International Journal of Marketing & Distribution
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Original article
The positioning of the marketing unit and proactive market learning: The relationship and the effects on radical innovation
Tetsuo Horiguchi
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2024 Volume 27 Issue 3 Pages 3-17

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Abstract

本論の目的は,マーケティング・ユニットの企業内での位置付けの違いが,企業の市場学習,急進的な製品開発の頻度に与える影響について検証することである。本論ではまず,既存研究レビュー,調査を踏まえ,マーケティング・ユニットの企業内での位置付けは,3つのパターンに分類できることを明らかにした。その上で,仮説として,マーケティング・ユニットの位置付けの違いは,企業が探索的な市場学習(i.e.,潜在市場・顧客についての情報収集)に従事する程度に違いをもたらすこと,さらに探索的な市場学習は急進的な製品開発の頻度に正の影響を与えることを予想した。日本の中小規模の企業を中心とした162社のデータを分析した結果,独立したマーケティング・ユニットが設置されている企業は,それ以外のタイプの企業よりも,探索的な市場学習に高い程度で従事する傾向にあること,さらに探索的な市場学習が急進的な製品開発の頻度に正の影響を与えることが示唆された。

Translated Abstract

Although radical innovation is a prerequisite to sustain long-term competitive advantage for firms, they often fail to exploit technological opportunities that could lead to radical innovations due to their inability to properly evaluate market potential. This study focuses on marketing organizational structure and identifies three types of structures based on how marketing units are positioned within firms. Additionally, this research examines whether such positioning affects the frequency of radical innovations through market exploration. This study analyzed the data collected from 162 Japanese companies. The results show that the differences in the marketing-unit positioning influence market exploration. Furthermore, market exploration is positively related to the frequency of radical innovations.

1  はじめに

国際競争が激化する中で,企業が長期的な競争優位を構築することはますます困難になってきている。このような状況において企業は,通常の製品開発だけでなく,自社の新しい能力を開発・探索する急進的な製品開発に取り組むことが必要である。急進的な製品開発の重要性は,複数の文献で指摘されている。例えば,2010年に行われた調査によると,70%の企業が,非常に新しい製品を生み出すことは,「重要」または「非常に重要な」戦略課題であるとみなしていた(Andrew et al., 2010)。また,Sorescu et al.(2003)は,急進的な製品の市場導入が,それ以外のカテゴリーの製品と比べて,企業価値により強い正の影響を与えることを指摘した。

一方,急進的な製品開発は,通常の製品開発と比べて,推進が困難であることが指摘されている。例えば,急進的な製品開発は,不確実性が高く短期的な成果に結びつくことが少ないため,社内の反発を受けやすい(Sandberg & Aarikka-Stenroos, 2014)。また,Markham and Lee(2013)の調査によると,急進的な製品開発は,漸進的な製品開発と比べて,当初の計画通りに進む可能性が低い。以上を踏まえると,如何に急進的な製品開発を促進できるのかという問題は実務的に重要であると言える。

このような実務的な関心に対し,マーケティング分野では,マーケティング組織(e.g., Ernst et al., 2010Griffin & Hauser, 1996Troy et al., 2008)や市場志向・学習(e.g., Atuahene-Gima, 2005Grinstein, 2008Tellis et al., 2009)の観点から,製品イノベーションを促進する要因について多くの研究が行われてきた。特に,マーケティング組織に着目する研究は,製品開発におけるマーケティング・ユニットと他の組織ユニット(e.g.,R&D部門)の協働に着目し,製品イノベーションを促進する要因について検討してきた(Troy et al., 2008)。それらの研究は,マーケティング・ユニットは,市場情報を収集し,それを他のユニットに共有することで,製品イノベーションを促進することを想定した。その上で,部門間の協働を促進する要因として,部門横断的なプロジェクト・チームの活用(e.g.,石田,2009Maltz & Kohli, 2000),部門間の役割の柔軟性・分化の緩さ(e.g.,川上,2000Moenaert et al., 1994),分権化(e.g., Song & Thieme, 2006),意思決定の形式化(e.g., Maltz & Kohli, 2000Song & Parry, 1993)などを指摘してきた。これらの研究の他にも,マーケティング部門のパワーに着目し,それが製品イノベーションに与える影響について検証した研究もある(e.g., Li & Atuahene-Gima, 1999Stock & Reiferscheid, 2014)。

以上の研究は,マーケティング研究に対して多くの貢献をしてきた一方で,課題も存在する。第1に,これらの研究は,マーケティング・ユニットの企業内での位置付けとして,他部門から独立したマーケティング・ユニットの存在を想定しているが,それ以外のマーケティング・ユニットの位置付けについては明示的に考慮していない。マーケティング組織についての記述的研究によると,日本には伝統的に,マーケティング部門が存在せず,営業部門等がマーケティング活動を担う企業が多い(山下他,2012)。また,Kotler et al.(2006)は,マーケティング・ユニットの位置付けとして,①独立したマーケティング部門が存在する組織,②そもそもマーケティング部門が存在しない組織,③マーケティング・ユニットが販売部員の支援組織として位置づけられている組織を挙げた。このような位置付けの違いによって,マーケティング・ユニットによる市場学習の活動に違いが生じる可能性がある。そして,市場学習の活動の違いは,製品イノベーションに影響を及ぼしうる(Atuahene-Gima, 2005)。しかしながら,このようなマーケティング・ユニットの位置付けの違いが,製品イノベーションに与える影響についてはほとんど検証されていない。

第2に,企業内で探索的な市場学習を如何に促進するかという点について,マーケティング・ユニットの位置付けの観点から,既存研究はほとんど検討していない。Christensenらが,企業が既存顧客からの情報に傾注するあまり,破壊的技術の開発を阻害してしまう可能性を指摘したのち(Christensen & Bower, 1996),複数の研究が,潜在顧客・市場についての情報収集が,急進的な製品開発を促進することを示してきた(e.g., Danneels & Sethi, 2011Tellis et al., 2009)。多くの企業において,市場情報の収集は,主にマーケティング・ユニットによって行われることを考慮すると,マーケティング・ユニットが企業内でどのように位置付けられるかによって,探索的な市場学習の程度も変わってくる可能性がある。しかしながら,このようなマーケティング・ユニットの位置付けと探索的な市場学習の関係については,既存研究においてほとんど検討されていない。

以上の課題を踏まえ,本論は,マーケティング・ユニットの位置付けの違いが,企業の市場学習,さらには急進的な製品開発の頻度に与える影響について検証する。そのことを達成するために,本論は,まず既存研究レビュー,調査を踏まえ,3つのマーケティング・ユニットの組織的位置付けを特定する。その後,マーケティング・ユニットの位置付けが市場学習,急進的な製品開発の頻度に与える影響について理論的・経験的に検証する。

