International Journal of Marketing & Distribution
Online ISSN : 2186-0939
Print ISSN : 1345-9015
ISSN-L : 1345-9015
Editorial
The Role of Marketing and Distribution in a “Sustainability Society”
Chizuru Nishio
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 27 Issue 4 Pages 1-3

Details

サステナビリティ社会とは,地球環境問題や社会問題と調和を図りながら,持続的な経済成長をめざす社会を指す。今日,地球温暖化,資源の枯渇,生物多様性等の地球規模の環境問題が深刻化しており,しかもそれらの原因が人間の活動によるものであることが明記されている(IPCC, 2021IPBES, 2019)。また,日本における消費ベースの温室効果ガス排出量の約6割は,家計によるものだという(環境省,2022)。一方で,日本社会においても,社会的不平等,人権,格差の拡大といった社会問題が露呈している。今や,サステナビリティに対応した経営,そして,マーケティングの実行が喫緊の課題となっている。

ところで,サステナビリティ社会の構築に向けて,対応すべき社会課題は何だろうか。そのガイドラインとして活用できるものがSDGs(持続可能な開発目標)である。SDGsは2015年に国連で採択されたものである。2030年までに達成すべき17の具体的な目標と169のターゲットが提示されている。なお,17の目標は個別独立ではなく,大別すると①地球環境領域(目標6,13,14,15),②社会環境領域(目標1,2.3.4.5.7.11.16),③経済領域(目標8,9,10,12)の3つの領域から構成されている。しかも,Rockströmらによれば,この3領域は並列ではなく,①地球環境領域を底層,②社会環境領域を中層,③経済領域を上層とする三層構造をもつ1)こと,その階層的な関連性を理解する必要があるという(Stockholm Resilience Centre, 2016)。すなわち,底層の地球環境は人類の存続のための基盤であり,他の目標を支える基盤となっている。基盤としての地球環境を維持,回復させることができなければ,貧困,飢餓,健康,教育といった社会環境に関する諸課題は解決できず,健全な社会は成り立たない。そして,健全な社会基盤の形成なしには,経済領域に関わる課題(働きがいや経済成長,産業・技術基盤等)の達成は困難であり,社会経済のサステナビリティは成し遂げられないのである。

SDGsは2030年までの時限付きの目標である。現時点で残すところ5年である。しかし,国連の持続可能な開発目標レポート(2024)によれば,SDGsの目標のうち,現時点で達成に向けて推進されているものは世界平均で17%程度であり,半数近くは進捗が限定的,3分の1超は停滞または後退している(United Nations, 2024)という。それだけ,地球環境問題も社会問題も深刻化,重層化している。SDGsの諸課題に対する国際的な取り決めや法規制の強化,ESG投資の台頭,ステークホルダーへのアカウンタビリティが強く求められる中で,SDGsへの適切な対応は,企業経営において無視できないリスクとなっている。

では,サステナビリティ社会の構築に向けて,マーケティングや流通が果たすべき役割は何か,その実現に向けて必要な学術的研究は何であろうか。紙幅も限られているので,ここでは地球環境問題への対応に絞って,ほんの一例を表1に示す。

【メーカーの役割】

メーカーは商品の提供者として,サプライチェーン全体での環境負荷の低い商品を企画・開発し提供することが求められる。そのためには,自社の事業領域や各商品との関連が深い地球環境問題を特定化するとともに,各環境問題への影響(負荷)を自社の事業範囲だけでなく,サプライチェーン全体で統合的かつ定量的に捉えることが不可欠である。サプライチェーンとは,本来,商品が消費者(顧客)に届くまでのプロセスをさす。しかし,脱炭素化や資源循環を前提としたサステナビリティ社会では,生産者,メーカー,流通(物流,卸,小売を含む),そして資源回収の役割を担う廃棄・リサイクル業者だけでなく,消費者もサプライチェーンに含めて考えることが一般的である。なぜなら,消費者は多くの代替案の中から,より環境に配慮した商品を選択し,適切に使用・消費するとともに,廃棄・リサイクル業者に適切に届くように廃棄する役割を担っているからである。すなわち,消費者も環境負荷の低減や資源循環の当事者なのである。したがって,消費者がこのような役割を果たせるよう,メーカーは,消費者の商品の使用段階や廃棄段階でも表1に示すような役割と対応が求められる。

