International Journal of Marketing & Distribution
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Original article
How do consumers evaluate companies with sustainable marketing? The moderating role of moral foundations
Yoko SugitaniMinoru Karasawa
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2024 Volume 27 Issue 1-2 Pages 3-18

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Abstract

近年,企業は持続可能な社会の実現に向けて様々な取り組み(例:環境問題対策)を行っているが,消費者はそれらの活動をどう評価しているのだろうか。先行研究は,企業の社会貢献活動は企業評価に肯定的な影響を与えることを明らかにしてきたが,場合によっては逆効果となることも指摘している。そこで本研究は,企業の社会貢献活動の成果を規定する境界条件の1つとして,消費者の道徳基盤の役割に注目した。道徳基盤理論では,人の道徳判断の基準には,公平性や弱者への配慮を重んじる「個人尊重(individualizing)」と,伝統や権威,集団への忠誠を重んじる「集団結束(binding)」があるとされる。3つの実証研究の結果,個人尊重の道徳基盤は企業の社会貢献活動の理念と親和性が高く,個人尊重志向の消費者ほど企業の社会貢献訴求に接すると態度が好意的に変化することがわかった。

1  問題の所在

1.1  持続可能な経営をめぐる消費者の反応

人間社会は,今日,地球規模の様々な課題に直面しており,企業経営においても,持続可能な社会の実現に資する経営のあり方(持続可能な経営;sustainable management)がスタンダードとなっている(Delevingne et al., 2020Haanaes, 2022)。多くの企業が,たとえば,温室効果ガスの排出抑制,倫理性の高い(エシカル)製品の開発,貧困地域の慈善的支援,透明性の高い企業統治体制の確立などに積極的に取り組んでいる。

このように,世界的に「持続可能な経営」が強く求められるようになる一方で,消費者はこの動きをどのように評価しているのだろうか。財務的指標においては,社会貢献活動は企業業績を向上させることが明らかにされているが(e.g., Friede et al., 2015),消費者からの評判やブランド態度などの評価的指標においても,企業の社会貢献活動は肯定的効果を持つのだろうか。

この問いに対する先行研究の答えは,総合すると,肯定的な報告をする論文が多い。しかし,場合によっては否定的な効果があることを報告する研究も多く,結論は混在している状況である(Fatma & Rahman, 2015芳賀,2014Sen et al., 2016)。日本における実態調査を参照しても,持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)やエシカル消費などのキーワードの認知率は近年急上昇しており,多くの消費者が企業の「持続可能な経営」方針に好意的反応を示すこと(久我,2022消費者庁,2020塚本他,2022)が報告されている一方で,エシカル消費への「意識」と実際の「行動」との乖離(gap)を指摘する研究も多い(Johnstone & Tan, 2015Hassan et al., 2022)。「エシカル商品・サービスの提供が企業イメージの向上につながると思うか」という問いには8割の消費者が肯定的反応を示すが(消費者庁, 2020),価格よりもサステナビリティを優先して購買意思決定をするかと尋ねると,肯定派は1割に満たなくなる(久我,2022)。西尾(2017)は,企業の社会貢献活動自体が素晴らしいものであったとしても,十分なコミュニケーションが行われていない場合や,消費者から納得が得られにくい内容であった場合には,せっかくの活動も企業の誠実性や信頼性の評価を低下させてしまうと論じている。

1.2  リサーチギャップおよび本研究の課題

以上のことから,「持続可能な経営」の実現に向けた社会貢献活動は,「どんなものでもいいからただ実施すればよい」という単純な構図ではないことがわかる。先行研究では,消費者の反応を規定する様々な境界条件が指摘されてきたが(詳しくは「2. 理論的背景」参照),その中に,個人特性の影響を指摘したものがある。たとえば,個人を独立した存在と捉える個人主義の価値観を持つ者は,「個人よりも集団の利益を優先するべき」という理念をもつ集団主義者に比べ,企業の社会貢献活動を低く評価する傾向がある(Huang & Lu, 2017)。また,「世界は神が創造した」という宗教的信念も,人間の行動によって世界が悪影響を受けているという事実と理念的に相容れないため,強い宗教的信念を持つ人ほど,地球温暖化などの環境問題を科学者の虚言と信じ,倫理的消費行動に非協力的である(Arli et al., 2023)。米国では,経済格差を是とし,同性婚や銃の規制に反対する「保守派」と呼ばれる人々は,自由と平等を重んじる「リベラル派」の人々と比して,企業の社会貢献活動に関心が低い(Jasinenko et al., 2020)。

地球環境問題の解決も貧困や差別のない世界の実現も,人類全体に係わる共通の課題であるにもかかわらず,なぜこのような温度差が生まれるのであろうか。この問いに答えるためには,まず,社会貢献活動とは,「他者との協力(cooperation)」を前提とするものである点に注目する必要がある。持続可能な社会は,たった一人の努力では達成することはできない。もし地球上で自分一人が使用済み製品のリサイクルを行い,電気を節約しても,自分以外の全ての人間がリサイクルを拒み,エネルギーを浪費するならば,環境問題は解決できない。

人間の進化の過程において,生存のために他者との協力が不可欠であったことから,協力的行為を導くメカニズムとして人間に備わったのが道徳意識(morality)である(Tomasello & Vaish, 2013)。道徳意識とは,自らの行動の善悪の判断基準である(Haidt, 2012)。人は道徳意識を持つことで,自らの道徳の基準にしたがって,自己利益のみを追求することを抑え,社会全体や他者のために行動することができる(Tomasello & Vaish, 2013)。

道徳基盤理論(moral foundations theory;Haidt, 2012)は,人の善悪の判断を規定している根底的基準(道徳基盤)の存在を明らかにした理論であり,人の道徳判断の志向を「個人尊重(individualizing)」と「集団結束(binding)」の2つに大別している(Graham et al., 2011)。「個人尊重」とは,善悪の判断において,個人間の平等や公正,弱者の保護を重要視する傾向を意味し,「集団結束」とは,伝統や規律を守り,自らの所属集団へ忠誠を示すことを重んじる傾向である。「個人尊重」も「集団結束」も,いずれも人間社会において大切とされる道徳的基準であるが,このどちらをより重視するかにより,「善」とみなされる行動は変化する。

道徳基盤理論は,政治学や社会心理学などを中心として,人間の行動について強い説明力を持つ理論として注目を集めており(Graham et al., 2009Mooijman et al., 2018Smith et al., 2014),消費者行動研究においても,リサイクル行動(Kidwell et al., 2013),顕示的消費(Goenka & Thomas, 2020),マーケティング・コミュニケーションの効果(Hang et al., 2021)との関連性が明らかにされている。しかしながら,企業の社会貢献訴求の効果と道徳基盤の関連性について扱った研究は,これまでにない。社会貢献活動が,他者との協力を前提とする活動であることに鑑みて,道徳意識は社会貢献への態度に関連しているだろうと予測される。そこで本研究では,消費者の道徳的判断の個人差,すなわち,個人尊重と集団結束の道徳基盤を重視する程度が,企業の社会貢献活動に対する態度をどう調整しうるかについて検討することとした。