2  理論的な背景

2.1  マーケティング組織と急進的な製品開発

急進的な製品開発とは,現在の知識ベースやスキルから逸脱した新製品を開発することであると定義される(Lavie et al., 2010)。既存研究では,急進的な製品開発の重要性が指摘されてきた。例えば,Sorescu et al.(2003)は,製薬業界の新製品情報を分析し,急進的な製品の市場導入は,他のカテゴリーの製品と比べて,企業価値により強い正の影響を与えることを示した。さらに,組織の両利きやダイナミック・ケイパビリティに関わる文献では,企業が持続的な競争優位を達成する上で,急進的な製品開発が不可欠であることが示唆されている(O’‍Reilly III & Tushman, 2008)。

このような重要性を踏まえ,急進的な製品開発の促進要因について多くの研究が行われてきたが1),マーケティング分野では,特に,マーケティング・ユニットが,製品イノベーションに与える影響について多くの関心が寄せられてきた(e.g., Ernst et al., 2010Griffin & Hauser, 1996Olson et al., 1995)。これらの多くが,マーケティング・ユニットの製品開発への関与によって,製品イノベーションが促進されることを指摘した(Troy et al., 2008)。すなわち,マーケティング・ユニットは,市場情報の獲得・他の組織ユニットへの共有において,中心的な役割を果たしている。そして,マーケティング・ユニットの製品開発への関与によって,市場ニーズと新技術の繋がりの発見,新製品デザインへの顧客の声の反映が促進され,その結果製品イノベーションが促進される(Hempelmann & Engelen, 2015)。

一方で,マーケティング・ユニットの急進的な製品開発に対する貢献に懐疑的な研究も存在する。特に,Christensenらが,マーケティング・ユニットが急進的な製品開発を阻害する可能性を示唆したのちには,マーケティングと急進的な製品開発の関係について複数の研究が行われるようになった(e.g., Atuahene-Gima, 2005Tellis et al., 2009Zhang et al., 2015)。Christensen and Bower(1996)によると,組織のマーケティング・ユニットは,既存の主流顧客の声に耳を傾ける傾向がある。しかし,既存の主流顧客は,急進的な製品開発に繋がる可能性がある破壊的技術を支持することは少ない。それにより,マーケティング・ユニットは,既存の主流顧客の声をもとに破壊的技術に対して否定的な立場をとることで,それを阻害する可能性があるという。また,その他の研究でも,顧客ニーズに耳を傾けることの限界が指摘されており,それによると,顧客はそもそも,技術的な観点から世界を見ておらず,身近なものの範囲でしか自身のニーズを認識することができない(von Hippel, 1986)。それゆえ,顧客は,急進的な製品開発に繋がるような市場機会に気づくことが困難であるという。これらの研究は,マーケティング・ユニットが,製品開発において,市場情報の獲得・共有を行うことで,急進的な製品開発を阻害することを示唆している。

以上のような懐疑派の主張は,マーケティングと急進的な製品開発の関係についてのさらなる論争を引き起こした。そして,いくつかの研究は,懐疑派の主張に反論している(e.g., Slater & Narver, 1998Danneels, 2004)。具体的に,Danneels(2004)は,Christensenらの研究は,マーケティング・ユニットが行う市場学習の対象を狭く捉え,既存顧客・市場のみに着目した市場学習に限定していることを指摘した。ただ,実際の市場学習には,既存顧客・市場だけでなく,潜在顧客・市場に着目するものも含まれる。それゆえ,市場学習の異なる側面に着目した研究が,今後求められるとした。

このような要請に対して,市場学習の探索的な側面に着目して,それが製品イノベーションに与える影響について検証する研究が登場した(e.g., Tellis et al., 2009Zhang et al., 2015)。例えば,Tellis et al.(2009)は,未来市場志向という概念を提示し,それを既存市場に現在いない顧客や競合他社を重視して,市場調査活動を行うことと定義した。その上で,未来市場志向は,急進的な製品開発を促進することを示唆した。

上記のように,探索的な市場学習の重要性が既存研究で指摘されている一方で,それに積極的に取り組むことの困難性も指摘されている(e.g., Danneels, 2002Danneels, 2003)。具体的には,潜在顧客・市場についての学習を行うためには,広い範囲の市場調査を行い,まず潜在顧客がどこにいるのかを特定する必要がある(Danneels, 2002)。さらに,潜在顧客を特定した後も,そこから有益な情報を引き出すための関係構築に多くの時間を費やす必要がある。これらの要因により,企業が潜在顧客・市場についての情報収集に積極的に従事し続けることは困難であると言える。以上の議論を踏まえると,探索的な市場学習を促進する要因についての研究が求められると言えるが,それについて検証している先行研究はほとんどない。

2.2  マーケティング組織の構造の分類

これまで述べたように,既存研究では,マーケティング・ユニットは,R&D部門などの製品開発に関わる他の組織ユニットに,市場情報を共有することを通じて,製品イノベーションに影響を与えることが想定されてきた。これらの研究は,企業内に独立したマーケティング部門が存在することを想定し,どのようにマーケティング部門が他の組織ユニットとうまく協働できるかについて検証してきた。具体的に,部門間の協働を促進する要因として,部門横断的なプロジェクト・チームの活用(e.g.,石田,2009Maltz & Kohli, 2000),部門間の役割の柔軟性・分化の緩さ(e.g.,川上,2000Moenaert et al., 1994),分権化(e.g., Song & Thieme, 2006),意思決定の形式化(e.g., Maltz & Kohli, 2000Song & Parry, 1993)などが指摘されてきた。

一方で,マーケティング組織についての記述的研究では,マーケティング機能の企業内での位置付けには,独立したマーケティング部門の設置以外もあることが指摘されている(e.g., Carson, 1968Piercy, 1986山下他,2012)。例えば,Piercy(1986)は,イギリスの企業に対して調査を行い,独立したマーケティング部門が存在しない企業の割合が,55%にも及ぶことを示した。さらに,それ以降の研究では,マーケティング機能の組織内での位置付けについて,マーケティング機能に関わる権限がマーケティング部門以外の部門にどのように分散しているのか(e.g., Homburg et al., 2015Verhoef & Leeflang, 2009),マーケティング・ユニットが事業部・本社機構のどちらに設置されているのか(e.g.,黒岩,2013Ruekert et al., 1985),販売ユニットとの関係でマーケティング・ユニットがどのように位置付けられているのか(e.g., Homburg et al., 2008本下・佐藤,2016)について検討されてきた。

