西洋中世研究
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中世後期の説教としるしの概念
14世紀の一説教集から
赤江 雄一
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2010 年 2 巻 p. 9-20

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抄録
 本論文は,14世紀半ばのイングランドの托鉢修道士ジョン・ウォールドビーによって著述された範例説教集『新主日説教集』にあらわれる「しるし」(signum)の概念に注目することで,中世の説教者は当時の人々が説教をどのように聞いて理解するように期待していたかを考察する。
 同説教集においてしるしの概念は二つの全く異なる文脈のなかで用いられている。ひとつは非常に基本的なしるしの理論である。同説教集に収められた三説教(聖霊降臨祭後第20主日,待降節第2主日,四旬節第3主日それぞれの機会のためのもの)において,アウグスティヌスの『キリスト教の教え』と響き合いつつ可能な限り単純化された彼の議論は,説教者が聖書と世界を解釈する基本的なやりかたを論じている。本稿は,これらの説教からウォールドビーのしるしの理論を抽出し,それが同説教集全体にちりばめられた教訓例話の諸類型のそれぞれに適用されており,それが読者にも共有されていたことを示す。さらに,しるしの理論は教訓例話のみならず説教全体を根底から基礎付けるものであることが示される。また,しるしの理論は抽象的思弁的議論ではなく,聖書のみならず世界のあらゆるものを道徳的あるいは霊的真実の「しるし」として解釈する心的態度あるいは世界観として機能していたと論じる。
 もうひとつの文脈は記憶術である。古典古代のクインティリアーヌスが論じる建築的記憶術を,ウォールドビーは昇天祭直後主日のための説教のなかで,彼のメッセージを聴衆に伝達する際の効果を高めるために明示的に用いている。同説教といくつかの教訓例話を具体的に検討するなかで,中世の聴衆はどのように説教を「理解」するよう期待されていたかが考察される。
 最後に,これら二つの文脈はどのように重なりあいながら機能していたかを検討し,結論において本稿は中世後期の説教の特質をこの二つの文脈の特定の組み合わせに求める。
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© 2010 西洋中世学会
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