2  理論的背景

2.1  企業の社会貢献活動が企業評価に与える影響

企業経営において環境問題や社会課題へ配慮することの重要性は,古くより様々な概念を用いて検討されてきた。1970~90年代においては環境配慮を訴求するマーケティングは,エコロジカル・マーケティング(ecological marketing;Karl & Kinnear, 1976) やグリーン・マーケティング(green marketing;Ottman, 1993)と呼ばれたが(Ginsberg & Bloom, 2004Polonsky, 1994),2000年代には企業の社会的責任論(corporate social responsibility;CSR)の考え方の広がりを受けて,コーズ・リレーティッド・マーケティングの研究が盛んとなった(e.g., Brønn & Vrioni, 2001Kotler & Lee, 2004)。CSRとは,「社会全体の福祉と企業の利益の両方を保護・改善するために行動する経営上の義務」(Davis & Blomstrom, 1975, p. 6)を意味する。環境問題への配慮に加えて,貧困や人権問題などの社会課題の解決の支援,メセナやフィランソロピーを通じたステイクホルダーとの関係構築などに,企業が積極的に取り組むようになった。その後も,向社会的な企業経営に関する研究は注目を集め続け,2010年には「持続可能性(sustainability)」が,経営学における「メガトレンドワード」になった(Lubin & Esty, 2010)。Sustainability(sustainable)以外にも,倫理性(ethical),寄付(charitable),向社会的(prosocial)などのキーワードで,企業の社会貢献活動とそれに対する消費者の反応に関する研究が行われている(White et al., 20192020)。本稿は,企業の社会的活動を表す諸概念の変遷や差異を理解しつつも,環境問題対策や社会課題の解決支援など,向社会的な企業の活動を扱った研究成果全般を包含して「社会貢献活動」として扱う。

社会貢献への企業の取り組みが消費者からの評価に与える影響,および,その影響を調整する要因に関する実証研究には,膨大な蓄積がある(Fatma & Rahman, 2015McDonagh & Prothero, 2014Sen et al., 2016)。西尾(2017)は,企業の社会貢献活動の成否を分ける要因を,①企業側の要因(基幹事業との適合性など),②消費者の猜疑心,③企業の動機の認知,④消費者側の要因(企業と自己同一化している程度)の4つに整理している。先行研究の多くは,①の要因,すなわち,社会貢献活動を行う企業の業種,活動内容,広報戦略等に注目している。その知見をひとことでまとめるならば,社会貢献活動の成功には,消費者から見て違和感がなく,納得感や信頼につながる内容や方法が選択されているかが重要である。具体的には,社会貢献活動が,企業の事業領域と適合していること(Ellen et al., 2000Luo & Bhattacharya, 2006薗部, 2008),企業イメージと適合していること(Luchs et al., 2010Luo & Bhattacharya, 2006Sen & Bhattacharya, 2001Singh, 2016),一過性の活動ではなく継続的に社会貢献活動に従事していること(Du et al., 2010),広報活動が第三者の視点で行われること(Yoon et al., 2006),支援する対象に合わせて妥当な支援方法が選択できていること(Hildebrand et al., 2017),活動が企業からの一方向的な金銭提供ではなく顧客との価値共創が行われていること(Chen & Huang, 2018)が効果的であるとされている。たとえばイメージの適合性に関する研究では,「力強い」イメージと「エシカル」なイメージは認知的なつながりが弱いため,「力強さ」と関連の強い製品カテゴリ(例:自動車のタイヤ)においてエシカル訴求をすると,従来の製品よりも,製品評価が低くなる(Luchs et al., 2010)。

2.2  企業の社会的貢献と消費者の個人差要因

前段でも言及したように,西尾(2017)は,社会貢献活動の成否を分ける要因のひとつとして,消費者特性も挙げている。この一例として,消費者の自己同一性が境界条件であることを指摘している。消費者の自己イメージと,社会貢献を行う企業のイメージが一致している場合,その社会貢献活動を支援する意向が高くなるが,不一致な場合は支援意向が低くなる(Bhattacharya & Sen, 2003)。

この研究例にも示される通り,企業の社会貢献活動が消費者から支持を得るには,消費者の個人特性(たとえば,自己観,興味関心,価値観,宗教的信念など)と,企業の社会貢献活動の理念とが,一致していることが重要である。企業の社会貢献やCSRの理念は,「公平性(fairness)」「平等(equality)」「社会的公正(social justice)」と言われる(Torelli et al., 2012)。これらの理念と一致する価値観を消費者が有する場合に,社会貢献活動は高く評価され,不一致な価値観を消費者が有する場合には,社会貢献活動は低く評価されるだろう。

前節でも触れた通り,社会貢献訴求の効果を調整する個人特性としては,宗教的信念(Arli et al., 2021a, 2021bGupta et al., 2023Hassan et al., 2022Hassan & Rahman, 2023),集団/個人主義(Choi et al., 2016Huang & Lu, 2017Hur & Kim, 2017Paul et al., 2006),文化的自己観(Joo et al., 2022Lee et al., 2013)など様々な要因が指摘されてきた。しかしながら,たとえば,物質主義的な消費者は企業の社会貢献活動に否定的な態度を示すという研究(Chowdhury & Fernando, 2013)と,その関連性を否定する研究(Strizhakova & Coulter, 2013)が混在するなど,個人特性について,さらなる研究蓄積が求められている(Leonidou et al., 2022)。そこで本稿では,後述するように,消費者行研究分野では研究蓄積が少ない消費者の「道徳基盤」に注目する。

2.3  消費者の「道徳基盤」の影響

人間の倫理観,例えば,「仇討ち」を許容できるかどうかについての判断が,時代によって,地域によって,人によって異なるように,何をもって人間の「道徳的行動」とみなすかの答えは1つには定まらない。Haidt(2012)は,様々な人間行動に関する善悪判断を背後で方向づけている根底的基準を「道徳基盤」と名づけ,複数国での大規模な調査を通じて,文化を超えて人類に共通に存在する道徳基盤が5つあることを指摘した。すなわち,(1)「他者に危害を加えないこと,弱者に配慮すること」(傷つけないこと;Care/Harm),(2)「個人の権利が尊重され,一人一人が公平に扱われること」(公平性; Fairness),(3)「内集団における義務をまっとうし,忠誠を尽くすこと」(内集団への忠誠;Ingroup/Loyalty),(4)「社会的秩序のために,伝統や上下関係を尊重すること」(権威への敬意;Authority),(5)「肉体的にも精神的にも純潔を求めること」(神聖さ・純粋さ;Purity/Sanctity)である(金井, 2013)(表1を参照)。これら5つの道徳基盤について,日常生活で善悪の判断においてどの程度重視しているかを測定すると,その回答は大きく2つの志向にわかれる。(1)と(2)は,個人の平等と公正に関する基準であることから,これらを重視する傾向が高い場合は「個人尊重(individualizing)」の志向,(3)~(5)は集団の団結と伝統の維持に係わる基準であることから,これらを重視する傾向が高い場合は「集団結束(binding)」の志向を持つと分類される(Graham et al., 2011)。