その中でも多くの研究は,販売ユニットとの関係性の観点からマーケティング・ユニットの位置付けについて検討してきた。これらの研究によると,マーケティング活動の策定・実行において,マーケティング・ユニットが,中心的な役割を果たす企業もあれば,販売ユニットが中心的な役割を担う企業もある。その上で,これらの組織ユニットのマーケティング活動への関与度によって,マーケティング・ユニットの位置付けは変わってくるという(Cespedes, 1993Kotler et al., 2006)。具体的に,Kotler et al.(2006)は,販売ユニットとマーケティング・ユニットの関係を念頭に,②独立したマーケティング部門が存在する組織,②そもそもマーケティング部門が存在しない組織,③マーケティング・ユニットが販売部員の支援組織として位置付けられている組織を挙げた。本研究は,Kotler et al.(2006)の分類と本研究で実施したインタビュー調査・サーベイ調査を踏まえ,以下の3つのマーケティング組織の類型を提示する(表1参照)2)。なお,インタビュー調査は,5つの企業の実務家に対して行った3)。また,サーベイ調査には,33の企業が回答し,そのうち,12社が独立型マーケティング組織,6社が販売支援型マーケティング組織,15社がマーケティング・販売未分化型組織に分類された4)

表1.

マーケティング組織の分類


独立型マーケティング組織:この組織では,販売部門とは別に,マーケティング機能を持つ部門(e.g.,マーケティング部門)が存在している。この部門は,一般的に,中・長期的な戦略を支援するための市場調査の実施,マーケティング・ミックスの策定,製品開発メンバーに対する市場情報の共有を担うことが多い。実際,サーベイ調査によると,独立型マーケティング組織に分類される企業(i.e.,販売部門とは別にマーケティング機能を持つ部門が存在する企業),12社中8社において,この部門は,中・長期的な戦略の方針(e.g.,中・長期計画の決定,今後開発を進める技術の決定,長期的なターゲット市場の決定,投資・製品開発計画の決定)を決定するための市場調査に従事していた。また,8社が,この部門が収集した市場情報を製品開発の初期段階で活用(e.g.,企画段階におけるターゲット顧客や市場選定,開発合否の判定のために活用)していると回答した。加えて,インタビュー調査において,電気機器業界で働く実務家の1人は,自社のマーケティング部門について,以下のように説明をした。

「マーケティング部門所属の社員にとって最も重要な仕事の1つは,スマートフォンやテレビ業界全体の状況に関する市場調査を行い,我々の新技術や製品の潜在顧客を見つけることです。また,彼ら・彼女らは事業戦略・コーポレート戦略の立案を支援するために,定期的に市場情報を経営者に提供しています。」

販売支援型マーケティング組織:この組織では,マーケティング・ユニットは,営業部門内に支援グループという形で位置付けられている。この位置付けのマーケティング・ユニットは,一般的に,営業部員が使用する販売促進プログラムの開発,販売ノルマの設定,見込み顧客の特定,これらの活動に必要な市場調査に携わることが多い。

実際,サーベイ調査によると,販売支援型マーケティング組織に分類される企業(i.e.,営業部門内に営業部員を支援する部署が存在する企業)6社中4社は,このユニットが,販売活動の支援(e.g.,営業部員が使用する販売促進プログラムの精度の向上)を目的として市場調査に従事すると回答した。加えて,電気機器業界で働く実務家は,このような部署について以下のように説明した。

「私の会社のマーケティング・ユニットの人間は,既存技術に関わる顧客の要望についての調査を行っています。例えば,私の会社では,機能性フィルムを生産する技術があるので,彼ら・彼女らは新しい機能性フィルム製品に関心がある企業を探しています。また,彼ら・彼女らは,販売促進プログラムを作成し,既存顧客の新製品の購入を促進するように働きかけています。それに対して,営業部員は,特定の顧客ごとに担当が決まっていて,それらの顧客のニーズや既存技術の活用法の探索を行います。」

販売・マーケティング未分化型組織:この組織では,販売とマーケティング機能が未分化であり,マーケティング機能を専門に担当する組織ユニットが存在しない。そのため,営業部員が,販売活動に加えて,マーケティング活動全般に携わることが多い。例えば,営業部員は,既存顧客への販売,新規顧客の開拓,販売促進のための既存顧客・潜在顧客についての情報収集,マーケティング・ミックスの策定に携わることが多い。

実際,本研究のサーベイ調査によると,販売・マーケティング未分化型組織に分類される企業(i.e.,マーケティング・ユニットが存在しない企業)15社のうち9社が,販売の促進(e.g.,顧客への販売提案,新市場の開拓,製品の新しい利用法の発見)を目的として,営業部員が,市場情報の収集を行うと回答した。また,11社が,市場情報を得る上で,顧客訪問が重要な情報源であると回答した。加えて,日本の化学メーカーに勤める実務家の1人は,自社のマーケティング組織について,以下のように説明した。

「私の会社の営業部門の人達は,既存顧客の維持,新規顧客の開拓に加えて,製品のコンセプト策定,価格交渉,プロモーション,市場情報の収集を行っています。彼ら・彼女らは,主に既存顧客,その中でも会社と強い繋がりのある企業から市場情報を収集しています。というのも,強い関係が構築できていない企業は,そもそも有益な情報を教えようとしないからです。また,営業部門の人達は,既存顧客との関係を重視します。その結果,しばしば既存顧客が他社に取引をスイッチすることを防ぐために,儲けがでない契約をすることがあります。」

3  仮説

上記の理論的背景の議論を踏まえ,本研究は,マーケティング・ユニットの位置付けが急進的な製品開発の頻度に影響を与えるにあたり,市場探索がこれらの要因を結びつける役割を果たしていると想定する。市場探索とは,企業の市場学習の一部であり,企業の既存の市場外の全く新しい知識とスキルを探索・追求することである(Zhang et al., 2015)。以下では,まず市場探索が急進的な製品開発の頻度に与える影響について述べる。次に,マーケティング・ユニットの位置付けが,市場探索の程度に与える影響について述べる。

市場探索と急進的な製品開発

先行研究は,市場学習が製品開発活動に大きな影響を与えることを指摘している(Henard & Szymanski, 2001)。その中でも,既存市場から離れた領域に関する学習を行う市場探索は,以下の要因から,急進的な製品開発を促進する上で,重要な活動とみなされている(e.g., Chandy & Tellis, 1998, Danneels & Sethi, 2011Zhang et al., 2015)。

