察した。Fornell(1995)も1年分のACSIを用いて,市場シェアを高めないと報告した。その後Rego, Morgan, and Fornell(2013)は,13年分のACSIを用いて,競合企業との顧客満足度の差は市場シェアを高めるが,一般的に顧客満足度は市場シェアを高めないと報告した。一方でMorgan and Rego(2006)は,7年分のACSIを用いて,顧客満足度は市場シェアを高めると報告した。メタ分析を行ったFrennea and Mittal(2017)も,顧客満足度は市場シェアを高めると報告し,同じくメタ分析を行ったOtto et al.(2020)も顧客満足度はマーケティング戦略(広告や研究開発など)と市場シェアの関係性に媒介効果を持つと報告した。
このように結論は分かれているが,顧客満足度と市場シェアはトレードオフの関係性にある可能性があり,実務にて両指標を同時に追求する場合には注意が必要である。
4.2 顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える調整要因既存研究で検証された調整要因を,株式市場環境・産業特性・企業特性の3つに分類し知見を整理すると,株式市場環境については,景気後退期でも顧客満足度は株主資本コストを低下させることが報告されている。その理由として,顧客満足度は景気後退期におけるCFの下落から企業を守るためと考えられているが,景気後退期に顧客満足度がCFなどに与える影響は検証されていない。産業特性については,産業間で顧客満足度の影響力は異なり,影響力の差は産業の競争環境(市場集中度)の違いにより生じることが示唆されている。企業特性については,顧客満足度とのトレードオフの可能性が言及されているコストに関連する効率性の影響が検証されている。そして,顧客満足度だけを追求するよりも,満足度と効率性の両者を追求した方が長期的には業績をより高めると報告されており,効率性を無視して顧客満足度だけを追求するべきではないことが示されている。
4.2.1 株式市場環境株式市場環境について,4.1.2で言及した通り,Tuli and Bharadwaj(2009)は,顧客満足度は企業固有リスクと市場リスクを低下させ,景気後退期でも両リスクを低下させると報告した。景気後退期でも両リスクを低下させる理由として,満足度の高い企業は顧客に魅力的な価値を提供しているため,景気後退期に競合が提案する価格オファーに乗り換えられる可能性が低く,CFの下落は他社に比べて緩やかとなり,投資家のCFに対する懸念も低くなるためと考察した。ただし,景気後退期におけるCFなどへの影響を実際に検証した研究はなく,景気後退期に顧客満足度がCFなどへ与える影響は明らかになっているとは言えない。
4.2.2 産業特性産業特性について,産業の競争環境(市場集中度)の影響を検証した研究が多く蓄積されている。Anderson et al.(2004)は,顧客満足度とトービンのqの一般的な関係性のみならず,多数の産業間で影響力を比較し,産業間でその関係性は異なると報告した。そして競争の少ない(市場集中度の高い)産業の場合,顧客満足度がトービンのqを高める影響力は強まると報告した。同様に,競争の少ない産業の場合,CF変動性を抑える影響力が強まる(Gruca & Rego, 2005),広告・プロモーション効率を高める影響力が強まる(Luo & Homburg, 2007)ことが報告されている。これら理由として,次のことが考えられる。競争の少ない産業では,顧客満足度が低くても企業は顧客との関係を維持できるため(Luo & Homburg, 2007),競争による企業努力が促されにくく,競争の激しい産業に比べて産業の平均的な満足度水準は低くなりやすいと推測できる。また企業価値に与える影響力は,満足度水準の向上に伴い逓減する可能性が報告されている(Guenther & Guenther, 2021;Ittner & Larcker, 1998)。よって,満足度水準が低いと考えられる競争の少ない産業で,影響力が強まるのではないかと考える。