表1.道徳基盤尺度

道徳基盤 質問項目 尺度
個人尊重
Individualizing
(1)傷つけないこと
Care/Harm
誰かが精神的に傷ついたかどうか* 第1部
弱い人や傷つきやすい人に対する配慮があったかどうか*
その人が残虐であったかどうか
苦しんでいる人や困っている人への思いやりの念とは最大の美徳である* 第2部
無防備な動物を傷つけることは,人間として最低な行動だ*
人間を殺すことは,どのような状況においても正当化できない
(2)公平性
Fairness
一部の人々が他とは違う扱いを受けていたかどうか* 第1部
不公平な行動をとっていたかどうか*
誰かの権利がないがしろにされていたかどうか
政府が法律を作る際,一番重視されるべきことは,すべての人が公平な扱いを受けることだ* 第2部
正義とは社会にとって,必要とされる大切なものだ*
裕福な家庭に生まれた子供が,たくさんのお金を相続し,貧乏な家庭の子供は何も相続しないというのは,道義に反すると思う
集団結束
Binding
(3)内集団への忠誠
Ingroup/Loyalty
行動に自国への愛があったかどうか* 第1部
自分の所属するグループに対する裏切り行為があったかどうか*
その人の行動に忠誠心が欠落していたかどうか
私は自分の国の歴史を誇りに思う* 第2部
たとえ家族の誰かが間違いを犯したとしても,家族を大切にする気持ちを持ち続けるべきだ*
自己実現することよりも,チームプレイヤーとして働くことの方が重要である
(4)権威への敬意
Authority
権威に対する敬意が欠落していたかどうか* 第1部
社会の伝統的なしきたりに従っていたかどうか*
ある行動によって,無秩序や混乱が生じたかどうか
子供たちは皆,権威を尊敬することの大切さを教わるべきだ* 第2部
男性と女性には,それぞれ社会の中で異なる役割がある*
もし私が兵士ならば,上官の命令に納得がいかなくとも,それは自分の義務であるのだから,その命令に従うだろう
(5)神聖さ・純粋さ
Purity/Sanctity
純粋さや礼儀正しさの一般的基準に違反しているかどうか* 第1部
気持ちの悪くなるようなことをしたかどうか*
神が許さないような行動をしたかどうか
たとえ誰も傷つかないとしても,不快極まるような行動をとるべきではない* 第2部
自然の摂理に反するような行動は間違っている*
貞操は重要で価値のある道徳的美点である

1)尺度の出典は,Graham et al. (2011)。翻訳は金井(2013)による。

2)第1部の尺度は,正しいか間違っているかの判断において,各項目がどれくらい重要(relevant)であるかを6段階尺度でたずねる(「極めて関係がある(6点)~全く関係がない(1点)」)。第2部は,各文章にどの程度同意するかを6段階尺度でたずねる(「非常に同意する」(6点)~「全く同意しない(1点)」)。

3)*は短縮版尺度(20項目;Graham et al., 2011)に含まれる項目を意味する。

道徳基盤は様々な人間行動の説明に応用可能である。たとえば,道徳基盤は政治的イデオロギーと関連することが知られている。社会的公正と個人の自由を重んじるリベラルな政治イデオロギーを持つ人は個人尊重の道徳基盤を重視する傾向が強く,伝統と権威を重んじる保守的な政治イデオロギーを持つ人々は集団結束の道徳基盤を重視する傾向が,リベラルな人々よりも強い(Graham et al., 2009Haidt et al., 2009金井,2013)。

道徳基盤は,人間の進化の過程で,個人あるいは集団のレベルで生存に適応的であった道徳基盤がモジュール化されて備わったとされる(金井, 2013唐沢, 2013)。道徳は生まれ育った土地の社会規範や文化的価値観の表れに過ぎないとする批判もあるが,Lewis et al.(2012)らは,fMRIを用いた検討によって,道徳基盤の個人差は脳の構造からある程度説明できるとして反論している。

2.4  消費者行動研究における道徳基盤の影響

消費者行動研究では,道徳基盤はあまり注目を集めてこなかったものの(Hassan et al., 2022Truelove et al., 2014),いくつかの実証研究がある。Kidwell et al.(2013)は,リサイクル活動を促す際に,受け手の道徳基盤と一致したメッセージ訴求が効果的であることをフィールド実験によって明らかにしている。この実験では,住民にリサイクルを促すポスターに,個人尊重のメッセージ(リサイクルは「他者を助けることにつながる」「公正な選択」),集団結束のメッセージ(リサイクルは「州内でさかん」「州民としての義務」),統制条件メッセージ(「リサイクルは大切」)のいずれかを掲載し,その効果を比較した。その結果,個人尊重の道徳基盤を持つ人は個人尊重の,集団結束の道徳基盤を持つ人は集団結束のメッセージを読んだときに,リサイクル協力率が上昇した(Kidwell et al., 2013)。また,ブランドコミュニティ研究では,集団結束の道徳の強い消費者は,エシカルなイメージを持つブランドのユーザーが非道徳的行為をすると,個人尊重の消費者よりも強い処罰感情を持つこと(Allard & McFerran, 2021)もわかっている。

Hang et al.(2021)は,ラグジュアリー消費の本質は自己優越性と排他性であり,集団結束の道徳基盤と適合性が高いが,個人尊重の道徳基盤とは矛盾すると論じている。すなわち,ラグジュアリー・ブランドは,高額で購入できる人が限られていることから,それを所有(利用)することで,集団内で自身の社会経済的優越性を示したいという購買動機に訴えかける。したがってHang et al.(2021)は,ラグジュアリー・ブランドが社会貢献活動を行う際は,集団結束の道徳基盤に一致するメッセージを添えて訴求するべきと論じている。

2.5  本研究の仮説

「持続可能な経営」において掲げられてきた様々な具体的目標(例:経済格差の解消,性別や人種などの多様性の尊重,地球環境保護),および,その実現のために企業が取り組む諸活動(例:環境配慮型製品の開発,リサイクル促進,多様性のある人材登用)は,格差のない公平な社会,他者(とりわけ弱者)への思いやりのある社会を目指している。それらの社会貢献活動の理念は「公平性」「平等」「社会的公正」であり(Torelli et al., 2012),「公平性」や「傷つけないこと」を善とする道徳意識,すなわち,個人尊重の道徳基盤と親和性が高いと推測される。したがって,社会貢献活動と理念的に一致する「集団主義」の価値観を持つ消費者が企業の社会貢献を高く評価したように(Huang & Lu, 2017),個人尊重の道徳基盤を重視する消費者においても,企業の社会貢献活動への好意的な反応が見られるであろう。