第1に,市場探索は,急進的な製品開発の不確実性を下げ,その方向性を明確にすることを促進する。急進的な製品開発は,企業のコア・ケイパビリティからの逸脱が求められるため,不確実性・リスクが高い(Atuahene-Gima, 2005Smith & Tushman, 2005)。例えば,急進的な製品開発は,発展段階の新しい技術に着目するため,製品開発者は,技術をどのように製品に落とし込むかという問題や開発方針について高い不確実性に直面する。それに対し,市場探索が積極的に行われると,製品開発者は,将来の市場について明確なビジョンを持つようになる。それによって,製品開発者が,急進的な製品に関連した市場機会と新興技術の繋がりを発見できる可能性が高まる(O’Connor & Veryzer, 2001Song & Montoya-Weiss, 1998)。

第2に,市場探索は,組織のプレッシャーから急進的な製品開発を保護する上で重要である。急進的な製品開発は,複数のシニア・マネージャーが管理している既存のオペレーションや資源を破壊する可能性がある(Buchanan & Badham, 2003)。また,急進的な製品開発によるリターンがもたらされるのは,時間的に遠いことが多い(Danneels, 2002Levinthal & March, 1993)。その結果,急進的な製品開発は,組織内での反発を招きやすい。一方,もし企業が市場探索に活発に従事している場合,急進的な製品に関わる潜在顧客や市場についての情報(e.g., 潜在市場の規模,潜在顧客にアプローチする方法,潜在顧客のニーズなどについての情報)を得ることができる。このような情報は,急進的な製品開発を正当化する上で役に立つ。以上より,次の仮説が導出される。

仮説1:企業が市場探索に従事する程度は,急進的な製品開発の頻度に正の影響を与える。

マーケティング・ユニットの位置付けと市場探索

本研究は,マーケティング・ユニットの位置付けと市場探索の関係について仮説を立てるにあたり,2つの先行研究の概念に着目する。第1に,企業行動理論によると(e.g., Simon, 1947March & Simon, 1958Ocasio, 1997),組織のメンバーは,自身の限定的な認知能力により,限られた情報量しか処理することができないため,幅広い業務が与えられた場合,業務の効率性は低くなる傾向にある。このような限界に対処する方法の1つが,部門化・専門化である。組織の部門化を行い,それぞれの部門が行う業務を狭く設定することで,組織メンバーは,部門化されていない組織と比べて,与えられた業務に関して,より高度な知識やスキルを持つようになる(Gavetti et al., 2007)。その結果,より効率的に業務を遂行できるようになる(Grant, 1996March & Simon, 1958)。

第2に,部門の思考世界(e.g., Dougherty, 1992Homburg & Jensen, 2007)の議論によると,組織メンバーは,自身の所属する部門の業務や目標,志向性に関連する情報に注意を向ける傾向がある。一方で,それらとは関連しない情報には,注意を向けにくい傾向にある(Ocasio, 1997Vuori & Huy, 2015)。以上の概念を踏まえ,ここからは,マーケティング・ユニットの位置付けと市場探索の関係についての仮説が述べられる。

マーケティング・販売未分化型組織

マーケティング・ユニットを持たない企業では,一般的に,営業部員が市場情報の収集において重要な役割を果たすことが求められる。というのも,営業部員は,企業と市場の境界線にいるからである。本研究は,次の理由から,マーケティング・販売未分化型組織が,先ほど提示した3つのマーケティング組織の中で,最も低い程度で市場探索に従事する傾向にあると予想する。

第1に,このような組織では,マーケティング部門と販売部門というように部門の分化がされていないため,営業部員が販売・マーケティング活動全般を担当することが多い。このように広い範囲の業務を担う必要がある場合,高度な専門知識やスキルを身につけることが難しく,業務の効率性は低くなる傾向にある(c.f., Grant, 1996March & Simon, 1958)。一方,市場探索には,潜在顧客の特定や潜在顧客との関係の構築等が求められ,多くの時間やコストを要する(Danneels, 2002)。以上の結果,多くの時間を要する市場探索に十分に従事することが難しくなる。

第2に,営業部員は,特定の地理的エリアや業界セグメントなどを軸として担当する顧客が決まっていることが多いため,既存顧客との関係性を重視する傾向がある(Ernst et al., 2010)。さらに,営業部員は,日々売上目標や既存顧客からの要望に応えることが求められるため,短期志向的な傾向がある(Homburg & Jensen, 2007Ernst et al., 2010)。このような営業部員の志向性を踏まえると,営業部員は,潜在市場や潜在顧客の情報のような既存市場の外の情報に注意を向けにくい(c.f., Ocasio, 1997)。というのも,そのような情報は,既存顧客との関係維持や短期的な売上をもたらしにくいからである。上記の議論を踏まえ,マーケティング・販売未分化型組織は,3つのマーケティング組織の中で,最も低いレベルで市場探索に従事すると予想される。

販売支援型マーケティング組織

販売支援型マーケティング組織のようなマーケティング・ユニットが営業部門内に位置付けられる企業では,マーケティング・ユニットは,営業部員の活動の支援を主な業務にすることが多い。例えば,マーケティング・ユニットは,短期的な販促プログラムの作成,営業資料の作成,市場調査などの業務を行う場合が多い。本研究は,次の理由から,販売支援型マーケティング組織では,マーケティング・販売未分化型組織ほどではないものの,市場探索が行われにくいと予想する。

第1に,この組織では,営業部員とマーケティング・ユニットの間で販売・マーケティング業務が分化しているため,マーケティング・販売未分化型組織と比べて,それぞれが自身の業務に関して,より高度な専門知識やスキルを持つ傾向にある(c.f., Grant, 1996March & Simon, 1958)。例えば,営業部員は,販売活動や顧客管理,マーケティング・ユニットは,市場調査や販促プログラムの作成に関して,より高度な専門知識やスキルを持つ傾向にあり,それらの業務をより効率的に遂行できる。その結果,営業部員は潜在顧客の開拓,マーケティング・ユニットは,潜在市場の調査のような市場探索に関わる活動により多くの時間を費やすことができる。

一方で,先述したように,営業部員は,既存顧客との関係維持を重視し,短期志向的な傾向にある(Homburg & Jensen, 2007Montgomery & Webster, 1997)。また,マーケティング・ユニットは,営業部員の支援が主な業務であるため,マーケティング・ユニットによる市場情報の収集は,営業部員の短期志向性,顧客志向性の影響を受ける可能性が高い。前述したように,短期的な利益の追求や既存顧客との関係維持を重視すると,潜在顧客や潜在市場についての情報収集は行われにくくなる。

上記の議論をまとめると,販売支援型マーケティング組織では,販売・マーケティング業務が,営業部員とマーケティング・ユニット間で分化し,より効率的に業務を行えるため,市場探索により多くの時間を費やせる余地がある。一方,営業部員もマーケティング・ユニットも既存顧客との関係を重視し,短期志向的な傾向にあるため,潜在市場や潜在顧客に関わる情報に注意を向けにくい。以上から,販売支援型マーケティング組織では,マーケティング・販売未分化型組織ほどではないものの,市場探索が行われにくいことが予想される。