その他の産業特性として,特定の2つの産業を比較した研究が行われている。Edvardsson, Johnson, Gustafsson, and Strandvik(2000)は,製造業とサービス業を比較し,顧客満足度が企業業績へ与える影響力はサービス業の方が大きいと報告した。その理由として,トライアルや無料サンプルなどで購入前に品質を評価できる製造業は,価格が重視される可能性が高い。一方,事前の品質評価が難しいサービス業は,価格よりも信頼感が重視されるため,製造業に比べて顧客満足度の影響力が大きいと考察した。ただし,メタ分析を行ったOtto et al.(2020)は,製造業とサービス業の影響力に統計的有意な差はなく,小売業と非小売業の影響力には差があると報告した。その理由として,小売業は商品数が膨大で顧客数も多いため,品揃え・在庫管理・顧客との関係性構築などがより難しく,非小売業と比べて顧客満足度の影響力が小さいと考察した。
4.2.3 企業特性企業特性の影響は幅広く検証されているが,その中でも効率性の影響に注意を払う必要がある。
トレードオフの関係性が示唆されている顧客満足度とコストのどちらを追求する方が企業業績に貢献するかについて,Rust, Moorman, and Dickson(2002)は,顧客満足度と効率性のどちらを重視するかという企業方針にもとづき,企業を顧客満足度(収益)重視型・効率(コスト削減)重視型・両者重視型の3つに分類し検証した16)。そして,顧客満足度重視型のみが1年後のROAと株式リターンを高めると報告した。その後Mittal, Anderson, Sayrak, and Tadikamalla(2005)は,顧客満足度と効率性の実績値にもとづき,同様の3タイプに分類し検証を行った。そして,顧客満足度重視型は短期的な業績こそ高めるが,長期的には両者重視型の方が業績をより高めると報告した。その理由として,効率性を無視して顧客満足度だけを追求すると,時間の経過とともに資源が不足し追加投資を行えなくなるため,経済的リターンが低下すると考察し,両者を同時に追求することは難しいが顧客満足度だけを追求すべきではないと述べた。この考察は,顧客満足度の成果を評価する際にコストの視点を無視すべきでないと述べたROQに沿うものと言える。
その他の企業特性として,事業セグメント数(Gruca & Rego, 2005;Lim et al., 2020),財務レバレッジ(Lim et al., 2020),広告費率(Gruca & Rego, 2005;Guenther & Guenther, 2021),ブランド価値や評判(Himme & Fischer, 2014)などの影響が幅広く検証されているが,それぞれの蓄積数は少ない。
4.3 顧客満足度を通して企業業績に影響を与える企業の取組み既存研究で検証された顧客満足度の先行要因を,全社戦略・機能戦略・事業戦略の3つに分類し知見を整理すると,全社戦略については,CSR活動・顧客満足度・企業業績の関係性が多く検証されているが,各研究の結論は分かれており,顧客満足度の媒介的役割は明らかになっていない。機能戦略については,SPCが示した通り,サービス業において従業員満足度など従業員評価は顧客満足度の向上を通して企業業績を高めること,またROQが示した通り,品質は顧客満足度の向上を通して企業業績を高めることが示唆されている。事業戦略については,イノベーションや顧客参加などを顧客満足度の先行要因と捉えた検証が行われている。
なお,サステナビリティ経営の推進は企業の喫緊の課題であることを考慮すると,上記で述べた先行要因の中でも,ESGの環境・社会に該当するCSR活動17)と社会に該当する従業員評価は,企業の関心が高いと言える。また,ESGに該当する取組みを顧客満足度の先行要因と捉えた研究は,今後さらに着目するべき領域と言える。
4.3.1 全社戦略全社戦略について,顧客などのステークホルダを通して企業業績を高めるという考えにもとづき,CSR活動・顧客満足度・企業業績の関係性が多く検証されているが18),各研究の結論は分かれている。Luo and Bhattacharya(2006)とAli, Danish, and Asrar-ul-Haq(2020)は,CSRは顧客満足度の向上を通して企業業績を高めると報告した。一方で,Galbreath and Shum(2012)とSaeidi, Sofian, Saeidi, Saeidi, and Saaeidi(2015)は,顧客満足度は媒介的役割を果たさず,評判や競争優位性が媒介的役割を果たしていると報告した。
その他の全社戦略として,例えばUmashankar, Bahadir, and Bharadwaj(2021)は,M&Aは顧客満足度の低下を通して時価総額を低下させるが,取締役会にチーフマーケティングオフィサー(以下CMO)がいる場合,その影響力は緩和されると報告した。その理由として,M&Aを行うと経営陣は財務にばかり気を取られてしまうが,CMOの存在は顧客への関心を維持させるためと考察した。