そこで本研究は,企業の社会貢献活動に対する消費者の反応は,消費者の道徳基盤によって調整される,と予測した。すなわち,企業の社会貢献活動に接したとき,個人尊重の道徳基盤を重視する消費者は,社会貢献活動の理念と自らの道徳基盤が一致するため,その企業への好意的態度が強くなる。一方で,集団結束の道徳基盤を重視する消費者は,伝統や権威を重んじることや集団の団結力を高めることを善とし,世の中に格差が存在することを許容する傾向がある。集団結束の道徳意識と社会貢献活動の理念は,必ずしも一致しないため,社会貢献活動の訴求に接することによって企業への態度が好意的になることはないだろう。

以上の議論に基づき,本研究では次の2つの仮説を設定した。まずは,企業の社会貢献訴求と道徳基盤が消費者の態度に与える影響を予測する前提として,企業の社会貢献活動の理念自体が,個人尊重の道徳基盤の理念と内容的に親和性が高いという仮説を立てた(仮説1)。その上で,道徳基盤が企業の社会貢献訴求の効果を調整するという仮説,すなわち,企業の社会貢献訴求が消費者の態度に与える肯定的影響は,特に個人尊重の道徳基盤を重視する消費者において現れる,という仮説を立てた(仮説2)。

仮説1 企業の社会貢献活動の理念は,集団結束よりも個人尊重の道徳基盤と合致する。

仮説2 企業の社会貢献訴求が消費者の態度に与える影響を,道徳基盤が調整する。すなわち,個人尊重の道徳基盤を重視する消費者は,企業の社会貢献活動の情報に接した場合に態度が好意的になる一方で,集団結束の道徳基盤を重視する消費者では,その効果は見られない。

なお,社会貢献訴求と道徳基盤の関連性を扱った既存研究(Hang et al., 2021Kidwell et al., 2013)と,本研究の違いは,次の通りである。先行研究は,消費者に社会貢献を訴えかける際,メッセージの理念(道徳基盤)を,ターゲットとなる消費者の道徳基盤と一致させることが重要である,ということを論じた研究である。すなわち,個人尊重の道徳基盤を持つ消費者に対しては個人尊重のメッセージを,集団結束志向の道徳基盤を持つ消費者には集団結束のメッセージを用いると効果的(説得的)であることを実証したものである。これらの研究は,マーケティング・コミュニケーションに関する研究であり,「メッセージ・フレーム」と「消費者/ブランド」の道徳的理念のマッチングの重要性を指摘するものであった。一方で,本研究は,メッセージ・フレームの理念ではなく,社会貢献活動自体の理念が個人尊重の道徳基盤と合致していることに着目し,社会貢献訴求は個人尊重志向の消費者から好意的に評価されるであろうと仮説を立てた。本研究は,マーケティング・コミュニケーションについては議論していない。コミュニケーションを計画する前提として,そもそも,どのような消費者が企業の社会貢献活動を好意的に評価しやすいのか,という問題に注目している。

2.6  実証研究の概要

仮説1・2の検討のため,3つの実証研究を実施した。まず,仮説1の検討のために調査を実施し,社会貢献活動と個人尊重の道徳基盤の概念的な親和性を示した(研究1)。次に,仮説2の検討のため,消費者が企業の社会貢献訴求に接することで,企業への態度が好意的(あるいは,非好意的)に変化するかどうかを観察する実験を実施した(研究2aおよび2b)。実験という研究手法には,「持続可能な経営」のための企業の活動の長期的効果(時間経過とともに推移する効果)を捉えることはできないという限界がある。しかし,本研究では,仮説で予測した因果関係を検証することを優先し,実験を採用した。

3  研究1:企業の社会貢献活動およびSDGsと個人尊重の道徳基盤の概念的親和性

仮説1の検証を目的として調査を実施した。企業の社会貢献活動,および,その目標として掲げられているSDGsについて,「個人尊重」「集団結束」の道徳基盤の内容とどの程度合致していると思うかを,回答者に評価してもらった。

3.1  方法

3.1.1  調査回答者

クラウドソーシング・サービスより25~65歳の一般消費者280名がオンラインで参加した(男性145名,女性129名,その他6名;平均年齢41.61歳,標準偏差 8.46)。

3.1.2  調査の手続き

冒頭で,「個人尊重」「集団結束」の道徳基盤について,それぞれの定義を提示した。具体的には,「個人尊重」は,個人が公正かつ平等に扱われることを大切だと考える道徳観,「集団結束」とは,社会における伝統や規律を守り,権威には敬意を払うことを大切だと考える道徳観であることを示した。この内容理解を確認するため,3つの文章の中から適切な説明文1つを選択する理解度テストを行った。

次に,企業の社会貢献活動の具体例4つ(「貧困国への寄付」,「環境にやさしい製品開発」,「リサイクル促進の活動」,「多様性のある雇用戦略」),および,SDGsの6つの目標(「貧困をなくす」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を目指そう」「気候変動に具体的な対策を」「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」)を示し,それぞれの理念について,「個人尊重」志向と「集団結束」志向の道徳基盤のどちらにより合致すると思うかを尋ねた(例:貧しい国の人々を支援するために,製品の売上の一部を寄付する活動を行っている企業があります。このような活動は,「個人尊重志向」の道徳観と「集団結束志向」の道徳観と,どちらにより合致するものであると思いますか?)。回答は,合計10個の社会貢献活動とSDGsのそれぞれについて,7段階尺度(7=「個人尊重志向に完全に合致すると思う」~1=「集団結束志向に完全に合致していると思う」)で評価してもらった。最後に,年齢,性別を確認した。

3.2  結果

3.2.1  変数の作成

道徳基盤と合致すると思う程度を尋ねた尺度の得点(点が高いほど個人尊重の道徳基盤と合致すると評価されたことを示す)について,企業の社会貢献活動4項目(Cronbach’s alpha (α) = .71)と,SDGsの6項目(α = .84)内で高い信頼性が示されたため,ぞれぞれの平均値から「企業の社会貢献活動が個人尊重の道徳基盤に合致する程度」および「SDGsが個人尊重の道徳基盤に合致する程度」の合成変数を作成した。

3.2.2  仮説の検討

上記で求めた2変数それぞれにつき,尺度の理論的中央値(4点 =「個人尊重と集団結束のどちらに合致するとも言えない」)を用いた1標本t検定を行った。その結果,「企業の社会貢献活動が個人尊重の道徳観に合致する程度」(M = 4.83, SD = 0.96 vs. M = 4.0, t (279) = 14.45, p <. 001)および「SDGsが個人尊重の道徳観に合致する程度」(M = 5.14, SD = 1.05 vs. M = 4.0, t (279) = 18.28, p < .001)のいずれにおいても有意差が得られ,企業の社会貢献活動やSDGsは,集団結束よりも個人尊重の道徳基盤に合致すると評価されていた。したがって,仮説1は支持された。