独立型マーケティング組織

この組織では,独立したマーケティング部門が存在しており,マーケティング部門の業務には,中・長期的な戦略の策定を支援するための市場調査が含まれていることが多い(Kotler et al., 2006)。一方で,販売部門の従業員は,販売業務に専念する傾向にある。本研究は,以下の理由から,独立型マーケティング組織は,他の2つのマーケティング組織と比べて,市場探索に高いレベルで従事すると予想する。

第1に,この組織では,販売・マーケティング業務が,販売部門とマーケティング部門で分化しており,それぞれの従業員が自身の業務に関して,より高度な専門知識やスキルを持つ傾向にある。例えば,マーケティング部門は,中・長期的な戦略策定を支援するための市場情報の収集に関わる専門的な知識やスキルを持つ傾向にある。また,販売部門は,販売業務を遂行するための高いスキルを保有する傾向にある。その結果,それぞれの部門の従業員は,より効率的に業務を遂行できるため,市場探索に時間をより費やせる傾向にある。

第2に,この組織のマーケティング部門が,中・長期的な戦略の策定を支援するためには,長期的な市場動向の予測が求められる(Cespedes, 1993Ernst et al., 2010Weitz, 1978)。長期的な市場動向を予測するためには,既存市場や既存顧客についての情報だけでなく,中・長期的に伸びていく可能性がある潜在市場や潜在顧客についての情報も収集する必要がある。そのため,マーケティング部門は,潜在市場・顧客についての情報にも注意を向けやすいことが考えられる。これらの議論から,本研究は,独立型マーケティング組織は,他の2つのマーケティング組織と比べて,市場探索に高い水準で従事すると予想する。

これまでの議論をまとめると,以下の仮説が導出され‍る。

仮説2a:販売支援型マーケティング組織は,マーケティング・販売未分化型組織よりも,高い水準で市場探索に従事する傾向にある。

仮説2b:独立型マーケティング組織は,マーケティング・販売未分化型組織よりも,高い水準で市場探索に従事する傾向にある。

仮説2c:独立型マーケティング組織は,販売支援型マーケティング組織よりも,高い水準で市場探索に従事する傾向にある。

4  調査分析の方法

4.1  分析データ

以上の仮説について検証するために,本分析では,(1)化学業界,(2)電気機器業界,(3)医療品業界に属する日本企業からデータが収集された。ダイヤモンドD-Vision Netと日経ニーズを用いて,未上場の日本企業,東証一部(当時)以外の市場に上場している日本企業1,022社を特定した。特定した企業に対して2018年の8月と2019年の10月の2回にわたり,調査票が送付された5)。その結果,181の企業が回答をした(回答率:17.71%)。その中で,(1)欠損値が含まれるサンプル,(2)今回の調査において分析対象にあたらないと判断したサンプル(e.g.,製品の開発あるいは販売のどちらかを自社で行っていない企業,複数のマーケティング組織のタイプに該当する企業)を分析対象のサンプルから除外した。これらの手順の結果,162の企業から得られたデータを分析で使用した(有効回答率:15.85%)。有効サンプルの特徴は表2の通りである。

表2.分析サンプルの特徴

製造企業の特徴
業界 N %
化学業界 54 33.33%
医療・医薬品業界 16 9.88%
電気機器業界 66 40.74%
その他 26 16.05%
マーケティング組織の種類 N %
独立型マーケティング組織 53 32.72%
マーケティング・販売未分化型組織 70 43.21%
販売支援型マーケティング組織 39 24.07%
企業年齢 N %
<5年 2 1.23%
5–9年 3 1.85%
10–19年 10 6.17%
20–29年 4 2.47%
30–39年 11 6.79%
>39年 132 81.48%
企業規模(従業員数) N %
<100人 20 12.35%
100–999人 125 77.16%
1,000–2,999人 11 6.79%
>2,999人 6 3.70%
市場成長の段階 N %
導入期 13 8.02%
成長期 38 23.46%
成熟期 95 58.64%
衰退期 16 9.88%

4.2  構成概念の操作化

本分析は,具体的に以下のように変数の測定を行った(具体的な測定尺度については,付録を参照)。急進的な製品開発の頻度に関しては,Chandy and Tellis(1998)Atuahene-Gima(2005)で用いられている3項目の尺度が使用された。これらの測定尺度は,組織がどれだけ頻繁に急進的な製品を開発しているかに関わっている。市場探索については,Zhang et al.(2015)の尺度が使用された。この尺度は,既存の製品市場・顧客を超えて,企業が市場学習に従事している程度に着目している。分析においては,急進的な製品開発,市場探索,技術能力の尺度に対して,最尤法オブリミン回転に基づく因子分析を行い,その結果算出された因子得点を用いた。

マーケティング組織の分類については,調査票でマーケティング組織の構造について質問をし,その情報を踏まえて分類を行なった(付録参照)。具体的には,企業が販売ユニットとは別に,マーケティング機能(e.g.,市場調査,4P機能)に関与する組織ユニットを持つ場合,その企業は独立型マーケティング組織に分類された。企業内に,独立したマーケティング・ユニットは存在しないが,販売部員の支援等を目的とするグループが,販売(営業)ユニット内に存在する場合,その企業は販売支援型マーケティング組織に分類された。独立したマーケティング・ユニット,販売(営業)ユニット内のマーケティング・グループの両方が存在しない場合,その企業では,マーケティング・販売機能が未分化であると考え,マーケティング・販売未分化型組織に分類された。

さらに,本分析は,技術能力,企業年齢,企業規模,企業の所属業界,企業の主要製品の市場成長の段階をコントロール変数として測定した。技術能力については,Zhou and Wu(2010)で使用されているものが採用された。この尺度は,その組織が新しい技術を特定・習得する能力にどれほど優れているかを測定している。

以上の尺度の妥当性を確認するために,本研究では,仮説に関わる変数のバック・トランスレーションが行われた。この結果,翻訳前の英語の尺度と翻訳した日本語から逆翻訳した英語尺度の間に大きな違いは見られなかった。また,本研究では,6人の実務家に測定尺度を確認してもらった。彼ら・彼女らのアドバイスをもとに,わずかに尺度の修正を行った。

