抄録
本稿は,「ローマ」に由来する円柱という建築要素が初期中世建築においてどのように取り扱われたか,コルドバ大モスクを例として分析し,中世における遠ざかりながらも根強い「ローマ」の存在について考察するものである。
「ローマ」は中世建築史草創期には「東方」や「ゲルマン」と並ぶ中世建築の「起源」として扱われていたが,20世紀後半以降になると,時期や場所によって入手のし易さが異なる一種の「資源」としての側面が注目されるようになった。こうした動向の最たるものが近年の「スポリア」(Spolia)研究の隆盛である。一般に建築史でスポリアと言う場合,過去の建築,とくにローマ建築から再利用された建材や建築装飾を指し,その代表格は円柱やその部位である柱頭や柱身である。スポリア研究の中心はイタリアの古代末期建築であったが,近年はそれ以外の遺構に関しても関心は拡がっている。今やかつてのローマ帝国の版図に建てられた古代末期から中世にかけての教会・モスク・宮殿等については,スポリアの存在を抜きに語ることは出来なくなっているし,スポリアのカタログ化も様々な国で進んでいる。本稿の前半では,まずこうしたスポリア研究の流れと成果を整理する。
近年飛躍的に発展したスポリア研究であるが,文脈から切り離されたリソースであるスポリアがどのように中世建築の構想に組み込まれたか,スポリアの普及と密接な関係をもつ古代末期の円柱列バシリカという建築形式が初期中世にどう変容したか等については,未だ検討が十分でない。本稿の後半では,無数のスポリアの円柱を用いて創建され,その後大きく3度の増築のなかで円柱が繰り返し用いられたコルドバ大モスク(8世紀末-10世紀末)を対象とし,「ローマ」が遠ざかっていくなかで,円柱(スポリアおよび新造)と建築構想との間にどのような関係性が生じたかを検討する。