4.3.2 機能戦略機能戦略について,3章で言及したSPC・ROQ・顧客志向の組織などの確立された理論に沿って,人事・品質管理・組織体制などの機能を顧客満足度の先行要因と捉え,各先行要因・顧客満足度・企業業績の因果関係が検証されている。
人事人事について,従業員評価は顧客満足度を通して企業業績を高めるとするSPCにもとづき,サービス業を分析対象に従業員評価・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。そして,従業員満足度は顧客満足度の向上を通して企業業績を向上させることを,多くの実証研究(Chi & Gursoy, 2009;Rucci, Kirn, & Quinn, 1998など)や,SPCに関するメタ分析(Hogreve, Iseke, Derfuss, & Eller, 2017;Hong, Liao, Hu, & Jiang, 2013)で確認できる。
また分析対象を産業横断型とした研究では,インセンティブに焦点を当て,報酬・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。Luo, Wieseke, and Homburg(2012)は,CEOの株式報酬は,顧客との関係性を構築する取組みを醸成することで顧客満足度を向上させ,時価総額を高めると報告した。その理由として,株式報酬割合が増えると,CEOの目標は株主価値の最大化となるため,顧客と企業の建設的な関係性を構築する取組みを行う動機付けとなると考察した。ただしBamberger, Homburg, and Wielgos(2021)は,経営層と従業員の賃金格差は,顧客を犠牲にした従業員の自己利益の追求の増大と顧客志向の文化の低下を通して顧客満足度を低下させ,長期ROAを低下させると報告した。
品質管理品質管理について,製造業を分析対象に品質の先行要因の明確化を目的として,労働慣行(Das, Handfield, Calantone, & Ghosh, 2000)や,経営者のIT活用(Maiga, Nilsson, & Jacobs, 2013)などが検証されている。それら研究では品質の先行要因の明確化に留まらず,ROQが示した流れと同様に,品質の先行要因・品質・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。そして,品質は顧客満足度の向上を通して企業業績を高めると報告されている。
また品質管理に関連して,製品・サービス・情報の提供など主要なビジネスプロセスの統合を意味する(Yu, Jacobs, Salisbury, & Enns, 2013),サプライ・チェーン・マネジメント(以下SCM)に焦点を当て,顧客満足度をSCMの成果と捉え,SCM・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。そして,SCMは顧客満足度の向上を通して企業業績を高めると報告されているが,顧客満足度に至るまでのSCMの流れ(統合プロセス)は,各研究で異なる(Ou, Liu, Hung, & Yen, 2010;Yu et al., 2013など)。
組織体制組織体制について,顧客志向の組織を採用する企業は,より緊密な顧客関係を構築することで顧客満足度を向上させ,採用していない企業と比べて業績が良いとする考えにもとづき,顧客志向の組織・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。メタ分析を行ったKirca, Jayachandran, and Bearden(2005)は,顧客志向の組織を採用する企業は,顧客指標の向上を通して売上高や利益を高めると報告した。ただし,Lee, Sridhar, Henderson, and Palmatier(2015)は,顧客満足度の向上と同時に,組織内の調整コストも増加させると報告しており,ここでも顧客満足度とコストのトレードオフが報告されている。
4.3.3 事業戦略事業戦略について,イノベーションや顧客参加などを顧客満足度の先行要因と捉え,各先行要因・顧客満足度・企業業績の関係性が検証されている。