本研究では,尺度の信頼性と妥当性を確認するためにいくつかの統計的検証が行われた。測定尺度の内的一貫性について確認するために,Cronbachのα,CRを確認した。急進的な製品開発,市場探索,技術能力の尺度において,Cronbachのα,CRの値は0.7を上回っており,一般的な内的一貫性の基準を上回っていた。測定尺度の弁別妥当性について確認するために,表3のように,急進的な製品開発,市場探索,技術能力の A V E の値とそれらの変数間の相関係数を確認した。分析の結果,各 A V E の値は該当変数とその他の変数間の相関係数の値を上回っており,弁別妥当性の基準を満たしていると言える。測定尺度の収束妥当性について確認するために,各尺度の因子負荷量をチェックした。全ての因子負荷量が1%水準で有意に該当する潜在変数と関係していた。さらに,急進的な製品開発,市場探索,技術能力のAVEの値は,それぞれ0.63,0.46,0.66であった6)

表3.相関行列と構成概念の記述統計

平均 標準偏差 1 2 3 4 5
1.急進的な製品開発の頻度 2.26 0.94 0.80
2.市場探索 3.33 0.73 0.39 0.68
3.技術能力 2.90 0.74 0.40 0.34 0.81
4.企業規模 2.02 0.58 0.11 0.31 0.10
5.企業年齢 5.56 1.07 0.06 0.13 -0.07 0.04

(注)太線の値は, A V E

4.3  コモン・メソッド・バイアスの確認

本分析では,従属変数,独立変数両方に関わるデータを同一の情報提供者から得ているため,コモン・メソッド・バイアスの可能性について検討する必要がある。本研究では,コモン・メソッド・バイアスの可能性を確認するために,以下の2つのテストが行われた。第1に,単一因子確認的因子分析を行った(Mossholder et al., 1998Podsakoff et al., 2003)。具体的には,本分析の回帰分析に投入したダミー変数以外の変数の測定尺度の背後に1つの因子が存在すると仮定し,確認的因子分析を行った。分析の結果,モデルの適合度は悪く( χ 2 = 372.62 , d f = 54.00 , p 0.00 ; R M S E A = 0.19 , G F I = 0.70 , A G F I = 0.57 , C F I = 0.61 , N N F I = 0.52 ),コモン・メソッド・バイアスのような1つの要因が各尺度に大きな影響を与えている可能性は低いことが示唆された。

第2に,本研究では,測定されていない単一の潜在方法因子が分析結果に与える影響を統制した分析が行われた(Podsakoff et al., 2003)。具体的には,急進的な製品開発の頻度,市場探索,技術能力,独立型マーケティング・ダミー,販売支援型マーケティング・ダミーを投入し,それらの尺度を観測されないコモン・メソッド因子に負荷した上で共分散構造分析を行い,負荷しない場合と比べて,仮説で想定されている変数間の関係の係数の値に違いが見られるかを確認した。分析の結果,係数の有意水準,さらに正負の方向には違いが見られなかった。以上の分析から,本研究で使用したデータにおいては,コモン・メソッド・バイアスの問題は,重大ではないと言える。

4.4  仮説検証

仮説1は,市場探索と急進的な製品開発の頻度の間に正の関係が存在することを予想した。表4のモデル2は,急進的な製品開発の頻度を従属変数とした最小二乗法の推定結果を表している。モデル2によると,市場探索と急進的な製品開発の頻度の間には正の相関が見られた( β = 0.28 ; t = 2.88 ; p = 0.00 )。ここから,仮説1は支持された。

表4.回帰分析の推計結果

モデル1従属変数:市場探索 モデル2従属変数:急進的な製品開発の頻度
係数(標準誤差) t値 p値 係数(標準誤差) t値 p値
切片 −1.52(0.41) −3.71 0.00 −0.59(0.50) −1.19 0.24
独立型ダミー 0.41(0.14) 2.95 0.00 −0.07(0.17) −0.42 0.68
販売支援型ダミー 0.15(0.15) 1.00 0.32 −0.01(0.17) −0.06 0.95
市場探索 0.28(0.10) 2.88 0.00
技術能力 0.37(0.06) 6.13 0.00 0.37(0.08) 4.62 0.00
企業年齢 0.12(0.05) 2.25 0.03 0.10(0.06) 1.52 0.13
企業規模 0.25(0.10) 2.35 0.02 0.02(0.12) 0.15 0.88
業界ダミー:化学 −0.14(0.17) −0.82 0.41 −0.02(0.20) −0.09 0.93
業界ダミー:医療・医薬品 −0.12(0.23) −0.54 0.59 −0.29(0.27) −1.09 0.28
業界ダミー:電気機器 −0.14(0.17) −0.81 0.42 0.21(0.20) 1.05 0.29
市場成長ダミー:導入期 0.75(0.27) 2.76 0.01 0.29(0.32) 0.90 0.37
市場成長ダミー:成長期 0.32(0.22) 1.47 0.14 0.10(0.25) 0.40 0.69
市場成長ダミー:成熟期 0.30(0.20) 1.54 0.13 −0.08(0.23) −0.35 0.72
F値(p値) 8.35(0.00) 6.04(0.00)
R二乗値 0.38 0.33
調整済みR二乗値 0.33 0.27

仮説2a,2b,2cでは3つのマーケティング組織の間で,従事する市場探索の程度に違いが見られることが予想された。表4のモデル1は,市場探索を従属変数とした最小二乗法による推定結果である。このモデルには,3種類のマーケティング組織のうち,マーケティング・販売未分化型組織を基準として,独立型マーケティング組織のダミー変数(独立型ダミー)と販売支援型マーケティング組織のダミー変数(販売支援型ダミー)が仮説の検証のために投入された。モデル1によると,独立型ダミーの係数が,正に有意であり( β = 0.41 ; t = 2.95 ; p = 0.00 ),独立型マーケティング組織が,マーケティング・販売未分化型組織よりも高い程度で市場探索に従事することが示唆された。ここから,仮説2bは支持された。一方,販売支援型ダミーの係数は,正であるものの非有意であり( β = 0.15 ; t = 1.00 ; p = 0.32 ),販売支援型マーケティング組織とマーケティング・販売未分化型組織の間で,市場探索の程度に有意な違いは見られなかった。ここから,仮説2aは,支持されなかった。

仮説2cについて検証するために,今度は,販売支援型マーケティング組織を基準とし,独立型マーケティング組織のダミー変数とマーケティング・販売未分化型組織のダミー変数をコントロール変数と一緒に,市場探索を従属変数としたモデルに投入した。このモデルにおける独立型ダミーの係数は,10%水準ながら正に有意であり( β = 0.26 ; t = 1.73 ; p = 0.09 ),独立型マーケティング組織の方が,販売支援型マーケティング組織よりも高い程度で市場探索に従事していることが示唆された。ここから,仮説2cは支持された。