なお,「個人尊重」「集団結束」の道徳基盤の説明文を提示した直後に実施した理解度テストにおいて,不正解であった13名を除外した分析も行ったが,結果は同じく有意差が得られた(企業の社会貢献活動M = 4.87, SD =0.96, t (266) = 14.84, p < .001; SDGs M = 5.20, SD = 1.04, t (266) = 18.86, p < .001)。

3.3  考察

研究1の結果は,一般の消費者が,企業の社会貢献活動およびその理念を支えるSDGsを,集団結束の道徳基盤よりも個人尊重の道徳基盤と合致するものであると評価していることを示した。したがって,仮説1「企業の社会貢献活動の理念は集団結束より個人尊重の基盤と合致する」は支持された。そこで次に,個人尊重の道徳基盤を重視する消費者は,企業の社会貢献活動の情報に接した場合に態度が好意的になること(仮説2)を,2つの実験によって検討した。

4  研究2a:消費者の道徳基盤が企業の社会貢献広告に対する反応に与える影響

仮説2の検討のため実験を実施した。実験参加者に架空の飲料ブランドのロゴと画像を提示し,態度を測定した後,さらに同じブランドの企業広告を提示して,再び態度を測定した。企業広告は,社会貢献活動を訴求する広告と,社会貢献以外のメッセージ(企業の伝統)を訴求する広告の2種類を作成し,効果を比較した。

なお,態度変容の先行研究では,消費者が対象に対して高い関心をもった場合に精緻な情報処理が促進され,態度形成が影響を受けると指摘されている(Petty et al., 1983)。また,消費者が企業の動機へ疑いをもつと社会貢献訴求が否定的な効果をもたらすことが先行研究で指摘されている(e.g., Yoon et al., 2006)。そこで,探索的に,情報処理への関与と企業の誠実さに関わる評価を測定し,調整効果が見られないことを確認した。

4.1  方法

4.1.1  実験参加者

クラウドソーシング・サービスより25~65歳の一般消費者185名がオンラインで参加した(男性95名,女性89名;その他1名;平均年齢40.77歳,標準偏差 9.63)。

4.1.2  実験計画

広告の閲覧(閲覧前 vs 閲覧後;参加者内要因)×広告の内容(社会貢献条件 vs 伝統条件;参加者間要因)の2要因混合デザインであった。

4.1.3  手続き

実験参加者は,まず,道徳基盤尺度(20項目版;Graham et al., 2011金井, 2013)に回答した(具体的項目は表1を参照)。

その後の流れを図1に示す。実験参加者は,架空の飲料水ブランドのロゴと画像(巻末Appendix(1)参照)を参照し,そのブランドに対する態度(4項目;「好き―嫌い」「肯定的―否定的」「望ましい―望ましくない」「良い―悪い」;Mitchell & Olson, 1981)について回答した(態度①)。さらに,情報処理関与(2項目;「関心がある」「興味がある」;Zaichkowsky, 1994),企業の誠実さに関わる評価(4項目;「誠実な」「信頼できる」「有益な」「顧客を大切にしている」;Forehand & Grier, 2003)についても回答してもらった。いずれも7段階尺度であった。  続いて,参加者は広告メッセージ内容の2条件(社会貢献訴求vs伝統訴求)のいずれかにランダムに振り分けられ,架空の飲料水ブランドの企業広告を閲覧した(巻末Appendix(2)参照)。社会貢献および伝統訴求の広告の文章は,先行研究(Torelli et al., 2012)で用いられたものを日本語に翻訳して用いた。なお,社会貢献および伝統訴求の操作の有効性については,実験に先駆けて操作チェックを実施し,想定通りの有意差が得られることを確認した(「会社の伝統に関して書かれていた」(社会貢献条件M = 1.40, SD = 0.61, 伝統条件M = 3.75, SD = 0.57, t (93) =19.39, p <.001, d = 3.95),「会社の社会貢献について書かれていた」(社会貢献条件M = 3.81, SD = 0.57, 伝統条件M = 1.87, SD = 0.95, t (93) = 12.13, p <.001, d = 2.47)。  最後に,企業に対する態度(同上の4項目;態度②),年齢,性別について回答してもらった。 ディブリーフィングを行って実験を終了した。

図1. 研究2aおよび2bの流れ

4.2  結果

4.2.1  道徳基盤得点

先行研究(村山・三浦,2019)にならい,第1部10項目,第2部10項目それぞれで確認的因子分析を実施し,因子構造を確認した(第1部 GFI = .91;AGFI = .86;RMSEA = .10;第2部 GFI = .90;AGFI = .85;RMSEA = .10)。その後,各実験参加者の道徳基盤の得点を算出した。具体的には,(1)傷つけないこと(4項目),(2)公平性(4項目)の平均値から「個人尊重」道徳基盤の得点(α = .81; M = 4.61, SD = 0.67)を,(3)内集団への忠誠(4項目),(4)権威への敬意(4項目),(5)神聖さ・純粋さ(4項目)の平均値から「集団結束」道徳基盤の得点(α= .82; M = 3.65, SD = 0.67)を算出した。

4.2.2  態度,情報処理関与,企業の誠実さに関わる評価に関する事前分析

仮説の検討に入る前に,提示した企業への態度(実験操作前),情報処理関与,企業の誠実さに関わる評価について,社会貢献条件と伝統条件の間で差がなかったことを確認するため,広告接触前に尋ねた企業への態度(態度①;α = .87),情報処理関与(α = .96),企業の誠実さに関わる評価(α = .81)に対して,それぞれ,広告内容によるt検定を行った。その結果,有意差は見られなかった(態度 t (183) = 0.30, p = .77, d = 0.04;情報処理関与 t (183) = 0.82, p =.41, d = 0.12;企業の誠実さに関わる評価 t (183) = 1.52, p =.13, d = 0.22)。

次に,道徳基盤を考慮せずに,広告接触によって企業への態度がどう変化したかを分析した。広告接触後に測定した企業への態度(4項目)の得点から「態度②」(α = .95)を作成し,広告閲覧(前vs後;参加者内要因)×広告内容条件(社会貢献vs 伝統;参加者間要因)による2要因混合デザイン分散分析を行った。その結果,交互作用は有意ではなかった(F(1, 183) < 1, p = .59)。一方で,広告閲覧による主効果が10%水準で有意であった(F(1, 183) = 2.81, p = .095, η2p = .02)。広告を閲覧することで,その内容が社会貢献訴求か伝統訴求かを問わず,態度が好意的に変化する傾向がみられた(閲覧前態度M = 4.67, SD = 0.73, 閲覧後態度M = 4.81, SD = 1.13)。