イノベーションについて,Dotzel, Shankar, and Berry(2013)は,サービス・イノベーションをeイノベーション(インターネットを介する新サービス)とpイノベーション(人を介する新サービス)に分類し,サービス業など労働集約型産業では,pイノベーションの導入数は顧客満足度の向上を通してトービンのqを高めるが,eイノベーションは満足度を介さずトービンのqを高めると報告した。満足度を介さない理由として,eイノベーションは既存サービスの拡張であることが多く,顧客は新サービスを利用する際に行動を変えることなく利益を享受し続けることができるためと考察した。
顧客参加について,Colicev, Malshe, Pauwels, and O’Connor(2018)は,ソーシャルメディアでの発信を顧客満足度の先行要因と捉え,オウンドメディア(ブランド自身が所有・運営するメディアを通した発信)とアーンドメディア(消費者の自発的な発信)に分類し検証を行った。そして,オウンドメディアの記事投稿数とアーンドメディアのファンフォロワー数・ポジティブ投稿数は,顧客満足度の向上を通して異常リターンを高めると報告した。
本章では,4章の整理を総括するとともに,それらが実務でどのように活用できるのかを併せて提示する。
5.1 顧客満足度はCFを向上・安定,リスク(WACC)を低下させることで企業価値を向上させる図2は,顧客満足度が企業価値に与える影響について,そのメカニズムを包括的に示したものである。そこから,顧客満足度はCFを向上・安定させ,WACCを低下させることで企業価値に貢献することを確認できる。
顧客満足度が企業価値に影響を与えるメカニズム
従来,顧客満足度は再購入意向や口コミなどの顧客行動に結びつき,主に売上高の向上効果を通して利益を押し上げると考えられてきた(Lim et al., 2020)。しかし図2に整理したように,顧客満足度は売上高を向上させるだけでなく,販売管理費を低下させることでも利益を押し上げ,CFに貢献することを確認できる。従来から,顧客満足度は返品や苦情処理のコストを減らすと考えられてきたが,顧客満足度が無料の口コミ広告のような顧客行動を誘発し,その結果,広告費・マーケティング費など顧客獲得コストも減らすことが示唆されている。
上記は特に広告費率の高い企業にとって参考となる。マーケティング部門は,前年同様の予算で前年以上の顧客獲得を求められることも多く,効率的な予算配分に頭を悩ませる。その際に例えば,広告費の一部を顧客満足度向上の施策に振り分けることで,顧客満足度の向上を通して広告効率が向上する可能性があり,前年同様の予算で効率的な顧客獲得が可能となるかもしれない。
5.3 顧客満足度は株主資本コストと負債コストを低下させることでリスク(WACC)を低下させる従来,顧客満足度の企業業績への貢献は,顧客行動の結果からもたらされると考えられてきたが,図2に整理したように,株主や債権者からももたらされることを確認できる。顧客満足度は,株主資本コストと負債コストを低下させ,その結果WACCを低下させる。その理由として,顧客満足度がCFを向上・安定させる効果は,投資家と債権者のCFに対するネガティブな懸念を払拭することが示唆されている。
WACCの低下を追求するためには,株主資本コストのみならず負債コストの低下も欠かせない。非財務情報の開示は対株主に重点が置かれやすいが,上記から,企業は株主だけでなく債権者に対しても,顧客満足度の企業業績への貢献について積極的に発信し説明を行うべきと言える。
5.4 顧客満足度が企業業績に与える影響力は産業間で異なる売上高は顧客からもたらされるため,業績を上げるには顧客満足度の向上が欠かせないと考え,企業は画一的に顧客満足度の向上を目指しがちである。しかし4章の整理で,顧客満足度が企業業績へ与える影響力は産業間で異なることを確認できた。また,産業の競争環境により顧客満足度が企業業績に与える影響力は異なり,競争の少ない産業の場合,影響力は強まることが示唆されている。
上記から,企業は自社の属する産業における顧客満足度の企業業績への影響を把握する必要があると言える。明確な根拠なしに顧客満足度を全社KPIに設定している場合,企業価値の最大化に繋がらない指標に経営資源を注ぎ込んでいる可能性がある。そのような企業の経営陣は,競争環境を考慮して自社における顧客満足度の位置付けを再検討すべきと言える。
5.5 サービス業において,従業員評価は顧客満足度を通して企業業績を向上させるSPCで示された通り,従業員が直接的に顧客と接するサービス業では,従業員満足度など従業員評価は顧客満足度の先行要因であり,顧客満足度の向上を通して企業業績を高めることを,実証研究の整理からも確認できた。