また,本研究では,マーケティング・ユニットの位置付けが,市場探索を介して,急進的な製品開発の頻度に影響を与えるのかについて検証するために,媒介分析が行われた。媒介分析では,BCa法を用いて,1,000個のブートストラップ標本を生成し,媒介効果の推計に使用した。分析の結果,独立型マーケティング・ダミー⇒市場探索⇒急進的な製品開発の媒介効果の係数は,5%水準で有意であった( β = 0.11 , p = 0.01 7)。さらに,媒介効果の係数の95%信頼区間は,0.03から0.27の間であり,0を含んでいなかった。ここから,独立型マーケティング・ダミー⇒市場探索⇒急進的な製品開発の媒介効果は,存在することが示唆される。

5  議論と貢献

本研究では,企業内でのマーケティング・ユニットの位置付けが,市場探索の程度に影響を与えること,さらに市場探索の程度が,急進的な製品開発の頻度に正の影響を与えることが予想された。実証分析の結果,予想と一致し,独立型マーケティング組織は,それ以外の2つのマーケティング組織と比べて,市場探索に高い程度で従事する傾向にあることが示された。さらに,市場探索は,急進的な製品開発の頻度と正に相関することが示された。これらの結果は,企業は,販売(営業)部門とは独立したマーケティング部門を設置することで,市場探索に低い水準でしか従事しないという市場学習の偏りを低減できる可能性を示している。さらに,このような市場学習の偏りを緩和することで,急進的な製品開発が促進されることを示唆している。

一方で,分析の結果,マーケティング・販売未分化型組織と販売支援型マーケティング組織の間では,市場探索の程度に有意な差が見られず,仮説2aは支持されなかった。仮説に反する結果が見られた理由として,以下の2つが考えられる。第1に,販売支援型マーケティング組織において,マーケティング・ユニットが営業部員を支援する役割を果たすことが大きく関係していると思われる。営業部員は短期志向的・関係志向的である傾向にあり,短期的な成果や既存顧客との関係維持に繋がる可能性が低い潜在市場・顧客に関わる情報に多くの注意を向けにくい。そして,営業部員の支援組織として位置付けられるマーケティング・ユニットは,市場学習においてそのような志向性の影響を仮説で予想しているよりも強く受けたため,既存顧客・市場から離れた市場学習にあまり従事しなかったことが考えられる。この考察が正しいとすると,市場探索を促進するためには,ただマーケティング・ユニットを設置するだけでなく,販売(営業)部門とは独立して設置する必要があると言える。

第2に,本研究は,マーケティング組織の分類を行うにあたり基本的には部門レベルに着目し,それよりも細かい組織構造(例えば,部門内のチーム構成)について,検討しなかった。このことが,仮説2aに関わる結果に影響を与えた可能性がある。例えば,企業によっては,部門としては,マーケティング業務と販売業務の分化がされていなくても,部門内でマーケティング・チームと販売チームが別々に存在し,実質的には分業が行われているようなパターンが考えられる。その場合,機能分担的には,独立型マーケティング組織や販売支援型マーケティング組織と近くても,マーケティング・販売未分化型組織に分類されてしまった可能性がある。今後の研究は,このような点も考慮した測定方法を開発し,仮説2aがそれでも不支持であるかについてさらに検証する必要があ‍る。

本研究の貢献として,以下の2点が挙げられる。第1に,マーケティング組織と製品開発に関わる研究に対する貢献である。このテーマに関するこれまでの研究は,マーケティング部門が,市場情報を収集・他部門に共有することを通じて,製品イノベーションに影響を与えることを示してきた(Troy et al., 2008)。ただ,これらの研究は,独立したマーケティング部門が製品開発に関与することを想定しており,それ以外のマーケティング・ユニットの企業内での位置付けは明示的に想定してこなかった。それに対し,本研究は,独立したマーケティング部門が存在するパターンに加えて,2つのマーケティング・ユニットの位置付けの類型を提示し,その違いが,市場探索,さらには急進的な製品開発の頻度に与える影響について検証した。

第2に,本研究は,探索的な市場学習(i.e.,市場探索)の規定要因を特定することで,市場学習・市場志向研究に対して貢献したと言える。著者の知る限り,既存研究では,探索的な市場学習と企業成果の関係については検証されているが,探索的な市場学習を如何に促進できるかについてはほとんど研究が行われていない。それに対し,本研究は,マーケティング・ユニットの企業内での位置付けが市場探索の程度に違いをもたらすことを示唆した。

限界と今後の研究余地

本研究には,いくつかの限界が存在する。第1に,本研究は,3つのマーケティング組織の構造に着目し,それが急進的な製品開発に与える影響について検討したが,現実のマーケティング組織の構造はこの分類よりも複雑である。例えば,本研究は,販売ユニットとの関係性に着目して,マーケティング・ユニットの位置付けを分類したが,この分類には,マーケティング・ユニットが事業部内,あるいは本社機構内に位置付けられているのか,マーケティング・ユニットがライン組織,あるいはスタッフ組織として位置付けられているのかといった点は,考慮されていない。また,事業部によって異なるマーケティング組織を持つ場合のように,企業内に,異なるタイプのマーケティング・ユニットを同時に持つケースも考えられるが,本研究の分類や測定方法ではその点を十分に考慮できていない。さらに,企業によっては,部門内において,チーム・レベルで分業が行われるパターンも考えられるが,本研究は,基本的に部門単位の位置付けに着目したため,その点については考慮できていない。他にも,市場探索や製品開発の実施状況は,マーケティング・ユニットの位置付け以外の組織要因(例えば,マーケティング・ユニットのパワーや他部門とのコミュニケーション)によって影響を受ける可能性がある。将来の研究は,より包括的かつ詳細にマーケティング組織の特徴を捉え,それらの違いが急進的な製品開発へ及ぼす影響について検討する必要がある。

第2に,本論は,マーケティング・ユニットの位置付けが,企業の製品イノベーションに与える影響について検証しているが,製品イノベーションには,製品イノベーションの頻度と,製品イノベーションの成功・失敗という側面がある。本論は,前者に着目したものであり,後者には着目していない。今後の研究は,マーケティング・ユニットの位置付けが,製品イノベーションの成功・失敗に与える影響についても検証するべきである。

第3に,本研究の分析モデルは,内生性の問題に十分に対処していない。本研究の分析では,マーケティング・ユニットの位置付けが,市場探索の程度に影響を与えること,さらに市場探索の程度が,急進的な製品開発の頻度に影響を与えることが示唆されたが,この分析結果は,内生性の影響を受けている可能性がある。それに対し,本研究は,十分な対処策を講じることができなかった。今後の研究では,内生性を考慮した分析モデルで,これらの関係について検証することが求められる。

