2024年5月26日の日本商業学会全国研究大会の総会にて,学会誌『流通研究』誌と英文誌の“International Journal of Marketing & Distribution”(略号IJMD)の統合が決定し,『流通研究』は和文・英文の季刊誌として生まれかわることになった。英語名称は,英文誌のタイトルInternational Journal of Marketing & Distributionを存続する。名称が『流通研究』(略号:IJMD,英文名称International Journal of Marketing & Distribution)と少々長いのと,J-Stageの登録上,『流通研究』誌を継続させるという理由により,これより『流通研究』(IJMD)の登録名称を用いて今回の両誌統合の背景について説明する。
1951年設立の日本商業学会は国内の社会科学系の学会として長い伝統を有するが,学会誌刊行は1998年と比較的日が浅い。つまり,学会設立後半世紀近くの年月を経て学会誌を刊行したことになる。それまでは学会として,全国大会での報告の抄録を掲載する年報を刊行していた。満を持しての英文誌の方の刊行は2017年である。新たな編集コンセプトを持つ学会誌の『JSMDレビュー』とともに刊行された。
現在では学会が各々の学術誌を持つこと,また査読誌を刊行することは当たり前のように見える。しかし学会誌『流通研究』の創刊当時はそうではなかった。国内の流通・マーケティング分野では,研究成果発表として書籍刊行が主流であり,学会員コミュニティによる研究向上のための査読誌というものの必要性が会員全般にそれほど感じられていない状況であった。マーケティングや流通研究が,応用科学分野として産学連携や広く社会に向けた成果発表を意識していた時代においては,専門論文よりもまず書籍刊行,さらに単著出版が優先されていたのである。学会誌創刊に際しては,「依頼(招待)論文に慣れている者が査読誌に投稿するはずがない」,「査読されたことのない者が査読するのだから,通常では上手くいくはずがない」という声をしばしば耳にしていた。しかしながら,投稿者,査読者・編集者の努力により『流通研究』は2024年7月現在でJ-Stageに235報の論文が掲載されるまでに成長した。学会には学会誌が必要であるという,当時の学会長の英断に感謝したいと思う。
『流通研究』,英文誌IJMD,和文誌の『JSMDレビュー』と,それぞれの目的を持つ学会誌3誌がありながら,なぜ『流通研究』とIJMD誌を統合する必要があるのかという疑問を持つ方もおられると思う。以下,その理由を述べたい。端的にいえば現在では学会も研究者を取り巻く環境も大きく変わりつつあり,速やかに対応していく必要があるということである。環境変化としては次の4つがある。
一つは当該の学術分野の成熟である。マーケティングや,流通システムといった研究領域が比較的新しい分野として考えられていた時代には,書籍刊行による社会的な啓蒙,研究自体のアウトリーチが重要であった。しかし学問的な成熟に伴い,学術的なコミュニティにおいて専門家集団による研究の精緻化と向上,新しい理論の探求は,ピア・レビューという査読の世界が基盤となる。
二つ目は,流通・マーケティング分野の発展に伴う,国際標準化への対応である。企業の市場アプローチ,流通過程は個々の国,社会において歴史的,制度的な影響を受け,それぞれの国において主要な関心事,問題設定それ自体は均一ではない。しかしながらグローバルな規模での市場戦略,サプライチェーン,そしてグローバル社会における消費者自身の変容は,局所的な関心事よりも,世界規模での研究の発展が求められることになる。その中で日本語だけで論文を発表している限り,他国にとっての日本での研究成果は無いも等しいということになろう。必然的に英文での研究成果の発信が求められる。
三つ目は,世界的に流通・マーケティング関連領域の学術誌の数が増え,特定分野やアプローチにセグメントされたジャーナルが増えていることである。日本国内でも,経営学,商学分野,あるいはサービス,ベンチャーなど関連分野の学術誌が増えており,かつ水準も様々になっているという趨勢である。
四つ目は,非常に現実的な問題点であるが,研究者に対する業績評価において,文科省の方針を受けて,英文査読誌への評価がより重視され,大学にポストを得ることや昇任,研究資金獲得において無視できない状況となっているという点にある。
日本国内において流通・マーケティング分野における,研究機関に属する研究者の数は限られている。一方で国内外に投稿する先が増えているという現状では,日本語での投稿に留まっていては,学術雑誌間の競争に敗れれば淘汰されるということになろう。
以上のことを踏まえれば,流通・マーケティング研究の発展のため,また成果発表のために,日本語・英語論文を併載する『流通研究』(IJMD)誌は,その存在意義を高め,また近い将来には国際的なプレゼンスを出せる学術誌として,英文雑誌へと転換し,国際的な認証を得ることが必要になってくるだろうと認識している。つまり掲載論文が広く読まれ,引用されるには,雑誌自体の国際的な評価(ランク)が必要となってくるからである。そのためのステップとして,新生の『流通研究』(IJMD)誌が多くの投稿により会員に支えられること,会員が増えていくことが必要となる。編集部により今後益々魅力的な企画が提案されていくことになるが,まずは何よりも会員による投稿を期待したいと思う。