表1.地球環境課題へのマーケティング・流通の役割と研究のキーワード

マーケティング・流通の役割 研究のキーワードの例
メーカー
(企画・販売段階)
・サプライチェーン全体での環境負荷の低い商品の設計・開発(エコデザイン,長寿命化,リサイクル性,リユースの促進,サプライチェーンの見直し,商品の循環性)
・循環型ビジネスモデルの構築(サービタイゼーション,シェアリングエコノミー,サーキュラーエコノミーへの対応)
・サステナビリティブランドの構築
・サステナビリティ対応の見える化と販売チャネルとの協業
戦略的ソーシャルマーケティング,社会的交換
サプライチェーンマネジメント,LCA(ライフサイクルアセスメント)
エコデザイン,エコプロダクト,ソーシャルグッド,フェアトレード
サービタイゼーション,リキッド消費,アクセスベース消費,シェアリング,チャネルマネジメント
環境ラベル,環境コミュニケーション,コーズリレーティッドマーケティング ソーシャルコミュニケーション,パブリックリレーションズ
メーカー
(消費者の使用・
廃棄段階への対応)
・消費場面における商品の適切な使用・消費方法習慣化のための施策
・商品の使用期間の延長,長寿命化のためのサービスや体制の整備(アフターサービス,メンテナンスサービス,修理する権利への対応)
・サーキュラーエコノミーへの対応
・二次流通・再販市場の構築
・リサイクルチャネルの構築と廃棄・リサイクル業者との協業
・適切な廃棄方法の提示とコミュニケーション
・リサイクルと再商品化
消費者のサステナビリティ志向,マテリアリズム,ウェルビーイング
消費スタイルの多様化
(エコロジー行動,エシカル消費,ミニマリズム,ボランタリーシンプリシティ,共同消費・シェアリング,リユース,一時的所有行動 等)
多様な消費行動とその特徴
(寄付,ボランティア行動,応援消費,ボイコット,クラウドファン ディング 等)
消費者行動のメカニズム(情報探索,ブランド選択,消費行動,廃棄・処分行動 等)
二次流通・再販システムと消費者の受容性・一時的所有行動
流 通 ・物流・流通システムのエコ化(スマート物流,物流の効率化の推進,エコ配送システムの構築)
・在庫管理と廃棄ロスの削減
・小売店舗・買物場所のサステナビリティ
・エコ・エシカル商品の調達,品揃えと情報提供・販売促進
・廃棄・リサイクル業者との協業によるリユース・リサイクルの推進
・サーキュラーエコノミーへの対応
サプライチェーンマネジメント,LCA(ライフサイクルアセスメント),デジタルツイン
持続可能な調達,リバースロジスティックス 等
共同物流(混載輸送モデル,複合輸送モデル等),配送計画,ルート最適化モデル,在庫管理・倉庫管理システム,消費者の選択行動や廃棄行動のメカニズム
消費者の買物行動,オムニチャンネル,消費スタイルの多様化(エコロジー行動,シェアリング,サブスクリプション 等)
二次流通・再販システムと消費者の受容性・一時的所有行動

また,近年の情報通信技術やネットワークの進展は,あらゆるものがインターネットを介してコンピュータとつながるIoT(Internet of Things)を可能にした,これにより,アクセスベース消費,シェアリング,一時的所有行動といった新しい消費スタイルが台頭している。このような変化の中で,メーカーは従来の「モノを通じて価値を提供する」戦略から,「サービス化して機能を提供する」戦略への移行,すなわち,サービタイゼーションやシェアリングを活用した循環型ビジネスモデルの構築も検討すべきであろう。これはサーキュラーエコノミーへの対応という観点でも重要である2)

【流通の役割】

物流・流通業者は,商品を消費者に届ける重要な役割を担っている。メーカー同様,サプライチェーン全体での環境影響を捕捉した上で,環境負荷の低減と社会的影響,そして経済的効率性を考慮した物流・流通システムの構築が重要となる。販売チャネルの選択や商品の品揃えや調達においても同様の対応が求められる。さらには消費者(顧客)からの使用済み商品の回収を廃棄・リサイクル業者と協業して適切に実施することも必要である。一方,メーカー同様,IoTやデジタル技術を活用したサブスクリプションビジネスへの展開やサーキュラーエコノミーの担い手としての役割も求められている。

以上のような変革を推進する上で,マーケティング,流通,消費者行動等の知見や学術的な事例は不可欠である。表1に挙げた研究については,テーマやトピックによっては必ずしも十分な蓄積がないものもある。ただし,近年では,サステナビリティや社会的課題に関するマーケティング関連のテーマも,Journal of Marketing, Journal of Consumer Research, Journal of Business Research等でも頻繁に取り上げられるようになっている。それゆえ,今後,国際的には,急速に研究の蓄積が進むものと期待される。しかしながら,日本における研究は緒についたばかりである。国際的に著名な学術雑誌に掲載されている理論やモデルであったとしても,国や自治体の政策も違い,マーケティングや流通システムも異なる日本において,それらをそのまま応用できるかについては,慎重な検討と研究の蓄積が必要であろう。その際には,日本がもつ独特の文化や商習慣の影響を受けている日本の消費者の異質性の影響も無視できないであろう。サステナビリティ社会に資するマーケティングや流通システムのあり方を検討するにあたっては,これらの観点からの学術的検討が不可欠であるが,参照できる日本における研究は圧倒的に不足している。

そのような中で,今回,『流通研究』(IJMD)でサステナビリティ特集が組まれたことは大変意義深いことである。このような機会を設けていただいた『流通研究』(IJMD)共同編集長の川上智子先生と小宮一高先生,同副編集長の松井剛先生には,心から感謝を申し上げる。なお,今回の企画は,論文募集の告知が7月中旬,アブストラクトによる応募締め切りは9月15日,論文投稿締め切りが11月30日という極めてタイトなスケジュールだった。それにもかかわらず,7件の応募があった。最終的に採択された論文は2件となったが,いずれも示唆に富む研究である。応募された研究者の皆さま,限られた期間の中で丁寧かつ建設的な査読をして下さったレビュアの皆さまに深くお礼申し上げる。サステナビリティに関する研究課題は,本稿で例示したように,地球環境への対応だけでも多岐に渡る。是非とも,第2弾,第3弾のサステナビリティ特集号の企画が組まれることを願うばかりである。

1)  彼らはSDGsの諸課題の関係をウエディングケーキに見立てて表現している。

2)  サーキュラーエコノミーについては,西尾・上林編著(2025),p.40-p.43を参照されたい。

参考文献
 
© 2025 Japan Society of Marketing and Distribution
feedback
Top