 謝辞

本論を執筆するにあたり,本誌のアリアエディターならびに匿名の2人のレビュアーの方からは,様々な建設的なご助言を頂きました。また,青山学院大学経営学部 高橋郁夫先生,慶應義塾大学商学部 高田英亮先生からも多くのご指摘を頂きました。なお本論は,慶應義塾学事振興資金の援助を受けたものです。ここに記して,心より感謝致します。

1)  マーケティング・経営分野の研究は,急進的な製品開発を促進する要因として,外部環境(e.g., Cohen & Levin, 1989Gilbert, 2006),経営層の特徴(e.g., Li et al., 2013Ridge et al., 2017Vuori & Huy, 2015),組織文化(e.g., Atuahene-Gima, 2005Andriopoulos & Lewis, 2009Joshi, 2016),組織構造(e.g., Stettner & Lavie, 2014Jansen et al., 2009),製品開発プロセス(e.g., McCarthy et al., 2006Salomo et al., 2007O’Connor & Rice, 2013)等に関わる要因を指摘してきた。

2)  本論は,本下・佐藤(2016)での議論を踏まえ,「販売」と「営業」という用語を区別して使用する。具体的には,「販売」という用語を特に販売活動を指すもの,「営業」という用語を販売活動を超えたより広い範囲の活動を含む概念,すなわち,販売を達成し,価値を創造するためのあらゆる人的活動を指すものとして使用していく。例えば,販売に関わる従業員が販売活動に加えてマーケティング全般を担当するような部門は,本論では販売部門ではなく営業部門と呼ぶ。

3)  インタビューを実施した5つの企業のうち,2社が化学業界,2社が電気機器業界,1社が自動車業界に属する。

4)  このサーベイ調査は,本調査に協力した企業の一部に対して行われ,各社のマーケティング・ユニットや営業(販売)部員の市場情報の収集活動,市場情報の利用の仕方等に関わる自由記述の質問に回答してもらった。

5)  第1回の調査票の送付では,企業にオンライン回答用のURLとQRコードを記載した調査票を送付し,オンラインで回答をしてもらった。第2回の調査票の送付では,紙のアンケート用紙を返信用封筒とともに企業に送付し,回答をしてもらった。市場探索の質問項目において,第1回と第2回の調査の間で齟齬があることを第2回調査後に発見したため,第2回調査の質問項目に合わせるために,第1回調査に協力し,自身の連絡先を記載して頂いた回答者に,追加で質問への回答をお願いした(回答の際には,2018年時の状況を想定して回答するようにお願いした)。分析においては,第2回調査の回答者から得られたデータ,第1回調査において追加調査まで協力して頂いた回答者から得られたデータを用いた。収集方法・時点が異なるデータを合わせて分析することが分析結果に影響を与える可能性について検証するために,回答時点に基づきダミー変数を作成し,それを本分析の回帰モデルに独立変数として投入した。ダミー変数投入後も,仮説に関わる変数の係数の符号,有意水準に違いが見られなかったため,このことによる分析結果への影響は限定的であると判断した。

6)  市場探索の尺度のAVEについては,基準値の0.5を若干下回る結果となった。市場探索の尺度を日本語で使用したのは本研究が初であること,またそれ以外の信頼性・妥当性の基準は満たしていることから本研究では,これらの市場探索の尺度を分析に用いた。

7)  仮説の検証時と同様に,(1)市場探索を従属変数,独立型マーケティング・ダミー,販売支援型マーケティング・ダミー,コントロール変数を独立変数とした回帰モデル,(2)急進的な製品開発の頻度を従属変数,市場探索,独立型マーケティング・ダミー,販売支援型マーケティング・ダミー,コントロール変数を独立変数とした回帰モデルを推計し,媒介分析の推計に使用した。

付録 測定尺度

概念 測定尺度
マーケティング・ユニットの
位置付け
1.貴社では,①販売に携わる組織(例えば,営業部,販売部という部署名)とは別に,②市場調査やプロモーション・広告活動などのマーケティング活動(例えば,マーケティング部,マーケティング&セールス部,商品企画部,市場調査部等の部署名)に携わる部門が存在していますか?(はい・いいえ)
⇒「はい」と回答した場合は,独立型マーケティング組織に分類し,「いいえ」と回答した場合は,2.の質問に進む。
 
2.貴社では,①販売に携わる組織(例えば,営業部,販売部という部署名)の中に,戦略立案や現場の販売員の活動の支援等の業務を行う部署が存在していますか?(はい・いいえ)
⇒「はい」と回答した場合は,販売支援型マーケティング組織に分類し,「いいえ」と回答した場合は,マーケティング部門,マーケティング・グループは存在しないとみなし,マーケティング・販売未分化型組織に分類した。
市場探索
Zhang, Wu, & Cui, 2015
 
α:0.71
CR:0.72
AVE:0.46
1=全くそうではない,5=非常にそうである
貴社は,リード・ユーザー等から市場情報を収集し,そこから自身の対象とする市場に関して新しいことを学ぶように努めてきた。
貴社は,既存市場では必ずしも成功するとは限らない新規性の高い製品・市場のアイデアを利用してきた。
貴社は,これまで新規顧客獲得につながるような市場情報やアイデアを利用してきた。
急進的な製品開発の頻度
Atuahene-Gima, 2005
 
α:0.79
CR:0.83
AVE:0.63
貴社が直近の3年で市場導入した製品のうち,急進的製品が占める割合は…(5%以下,5%–10%,11%–15%,16%–20%,20%以上)
貴社は,直近の3年間で急進的新製品を貴社にとって全体的に新しい市場へ頻繁に市場導入した。(1=全くそうではない,5=非常にそうである)
貴社は,主要競合他社と比較して,直近3年でより頻繁に急進的新製品を導入した。(1=全くそうではない,5=非常にそうである)
技術能力
Zhou & Wu, 2010
 
α:0.89
CR:0.89
AVE:0.66
1=全くそうではない,5=非常にそうである
貴社の重要な技術情報を獲得する能力は,競合他社よりも優れている。
貴社の新しい技術機会を特定する能力は,競合他社よりも優れている。
貴社の最先端の技術を自らのものにする能力は,競合他社よりも優れている。
貴社の継続的にイノベーションを開発する能力は,競合他社よりも優れている。
企業規模 貴社の従業員(正社員)数は,およそ何名ですか?
<100,100–999,1,000–2,999,>2,999
企業年齢 貴社の存続年数はおよそ何年ですか?
<5,5–9,10–19,20–29,30–39,>39
参考文献
 
© 2024 Japan Society of Marketing and Distribution
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