4.2.3  仮説2の検討

仮説2の検討のため,広告接触による「態度変化量」を,態度②(広告接触後)から態度①(広告接触前)を減算して求めた。

この態度変化量を被説明変数,実験条件(広告の内容)のダミー変数(社会貢献条件 = 1,伝統条件 = 0),個人尊重および集団結束の道徳基盤得点,実験条件ダミー×個人尊重,実験条件ダミー×集団結束の交互作用項を説明変数として,重回帰分析を実施した(Hayes, 2022;PROCESS Model 2)。その結果,実験条件ダミー×個人尊重(β = 0.17, SE = 0.25, t = 2.23, p =.03)の交互作用が有意となった(表2)。下位検定の結果,社会貢献訴求の広告を参照した条件においては,消費者が個人尊重の道徳基盤を重視すればするほど,企業への態度が好意的に変化していた(β = 0.36, SE = 0.17, t = 3.46, p < .01;図2)。伝統訴求の広告を参照した条件では,個人尊重の道徳基盤の調整効果は見られなかった(β = 0.02, SE = 0.18, t = 0.18, p = .86)。また,Johnson-Neyman 法(Spiller et al., 2013)を用いて交互作用効果の詳細を検討した結果,個人尊重の道徳基盤得点が3.83(平均値は4.61)を下回ると社会貢献訴求の効果が見られなくなることが示された。一方で,実験条件×集団結束の交互作用は有意ではなく(β = -0.10, SE = 0.25, t = 1.26, p = .21),集団結束の道徳基盤の調整効果は見られなかった。以上の結果は,仮説2を支持するものであった。

表2.社会貢献訴求と道徳基盤得点が企業への態度に与える影響(研究 2a)

  β se t
実験条件(社会貢献 vs. 伝統)1) -.05 .16 .69
道徳基盤(個人尊重) .19 .13 2.50*
道徳基盤(集団結束) .05 .12 .62
実験条件×道徳基盤(個人尊重) .17 .25 2.23*
実験条件×道徳基盤(集団結束) -.10 .25 1.26
R2 .08*    

1)社会貢献訴求 = 1,伝統訴求= 0 のダミー変数

*** p <.001 ** p <.01 * p <.05 p <.10

図2. 個人尊重の道徳基盤が態度変化量に与える影響(研究2a)

※エラーバーは標準誤差を示す

4.3  考察

実験の結果,消費者が個人尊重の道徳基盤を重視するほど,企業の社会貢献訴求を参照した場合に企業への好意的態度を強めることがわかった。一方で,集団結束の道徳基盤を重視する程度と社会貢献訴求の効果の間には関連が見られなかった。以上の結果は,本研究の仮説2を支持するものであった。

なお,研究1では架空のブランドの広告を用いて仮説の検討を行ったが,実験で一時的に形成された態度であるために,社会貢献訴求によって影響を受けやすかった可能性が考えられる。また,本研究のマーケティング実務への応用を視野に入れるならば,実在するブランドに対する,すでに確立された態度が社会貢献訴求によってどう変化するかに焦点をあてることも重要である。そこで,実験2bを実施し,実在の企業を対象とした仮説検証を行うとともに,実験2aの結果の頑健性を確認した。

5  研究2b:消費者の道徳基盤が企業の社会貢献活動への反応に与える影響

研究2bでは,2aと同様に飲料ブランドを実験刺激として用いることとし,比較的安価で,予備調査において認知率が100%であった飲料メーカー(A社)を対象として選定した。

5.1  方法

5.1.1  実験参加者

クラウドソーシング・サービスより25~65歳の一般消費者138名がオンラインで参加した(男性74名,女性60名,その他4名;平均年齢41.40歳,標準偏差 9.36)。

5.1.2  実験計画

ウェブページの閲覧(閲覧前 vs 閲覧後;参加者内要因)×ウェブページの訴求内容(社会貢献条件 vs 美味しさ条件;参加者間要因)の2要因混合デザインであった。

5.1.3  手続き

実験手続きは,実験2aとほぼ同一であった(図1を参照)。実験参加者は,道徳基盤尺度(表1)に回答したあと,ある飲料会社(上場企業,以下,Aと表記)の名前を提示され,企業に対する態度(態度①),情報処理関与,企業の誠実さに関わる評価について回答した。

その後,ランダムに2つの条件に振り分けられ,指定されたURLをクリックしてA社のウェブページを閲覧した。社会貢献条件では,A社の環境保護の取り組みをまとめたウェブページのみを,美味しさ条件では,A社の商品の美味しさについて記述されたページのみを,自由に閲覧してもらった。最後に,操作チェック項目(2項目;「企業の環境保護活動について書かれていた」,「商品の味について書かれていた」;4段階尺度),A社への態度(態度②),年齢,性別について回答してもらった。

5.2  結果

5.2.1  道徳基盤得点

研究2a同様の手法で確認的因子分析を実施した上で(第1部 GFI = .83;AGFI = .72;RMSEA = .15;第2部 GFI = .89;AGFI = .82;RMSEA = .12),各実験参加者の「個人尊重」道徳基盤の得点(α = .83; M = 4.77, SD = 0.64),および,「集団結束」道徳基盤の得点(α = .78; M = 3.76, SD = 0.56)を算出した。

5.2.2  操作チェック

ウェブページの訴求内容の操作が成功していたかどうかを確認するため,操作チェックの2項目について,ウェブページの訴求内容によるt検定を行った。その結果,想定した通りの有意差が得られ(「環境保護について」;社会貢献条件 M = 3.90, SD = 0.30, 美味しさ条件M = 2.71, SD = 1.09;t (136) = 9.05, p < .001, d = 1.53,「味について」;社会貢献条件 M = 1.58, SD = 0.74, 美味しさ条件M = 3.54, SD = 0.69;t (136) = 16.05, p < .001, d = 2.72),実験操作は成功していた。

5.2.3  態度,情報処理関与,企業の誠実さに関わる評価に関する事前分析

実験条件の操作前の段階において,提示した企業に対する態度に差がなかったことを確認するため,ウェブページ接触前に尋ねた企業への態度(態度①;α = .94),情報処理関与(α = .98),企業の誠実さに関わる評価(α = .92)について,それぞれ,ウェブページの訴求内容条件によるt検定を行った。その結果,いずれも有意差は見られなかった(態度① t (136) = 1.21, p = .23, d = 0.21;情報処理関与 t (136) = 1.19, p = .24, d = 0.20;企業の誠実さに関わる評価 t (136) = 1.35, p = .18, d = 0.23)。