上記から,サービス業の経営陣は,人事慣行や従業員の態度・行動がマーケティング成果に影響を与えることを認識し,人事とマーケティングの緊密な連携を模索するべきと言える。例えば,顧客満足度を従業員の評価指標に設定し,目標値を達成した場合には従業員にインセンティブを付与する施策などが考えられる。さらに,顧客志向の風土が企業業績を高めると報告されていることから,両部門に任せるのではなく,顧客満足度を全社KPIに設定し経営陣が数値を管理することで,全社的に顧客志向の風土が醸成され,それが企業業績の向上に相乗効果をもたらすことも考えられる。
本稿は,企業価値算出の流れに沿って既存の研究知見を整理し,顧客満足度が企業価値に影響を与えるメカニズムを示した。しかし既存研究は,各研究が従属変数に設定した指標への影響のみを検証しているため,各研究で分析対象や期間は異なり,また研究の蓄積数が少ない業績指標もある。よって,分析対象や期間を揃えて一つの実証研究の中でメカニズムが検証されることが望ましい。
メカニズムに焦点を当て,一つの研究の中で複数の業績指標への影響を包括的に検証した研究として,2021年に発表されたGuenther and Guenther(2021)とBhattacharya, Morgan, and Rego(2021)があるが,分析対象を産業横断型とした研究は前者のみであり,さらなる研究の蓄積が求められる。その際,市場ベース資産理論やマーケティング・プロダクティビティ・チェーンが示した売上高・利益・CF・リスク・企業価値の各指標への影響が一つの研究で包括的に検証されることで,メカニズムはさらに明らかになるはずである。
6.2 顧客満足度とトレードオフの可能性がある指標との関係性の把握顧客満足度をKPIに設定している企業は,顧客満足度とトレードオフの可能性がある指標に注意を払う必要がある。過度に顧客満足度を追求した場合,コストが増加する可能性はROQで指摘され,実証研究では,一般的には顧客満足度は粗利益率を高めるが,過度な追求は粗利益率を低下させ,トレードオフは売上原価で発生すると報告されている。しかし,顧客満足度水準が顧客満足度と各企業業績との関係性へ与える影響を検証した研究は少なく,どの程度の顧客満足度水準からトレードオフが発生するかまでは明らかになっていない。Anderson and Mittal(2000)は,顧客満足度の影響力はある地点から逓減する可能性に言及している。そこで,顧客満足度の影響力についておおよその閾値を提示することができれば,企業が顧客満足度の目標値を設定する際の指針となるはずである。
また,市場シェアも顧客満足度とのトレードオフの可能性が指摘されているが,既存研究の結論は分かれている。両指標はマーケティングの代表的指標であるため,企業はトレードオフの可能性を認識せずにKPIとして同時に追求してしまう恐れもある。よって,引続きの検証が求められる。
6.3 顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える調整要因の把握5章では,両者の関係性に影響を与える調整要因として産業の競争環境に言及したが,それだけでは実務の意思決定には不十分と言え,株式市場環境・産業特性・企業特性の影響について引続きの検証が求められる。
株式市場環境について,顧客満足度は景気後退期のCFの下落から企業を守ると考察されているが,景気後退期に顧客満足度がCFなどに与える影響は検証されていない。景気後退期における企業や投資家の関心はCFの確保であるはずで,景気後退期における顧客満足度とCFの関係性や売上高・利益指標との関係性の解明が求められる。
産業特性について,競争環境以外の要因として市場成長率や市場需要の安定性の影響が検証されているがその蓄積数は少ない。また企業特性についても,幅広い特性が検証されているがそれぞれの蓄積数は少ない。例えば顧客満足度は先進国の市場成長率の鈍化を背景に登場した指標であることを考慮すると,市場成長率や企業の売上高成長率は顧客満足度と企業業績の関係性に影響を与える可能性が考えられる。この影響力を解明することで,企業は産業や自社の成長フェーズに応じて顧客満足度の位置付けを検討できるはずである。
6.4 ESGに該当する取組み・顧客満足度・企業業績の関係性の把握サステナビリティ経営の推進にあたり,企業はどのような取組みが各ステークホルダの満足度に影響を与え企業業績に繋がるかを模索しており,ESGの3要素に該当する取組みを顧客満足度の先行要因と捉えた研究は,今後さらに着目するべき領域と言える。