次に,道徳基盤の影響を考慮せず,ウェブ閲覧によって企業の態度がどう変化していたかを検討した。ウェブ閲覧後に企業への態度について尋ねた4項目から「態度②」(α = .96)を作成し,ウェブ閲覧(前vs後;参加者内要因)×ウェブページの訴求内容(社会貢献vs 美味しさ;参加者間要因)による2要因混合デザイン分散分析を行った。その結果,交互作用が有意であった(F(1, 136) = 5.71, p = .02, η2p = .04;図3)。単純主効果検定の結果,ウェブ閲覧後に,いずれの条件でも好意的態度の得点が上昇していた(社会貢献条件 ウェブ閲覧前 M=5.46, SD = 1.01, 閲覧後M = 5.88, SD = 0.97;t (136) = 6.82, p < .001, d = 0.38;美味しさ条件 閲覧前 M = 5.23, SD = 1.17, 閲覧後M = 5.44, SD = 1.25;t (136) = 3.15, p < .01, d = 0.25)。また,閲覧後の態度は,社会貢献条件の方が美味しさ条件よりも,有意に態度が好意的になっていた(t (272) = 2.36, p = .02, d = 0.57)。したがって,いずれの内容であっても,ウェブページを閲覧することで企業への態度が好意的になることが示されるとともに,とりわけ社会貢献訴求のページを閲覧したときに,態度が好意的になっていたことが分かった。

図3. 企業に対する好意的態度(研究2b)

5.2.4  仮説2の検討

仮説2の検討のため,ウェブページ閲覧による態度変化量(態度②から態度①を減算した値)を被説明変数,実験条件(ウェブページの訴求内容)のダミー変数(社会貢献条件 = 1,美味しさ条件 = 0),個人尊重および集団結束の道徳基盤得点,実験条件ダミー×個人尊重,実験条件ダミー×集団結束の交互作用項を説明変数として,重回帰分析を実施した(Hayes, 2022;PROCESS Model 2)。その結果,実験条件ダミー×個人尊重の交互作用が10%水準で有意であった(β = 0.18, SE = 0.16, t =1.94, p = .055;表3)。下位検定の結果,消費者が個人尊重の道徳基盤を重視すればするほど,社会貢献活動のウェブページを参照した条件において企業への態度が好意的に変化していた(β = 0.38, SE = 0.14, t =3.03, p =.003;図4)。個人尊重の道徳基盤を重視していない場合には,社会貢献訴求と美味しさ訴求で企業への態度に与える影響に差が見られなかった(β = 0.02, SE = 0.14, t = 0.15, p = .88)。さらにJohnson-Neyman 法(Spiller et al., 2013)を用いて交互作用効果の詳細を検討した結果,個人尊重の道徳基盤が4.64(平均値4.77)を下回ると社会貢献訴求が好意的態度を強める効果が見られなくなることが示された。一方で,実験条件×集団結束の道徳基盤の交互作用は有意ではなく(β = -0.04, SE = 0.18, t = 0.44, p = .66),集団結束の道徳基盤の調整効果は見られなかった。以上の結果より,仮説2が支持された。

表3.社会貢献訴求と道徳基盤得点が企業への態度に与える影響(研究 2b)

  β se t
実験条件(社会貢献 vs. 美味しさ)2) .20 .09 2.38*
道徳基盤(個人尊重) -.01 .08 .07
道徳基盤(集団結束) -.01 .09 .12
実験条件×道徳基盤(個人尊重) .18 .16 1.94
実験条件×道徳基盤(集団結束) -.04 .18 .44
R2 .07    

2)社会貢献条件 = 1,美味しさ条件= 0 のダミー変数

*** p <.001 ** p <.01 * p <.05 p <.10

図4. 個人尊重の道徳基盤が態度変化量に与える影響(研究2b)

※エラーバーは標準誤差を示す

6  総合考察

6.1  本研究の概要

本研究は,企業の社会貢献活動が消費者の態度の向上に資するのかどうかという問いについて,消費者の道徳観が境界条件となっていると予測し,道徳基盤理論(Haidt, 2012)に注目して研究を行った。「持続可能な経営」では,企業は環境問題への対策,多様性のある人材登用,貧困国の支援などの活動に取り組むが,これらの活動の理念は「公平性」「平等」「社会的公正」である(Torelli et al., 2012)。そこで本稿では,こうした理念は,平等や弱者保護を重んじる個人尊重の道徳基盤に一致し(仮説 1),したがって,個人尊重の道徳基盤は,企業の社会貢献訴求が消費者の好意的態度につながる効果を促進するだろうと予測した(仮説2)。3つの実証研究の結果は,いずれも本研究の仮説を支持した。

6.2  本研究の理論的示唆

 本研究の理論的貢献は,第一に,企業の社会貢献活動そのものが,個人尊重の道徳基盤と理念的に一致している点を明らかにしたことである。道徳基盤理論を扱った先行研究(Hang et al., 2021Kidwell et al., 2013)では,ブランドあるいは各消費者が重視する道徳基盤(個人尊重or 集団結束)に合わせたメッセージ・フレームで社会貢献への協力を促すことが効果的であると指摘された。それに対して,本研究は,そもそも社会貢献活動の理念そのものが個人尊重の道徳基盤に一致している点に着目した。研究1により,個人尊重の道徳基盤は,企業の社会貢献活動やSDGsと概念的な親和性が高いと評価されていることが示された。企業が社会貢献活動を訴求すること自体が,個人尊重の道徳基盤の理念と合致する点を明らかにしたことが,本研究の第一の貢献である。

第二に,社会貢献活動と個人の道徳観との理念的な一致が,企業の社会貢献訴求の肯定的効果を促進することを明らかにした点である。先行研究は,企業の社会貢献が成功するには,その対象となる消費者の価値観や信念(たとえば,集団主義や理想主義,文化的自己観,宗教性など)と社会貢献活動が理念的に一致していることが重要であると論じてきた(Hassan et al., 2022)。本研究も同様に,社会貢献と理念的に一致する個人尊重の道徳基盤を重視する消費者において,社会貢献訴求が特に効果的であることを明らかにした。

なお,社会貢献活動は,たしかに公平性や平等など個人尊重の道徳基盤の理念に一致する部分は多いが,その一方で,もし自分の所属集団が持続可能な社会の実現を目指すことを標榜していれば,社会貢献は集団への忠誠を示す行為ともなり得る,すなわち,集団結束の道徳基盤とも一致する可能性があることにも言及したい。近年では,日本でも向社会的消費を志向する社会規範は一般化しつつあり(西尾,2017消費者庁,2020),集団結束の道徳観の強い消費者が,内集団への忠誠の表れとして社会貢献訴求を好意的に評価する可能性もある。社会貢献訴求を個人尊重の道徳基盤のみに一致するものと捉えるのではなく,所属集団の規範に応じて,集団結束の道徳基盤に一致する場合についても今後検討する必要があるだろう。

最後に,本研究は,消費者行動研究における道徳基盤理論の有効性を示した。「道徳」は,協力行動を促す仕組みとして人間に備わったものとされる(Tomasello & Vaish, 2013)。企業の社会貢献訴求への評価のみならず,たとえば,利他的なクチコミ行動や,シェアリングサービスの利用意向など,消費者同士の協力から生まれる様々な消費行動について,説明力を持つ可能性があるだろう。

6.3  本研究の実務的示唆

本研究の知見は,企業の「持続可能な経営」の未来に向けて,多くの示唆を与えるものである。

第一に,企業の社会貢献活動は,全体としては消費者の好意的態度を強める効果を持ち,これからの企業経営にとって不可欠な取り組みであることが示唆される。研究2a・2bの結果は,道徳基盤を問わず,主効果としても社会貢献訴求に接触した場合に好意的態度が強まる傾向を示した。コンサルティング会社による調査でも,若年層ほどエシカル消費への意欲は高いことがわかっており(久我,2022塚本他,2022),若年層が中高年から高齢層に達する未来において,企業の社会貢献はますます重要となることは明らかであろう。

第二に,社会貢献活動は,企業に対する消費者の好意的態度の形成に資する可能性がある一方で,「やればなんでもよい」わけではなく,自社の市場ポジショニングに沿って戦略的に実施することが重要である。架空のブランドを用いた研究2aの結果は,個人尊重の道徳基盤を重視しない消費者においては,社会貢献よりも,伝統を訴求した広告の方が好意的態度を高める可能性を示唆した。つまり,ブランドや製品についての認知や評価を消費者からまだ獲得できていない段階では,「社会貢献訴求」だけでは,好意的態度の形成にはつながらない可能性が示唆される。まずは主事業領域での評価を獲得し,ブランドイメージを構築した上で,社会貢献活動を実施することが重要であると考えられる。

また,Hang et al.(2021)が指摘する通り,ラグジュアリー・ブランドは,そもそもブランド自体が集団結束の道徳基盤(権威への忠誠心,経済格差の許容)に一致する理念を持っており,その顧客の多くは集団結束の道徳基盤を重視している。このような場合には,個人尊重の道徳基盤と親和性が高い社会貢献活動は,理念をそのまま強く訴求すれば,否定的な反応を招くことが予測される。したがって,集団結束の道徳基盤を有するブランドの場合には,社会貢献を訴求する際には「平等」「公平」の理念を表現することを避け,Hang et al.(2021)が提唱するように,集団結束の道徳基盤に訴えかけるフレーミングで社会貢献活動を表現する工夫が必要である。つまり,「平等な社会のために」ではなく,「私たちのコミュニティのために貢献しよう」というメッセージを用いることが効果的である。

第三に,自社の主要顧客にはどのような道徳基盤を持つ消費者が多いかを分析することで,社会貢献活動訴求の効果を予測できるようになるだろう。たとえば,個人尊重の道徳基盤を重視する人は,自家用車ではなく公共交通機関の利用意向が高く,旬の食材や地産地消を好むなどの特徴がある(Vainio & Mäkiniemi, 2016)。公共交通機関や地産地消の飲食店などは,社会貢献活動を行うと高い評価を得られることが予測できる。

6.4  本研究の限界と課題

最後に,本研究の限界について述べる。第一に,残された大きな課題として,消費者が企業の社会貢献訴求に接した後に態度形成を行うプロセスの詳細が,実証的に確認できていない点が挙げられる。先行研究は,企業の動機が「売名行為」などと疑いをもたれたときに,社会貢献活動によって企業評価が棄損されると指摘している(Chernev & Blair, 2015Ellen et al., 2006Webb & Mohr, 1998Yoon et al., 2006)。個人尊重および集団結束の道徳基盤を重視する消費者が,それぞれ企業の社会貢献活動に接した場合にも,同様の心理過程が想定できるかもしれない。すなわち,集団結束を重視する消費者にとっては,多くの社会貢献活動が内包する個人尊重の価値観(公平性,社会的公正)に対して,理解や共感がしにくく,売名行為の疑いを持ちやすくなるという可能性である。あるいは,個人尊重の道徳基盤を重視する消費者こそ,公平性や社会的公正を強く重視するために,企業の社会貢献訴求を「見せかけのアピール」と捉えて疑う気持ちが強くなるかもしれない。社会貢献訴求と道徳基盤が企業への態度に影響を与えるプロセスの媒介変数の検討が,今後の研究課題となろう。

第二に,本研究が採用した実験という手法には,消費者の態度変化を短期的な視点でしか捉えることができない,という課題がある。「持続可能な経営」に向けた企業の取り組みは,短くとも数か月から数十年という長い期間をかけて計画・実行されることが通例である。その効果の検証には,実際の企業の社会貢献への取り組みの程度と企業評価の相関関係を長期的に分析する視点は欠かせない。今後の研究では,多様な研究アプローチを採用することが肝要である。

第三に,道徳基盤尺度の妥当性の問題が挙げられる。村山・三浦(2019)でも指摘されている通り,道徳基盤尺度で得られた得点は,道徳基盤理論が想定する因子構造を示さないことがあり,日本語版の道徳基盤尺度の精緻化が求められている。尺度の問題によって実験の結果が影響を受けた可能性には留意すべきと言える。

第四に,道徳基盤尺度の妥当性の問題に加えて,本研究で探索的に調整効果を検討した「情報処理への関与」および「企業の誠実さに関わる評価」の概念についても,信頼性と妥当性が確認された尺度を用いた測定が行われていない点で問題がある。たとえばZaichkowsky(1994)は,消費者の関与を「個人特性としての関与」「対象への関与」「状況関与(情報処理関与)」の3つに分類したうえで,10項目からなる尺度を提唱している。本研究では,対象への関心に関わる2項目のみをもって情報処理への関与を測定しており,本分析結果から関与概念の影響について結論を出すことはできない。企業の誠実さに関わる評価についても同様に,既存研究で包括的な尺度が提唱されていることから(Sirdeshmukh et al., 2002Xie & Peng, 2009),企業の誠実さの認知と社会貢献活動の効果を論じるためには,より詳細な検討が必要であろう。

最後に,SDGsが17の目標に分けられるように,企業の社会貢献活動の内容は多岐にわたるが,本研究では,その活動内容を限られた側面からしかとらえられていない。たとえば研究2bでは,社会貢献訴求への接触の操作に「環境問題への対応」に関するウェブページを用いた。環境問題への対応は,「持続可能な経営」における主要テーマではあるが,そのほかにも,多様な人材活用,適切な情報公開,不正チェック体制,文化支援活動など,性質を異にする様々な活動が含まれる。社会貢献活動を,ひとまとめにせず,内容ごとに効果の差異を評価する視点も重要であろう。さらには,個別の社会貢献活動の評価と共に,活動間の相乗効果についても検討していくことが重要であろう。

 謝辞

本研究は,日本商業学会第72回全国研究大会で発表した内容を出発点とし,理論構築や研究方法を改善して,論文化したものである。発表会場にて貴重なコメントをくださった西尾チヅル先生(筑波大学)に,深く御礼を申し上げます。また,査読におきましては,主査・副査の先生から大変重要なご指摘を多数いただきました。この場を借りまして深謝申し上げます。

Appendix 研究2aで用いられた広告

(1)架空の飲料ブランドのロゴと画像【態度①測定用】

(2)研究2aで提示した企業広告【態度②測定用】

社会貢献訴求 条件

伝統訴求 条件

引用文献
 
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