ESGの中で,ガバナンスについては,経営者のインセンティブが検証されているのみで(Luo et al., 2012),研究の蓄積が特に少ない。例えば,CMOの存在はM&Aの際の顧客満足度の低下を緩和すると報告されているように(Umashankar et al., 2021),取締役会の構成や経営者の属性など経営陣の特徴を検証することで,顧客満足度を重視する企業が取締役会の構成や人選を決定する際の指針となるような,新たな知見を発見できるかも知れない。
また,ESGの環境・社会に該当するCSR活動については結論が分かれており,引続きの検証が求められる。
本稿は,実務においてマーケティングの代表的指標と言える顧客満足度と企業業績の関係性について検証・開示が進んでいないという問題意識のもと,アカデミックで蓄積された顧客満足度と企業業績に関する研究知見を実務で活用できるよう,3つの課題を設定し約30年蓄積されてきた研究知見を整理した。
これらにより,顧客満足度がどのように企業業績へ貢献するかについて,企業は企業価値算出の流れに沿って理解でき,顧客満足度の貢献を投資家に伝える際の一助となるはずである。また,今まで闇雲に顧客満足度の向上を目指していた企業にとって,自社における顧客満足度の位置付けを見直すきっかけともなる。さらに,サステナビリティ経営の推進を模索している企業にとっても,顧客と株主の両者を満足させる自社の取組みを検討する際の参考となるはずである。これらを通して,顧客満足度は企業経営の中で真に活用される指標に近づき,マーケティングを取締役会レベルに引き上げることを目指すマーケティング-ファイナンス・インターフェイス研究分野の前進にも貢献する。
最後に,日本における顧客満足度と企業業績に関する研究に触れる。数は少ないが,会計研究や品質研究では実証研究が発表されている19)。マーケティング研究では,本稿のレビュー対象である一部研究が南(2012)や南・小川(2010)で言及がされ,また顧客満足度と市場シェアの関係性が小野(2010)で説明されているが,筆者が知る限り本格的な実証研究は発表されていない。しかし,2010年に日本版顧客満足度指数(JCSI)が公表されて以降データは毎年蓄積され,実証研究を行う環境は整っていると言える。そのため,本稿が日本のマーケティング研究における顧客満足度と企業業績に関する実証研究の蓄積に繋がれば幸いである。
・掲載ジャーナルによる絞込み:Scimago Journal Rankのマーケティングのジャーナルランキング上位10誌(2021年11月時点);Journal of Consumer Research, Journal of Marketing, Journal of Marketing Research, Marketing Science, Journal of the Academy of Marketing Science, Journal of Consumer Psychology, Journal of Public Administration Research and Theory, Journal of Supply Chain Management, International Journal of Research in Marketing, Journal of World Business,で絞込みを行い,その結果170研究が表示された。そこから,検証に顧客満足度指標および企業業績指標を用いていない研究を除外し69研究を抽出した。なお該当したジャーナルは次の5誌である;Journal of Marketing, Journal of Marketing Research, Marketing Science, Journal of the Academy of Marketing Science, International Journal of Research in Marketing。
・被引用数による絞込み:マーケティング研究以外の重要研究を漏らさないよう,ジャーナルを限定せず,Web of Science Core Collectionの被引用数で並び変えを行い,その結果,被引用数が100を超える151研究が表示された。そこから,検証に顧客満足度指標および企業業績指標を用いていない研究と上記の抽出と重なる研究を除外し31研究を抽出した。
・高被引用文献による絞込み:被引用数による抽出では近年発表された重要研究を漏らす可能性があるため,上記と同様にジャーナルを限定せず,高被引用文献で絞込みを行い,その結果14研究が表示された。そこから,検証に顧客満足度指標および企業業績指標を用いていない研究と上記の抽出と重なる研究を除外し2研究を抽出した。